インポスター症候群がキャリアに与える影響と企業の支援策-「自分なんて…」を乗り越えるには

キャリアリサーチLab編集部
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「自分なんて…」という思いにとらわれ、成果や評価を素直に受け止められない――。こうした心理状態は「インポスター症候群」と呼ばれ、近年、働く人々の間で注目を集めている。

成果を上げているにもかかわらず、自分の能力を過小評価してしまう傾向が強いことから、職場で新しい業務や昇進を避けるなど、キャリア形成に影響を及ぼすケースも少なくない。今回はこの症候群について、キャリアへの影響や企業がサポートできることを中心に見ていく。

インポスター症候群とは

インポスター症候群(Impostor Syndrome) とは、客観的に高い評価を受けても成功を認めることができず、自身の能力を過小評価してしまう心理状態を指す。

「詐欺師症候群」「ペテン師症候群」とも言われ、自分の成功や能力を正当に評価できず、「自分は詐欺師(Impostor)のように周囲をだましているだけだ」と感じてしまう。この概念は1978年に心理学者ポーリン・R・クランスとスザンヌ・A・アイムスによって提唱された。

インポスター症候群に陥る人は、実際には高い成果や能力を持っているにもかかわらず、それを「運が良かっただけ」「周囲の助けがあったから」と考え、自分の実力とは認めない傾向がある。特に完璧主義の傾向が強い人や、他者からの評価に敏感な人ほど、インポスター症候群に陥りやすいとされている。

この心理状態は、無意識なことも多く、アンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み)の一つとしても挙げられる。アンコンシャス・バイアスについては、詳しくは下記の記事でまとめている。

日本における背景

日本では、謙遜を美徳とする文化や、集団の調和を重視する価値観が、インポスター症候群を助長する要因となっているとされている。自身の成果を、周囲の助けのおかげだとする感謝の姿勢は大切だが、いきすぎた謙遜は自身の能力を卑下して評価を正当に認識できなくなることにもつながるのだ。

性別による特徴

インポスター症候群は、初めて提唱された論文において、高い功績を収める女性に対するインタビュー調査から発表されたことで、女性特有の心理状態だと捉えられていたが、その後の研究により、男女ともに経験することがあるとわかっている。ただし、一般的に男性よりも女性の方がインポスター症候群に陥りやすい傾向があるとされている。

インポスター症候群の典型的な感情と行動

インポスター症候群の人が持つ特徴的な感情には、以下のようなものがある。

正当な評価への抵抗

自分の成果を、実力ではなく偶然や周囲の支援によるものと過剰に感じてしまい、正当に評価できない。自身を過少評価しているため、周囲からの正当な評価も「過大評価だ」と感じる抵抗感はインポスター症候群の代表的な感情である。

積極的な挑戦を避ける

自分を過少評価してしまうため、新しい仕事やポジションに挑戦する機会があっても「自分にはその役割は務まらない」と感じる。そうして挑戦を避ける傾向にあるのも特徴の一つである。

成功への不安

成功するほど、周囲からの評価と自己評価との差を感じ、周囲を欺いている感覚に陥る。本当は実力が伴っていないと感じてるため、それがバレないように、「次も成功しなければ」というプレッシャーが強まってしまう。

キャリア形成への影響

インポスター症候群の、評価への抵抗や挑戦への不安感などは、個人の心理的な問題にとどまらず、職場においては業務やキャリア形成にも影響を及ぼす。次は、インポスター症候群によって職場で起こり得る課題を見ていこう。

自己評価の歪みとフィードバックの受け入れ困難

インポスター症候群の特徴の一つに、自己評価の歪みがある。成果を上げても「運が良かっただけ」と考え、他者からの称賛を素直に受け取れない。これにより、上司や同僚からのフィードバックが届きにくくなり、成長の機会を逃すことになる。また、自己肯定感が低いため、失敗を過度に恐れ、リスクを取ることを避ける傾向も強まる。

燃え尽き症候群やメンタル不調のリスク

常に「もっと頑張らなければ」「失敗してはいけない」と自分を追い込むことで、過剰な努力を続けてしまう人も多い。これは、燃え尽き症候群(バーンアウト) や、うつ症状などのメンタル不調を引き起こす要因となる。特に、完璧主義の傾向が強い人ほど、限界を超えて働き続けてしまう危険性がある。

離職やキャリアの停滞

インポスター症候群が長期化すると、「この職場には自分の居場所がない」「自分は役に立っていない」と感じるようになり、離職を選ぶケースもある。これは、本人にとっても企業にとっても損失であり、本来であれば活躍できる人材がキャリアを諦めてしまうという事態を招く。

昇進や挑戦を避ける傾向

インポスター症候群に陥っている人は、「自分にはその役割を担う能力がない」「周囲の期待に応えられないかもしれない」といった不安を抱えやすい。そのため、昇進の打診や新しいプロジェクトへの参加を辞退することがある。これは、企業にとっては優秀な人材の活用機会を失うことにつながり、組織の成長にも影響を及ぼす。

経済産業省の「ダイバーシティ経営推進に向けた アンコンシャス・バイアス研修のあり方と 効果測定指標等に関する調査 事業実施報告書」では、上司が責任あるポジションを部下にすすめても尻込みする場合、背景にインポスター症候群が絡んでいる場合があると指摘している。また、インポスター症候群は男女ともに抱えうるが、女性の方が症状を経験しやすいことが示されていることから、管理職のジェンダー平等を実現する際に、上司や組織がこのバイアスに気をつける必要があると言及している。

