新しい時代の人事評価制度はどうあるべきか-立命館大学 総合心理学部総合心理学科 教授 髙橋潔氏

キャリアリサーチLab編集部
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令和に入り仕事に対する価値観や働き方の多様化が進んでいる。そんななか人事評価制度はどのようにアップデートしていく必要があるだろうか。

職能給から成果主義、そしてジョブ型へ――日本の人事評価制度は時代とともに変遷を重ねてきたが、その本質的な課題は「人が人を正しく評価できるのか」という問いにある。

本稿は連載企画「令和に求められる人事評価制度を考える」の第2回となる。産業・組織心理学を専門とし、人事評価研究の第一人者である髙橋潔教授に、心理学の視点から見た評価の落とし穴と、これからの時代に求められる新たな評価のあり方について聞いた。

立命館大学総合心理学部大学院人間科学研究科 教授╱神戸大学 名誉教授 髙橋 潔氏

髙橋 潔(たかはし きよし)
(立命館大学総合心理学部大学院人間科学研究科 教授╱神戸大学 名誉教授)

1960年大阪府生まれ。1984年、慶應義塾大学文学部卒業。1996年、ミネソタ大学経営大学院修了(Ph.D.)。南山大学経営学部および総合政策学部助教授、神戸大学大学院経営学研究科教授を経て、2017年より現職。専門は産業・組織心理学、組織行動論。人事評価やコンピテンシー診断など、企業と人のマネジメントについて心理学的視点からアプローチ。近年、ウェルビーイング経営に関する研究にも取り組んでいる。経営行動科学学会元会長、日本労務学会元常任理事、人材育成学会常任理事、産業・組織心理学会理事、日本心理学会代議員などを歴任。『新版・組織行動の考え方』(共著 東洋経済新報社)が、「日本の人事部HRアワード2025」書籍部門最優秀賞に選ばれている。本記事は、『現場で役立つ人材評価学』(日本経済新聞出版)がベースになっている。

人事評価は「人材を見極める総合格闘技」

Q.人事評価制度は、組織や働く個人にとってどのような意義や目的があるとお考えでしょうか

高橋:まずは人事評価制度がどういうものなのかについて説明します。公的な定義では、人事評価とは「従業員の勤務や実績からその能力や仕事ぶりを評価し、賃金や昇進や配置や能力開発の処遇に役立てる手続き」とです。

その本質を一言で表すなら、「人材を見極める総合格闘技」といえるでしょう。それほど幅広く、多面的な要素を含んでいるのです。

人事評価の5W1H

日本では「人事制度」と「人事評価」という言葉が、似たようなものとして扱われてきました。つまり、昇進・昇格・昇給といった処遇の問題と、評価の問題が渾然一体となっているのです。人事評価は下図の5W1Hのすべてに対応する必要がある総合的な問題です。そのため、世の習いや伝統を守るのではなく、新しい時代に合わせて改善していくべきチャレンジしがいのあることなのです。

「人事評価の5W1H」髙橋 潔教授作成
「人事評価の5W1H」髙橋 潔教授作成

それぞれの詳細は、以下の通りです。

いつ(When):定期評価が基本ですが、1on1ミーティングを行って、代わりに評価なしという選択肢もあります。長期的な「評判」という側面もあります。毎期の評価結果ではなく、社内で「あの人はできる/できない」といったある種のうわさ(評判)が、評価の意味をなしているということです。

どこで(Where):評価の結果を返すときに、対面かオンラインかで、違いが生じます。

誰が(Who):上司から部下への下方評価が標準ですが、部下から上司への上方評価や、同僚や顧客からの360度評価もあります。

何を(What):評価要素・評価基準を指しています。しかし、評価要素をそもそもから考えることは多くないですし、何が評価されるのかといったことは、もっとも不満が出やすいものです。組織がしっかりと向き合っていかなければならない課題です。

なぜ(Why):評価の目的。これに関しては、次の段落で詳述します。

どのように(How):評価方法・評価手続きを指しています。20世紀初頭から、皆さんが想像する以上にたくさんの評価方法が考案され、研究されてきました。その成果を踏まえれば、どのようなアプローチでも取ることができ、他社の例や世間に合わせる必要はありません。

