働きやすい職場は、成長できない?~学生の判断をゆがめる心理バイアスへの対応~

神谷俊
著者
株式会社エスノグラファー代表取締役 バーチャルワークプレイスラボ代表
SHUN KAMIYA

ここ数年、学生の就職観は大きく変化しています。特に「働き方」への関心は非常に高く、リモートワークや残業時間、転勤の有無といった条件を自ら選びたいという姿勢が年々強まっています。実際に、マイナビの調査結果(※1)でも、「個人の生活と仕事を両立させたい」と答えた学生は24.5%にのぼり、前年より1.7ポイント増加している傾向が見られました。これは「楽しく働きたい」に次いで高いポイントです。

こうした背景を受け、多くの企業が自社の安定性やワークライフバランスの良さ、福利厚生の充実ぶりを積極的に打ち出し、いかに働きやすい職場か?を訴求しています。

ところが学生にインタビューしてみると、そうした働きやすさは「魅力」であると同時に、「不安」になっている場合も少なくありません。企業が福利厚生や働きやすさを訴求したことによって、むしろそれが彼らの意欲減退を促してしまっているというケースです。本コラムでは、このようなケースに注目して、その要因と対策について考えて参ります。

「ワークライフバランスがとれる会社」に不安を感じる学生

“A社が「ホワイト」なのは良く分かります。住宅手当も手厚いし、転勤もない。残業時間も月に10時間程度で、リモートワークもフレックスもある。安定して働けるのは良く分かりました。でも、それだけでいいの?って思うんですよね。”

ある企業の辞退理由を調査する中で、数名の学生から同じようなコメントをもらいました。安定や働きやすさが強調されるほど、「その環境に身を置いたら、自分の成長が止まってしまうのではないか」と不安になると言います。このような不安を抱く学生は、次のような特徴を持っています。

  • 目指す姿や獲得したいスキルなど、キャリア目標を明確に意識している
  • 「1stキャリア」という言葉を多用し、自らのキャリアを俯瞰し、吟味している
  • 就職関連の情報だけでなく、ビジネス分野の情報収集を積極的に行っている
  • キャリアに対する危機感や問題意識が強い

「自分はどのように成長したいか」「キャリアをどう築いていきたいか」という視点で真摯に自分のビジネスキャリアと向き合う学生たちです。

こうした学生は成長へのこだわりが根底にあるために、安定や働きやすさが強調されると、それらを「挑戦の少ない環境」や「厳しくない環境」と曲解してしまうところがあります。

仕事経験のある私たちからすれば、学生たちのこのような解釈が偏った解釈であることは分かると思います。「自分のライフキャリアやプライベートの都合に合わせて柔軟に働ける環境」と「成長できる環境」はまったく別の“ものさし”ですし、これらが共存する職場は十分にありえると考えられるからです。

ただし、職務経験が限られている彼らは、そのような多面的な解釈やイメージを持つことが難しいでしょう。二項対立的に「働きやすい職場=成長できない職場」と認識してしまうようです。

前に見た企業が影響を与える「コントラスト効果」

なぜ学生は「働きやすい=成長できない」と捉えてしまうのでしょうか。その背景には、いくつかの心理的バイアスが作用しています。

コントラスト効果とは

まず考えられるのが「コントラスト効果(Contrast Effect)(※2)」です。先に見たものの印象が強い場合、後に見る比較対象の印象がより極端に反対方向にずれ込みやすくなるという認知バイアスです。

たとえば、外資系のコンサルティングファームのセミナーに参加した学生が、その中で切磋琢磨する社員たちと接触したとしましょう。そのあとに、日本企業のメーカーのインターンシップに参加した際に、社員から「うちは残業時間少ないよ」「週末は同僚とバーベキューしたり、旅行に行ったりすることもあるよ」とコメントされると、そのあまりの違いに「この会社では成長できない」と極端な評価を下しやすくなってしまうのです。【図1】

【図1】コントラスト効果
【図1】コントラスト効果

これは比較対象があることで発生しやすくなるバイアスです。就職活動のように多くの企業を同タイミングで見比べるシチュエーションでは頻繁に起きることが予想されます。

グレーな評価を避ける「白黒思考」

また彼らの偏った解釈の背景には、白黒思考(Dichotomous Thinking(※3))というバイアスがあることも考えられます。

白黒思考とは

白黒思考は、文字通り「良い・悪い」など単一的な評価に寄せて判断してしまう傾向です。【図2】

【図2】白黒思考
【図2】白黒思考

たとえば、新商品が登場して既存の定番商品と比較する際に、「新商品=不安定な品質」「定番商品=安定の品質」といったように、単純な評価を下してしまう経験はみなさまもお持ちかもしれません。これは、人が複雑な情報を処理して、吟味することを無意識的に回避しようとするために生まれるバイアスです。

就職活動も「自分にフィットする企業を選ぶ」という複雑な情報処理を限られた時間の中で進めようとするために、しばしばこのような単純化が発生しやすいと考えられます。

さらにこれまでの研究では、より「完全な選択」を目指す人ほど、白黒思考に陥り、不完全な選択をしてしまう傾向があることも分かっています(※4)。キャリアにこだわりが強く、より自分が成長できる環境を精緻に見極めたいという志向を持つ学生ほど、過剰にシビアな判断を下してしまうこともあるかもしれません。

就職活動の複雑さや、学生たちの実直さを踏まえれば、このようなバイアスに影響されるのは、ある意味でごく自然な現象と言えるのかもしれません。多くの情報を同時に処理しようとする過程で、実態とは異なる認識に傾くことはなかなか避けがたいものであると言えそうです。

