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Z世代だけではない!社会に広がる「静かな退職」とは?

キャリアリサーチLab編集部
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Z世代だけではない!社会に広がる「静かな退職」とは?

「静かな退職(quiet quitting)」とはキャリアアップや昇進などを目指さずに必要最低限の仕事をこなす働き方のこと。ただし、実際に退職をするわけではなく、退職が決まった従業員のような余裕をもった精神状態で働くことを指している。

これは仕事とプライベートの境界をしっかり分け、ワークライフバランスを重視する働き方だ。日本では聞きなれない言葉だが、この考え方がアメリカを中心にトレンドになっている。働き方の多様性が増える中、Z世代を中心に広まっているとされる「静かな退職」。注目されるようになった背景などを解説する。

なぜ静かな退職が広まったのか

「静かな退職」という言葉は2022年にTikTokでアメリカのキャリアコーチが提唱し、その後、別のTikTokユーザーにより投稿された動画が話題になったことをきっかけに注目されるようになった。

動画では男性が「仕事はあなたの人生ではない」「仕事が自分の人生でなければならないというハッスルカルチャー的なメンタリティーには賛同しない」と発信しており、アメリカで多くの人に広まった。特にミレニアル世代で流行した「上昇志向」「ハッスルカルチャー」といった「仕事のために生きる」という価値観に反対するムーブメントとなっている。

ハッスルカルチャーとは

ハッスルカルチャーとは

仕事を人生でもっとも重要なことととらえ、昼夜問わず休むことなく働くことを指す。ミレニアル世代を中心に広まった価値観で、仕事と私生活の境界線をなくし、がむしゃらに働くことで生産性の向上を求め、それらを美徳とする文化のことである。

起業家やIT業界によくみられ、成功に対するモチベーションが高い一方で、燃え尽き症候群へのリスクもある。こういった働き方は「仕事中毒」や「ワーカホリック」などと呼ばれ、かつて日本では「企業戦士」や「モーレツ社員」と呼ばれた。

静かな退職が広まった背景

コロナ禍による経済の混乱が起こり、将来に不安を持つ人や「仕事のために生きる」という考えに疑問を持つ人が増えた。

日本においては終身雇用の崩壊により、一つの会社に生涯勤めることは当たり前ではなくなっている。Z世代やミレニアル世代は、バブル世代や団塊ジュニア世代といわれる上の世代のように、がむしゃらに働いてもそれが報われるかどうかわからなくなった。

従来の「正しいキャリア」像はなくなりつつあり、会社頼みではなく自分でキャリア形成を模索するキャリア自律について考えなければならない。加えて、1990年以降30年にわたり常用労働者の給与が増えていないにも関わらず、物価や社会保障費は上がり続けている現状もある。

またリモートワークの普及などを通じて、生活が今までと変わった人もいるだろう。そんな中で仕事中心ではない生活を求める人が増えたとしても不思議ではない。混乱する社会の動きにより、「静かな退職」という考え方が多くの人に共感を得られ、広まったといえる。

誰が静かな退職をしているのか

前述した通り、SNSをきっかけに、ミレニアル世代で流行したハッスルカルチャーに反対する形で「静かな退職」は広まった。そのためこの動きは、若いZ世代を中心に広まっているようにみられることが多い。

しかし実際はZ世代だけではないようだ。労働時間を例にあげると、アメリカでは高収入の25~55歳男性の労働時間が減少しており、彼らが「静かな退職」をしている可能性がある事を示している。

アメリカの高収入の男性の現状

コロナ以降、2019年から2022年にかけてアメリカの総労働時間が減少している。ワシントン大学の研究者、ヨンソク・シン、デイン・リー、ジンソク・パクが国税調査局のデータ(※1)を分析したところによると、労働時間の減少の多くは、退職者の増加だけが原因ではない。雇用されている人の労働時間の減少によるものだと発表している。

労働時間は女性より男性の方が減少し、高齢労働者よりも壮年労働者の方が労働時間は減少している。また、低学歴の労働者よりも学士号取得者の方が労働時間は減少していた。特に長時間労働で高収入を得ている労働者ほど、労働時間が減少していたことがわかった。

なぜ高収入の男性の労働時間が減少したのか。ヨンソク・シンは働きたくても働くことができないのではなく、自ら労働時間を減らした自発的なものと言及している。病気や身体的理由であれば、高齢者の方が影響を受けることが多く、子育てなどが理由であれば女性も影響がみられるはずだからだ。

多くの高収入の男性は労働時間を減らしてできた余暇時間を趣味や社交、人とのコミュニケーションに使っている。コロナ禍でリモートワークや柔軟な働き方が増えたことにより、仕事のみに時間を費やす必要がないことに気づいたという。より良いワークライフバランスのために労働時間を短くした人が増加したのだ。

Z世代の状況

「静かな退職」がTikTokをきっかけに広まったことからもわかるように、アメリカのZ世代は従来の働き方に対して疑念を持ち始めている。上記で記載した動画とは別に、2023年10月にTikTokに投稿されアメリカや日本で話題になったものがある。

動画の内容は、21歳のアメリカ人女性が新卒で入社した仕事がつらいと涙ながらに訴えるものだ。「9時から17時までの労働がつらい」「オフィスから離れた場所に住んでいるため帰宅しても何もする時間がない。自炊をする時間も気力もない」と訴えている。この動画は多くの反響を呼んだ。「甘ったれている」と彼女を批判する人もいれば、逆に「自分も同じように苦しんでいる」と、擁護する声もある。