評価の目的は3つある

高橋:評価の目的は大きく3つあります。第一に「管理目的(アドミニストレーション)」。従業員が200人以上になると、全員の顔と名前が一致しないので、属人的な形で全員の仕事ぶりを把握することは困難になります。当然、評価がなければ、一人ひとりの働きをマネジメントできません。

第二に「能力開発・人材育成目的(ディベロップメント)」。一人ひとりを最適に育成するために、評価を行うということです。基本的に年功序列の給与体系である公務員などでは、管理目的ではなく、育成目的が強調されることが多いでしょう。

そして第三に、私が主張しているのが「メッセンジャー目的」です。人事評価は「組織が何を大切にしているか」という価値観やパーパスを、能力主義や成果主義といった言い伝えられた主義や制度ではなく、誰が上に行き、誰が優遇されるのかという具体的な結果で、象徴的・暗示的に示しているメッセンジャーとしても機能しているのです。

日本の人事評価スタイルの変遷

Q.日本型雇用の見直し、労働人口の減少やAIの台頭など、働く環境が大きく変化する中で、人事評価制度にはどのような変革が求められていると思いますか。

高橋:日本の人事評価は、大きく3つの時代を経てきました。

「日本の人事評価スタイルの変遷」髙橋 潔教授作成
「日本の人事評価スタイルの変遷」髙橋 潔教授作成

職能給の時代(戦後~1970年代)

当時は、従業員個人の職務遂行能力(知識・スキル・経験・適性など)を評価して賃金を決める「職能給制度」のもと、「人事考課」と呼ばれる評価が行われていました。評価要素は「能力」と「成績」の2つ。

職務遂行能力を測定して給料を決める仕組みでしたが、実際には職務遂行能力を客観的に測定するのは手間がかかるため、年功によって、1年経てば能力が上がったものとみなす。そして、成績は上司の判断にゆだねるという運用がなされました。これがメンバーシップ型人事制度の原型です。

成果主義の時代(1990年代以降)

バブル崩壊後、日本企業は競争力を失い、シリコンバレー企業を参考にした成果主義が導入されました。成果目標をどれだけ達成できたかを測り、管理するMBO(目標管理制度)と、360度評価が中心となり、「成果」と「行動」を評価するようになりました。成果面と行動面のパフォーマンスを強調するため、私は「パフォーマンス型人事制度」と呼んでいます。

ジョブ型への模索(2020年代)

現在、ジョブ型雇用という言葉が流行していますが、本来のジョブ型人事制度では「人」ではなく「職務」を評価します。仕事の幅と責任を評価し、担当する従業員が誰であっても同じ給料を払うのが原則です。給料を上げたければ、より責任の重い職務に就く必要があります。日本企業は、まだこの仕組みへの移行途上にあります。ただし、仕事の変化が激しく、ジョブ・デスクリプション(職務記述書)をころころ変えていかなければならない時代では、ジョブの評価もむずかしくなるのが懸念点だといえるでしょう。

メンバーシップ型→パフォーマンス型→ジョブ型に至る人事制度の変遷からは、直接に、今後の変化を予想することはできないでしょう。ですが、後述するように、これからの人事評価を考える上でのヒントがいろいろと得られます。

心理学から見る人事評価制度

Q.先生は「人事評価制度を効果的に機能させるために心理学の観点が重要」と指摘されていますが、具体的にどのような心理的要素や理論が評価制度の設計・運用に活かせるとお考えですか。

認知バイアス──評価の「敵」を知る

高橋:さまざまな変遷をたどってきた人事評価ですが、そもそもこの制度を効果的に機能させるには、心理学の視点が重要です。評価の心理といえばまず、「認知バイアス」の問題が浮かび上がります。

代表的なバイアスには、以下のようなものがあります。

  • 一つの印象が全体評価に影響する「ハロー効果
  • 極端な評価を避ける「中心化傾向
  • 実際よりも甘くなるもしくは厳しくなる「寛大化・厳格化
  • 直前の対象との比較で歪む「対比効果
  • 無関係の要素を論理的に関連づけて評価する「論理誤差
  • 最近の出来事を重視する「近時効果

背景には、「人が人を評価するのだから、正しい評価はありえない」という考え方があり、これが評価に対する不信感の源泉となってきました。

しかし、バイアスについての知識を得ることで、評価者はそれを抑制できるようになります。「知識は力なり」です。だからこそ、評価者研修などでバイアスの存在を学ぶことには、確かな効果があります。

