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今考える「健康経営」のこれから
—法政大学・梅崎修氏×武蔵大学・森永雄太氏

矢部栞
著者
キャリアリサーチLab編集部
SHIORI YABE

少子高齢化社会による労働人口の減少や、長時間労働と残業の多さが課題とされる日本で、働き方改革が企業の重要な経営課題となっています。そして、働き方改革とともに企業が取り組むべき課題として近年注目を集めているのが「健康経営(R)」(※1)です。

企業が「健康」に経営を進めるためには、従業員の「健康」は無視できません。今回は、法政大学教授の梅崎修先生と武蔵大学教授の森永雄太先生に健康経営について対談をしていただき、健康経営のこれからを考えていきたいと思います。
※1:「健康経営(R)」は特定非営利活動法人健康経営研究会 (以下、健康経営研究会)の登録商標

健康経営とは

「健康経営」とは何かについて、健康経営研究会は以下のように定義しています。

健康経営とは「企業が従業員の健康に配慮することによって、経営面においても 大きな成果が期待できる」との 基盤に立って、健康を経営的視点から考え、戦略的に実践することを意味しています。

わかりやすく言うと、健康経営とは従業員の健康と組織の生産性の両立を目指す企業の取り組みを指します。『日本再興戦略、未来投資戦略に位置づけられた「国民の健康寿命の延伸」に関する取り組みの一つ』として経済産業省も推進しています。

健康経営はいつから始まった?

歴史をさかのぼると、健康経営という概念は、1986年にアメリカで出版されたロバート・H・ローゼン博士の著書『The Healthy Company』のなかで「ヘルシー・カンパニー」という概念が提唱されたことから始まります。博士はアメリカの臨床心理学者で、組織の健康と職場の健康増進の分野で活躍。当時のアメリカでは、ヘルスケア・コストの高騰により企業のヘルスケア給付も増えたことが課題となっていたようです。

『The Healthy Company』の日本語訳が出版されたのは1994年。監訳者の宗像恒次氏は、ヘルシー・カンパニーという概念を「従来分断されてきた経営管理と健康管理を統合的にとらえようとするアプローチ」と説明しています。

健康経営にスポットが当たっている背景

——ここからは、法政大学教授の梅崎修先生と武蔵大学教授の森永雄太先生にお話しを伺いながら、企業が健康経営に取り組むことのメリットや課題などを明らかにしていきます。

武蔵大学経済学部経営学科教授・森永雄太先生と法政大学キャリアデザイン学部教授・梅崎修先生の横並び写真

森永: 私が健康経営の研究を始めたのは7〜8年前になるのですが、長時間労働、過労死、ブラック企業などが社会問題化したこともあって、健康経営への関心は高まってきたと思います。まず企業にとってメンタルヘルスの問題が、取り組む必要がある重要な問題と考えられるようになってきたことが大きなきっかけのひとつかと思います。

加えて、リンダ・グラットンさんの著書『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』が日本でも大きな話題になりましたが、長寿化、超高齢化社会の到来がかなり現実的になってきたことも背景にあると思います。労働人口の減少もあり、歳をとってもパフォーマンスを落とさずに働くことが求められる時代になってきて、健康を維持しながら働き続けることが重要視されるようになってきました。

健康経営の旗振り役である経済産業省としては、高齢化に伴う医療費の増加に対する問題意識もありますが、企業側の意識としては、社会保障の問題というよりはシニアの活躍推進や多様性の推進に積極的な企業が経営に取り込み始めたのではないでしょうか。

梅崎: 時間軸で見れば、今話題になっている健康経営の前身というか、健康経営バージョン1みたいなものは、もともとあったわけです。昔、九州の製鉄所の産業保健師さんにインタビューしたことがあるのですが、それこそ戦後から従業員の健康問題に取り組み、栄養失調とか妊娠・出産のコントロールなどにも対応していたそうです。その後、1980年代ぐらいからはメタボ対策なども問題になってくるのです。従業員の成人病予防を企業がやること自体は、昔もありました。