彼女が動画を投稿する以前から、TikTokではアメリカの若者が労働について嘆く動画が散見された。これは彼女一人の問題ではなく、アメリカのZ世代はミレニアル世代から続く低賃金の雇用やインフレによる物価の高騰、都市部の家賃の上昇、学費ローンに苦しみ、上の世代と比べて貯蓄もできないという背景がある。【図1】(※2)

【図1】アメリカで 支出の3か月分以上貯蓄している人の割合(世代別)  ”Share of respondents that have at least three months of expenses in emergency savings, by generation”. / BUSINESS INCIDERより著者作成
【図1】アメリカで 支出の3か月分以上貯蓄している人の割合(世代別)  ”Share of respondents that have at least three months of expenses in emergency savings, by generation”. / BUSINESS INCIDERより著者作成

上の世代と同じように働いても豊かな生活を送れないと感じているZ世代は、働くために生きるのではなく、生きるために働くという姿勢だ。「静かな退職」を選択することは、従来の働き方に疑念を持ち、労働に対する価値観を再構築した結果なのかもしれない。(※3)

とはいえ、Z世代が社会に出てから数年しか経っていないため、彼らの働き方に対する情報はまだ少ない。今後の動向の変化にも注目する必要がある。

日本における静かな退職とは

アメリカを中心に広まった「静かな退職」だが、日本ではどのようにとらえられているのだろうか。

労働時間

まず、労働時間をみてみる。厚生労働省毎月勤労統計調査によると。常用労働者の平均年間総実労働時間数は、2019年は1733時間、2022年は1718時間となっている。2020年はコロナの影響で1685時間に減っているが2022年には持ち直しつつある。日本ではコロナを経たあとの労働時間減少などはみられなかった。【図2】

【図2】常用労働者平均年間総実労働時間数/厚生労働省「毎月勤労統計調査」より著者作成
【図2】常用労働者平均年間総実労働時間数/厚生労働省「毎月勤労統計調査」より著者作成

36協定により大企業は2019年4月から、中小企業は2020年4月から、年間の時間外労働を360時間以内とする規制ができた。働き方改革を皮切りに国民の労働時間は緩やかに減っている。

日本では正規雇用者は特別な理由がない限り解雇ができない。「窓際族」や「社内ニート」という言葉があるように、働く意欲や生産性が低くても企業は簡単に解雇できないため、就業時間の増減が「静かな退職」と結びついているかどうかわかりにくい。

ミドルシニア世代の静かな退職

次に、実際に「静かな退職」をしているのはどのような人材なのかをみてみる。クアルトリクス合同会社が行った調査によると、日本で「静かな退職」状態になっているのは40代、50代が多いことがわかった。

同社は「静かな退職」を「自発的貢献意欲が低く継続勤務意向が高い人材」と定義した。40代が全体の36%、次いで50代が全体の30%となっている。特に一般社員の「静かな退職」の比率が大きいため、役職についていないミドルシニア世代の「静かな退職」が多いことがわかる。【図3】

【図3】誰が静かな退職をしているのか?(年齢別)(役職別)/ クアルトリクス合同会社2023年従業員エクスペリエンス(EX)最新トレンドより著者作成
【図3】誰が静かな退職をしているのか?(年齢別)(役職別)/ クアルトリクス合同会社2023年従業員エクスペリエンス(EX)最新トレンドより著者作成

また、マイナビの「ライフキャリア実態調査2023年版」では、仕事に関する価値観についての設問があるが、「業務内容そのものに満足感があった」「活気をもって働くことができていた」「どんなときも、一生懸命に働かなければいけないと感じていた」などの項目が40代・50代のミドルシニア世代は他の年齢より低い傾向にあった。日本において、若い世代よりも上の世代の方が「静かな退職」が多くなるのは当然といえよう。

なぜミドルシニア世代は仕事へのモチベーションが低いのか、社会的背景とその対応策などを下記の記事で解説しているので、あわせてみてほしい。

まとめ

「静かな退職」というのは決して「怠け者」というわけではなく、働き方の多様性の一つで、人生において何を重要とするかの違いである。

「静かな退職」は仕事によるストレスを感じにくくなるため、従業員のメンタルの安定やバーンアウトになりにくくなるメリットがある。ワークライフバランスを重視した生活を送ることにより、メンタルが安定し、仕事へ正の影響も考えられるため悪いことばかりではない。

しかし、「名もなき家事」のように、明文化できない細かな「名もなき仕事」も多くある。やってもやらなくても業務に支障は出ないがやった方が生産性はあがる仕事もあるだろう。ときにはイノベーションにつながるかもしれない。そういった業務をこなすかこなさないかは個人の裁量に任せられる。

仕事に対する熱意が低い状態で、イノベーションや新しい価値、アイデアを生み出していくのは難しいだろう。「静かな退職」という言葉が広まった社会背景を考え改善していくことは、どの企業にとっても急務といえる。


<参考資料>
※1:Dain Lee, Jinhyeok Park & Yongseok Shin. “Where Are the Workers? From Great Resignation to Quiet Quitting”. NATIONAL BUREAU of ECONOMIC RESEACH. 2023/01. https://www.nber.org/papers/w30833, (参照2024-01-10)
※2:Madison Hoff. “Amid four-decade high inflation, younger Americans don’t have the emergency savings they need and are feeling financial stress”. BUSINESS INSIDER. 2022/06/29. https://www.businessinsider.com/emergency-savings-financial-stress-gen-z-millennials-2022-6, (参照2024-01-10)
※3:Walton Family Foundation. Looking Forward with Gen Z A Gen Z Research Report. 2022/06/29. https://murmuration.org/static/Looking-Forward-with-Gen-Z.pdf, (参照2024-01-10)

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