不満は評価の友である

認知バイアスの中でも、特に重要なのが「平均以上効果」です。7~8割の人は、自分のパフォーマンスを平均以上だと思っています。しかし統計的には、半分の人しか平均以上にはなれません。トップ1割くらいの優秀者以外は、評価結果を正直に返されるとがっかりするのです。

つまり、評価に不満が出るのは当たり前だということ。だからこそ、私は「不満は評価の友である」と主張しています。アメリカでは、「人事評価とは、評価などしたくない人が、評価を受けたくない人に対して行うもの」といわれます。評価をする側にも、される側にも不満が生じるのは当然なのです。

不満が出れば「待ってました」と受け止めて、その不満を真摯に聞き取り、人事スタッフは制度改善に、上司はマネジメント改善につなげていきましょう。不満は評価をよりよくするための「友」だという認識が重要です。その向き合い方については、次の通りです。

三者三様の向き合い方

Q. 労働力不足が深刻化する中で、人材の定着や育成の観点から、人事評価制度が果たすべき役割や期待される効果についてご意見をお聞かせください。

人事部の立場

高橋:評価する立場であっても、評価される側でも、従業員からの不満に対して、丁寧に聞き取りを行うことが、人事スタッフには肝心です。カウンセリング効果もあり、「私たちのことを聞いてくれた」という従業員の信頼につながります。

上司の立場

評価をする上司の立場であれば、評価そのものに固執せず、部下の成長に目を向けることが大切です。大学教員が学生の卒論指導をするように、きめ細かく寄り添い、「できなかったことができるようになった」という成長を認めてあげる姿勢が求められます。

評価される側の立場

評価をされれば、不満を持つことは自然なことです。それをネガティブに捉えるのではなく、「成長のもと」と捉え直しましょう。フィードバックをしっかり求める人は成長が早いのです。積極的にフィードバックを受け入れることで、翌年には自分の行動が変わっていくはずです。

これからの人事評価制度

Q. ダイバーシティが推進される中、多様なバックグラウンドを持つ人々がともに働く職場が増えてくると思います。多様な人材が活躍できる組織作りのために、評価制度にどのような工夫が必要だとお考えですか。

「人」ではなく「仕事や成果」を評価すべし

高橋:人材不足の時代に定着を重視するあまり、評価と雇用を混同しがちですが、これは分けて考える必要があります。

AI時代において、会社は必ずしも人を増やす方向には動きません。ホワイトカラーの仕事についても、業務委託(クラウドワーク)や外注(アウトソーシング)で成果を確保するという選択肢もあります。そこで重要になるのが、「人材を評価する」のではなく「仕事や成果を評価する」という発想の転換です。

リモートワーク時代に露呈したのは、多くの上司が「何時間会社にいるか」で部下を評価していたという事実でした。どれだけいいプレゼンテーションをしたか、どれほど優れた顧客対応をしたか──そうした本質的なパフォーマンスは評価されてこなかったのです。

これからは「人事評価」から「業務評価」へのシフトが求められます。業務や成果をいかに記録し、査定していくか。成果物がある仕事であれば評価は比較的容易ですが、成果物がない仕事のパフォーマンスをどう評価するかは、まだ確立されていない課題です。結果がすべてではないし、客観的数字と主観的評価は食違いやすいものです。成果主義を極めていっても、主観的評価をなくすわけにはいきません。

未来の人事評価制度──3つの可能性

評価の未来には、3つの将来像が考えられます。

1. スーパー成果主義

一握りのスター選手が引っ張る成果型組織です。スター社員を高く評価し、その能力と成果を最大限に発揮できる仕組みですが、普通の人は格差に不満を持つ可能性があります。プロスポーツや芸能界のように、競争文化が浸透している組織では成り立ちます。

2. 戦略主義

DX人材やAI活用人材、変革型リーダーなど、企業の競争戦略・成長戦略に合った人材を高く評価する考え方です。人的資本経営の文脈で注目されていますが、外部人材や異能人材に光が当たるため、内部昇進の仕組みとの齟齬が生じます。上司も「何をやっているかわからない」人材を評価しなければならず、運用は容易ではありません。

3. 貢献主義

成果主義への不満を踏まえ、成果ではなく、組織への「貢献」を評価する考え方です。売り上げへの貢献だけでなく、ワークライフバランスやメンタルヘルスへの貢献も評価対象になりえます。メンバーシップ型雇用とも相性がよく、柔軟な処遇が可能です。