ただ、糖尿病とか心筋梗塞とかに注意しましょうということだけじゃなくて、もっと積極的に従業員の健康管理に取り組みましょうという流れが、ここ数年出てきたということだと思います。昔からの連続性はあるのですが、昨今ではメンタル不調の長期化なども問題になっていて、扱う範囲が急に拡大した印象です。

森永: 健康経営研究会が「健康経営」という言葉を提唱されるなど、従業員の健康と生産性を同時に管理していく「ヘルス・アンド・プロダクティビティ・マネジメント(Health and Productivity Management)」という研究領域は少し前からあったのですが、2010年代に注目され始めたのは、経済産業省が戦略的に健康経営に取り組んでいる企業を「健康経営銘柄」として選定・公表し始めたことがきっかけになったのだと思います。

もちろん、省庁が施策の旗を振ったからといって必ず成功するわけではないですが、冒頭でお話した環境に加えて、従業員を大切にする企業姿勢が労働市場での評価にもつながることがわかってきて、さらに注目されるようになってきたのではないでしょうか。

梅崎: 健康経営というと、ついつい家族的でメンバーシップを大切にする日本的経営と結びつけて考えがちですが、福利厚生を大切にするのはなにも日本企業だけではなくて、アメリカでもウェルフェア・キャピタリズムといって、企業が従業員の生活基盤の安定に責任を持つという人事施策はあったわけです。つまり、自社の社員を家族のように扱って、企業福利を徹底させていく時代がありました。もちろん日本でも同じなのですが、現代の健康経営はそういった流れとは少し違うのではないかと思います。

森永: かつては、企業業績の向上と従業員の福利厚生を関連付けて考えることはなかったのですが、健康経営に取り組むことで、従業員のパフォーマンス向上につなげていこうと、業績と福利厚生を統合的に考えるようになってきました。

もともと、経営目標の達成のために人的資源を活用しようという人的資源管理という考え方もありましたが、やる気やコミットメントを高めよう、パフォーマンスにつなげていこうというマネジメントのなかに、健康的に働くとかあまりにストレスが過剰すぎない働き方をするという視点はあまり入ってなかったという反省もあって、あらためて人的資本という考えのもと、健康経営への取り組みが進んできたのかもしれません。

健康経営に取り組むことで得られるメリット

森永: 私の著作では、健康経営に期待される成果として、(1)医療費の削減(2)メンタルヘルス対策(3)業績向上(4)ブランド価値向上の4点をご紹介しているのですが、最近は(4)ブランド価値の向上に関連して、人材確保の面での効果がここ数年、特に大きくなってきたのかと思います。

ただ、人材確保といっても、単に採用広報上の訴求力が向上するとか、有利になるとかということがではなくて、従業員の中長期的なキャリアにおいてその人の健康が維持されて、人生の後半になってもパフォーマンスが落ちないということが健康経営の本来の狙いでしょう。その意味では、短期的な効果を実感できている企業はまだまだ少ないと思いますし、もう少し時間をかけて考えるべきではないかと思います。

梅崎: 企業側にとっての人材確保の成果というのは、人材の「採用」がしやすいという意味と、今働いている人たちが自分の会社を良い会社だと思ってとどまり続ける「定着」という意味のふたつがあると思います。人事施策というのは、採用するという側面と採用した人に定着してもらって育成するという側面があるわけですが、HRM(人的資源管理)の長期的なトレンドを見ると、昔は従業員が離職してしまうリスクは企業にとって大きかったので、採用よりも育成の方に注力していたのです。

しかし、定着してもらってやる気にさせることの難しさがだんだんわかってきました。成果が出たら報酬を出すという単純なやり方だけでは、人間のモチベーションは上がらないし、定着もしないのです。「なんかこの会社、健康的でいいよな」とか、「居心地がいいからやる気になるよね」というように、人間の心を左右するファクターがたくさんあって、複雑に絡み合っていることがわかってきました。そこで、従来のモチベーションの上げ方ではなくて、採用学的なアプローチや健康経営的な考え方が重要視されるようになってきたのです。パーソンシステム(人間システム)は複雑だから、もう少し慎重にやっていきましょうということだと思います。

