健康経営とは-長く健康に働ける職場づくりで生産性向上を目指す

キャリアリサーチLab編集部
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現代の企業経営において、従業員の健康を重視する「健康経営」が注目されている。企業が従業員の健康を守り、働きやすい環境を整えることで、生産性の向上や企業イメージの向上など、さまざまなメリットが期待できるからだ。本記事では、健康経営の基本的な概念から実践に向けての具体的なステップ、そしてそのメリットについて見ていく。

健康経営とは

経済産業省のホームページによると健康経営は下記のように説明されている。

「健康経営」とは、従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践することです。企業理念に基づき、従業員等への健康投資を行うことは、従業員の活力向上や生産性の向上等の組織の活性化をもたらし、結果的に業績向上や株価向上につながると期待されます。健康経営は、日本再興戦略、未来投資戦略に位置づけられた「国民の健康寿命の延伸」に関する取り組みの一つです。

経済産業省. (2024). 健康経営について

人的資本経営との関わり

企業が従業員の健康増進に取り組むことは、言い換えれば、従業員に対する投資である。そのため、人材を資本とし、能力を最大限に引き出す「人的資本経営」の中に、健康経営は含まれると言える。人的資本経営では下記コラムで解説している。こちらも併せて参考にしてほしい。

健康経営が推進される背景

次に、「健康経営」がなぜ注目され、推進されているのかについて見ていく。

生産年齢人口の減少・従業員の高齢化

経済産業省のレポートによれば、2050年までに日本の総人口は20%減少し、15歳から60歳までの生産年齢人口は30%減少する見込みとなっている。労働市場の縮小傾向は明らかであり、今後、人手不足に陥る企業が増えていくだろう。

また、同レポートでは2050年には、平均寿命が男性83.5歳、女性90.3歳まで上昇することが予測されている。さらに、高年齢者雇用安定法の改正などにより、高齢者の就業参加が促されており、労働力人口の高齢化が進んでいると言える。

このような状況の中で企業は減少している働き盛り世代が生き生きと活躍でき、増加している高齢者の働き手も健康に長く働けるように考えていくことが必要となる。若者から高齢者までのすべての従業員の健康を維持し、長期的に働ける環境を整えることが求められているのだ。

働き方の多様化

働き方の多様化も、現代社会で健康経営が求められる理由の一つだ。リモートワークやフレックスタイム制度、フリーアドレスなどの導入により、従業員の働き方が柔軟で便利になった。一方で、メンバー同士が顔を合わせる機会が減少している。従来の働き方であれば気づくことができた部下や同僚の体調不良やメンタル不調に気づきづらくなっているという変化も起きているのだ。

プレゼンティーイズムとアブセンティーイズム

軽い頭痛やせき、メンタル不調などによってパフォーマンスが低下する状態は「プレゼンティーイズム (presenteeism)」と呼ばれ、体調不良により欠勤や休職する状態は「アブセンティーイズム(absenteeism)」と称される。

経済産業省のレポートでは、2016年に米国商工会議所が発表した「健康と経済」に関するレポートで、労働損失の要因として、『病気による早期退職』『アブセンティーイズム』、そして『プレゼンティーイズム』が挙がると紹介されている。

このような不調による労働損失は、企業にとって無視できない問題であり、どちらも未然に防ぐための取り組みが重要だが、特にプレゼンティーイズムは、現在のようにメンバーが違う場所・時間で働いている状況では気づくのがより難しくなるため、これまでの健康管理やメンタルヘルス対策を見直す必要があるのだ。

リモートワーク勤務で顔が見えない中での部下のヘルスケアやフォローについては下記のコラムで解説されているため、こちらも参照してほしい。

企業の社会的責任(CSR)

2014年からはストレスチェックが義務化され、企業は従業員のメンタルヘルスへの対応が求められるようになった。そのため、企業が従業員の健康に配慮し、改善に向けた取り組みを行うことは、企業の社会的責任(CSR)の一環として見なされている。

また、健康経営は企業にとって”義務”というだけではない。 ESG投資の普及に伴い、投資家はESGの「S(社会)」に関する取り組みも評価するようになった。さらに、従業員の体調不良を減らすことで、労災リスクを抑えることができ、医療費や労災費を抑えられるという利点もある。このような流れにより、従業員の健康増進や福利厚生に力を入れる企業が増えている。

