はじめに
人口減少が深刻になり、転職の一般化と人材の採用難が進む中で、企業は「限りある人材」をどう活かすかという課題に直面している。このような労働・雇用の現場で今、『静かな退職』の存在が表面化している。マイナビが実施した調査では、正社員の4割以上が静かな退職をしているとし、20代は他世代に比べて割合が高かった。その背景には働く人のどのような価値観があるのか。静かな退職をしている『理由』に着目し、その特徴を分析する。
静かな退職とは?
静かな退職とは、キャリアアップや昇進などを目指さずに、必要最低限の仕事をこなす働き方のこと。実際に退職をするわけではなく、退職が決まった従業員のような余裕をもった精神状態で働くことを指す。
2020年代にアメリカで生まれた考え方で、もともとは、昼夜を問わずがむしゃらに働くことを美徳とする「ハッスルカルチャー」的な考え方へのアンチテーゼとして唱えられた。仕事とプライベートの境界をしっかり分け、ワークライフバランスを重視するような考え方を基本として、Z世代を中心に広がったとされる。
他国で生まれた概念だが、日本でも終身雇用の在り方が変わりつつあり、働き方や個人の価値観が多様化する中で、静かな退職の考え方が広がっている。
静かな退職の実態
マイナビが20代~50代の正社員を対象に行った「正社員の静かな退職に関する調査2025年(2024年実績)」では、働く人の本音に関する質問として「静かな退職をしているか」について調査した。結果は、「そう思う」が14.5%、「ややそう思う」が30.0%で、静かな退職をしている割合は44.5%となった。【図1】
【図1】静かな退職をしている割合/正社員の静かな退職に関する調査2025年(2024年実績)
年代別にみると、20代が46.7%で他世代に比べて高かった。【図2】
【図2】年代別・【図1】静かな退職をしている割合/正社員の静かな退職に関する調査2025年(2024年実績)
また、静かな退職をしているとした人に「今後、静かな退職を続けたいと思っているか」を聞いたところ、「働いている間はずっと静かな退職を続けたい」「できるだけ静かな退職を続けたい」「どちらかといえば静かな退職を続けたい」を合わせた『静かな退職を続けたい』の割合が70.4%となった。【図3】
【図3】静かな退職を続けたい人の割合/正社員の静かな退職に関する調査2025年(2024年実績)
これまでの日本型雇用では「出世=目指すべきゴール」とする考え方や、職位を上げてより責任と権限が大きい地位に移る垂直方向のキャリアパスが一般的であり、その中で出世コースから外れて最低限の仕事しかしない中高年層を「窓際族」と呼ぶこともあった。いわゆる“静かな退職的な人”はひと昔前にも存在したが、最近では、世代を問わず、上昇志向がなく仕事を最低限にしたい人が広がっている様子だ。
静かな退職をする理由―4タイプに分類
では、なぜ静かな退職が広がっているのか。その背景にある、働く人の価値観や仕事の考え方に目を向ける。「正社員の静かな退職に関する調査2025年(2024年実績)」では、「静かな退職をするに至ったきっかけを含め、現在している理由」を自由回答で答えてもらい、その回答文章をテキスト分析した。
まずテキスト分析ツールを用いて単語の頻出度分析を行い、どのようなワードが良く使われているかを検証。その中から、静かな退職をしている人の価値観に関連しそうな「意味のあるワード」を抽出した結果が次の通りである。回答全体では「キャリアアップ」「給料」「やりがい」「頑張る」などのワードが頻出していた。【図4】
【図4】静かな退職に至るきっかけ・理由(FA)の頻出度分析/正社員の静かな退職に関する調査2025年(2024年実績)
次に、文章に含まれる単語やフレーズ同士がどのように関連しているかについてテキスト分析ツールで共起分析し、回答パターンの全体像を探った。その上で、文章全体の文脈や意味に着目しながら1つ1つの回答をコーディングし、さらに類似性の高いコード同士をまとめてグループ分けした。すると、以下の4つのタイプに分けることができた。【図5】
【図5】静かな退職4タイプの分類/正社員の静かな退職に関する調査2025年(2024年実績)
4タイプそれぞれの特徴を見ていく。
A:不一致タイプ
- 特徴:仕事・環境の不適合による意欲低下が起因しているタイプ
- 傾向:仕事満足度が低い/静かな退職を続けたくない割合が比較的高い
【回答例】
- 今の職場にはやりがいがある仕事がない(50代・私生活のみ満足)
- 上司と意見があわず、話しても無駄なので静かに黙々とこなしている(40代・どちらも満足でない)
- 女性が産休育休から復帰後も長く働けるような職場環境ではなく、キャリアアップは求めていないため(20代・どちらも満足でない)
- 人間関係が上手くいかず、意見を発しづらい雰囲気の職場だから(20代・どちらも満足でない)
- 今の職種ではやりがいを感じられないから(30代・私生活のみ満足)
- 異動になり、環境から人間関係から、自分の苦手な領域となったから(50代・仕事も私生活も満足)
Aタイプの回答では「職場」「上司」「やりがい」などの単語が否定語とセットで多く使われ、仕事・環境に求める希望と現実が不一致の状態にあるのが特徴。この調査では、仕事と私生活の主観的満足度についても聴取しており、このAタイプは仕事満足度が低い傾向にあった。また静かな退職を続けたくない割合は比較的高い傾向だった。
B:評価不満タイプ
- 特徴:処遇・評価に対する不平不満が起因しているタイプ
- 傾向:仕事満足度が低い/静かな退職を続けたくない割合が比較的高い
【回答例】
- 出世する職種ではないし結果を出しても給料は変わらないため(40代・私生活のみ満足)