森永: 健康経営というのは、従業員に対する企業側の取り組みではあるけれども、従業員も自主的に自分の健康を維持する意識を持つ必要がありそうです。会社が働きやすい環境を作ってくれて従業員は楽チンということには多分ならないのです。企業側には「人材育成の投資をしてきたのだから、その分、力を発揮してくれるよね」という期待があるわけですから、従業員は健康経営の取り組みについても単純に喜んでばかりいるのではなく、自分自身の働き方と健康維持に対して意識的になるべき時代になってきたと言ってもいいかもしれません。

健康経営を導入することによる危険性

梅崎: 結局、健康は従業員1人ひとりの自己判断に委ねられている部分が大きいということでしょうか。極端な例ですが、自分の好きなことをやって仮に不健康になることがあったとしても、従業員には不健康になる権利があるわけです。一方で、テクノロジーの進化によって、従業員の健康を企業側が完全に管理することもできる時代になってきました。たとえば、生体認証みたいなシステムを導入してしまえば、従業員の生体情報はすべて収拾可能でしょう。

全社員が病気になる確率を下げてくれる管理技術は発展しています。しかし、だからといって、そこで働きたいと思うかどうかは別問題です。もちろん、社会全体として健康の総和みたいなものを考えるのは重要ですが、どうやってそれを達成するのがいいのか、仕組みが重要になってきます。

そのひとつの方法が会社が完全に管理する方法です。その対極にあるのが、完全に自由にして健康管理は自己責任とする考え方です。加えて、行動経済学のリバタリアン・パターナリズムを活用したやり方もあります。個人の意思を尊重しながら、人間が陥りやすい誤りを考慮してリスクの低い行動に誘導するやり方です。たとえば、3杯目のお酒がまずくなる仕組みを作ったり、喫煙所に行く廊下を坂にして億劫にする仕組みもできるかもしれません(笑)。

でも、パーソンシステムを理解してしまえば、人間の健康管理もコントロール可能になり、あまりにも経営主導になる危険性もあります。どれが最適な選択肢なのかというのは、結構、思想的に深いテーマです。

森永: 確かにジレンマを感じる部分ですね。私が健康経営で取材させていただいた企業の例でお話すると、最終的には個人の問題だという立場をとりつつ、間接的には従業員に働きかけるというように、期待を込めて教育をされている企業が多いと思います。

ただ、健康経営という言葉が一人歩きし始めて、健康であることが大事なんだとか、健康に対して企業側が働きかけることがいいことなんだという前提が所与のものとなってしまうと、変な方向に進んでしまう危険性もあると思います。

コロナ禍が健康経営に及ぼした影響

森永: 健康というのは、特に若い世代にはあまり重要視されないトピックでしたが、感染対策で出社が制限されたり職場での感染を防止したりと、以前は当たり前だった日常生活のなかでどう健康を維持するかと真剣に考えざるを得なくなり、コロナ禍は健康に対する意識を変える大きなきっかけになったと思います。

若い世代はどうしても健康に対する意識が薄いので、健康施策を実施されている企業の担当者もどう若者を巻き込んでいくのかについて腐心されているケースが多かったのですが、コロナ禍で若者の健康に対する意識が高まるのはプラスの側面が大きいかもしれません。

梅崎: 大学生の視点でお話すると、体調とか病気などの物理的な健康ではなくて、精神的な健康が確保されている場所には関心が高いように思います。会社に入ってしまうと、ストレスをためずに健康を維持するのは一人ではできないわけです。人にはある種のメンタルの波があるとするならば、気持ちが落ち込んだときに誰かに声をかけてもらいたいし、愚痴を言える人が周りにいるということ自体が健康的な環境なわけです。