健康経営のメリット

企業が経営理念に基づき、従業員の健康保持・増進に取り組むことは、従業員の活力向上や生産性の向上等の組織の活性化をもたらし、結果的に業績向上や組織としての価値向上へつながることが期待されている。それぞれ具体的にどのような効果が見込まれるのか、詳しく見ていこう。

生産性の向上

健康な従業員は集中力が高く、仕事に対する意欲も旺盛であるため、自然と生産性が向上する。さらに、このように生産性が高い従業員が増えることで、組織全体が活性化し、さらなる生産性の向上が期待できる。また、健康経営の取り組みによって従業員のストレスが軽減し、ミスや事故の発生を抑える効果もある。

離職率の低下

健康経営を推進することは、従業員の満足度を向上させ、離職率を低下させる効果もある。従業員が自身の健康を大切にされていると感じることで、企業への忠誠心が高まり、働き続ける意欲が増すからだ。このように健康経営を通じて、従業員エンゲージメントを高めることで、企業は経験を積んだ人材の定着につながり、良いパフォーマンスを発揮してもらうことができる。

実際、経済産業省のレポートに掲載されている、健康経営に取り組んでいる企業とそうでない企業を比較した2021年の調査結果では、健康経営に取り組んでいる企業の方が、離職率が低い傾向が見られた。

従業員の健康の増進・不調の予防

健康経営による定期的な健康診断や健康相談の提供、メンタルヘルスケアの強化などの取り組みを通じて、従業員が健康を維持しやすい環境が整えられる。健康やメンタルヘルスケアなどへの施策によって知識や意識の向上にもつながり、病気やケガなど心身の不調の予防が期待される。結果として、不調による休職などのリスク軽減にもつながるだろう。

企業イメージの向上

経済産業省のレポートによれば、健康経営を実践する企業は、ステークホルダーとの関係においてもさまざまなメリットを享受できる。

従業員の健康を重視する企業は、社会的責任を果たしていると評価され、金融機関や投資家、取引先からの信用されやすくなる。加えて、地域と良好な関係を築きやすくなり、消費者はその企業の製品やサービスを選びやすくなる。

企業イメージが良ければ、求職者からの応募が集まりやすくなり、採用力の強化にもつながる。経済産業省は2016年から健康経営に取り組む企業の中で、特に優れた企業を表彰する「健康経営優良法人」をスタートさせているが、2022年6月からハローワークの求人票で健康経営優良法人のロゴマークが利用できるようになっている。健康経営を実施していることは、採用市場において企業の重要なアピールポイントの一つにもなっているのだ。

リスク・コストの削減

従業員の健康状態が改善されると、病気やケガによる医療費が減少し、企業のコスト削減にもつながる。具体的な例として、長時間労働による労災事故がある。以前から、長時間労働による体調不良は、パフォーマンスの低下や注意散漫によるミス、最悪の場合は労災事故を引き起こす要因として問題視されていた。

このため、ストレスチェックや面接指導を通じて、従業員の健康状態を把握し、労働環境を見直すことが重要になる。労働環境が改善されることで、労災リスクを低減させることができ、労災事故が発生しなければ、医療費や労災費用がかかることもなく、結果的にコスト削減につながるのだ。

健康経営導入のステップ

健康経営を導入するためには、どのようなステップを踏めば良いのだろうか。経産省が示すフレームワークでは、健康経営度調査の評価項目にもなっている4つのポイントが示されている。この4つのステップについて、「健康経営優良法人」の認定要件の項目も参考にしながら解説していく。

ステップ1:経営理念・方針の明確化

健康経営を成功させるためには、経営陣の行動が重要である。まず、社長や役員などの経営トップ層が健康経営の重要性を理解することや、全社的な方針を明確にし、社内外に向けて積極的に発信することが求められる。さらに、従業員や社外のステークホルダーなどに、それらの方針を伝える際には、相手の理解を得られるように働きかけることも欠かせない。

ステップ2.組織体制の構築

次に、健康経営を推進していくための組織体制の構築も重要だ。具体的には、社長や役員が健康経営の責任者に就任するなど、経営陣が健康経営に積極的に参加する組織体制をつくることである。また、産業医や保健師などの専門職、健康保険組合との協力体制を整えることが欠かせない。

