ビジネスシーンでエンゲージメントという言葉を聞くことがあるだろう。これは使用シーンによってさまざまな意味を持ち、心理学やマーケティングなど多様な分野で使用されている。本記事では、ビジネスにおける言葉の意味や提唱者、エンゲージメント向上のメリットや高める方法を解説していく。
エンゲージメントとは?
エンゲージメント(engagement)とは、本来「約束」や「契約」を指す言葉である。ビジネスシーンにおいては、企業と従業員の間の結びつきを「従業員エンゲージメント」、従業員の仕事に対する心理状態を「ワークエンゲージメント」、企業と顧客の結びつきを「顧客エンゲージメント」というように、シーンによってさまざまな使われ方をする。
注目されるようになったきっかけや提唱者は?
ビジネスの場でエンゲージメントが注目されるようになったのは、1990年にボストン大学の心理学教授であるウィリアム・A・カーンが論文のなかで「パーソナル・エンゲージメント」という言葉で現在の「従業員エンゲージメント」の概念を提唱したことが挙げられる。これは、その後の従業員エンゲージメント研究の基礎となっている。
2002年には、オランダのユトレヒト大学の教授であるウィルマー・B・シャウフェリらにより「ワークエンゲージメント」の概念が提唱された。それぞれの概念の詳細については、次章で解説する。
日本においては、2017年にアメリカのギャラップ社が行った世界各国における従業員エンゲージメント調査において、「熱意あふれる社員」がわずか6%であったことが話題となった。
これにより政府や企業がエンゲージメントの重要性を再認識し、2018年に厚生労働省が発表した「平成30年度版労働経済の分析」のなかでは「ワーク・エンゲイジメントが労働者の健康・仕事のパフォーマンス等へ与える影響」というコラムが掲載された。2022年に経済産業省が発表した「人材版伊藤レポート2.0」でも、人的資本経営においてエンゲージメントが重要な指標となっている。
人的資本経営についてはこちらの記事で解説しているので参考にしてほしい。
エンゲージメントの種類
前述したように、ビジネスにおけるエンゲージメントにはいくつかの種類がある。ここからは、それぞれの概念を詳しく解説する。
従業員エンゲージメントとは
従業員エンゲージメントとは、従業員が仕事や職場に対してどれだけ情熱を持ち、主体的に貢献しようとしているかを示す指標である。従業員エンゲージメントが高い人は、企業の理念や目標に共感・信頼し、自らの役割に意味を見いだしている状態であるため、企業と従業員が相互に関係しながら成長していくことができる。
前述したように、1990年に心理学者ウィリアム・A・カーンが提唱し、近年では人材の定着や生産性向上に直結する重要な指標として注目されている。
従業員満足度との違い
従業員エンゲージメントと似た概念に「従業員満足度」がある。これは、仕事内容や職場環境、給与や福利厚生といった企業に対する満足度を表すもので、業績と直結するかどうかは明らかになっていない。
従業員エンゲージメントは企業と従業員が相互に関係しあっている一方で、従業員満足度は企業の取り組みに対する従業員の評価であるという点に違いがある。
顧客エンゲージメントとは
よく「従業員エンゲージメント」とあわせて語られる「顧客エンゲージメント」という言葉は、マーケティング領域で使われており、企業やブランドと顧客の間の信頼関係を指す。
具体的には、企業やブランドが提供した商品・サービスに対して顧客がどれだけ関心を持って積極的に関わっているかという行動を示す指標ということだ。
ワークエンゲージメントとは
次に、ワークエンゲージメントとは、従業員が仕事に対してポジティブで充実した心理状態を示す指標として使われる言葉である。これは、「バーンアウト(燃え尽き症候群)」の対概念として提唱され、「活力」「熱意」「没頭」の3つの要素で構成されていると前述のウィルマー・B・シャウフェリらによって定義された。
厚生労働省が発表した『令和元年版 労働経済の分析』のなかでは、ワークエンゲージメントが高い人の特徴として「仕事に誇りとやりがいを感じ、熱心に取り組み、仕事から活力を得て、いきいきとしている状態にある」としている。そうすることで、従業員のモチベーションやパフォーマンスの向上に効果があるとされている。
本稿ではおもに企業のなかでのエンゲージメントに着目するため、ここからは従業員エンゲージメントとワークエンゲージメントにしぼって解説していく。
エンゲージメントを高めるメリット
それでは、エンゲージメントを高めることでどのようなメリットがあるのだろうか。従業員エンゲージメントとワークエンゲージメントそれぞれのメリットを見ていく。
従業員エンゲージメントを高めるメリット
従業員エンゲージメントを高めるメリットには以下のようなものがある。
従業員のモチベーション・生産性の向上
従業員エンゲージメントを高めると、企業理念に共感して「この企業に貢献したい」という意欲が高まり、自発的に業務改善などを行うようになる。企業への信頼感があることで仕事へのモチベーションが上がるだけでなく、業務の生産性も向上する。
定着率アップ
従業員エンゲージメントが高いと、「この会社で働いていたい」という思いが強い人が増えるため定着率も上がる。結果として採用コストの削減にもつながる。
企業文化の醸成
企業理念や価値観に共感する人が増えることで、ポジティブな企業文化の醸成にもつながる。また、自発的に行動する人が多いと互いに影響し合い、組織全体も活発化する。
ワークエンゲージメントを高めるメリット
ワークエンゲージメントを高めるメリットには以下のようなものがある。
仕事の質が上がる
ワークエンゲージメントが高い人は熱意を持って仕事に取り組むため、仕事の質が上がりやすい。仕事の質が上がることで、結果として顧客からの信頼獲得にもつながる。
メンタルヘルスの改善