対話を通じた意味の再構築が不可欠

では、こうした学生たちの偏った認識をどのように解きほぐせば良いのでしょうか。

マーケティングのセオリーでは、「真実は一つとは限らず、人の数だけ存在する」という考え方があります(※5)。人事担当者や現場社員が「自社は良い会社だ」と信じるのも一つの立場です。逆に学生が「働きやすさは成長を阻む」と感じるのも、彼らなりの立場に根ざした見方です。価値観が多様化する中で、自社の見られ方は実に幅広いことを前提として捉える必要があるでしょう。

大切なのは、どちらが正しいかを競うことではなく、それぞれの立場の“見え方”があることを理解すること。そして、それぞれの視点を共有し、具体的な情報をもとにより実態に近い納得できる理解を共に形づくることです。

ポイントは、対話にあります。

学生が抱いた曖昧な不安を言語化し、それに対して企業が具体的なストーリーや事例を提示することで、学生自身が新しい意味を見出していく。これが内定承諾に至るまでの納得感を大きく左右することになるでしょう。

内々定後の面談における工夫

もっとも、意思決定時に学生が自ら「私は御社を偏った見方で捉えているかもしれません。詳しく教えてください」と言ってくることはかなり稀でしょう。多くの不安は心の中にとどまり、最終的に辞退というかたちで表面化します。

いまの新卒市場では、学生が複数の内々定を持つのは当たり前。他により良い選択肢がある以上、わざわざ時間をかけて疑問を解消しようとはしません。だからこそ、企業側が意識的に場を用意する必要があります。

内定後のフォロー面談

特に有効なのは、内々定後のフォロー面談です。ポイントは「希望者のみ」ではなく「原則参加」と説明すること。学生から質問や相談が来るのを待つのは得策ではありません。

自分がイマイチと感じていて、買う予定のない製品について、敢えて情報を求めに行くことは少ないと思います。学生も同様で、評価が低い企業の面談を自ら希望して参加する学生は限られています。だからこそ、企業から機会を確保していくための尽力が必要です。

さて面談で重要なのは、学生の不安を引き出す“仕掛け”を用意することです。たとえば、学生は次のような不安を企業側に伝えることは「失礼にあたるため、伝えるべきではない」と考える傾向があるようです。

  • 成長意欲が高い人が少ないように感じているが、その社風の中にいたら成長できなくなってしまうのではないか?
  • 研修制度や資格取得支援制度が他社の方が整っているように見えるが、本当に成長できるのか?
  • 御社の業界は、OOの影響で今後、市場が縮小していくのではないか?
  • 貴社は同業他社と比べて平均年収が100万円低い。報酬の低さから、生活水準が低いのではと不安を感じている。

これらの不安を引き出すために、どのような仕掛けが必要でしょうか。ポイントは、「見える化」と「一般化」です。

見える化と一般化

たとえば過去の内定者へのインタビューをもとに「学生がよく感じる不安リスト」を作成し、それを提示しながら「該当するものにチェックを入れてください」と伝えるのが有効です。

学生は「自分だけが感じているのではなく、他の人も同じように不安を持っている」と安心し、率直に本音を開示しやすくなります。不安リストの例を挙げると以下のようになります。【図3】

【図3】対話の質を高める「不安リスト」
【図3】対話の質を高める「不安リスト」

このように“誰でも不安に感じている”ことを強調し、学生の抱えている悩みが一般的なものであるという前提でアウトプットを提示することによって、学生は自身のモヤモヤをより自然に吐き出せるようになります。結果として、企業は学生の不安を把握し、適切に回答や説明を行うことができるのです。

学生のキャリア観が多様化する昨今、どの学生も魅了するような普遍的な魅力というものはなくなりつつあります。ある学生層には響くものであっても、ある学生からは懸念材料として見なされてしまうこともあるでしょう。また、限られた接点の中で判断を下そうとするわけですが、どうしても偏った見方が生まれてしまうこともあるはずです。

このような市場環境の中で、企業に求められるのは1人ひとりに合わせた訴求です。相手のニーズや不安を捉え、そこにフィットするように情報を届ける。企業側から一歩踏み込み、1to1、1on1の施策を丁寧に展開していくことが採用の成果につながるでしょう。


※1 マイナビ (2025). 『2026年卒大学生就職意識調査』. 株式会社マイナビ.
※2 Herr, P. M., Sherman, S. J., & Fazio, R. H. (1983). On the consequences of priming: Assimilation and contrast effects. Journal of experimental social psychology, 19(4), 323-340.
※3 Oshio, A. (2009). Development and validation of the dichotomous thinking inventory. Social Behavior and Personality: an international journal, 37(6), 729-741.
※4 He, X. (2016). When perfectionism leads to imperfect consumer choices: The role of dichotomous thinking. Journal of Consumer Psychology, 26(1), 98-104.
※5 Zinkhan, G. M., & Hirschheim, R. (1992). Truth in marketing theory and research: An alternative perspective. Journal of Marketing, 56(2), 80–88.

神谷俊

著者紹介
神谷俊(かみや しゅん)
株式会社エスノグラファー 代表取締役
バーチャルワークプレイスラボ 代表

企業や地域をフィールドに活動。定量調査では見出されない人間社会の様相を紐解き、多数の組織開発・製品開発プロジェクトに貢献してきた。20年4月よりリモート環境下の「職場」を研究するバーチャルワークプレイスラボを設立。大手企業からベンチャー企業まで、数多くの企業のテレワーク移行支援を手掛け、継続的にオンライン環境における組織マネジメントの知見を蓄積している。また、面白法人カヤックやGROOVE Xなど、組織開発において革新的な試みを進める企業の「社外人事(外部アドバイザー)」に就くなど、活動は多岐にわたる。21年7月に『遊ばせる技術 チームの成果をワンランク上げる仕組み』(日経新聞出版)を刊行。

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