ステップ3.制度・施策の実行

方針や組織体制が整ったら、実際に制度・施策の策定と実行に移っていく。制度・施策の実行にはさらに細かく3つのステップが存在している。

ステップ3-1:計画の策定

健康経営に実践的に取り組むには、まず従業員の健康状態をもとに、課題点を洗い出し、具体的な取り組みを計画する。健康状態を把握するには、健康診断やストレスチェックの受診を促し、それらのデータを活用するのが良いだろう。そして具体的な計画を策定する際には、健康経営で達成すべき目標値と目標年限を明確化することも必要だ。

ステップ3-2.土台づくり

健康経営をスムーズに進めるためには、従業員や管理者の意識改革が不可欠である。ヘルスリテラシーを高めるためには、健康の重要性やメンタルヘルスに関する研修などの啓蒙活動が効果的である。さらに、子育てや介護など、プライベートと仕事の両立をサポートする環境を整えることも大切だ。加えて、病気療養からの復帰を支援するためにも、社内制度の見直しも求められる。

ステップ3-3.施策の実施

健康経営の実践に向けた土台ができたら、保険指導や健康保持施策など従業員の心身の健康づくりに向けた施策を実施していく。健康保持・増進に向けた施策としては、食生活の改善や運動機会の増進から、女性の健康保持・増進や長時間労働者・メンタルヘルス不調者への対応などが挙げられる。また、その他にも、感染症の予防や喫煙率低下・受動喫煙対策などの取り組みも健康優良法人の認定要件には含まれている。

ステップ4.施策の評価と改善

最後に、これらの健康経営の取り組みを実施するだけでなく、その効果を検証し、施策の改善につなげることも重要である。PDCAサイクルを回すことで、健康経営の取り組みを中長期にわたって実践できるようになる。

4つのステップのバランス

経済産業省によると、これらの4つのステップの中でも、「健康経営優良法人」の認定においては、特に「経営理念・方針」「評価改善」が重視されている。いくら健康増進のための施策を設けていても、社内で正しい運用がされていなかったり、効果検証や改善活動が行われていなかったりすれば、期待した成果を出すことは難しいからである。

目安としては経営理念・方針、組織体制の構築、制度・施策の実行、評価改善に「3:2:2:3」のバランスで取り組むことが望ましいとしている。4つのステップどれかに偏らないように注意し、このバランスを意識して取り組んでいくと良いだろう。

健康経営に関するその他の記事

マイナビキャリアリサーチLabでは、他にも健康経営に関する記事を掲載している。

健康経営についての関連記事

健康経営についての連載企画も公開している。健康経営について、有識者には取り組みの背景を伺い、健康経営を実践している企業には取り組み内容についてインタビューを行っている。

特に、経済産業省のヘルスケア産業課の専門官に、健康経営の重要性や必要性、取り組みの方向性について伺っているインタビューは、健康経営の概要を示すものとなっているため、参照してほしい。

健康経営の実践例とその他の記事

上記の連載企画以外にも健康経営についての記事は多数公開されているため、紹介していく。

健康経営の実践例

株式会社ゴルフダイジェスト・オンラインでは、以前より「健康経営を重視した職場作り」を目指してきた。「心と身体の健康」を目指して「健康経営とキャリア自律」を連携させている取り組みの様子については、下記の記事を参考にしてほしい。

メンタルヘルスケア

新卒入社や異動など新生活によるストレスからメンタルヘルス不調に陥らないためのポイントや産業医との関わりについては下記のコラムでまとめている。

コロナ禍を経て定着した新しい働き方とメンタル不調の関係や仕事に与える影響については下記のコラムでまとめている。

その他のメンタルヘルスに関する記事は#メンタルヘルスから探すことができる。

女性の健康課題

健康経営優良法人の認定項目にも挙げられている「女性の健康保持」については、女性のキャリアと健康課題を考察している下記のコラムを参照してほしい。

まとめ

企業が健康経営を効果的に導入し、従業員の健康を守りながら企業の成長を支えることができれば、持続的な競争力を維持し、社会的な評価も高まるだろう。従業員が健康に生き生きと働くことができる職場は、生産性やパフォーマンスも向上すると考えられる。

さらに、健康経営は人手不足に悩む企業にとっても大きな助けとなる。健康経営を実践することで、従業員エンゲージメントが高まり、離職率が減少するだけではなく、中長期にわたり生産性を維持できるからだ。また、企業イメージが向上することは、優秀な人材の獲得にもつながるだろう。

このように、健康経営は、企業と従業員の双方にとって大きなメリットをもたらす経営手法である。企業の人材に対する意識が向上していく中、取り組みはますます発展していくのではないだろうか。

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