- キャリアアップが望めない環境だから。昇給もないし、評価されることもないから(50代・どちらも満足でない)
- 自分が在籍している部署の人員、環境などから、昇進や大幅な給料アップは見込めないと感じるようになったため(30代・どちらも満足でない)
- 業務をどんなに頑張っても評価が得られなかったため(40代・仕事も私生活も満足)
- 自分で仕事を行い、面談時にアピールしても評価をされないから(20代・どちらも満足でない)
- 頑張っても報われる環境ではないから(50代・どちらも満足でない)
Bタイプの回答では「昇給・昇進」「評価」「頑張る」の単語が否定語とセットで使われることが多く、給与・地位などの処遇が自身が望む水準に見合っていないことへの不満があるのが特徴。傾向としては、仕事満足度が低く、静かな退職を続けたくない割合が比較的高い。
C:損得重視タイプ
- 特徴:報酬や昇進の損得を考え現状維持を求めるタイプ
- 傾向:仕事・私生活の両方に満足している割合が高い/静かな退職を続けたい割合が高い
【回答例】
- プライベートを優先させたく仕事はあくまでプライベートで使うお金を稼ぐためと思っているため(20代・仕事も私生活も満足)
- お金のために働いているので、余計なことは一切したくない(50代・私生活のみ満足)
- キャリアアップは責任が重くなるだけなので望まない。日々の業務をこなすだけで別に不満はない、と思ったから(30代・私生活のみ満足)
- 責任をもちたくない、お金がもらえて楽して働きたい(20代・仕事も私生活も満足)
- ある程度の収入はあるので、高望みせずストレスフリーな今の役職のまま定年したい(40代・仕事のみ満足)
- コスパがいいので(30代・仕事も私生活も満足)
Cタイプの回答では「お金」「責任」などの単語が多く使われ、労働供給と、仕事によって得られるもの=インセンティブ(所得・余暇)とを天秤にかけながら仕事をしているのが特徴。コストパフォーマンスやタイムパフォーマンスを考えて仕事をするタイプもCにあてはまる。傾向としては、仕事・私生活両方満足している割合が高く、静かな退職を続けたい割合が高かった。
D:無関心タイプ
- 特徴:そもそもの価値観として変化・上昇を求めないタイプ
- 傾向:仕事満足度が高く、静かな退職を続けたい割合が高い
【回答例】
- キャリアアップすることに興味がないから(20代・仕事も私生活も満足)
- 仕事にやりがいを求めていないし、キャリアアップをしたいとも思わないから(30代・私生活のみ満足)
- 波風立てずに淡々とこなすことが自分にあっていると思うから(30代・仕事も私生活も満足)
- 淡々とこなしたかったから(20代・仕事のみ満足)
- もともと目立ちたくないので、ひっそりと仕事をしていたい(40代・どちらも満足ではない)
- 仕事には、やりがいがあるが、キャリアアップは考えていない(50代・仕事も私生活も満足)
Dタイプの回答では、「キャリアアップ」という単語が否定語とセットで使用されたり、「淡々」などの単語が使われたりしていた。価値観としてキャリアアップや仕事で大きな成果を上げることに関心がない人があてはまる。傾向としては、仕事満足度が高く、静かな退職を続けたい割合が高かった。
「その他」として、以下の少数派やタイプ分類が難しい回答をくくった。
- 職務や役割が明確に決まっている人
- 介護・育児等の負担が大きい人
- 病気・体力を理由としている人
- 転職が決まっている・前提にしている人
- 理由がない人
- 不明回答
仕事や役割の範囲が既に決まっている人や、個人的な事情で仕事をセーブしている人が少数派にあてはまる。「特になし」「なんとなく」などと回答した『理由がない人』も少なくなかったが、静かな退職の背景にある要因を分析することが難しいため、分析対象から除外している。
静かな退職 4タイプの類型化
4つのタイプを特徴ごとに類型化すると、特徴や構造が見えてきた。【図6】
「B:評価不満タイプ」と「C:損得重視タイプ」は、仕事の対価として得られる報酬・地位などの「リターン」に対する期待の小ささが要因となっている点で類似している。
また「A:不一致タイプ」と「B:評価不満タイプ」は仕事満足度が低い傾向。対して、C:損得重視タイプとD:無関心タイプは仕事満足度が高い傾向にある。
さらに、「A:不一致タイプ」と「B:評価不満タイプ」は仕事の経過の中できっかけとなる出来事、いわば期待と現実のミスマッチがあり、外発的な出来事が影響している点で類似。対して、C:損得重視タイプとD:無関心タイプは、もともとの個人の価値観や志向の影響が大きい。
このように、一括りに静かな退職を捉えるのではなく、その背景を見てみると、様々な理由や要因があり、その違いによって仕事へのスタンスや現状の仕事・環境の満足度にも違いがあることがわかった。
まとめ
これまで見てきたように、静かな退職は労働・雇用の現場で一般的になりつつあり、人口減少が進み人的資源が一層限られていく中で、社会が今後向き合うべき人材テーマの一つとなるだろう。どの会社にも身近な課題として対策を考える時代が来る。
企業が今後、静かな退職と向き合う上で重要なことは「なぜ起こっているのか」に目を向けることだ。静かな退職をする人の中には、仕事・職場・評価のミスマッチをきっかけとして後天的・外発的に静かな退職をしているタイプもいれば、個人の価値観として内発的に静かな退職をしているタイプもいる。この違いによっても仕事・私生活の満足度や仕事に対するスタンスは様々で、それによって企業が取り組むべきアプローチは異なる。
企業が取り組むべき第一歩は、自社で働く人やこれから採用する人の置かれた状況や価値観を十分に把握することである。それによって、企業が行う対策の方向性が見えてくる。 =続く=
マイナビキャリアリサーチLab研究員 宮本 祥太