マイナビの研究レポート「女性管理職を増やすための職場環境と上司のサポート」で、管理職意向がない人に、その理由について聞いた調査では、「自分に能力がないと思う」や「自信がない」と回答した人は女性の方が多かった。実際にこの調査では、自身の能力に対して自信を持てないことが管理職になりたいと思えない要因になっている女性は、男性よりも多い傾向がみられている。

【管理職意向がない人限定】管理職になりたくない理由/「女性管理職を増やすための職場環境と上司のサポート」
【管理職意向がない人限定】管理職になりたくない理由/「女性管理職を増やすための職場環境と上司のサポート」

個人ができる対処法

インポスター症候群に悩む人が、自分自身でできる対処法も数多く存在する。企業の支援と並行して、個人が自分の思考や行動を見直すことは、症状の軽減やキャリア形成の前進に大きく寄与する。

信頼できる人に相談する

悩みを一人で抱え込まず、信頼できる上司や同僚、メンターに相談することも重要だ。自分の思考を言語化することで、客観的な視点を得られ、思い込みから抜け出すきっかけになる。

成功体験を棚卸しする

自分の過去の成果や努力を振り返り、事実に基づいた成功体験を記録することで、自己肯定感を高めることができる。「あのプロジェクトで得た成果」「上司からの評価」「チームへの貢献」など、具体的なエピソードを思い出すことで、「自分には価値がある」と実感しやすくなる。

思考の癖を見直す

インポスター症候群の根底には、認知の歪みがあることが多い。たとえば、「成功は偶然」「失敗は自分のせい」といった極端な思考は、自己評価を不当に低くしてしまう。認知行動療法の考え方を取り入れ、白黒思考や過度な一般化、マイナス化思考などを意識的に修正することが有効だ。

自己肯定感については、以下のコラムでも解説している。認知の歪みを修正する方法についても紹介しているため、参考にしてほしい。

企業ができる支援策とは

インポスター症候群は、個人の内面の問題であると同時に、職場環境や組織文化が大きく影響する課題でもある。企業がこの症候群に対して適切な支援を行うことで、社員のキャリア形成を促進し、組織の生産性や定着率の向上にもつながる。ここでは、企業が取り組むべき具体的な支援策を紹介する。

メンタリングや1on1ミーティングの活用

インポスター症候群に陥っている社員は、自分の悩みを言語化することが難しい場合が多い。そこで、定期的な1on1ミーティングや、メンター制度の導入が有効である。信頼できる上司や先輩との対話を通じて、自分の感情や思考を整理し、客観的な視点を得ることができる。

特に、ロールモデルとなる存在が身近にいることで、「自分もこのように成長できるかもしれない」という希望を持つことができる。これは、若手社員や女性管理職など、新しい役割に挑戦する層にとって非常に重要な支援となる。

社員研修・ワークショップの実施

インポスター症候群に対する理解を深めるためには、社内研修やワークショップの実施が効果的である。たとえば、以下のような内容が考えられる。

• インポスター症候群の基礎知識と事例紹介
• 自己肯定感を高めるワーク(成功体験の棚卸しなど)
• 認知の歪みを修正する思考法(認知行動療法の要素を取り入れる)
• 他者との比較ではなく、自分の成長に焦点を当てる習慣づくり
こうした研修は、個人の意識改革だけでなく、組織全体の風土づくりにも寄与する。

評価制度の見直しとフィードバックの質向上

インポスター症候群に悩む社員は、成果を過小評価しがちであるため、評価制度の透明性と納得感が重要となる。また、フィードバックの際には、結果だけでなくプロセスや努力を認める視点を持つことが求められる。たとえば、「この成果はあなたの○○という工夫があったからこそ実現できた」といった具体的な言葉を添えることで、社員は自分の価値を実感しやすくなる。これは、自己効力感の向上にもつながる。

効果的なフィードバックのコツや手法については、以下のコラムでも解説しているため、参考にしてほしい。

心理的安全性の高い職場づくり

心理的安全性とは、社員が「自分の考えや感情を安心して表現できる」と感じられる状態を指す。インポスター症候群に悩む社員は、失敗や弱みを見せることに強い不安を抱えているため、心理的安全性が確保されていない職場では、さらに症状が悪化する可能性がある。

企業は、上司やチームメンバーが共感的なコミュニケーションを心がけることで、安心して話せる環境を整える必要がある。また、失敗を責めるのではなく、学びの機会として捉える文化を醸成することも重要だ。心理的安全性については、以下のコラムでも解説している。

まとめ

インポスター症候群は、個人の内面に深く根ざした課題であると同時に、職場環境や組織文化が大きく影響する問題でもある。社員一人ひとりが自身の努力や成果を正しく認識することと同時に、企業がこの症候群に対して理解を深め、支援策を講じることも、社員が安心して力を発揮できる環境を整えるうえで重要である。

心理的安全性の確保、メンタリングの導入、評価制度の見直しなど、組織としての取り組みは、社員の自己肯定感や自己効力感を高め、キャリア形成を後押しする。個人の不安や葛藤に寄り添いながら、「自分なんて…」という思いを乗り越える支援を継続的に行うことが、持続可能な人材活用と組織成長の鍵となる。

社員それぞれが、自分の価値を認識し、前向きにキャリアを築いていけるよう、企業と個人がともに歩む姿勢が求められている。

沖本麻佑
担当者
株式会社マイナビ
MAYU OKIMOTO

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