私の実感では、この「貢献主義」がもっともしっくりくるという反応が多いです。成果主義で目標管理制度(MBO)を導入している企業であれば、「成果目標」を「貢献目標」に置き換えるだけで移行できます。成果主義の後に続く新たな人事制度の呼称として、「貢献主義」が時代を作る可能性があると考えています。

評価は組織の鏡である

Q. 人事評価制度は、今後どのように進化していくべきだと思いますか。

高橋:本来であれば、評価の仕組みを見れば、その組織のことがわかるはずです。誰が優遇され、誰が上に登るのか──そこに組織のバリュー、人材像、価値観が表れるはずなのです

しかし多くの会社では、評価制度が何を大切にしているのかが明示されていません。基本給は職能給(年功的)でボーナスは成果給という二重のメッセージが、従業員を混乱させています。

一本筋を通し、「我が社の評価は○○主義です」と、組織のプリンシプルやフィロソフィ(原理原則と哲学)を伝えることが重要です。

人事評価は、いうなれば、組織が大切にしている価値観(プリンシプル)や哲学(フィロソフィ)をわかりやすく伝えるメッセンジャーなのです。

今こそ日本の伝統的価値観に立ち返るべき

西洋近代から東洋思想へ

そもそも、優劣、善悪、美醜で判断するという評価の基本構造は、一神教的で西洋近代的な発想です。われわれは自然に、西洋近代的な考え方を身につけてきました。

一方、東洋哲学には「陰陽合一」という考え方があり、優と劣も、善と悪も、突き詰めれば同じという思想があります。陰極まれば陽となり、陽極まれば陰となる──白黒はっきりさせるのではなく、すべては一体なのです。

日本の伝統的な人事制度が、毎年の評価をあまり重視せず、長期的な「評判」で人を見てきたのは、もしかするとこうした東洋的な発想が背景にあったのかもしれません。

宮沢賢治に学ぶ「優れた人材」像

日本文化を背景に「何を評価するのがいいのか」を考えたとき、私は宮沢賢治の『雨ニモマケズ』に一つのフィロソフィを見出しました。この詩には、日本的な優れた人材像が描かれています。

第一に「健全な肉体」。「雨ニモマケズ 風ニモマケズ」で始まり、「一日ニ玄米四合ト 味噌ト少シノ野菜ヲタベ」──玄米をお茶碗で8杯(四合)も平らげ、雨にも風にも、雪にも暑さにも負けない肉体をもつ。病弱だった賢治が、これほど頑健な肉体を理想として掲げていたのです。

第二に「利他的な行動力」。「東ニ病気ノコドモアレバ 行ッテ看病シテヤリ」「西ニツカレタ母アレバ 行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ」──他者のために、しかも極めて行動的に動く姿が描かれています。

第三に「慎み深さ」。「ミンナニデクノボートヨバレ ホメラレモセズ クニモサレズ」──賢治が理想としたのは、法華経に出てくる「常不軽菩薩(じょうふきょうぼさつ)」のような存在です。身分の低い人、卑しいとされる人にも敬意を忘れない菩薩。自分の身を低くして我も我もではなく、他者を敬い、他者のために働く利他的な人材像です。

「利他」という評価軸

同じことをめざしていても、西洋では「(隣人)愛」を中心に考えてきました。それが東洋的な発想では「利他」という考えに落ち着いてきます。優れた人材とは貢献した人である──この「利他」に重心を置き直すことで、日本らしい評価のあり方が見えてくるでしょう。

これまで人事評価について「優れた人を正しく評価し、それに見合った処遇で報いるのがいい」という考え方が当然視されてきました。しかし、その発想自体を問い直す時期に来ているのかもしれません。

一人ひとりが他者を敬い、他者のために尽力する。お客様だけでなく、同じ職場に勤める上司や同僚や部下に対しても、リスペクトして支援する。そうした日本文化に根ざした人材像を、評価の軸として据え直す。勤勉さを強みにしてものづくりで競争力をもったこの国が、勤勉さを見失ってしまった現代にあって、新たな人材の価値を、組織が、そして日本社会全体が考え直す時期が来ているのです。

東郷 こずえ
担当者
キャリアリサーチLab主任研究員
KOZUE TOGO

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