ワークエンゲージメントを高めると、活力を感じながらいきいきと働くことができるので、ストレスが軽減される。バーンアウト(燃え尽き症候群)の予防にもつながる。
組織全体への好影響
ワークエンゲージメントが高いといきいきと働くことができるのは前述した通りであるが、それにより周囲にも好影響を与える。組織全体の雰囲気が良くなり、お互いに協力し合える体制がつくれるだろう。
エンゲージメント向上への企業の取り組み状況
次に、エンゲージメント向上施策について見ていく。まずは、現在の実施状況を見てみると、マイナビが実施した「2025年4月度 中途採用・転職活動の定点調査」では、エンゲージメント向上施策を実施している企業は全体で29.2%。
同じ設問を2023年5月に行った調査でも聞いており、当時は全体で19.4%が「既に実施している」と回答していることから、2年で約10%増加している。 【図1】
【図1】エンゲージメント向上施策の実施状況/マイナビ「2025年4月度 中途採用・転職活動の定点調査」「2023年5月度 中途採用・転職活動の定点調査」より作成
また、企業がエンゲージメント向上施策に取り組んでいたら「応募意欲が高まる(非常に高まる+やや高まる)」と答えた正社員は7割以上(「2025年4月度 中途採用・転職活動の定点調査」)であり【図2】、エンゲージメントの向上は企業と従業員双方に注目されていることが分かる。
【図2】企業がエンゲージメント向上施策に取り組んでいることの応募・入社意欲に対する影響/マイナビ「2025年4月度 中途採用・転職活動の定点調査」
エンゲージメント向上の方法
それでは、具体的にどのような向上施策があるのかを見ていこう。従業員エンゲージメントとワークエンゲージメントは相互に関係しているが、ここでは対”組織”の施策と対”仕事”の施策に分けて紹介していく。
”組織”に対する施策―従業員エンゲージメント向上
まず、従業員エンゲージメントを高めるには、会社・組織と従業員の関係性を深めるための施策が有効である。
ビジョンの共有
従業員エンゲージメント向上には、企業理念やビジョンなど、組織がどのような方向性に向かっているのかをきちんと発信することが重要だ。
分かりやすい言葉で明文化し従業員への共感をうながすことで、従業員は自身の所属する組織が目指している方向を深く理解することができる。
働きやすい環境づくり
従業員が組織への信頼を増すためには、働きやすい環境であることも重要である。柔軟な働き方や制度が整っていること、またそれを問題なく利用できるという仕組みや風土づくりが求められる。
働きやすい環境が整っていると、会社に対するフラストレーションが溜まりにくくなり「この会社でもっと頑張ろう」という意欲が出てくる。
エンゲージメントサーベイの利用
従業員のエンゲージメントを可視化するには、エンゲージメントサーベイの利用が有効だ。エンゲージメントサーベイとは、従業員にアンケートを行い、エンゲージメントを数値化して測るものである。客観的な指標で数値化されることで、現状を把握して課題点を見つけることができる。
また、エンゲージメントサーベイは数値の変化を追い問題解決にいかしたり、早めに対策を講じたりできるため、定期的な実施でより効果を発揮する。
キャリア支援と評価制度の充実
教育体制や研修制度で従業員のキャリアや成長を支援すること、また公正で納得感のある評価制度を構築することも従業員エンゲージメント向上につながる。
望むキャリアを会社のなかで歩めること、また正当に評価されることは仕事そのものへのモチベーションアップや会社への帰属意識醸成に寄与する。
”仕事”に対する施策―ワークエンゲージメント向上
ワークエンゲージメントを高めるには、仕事そのものへの熱意ややりがいを高める施策が有効である。
研修制度の充実
研修制度の充実で従業員のキャリアや成長を支援することは、前述した従業員エンゲージメントの向上だけでなくワークエンゲージメントの向上にもつながる。自身のスキルアップを実感することでやりがいや自己効力感がアップし、さらなる成長が期待できる。
ポジティブなコミュニケーション
ワークエンゲージメント向上のためには、周囲とのポジティブなコミュニケーションも重要である。職場で良好な人間関係を築くことは、仕事のやりがいとも深く関わっている。
目標達成時に褒め合うだけではなく、ミスがあった際にもみんなで改善案を出しあったり、過程も評価したりとポジティブなコミュニケーションを取りあうことでお互いにいきいきと働くことができる。
業務の意義づけと裁量性
業務の意義づけとは、従業員が自身の業務内容について目的や背景、どのような価値があるのかを理解することである。誰のためにやるのか、この仕事の先に何があるのかを意識しながら業務に取り組むことで、モチベーションややりがいがアップする。
また、自律性を高めるために裁量のある仕事を任せることもワークエンゲージメントの向上につながる。これは、従業員への信頼を示し、従業員エンゲージメントの向上にも寄与する。
ジョブクラフティング研修
ジョブクラフティングとは、従業員が自分の業務内容や仕事に対する認識などを主体的に再設計する行動のことである。従業員がジョブクラフティングをすることで、エンゲージメントの向上が期待できる。
ジョブクラフティング研修では、目の前の業務をやりがいのあるものにするための考え方や手順を学べる。仕事への意義づけが従業員エンゲージメント向上に、自律性の向上がワークエンゲージメント向上につながる。
ジョブクラフティングについては以下の記事で詳しく解説している。
エンゲージメントを意識して職場と従業員に相乗効果を
本記事では、エンゲージメントについてとくに「従業員エンゲージメント」と「ワークエンゲージメント」に着目してメリットや向上施策を解説した。
エンゲージメントを意識することは、企業の生産性向上や従業員の働きがいなどさまざまなメリットがある。エンゲージメントサーベイなど可視化できる調査もあるので、ぜひ活用してエンゲージメント向上に取り組んでほしい。