プロサッカー選手の長谷部誠さんが書いた『心を整える。』という本がベストセラーになりました。心自体をコントロールできるかも⋯⋯という話をされているわけですが、心の状態を変えるには、心に直接的に働きかけるのではなく、心の周りにある環境を変えた方がいいわけです。それを意識すると、雑然としたオフィスで働きたくないなと思う学生に、「うちの会社は、こころ整いますよ」とアピールすれば、学生は「やっぱり先生、この会社を受けてみたいと思います」となりますね。

健康経営を導入する企業が意識すべきこと

梅崎: ところで、従業員がストレスをためない働き方を推進するのはいいことですが、もっと攻めのアプローチがあってもいいのではないかと思います。企業はこれまで規律を守って規則正しく働く社員を育ててきましたが、知識労働者が増えてくると、遊びがあるからアイデアが生まれやすいと考えられるケースが増えてきているのではないでしょうか。

健康経営に対する企業のアプローチも、健康だったらストレスがたまらなくていいねと考えるのではなくて、アイデアを生み出す集団を作るということを目的に考えれば、ただ頑張れば生まれるわけじゃないものを作らざるを得ないということになります。オフィス内に遊びの場を作るというのは、健康経営のためでもあるし、チームクリエイティビティ(集団創造性)を高めるための施策でもあるんだと位置づけられると思うのです。

森永: そう考えると、健康経営だけを取り出して議論するのではなくて、オフィス環境も関わってくるし、ダイバーシティ&インクルージョンなども取り入れつつ、健康でウェルビーイングな働き方の実現に向かっていくと考えられますね。

ある意味、健康経営というわかりやすさからは離れていきますが、人事施策全体がいろんなものを巻き込んで統合されていく方向に行くのかもしれません。

都会のオフィス街のイメージ

梅崎: 昔、知り合いの人事担当者に聞いた話なんですが、人事担当者が従業員を働かせようと思ったときに、大きく分けると2種類の人事施策があるそうです。ひとつは学校の先生みたいにピシッと緊張させるやり方。もうひとつは、弛緩(※2)です。この緊張と弛緩の組み合わせのバランスを常に考えるやり方です。実務家の言葉としてとても説得力がありましたが、その方はさらに、緊張と弛緩といいながら、人事の実務ではどうしても緊張の方に力を注いでしまうとおっしゃっていました。

もし、企業のなかに健康経営に批判的な方がいたら、「健康経営は緊張とは逆に弛緩に力を注いでしまうことになり、人事施策としては失敗するのではないか」と考える人がいると思うのです。しかし、大切なのはバランスであって、緊張と弛緩、仕事と休みのバランス考えた仕組みをどう作るかを考えることが重要だと思います。
※2:弛緩(しかん)とは、ゆるむこと・たるむことを指す言葉で緊張がほぐれるさまをあらわす表現。

森永: ここ数年、何社か健康経営優良企業を訪問していて感じるのは、従業員が非常にハードに働いている企業でも健康経営に対する関心が高まっていることです。ただ、そういう会社が健康経営を取り入れる際に注意すべきことは、単純に仕事を楽にして健康にするということではなくて、疲れたとしても復活できるレジリエンス(回復力)が高い社員、アスリートのようにパフォーマンスを持続できるスキルや能力を身につけている社員を育てていくということではないでしょうか。

短期的に不調になってしまう時期があったとしても、そこで戻せる会社であり、個々人も対応できる働き方ができるような環境を作っていくのが健康経営では大切だと思います。

ただ、健康経営がある種の流行で終わってしまう危険性も感じています。健康経営というのは、パフォーマンスを向上させるためには従業員の健康が大切だと強調しながら健康問題を経営に取り込もうとしてきたわけですが、いつしかその位置づけを忘れてブームが去ったときに、すっかり本来の目的が抜け落ちてしまわないかと心配しています。そんなことにならないように、健康経営に取り組む企業は、パフォーマンスとの関係を見定めながら、健康経営導入の目的を明確にして、従業員にも共有し浸透させていく努力が求められると思います。

——ここまで、健康経営とは何か?導入にあたっての課題などを中心にお話を伺ってきました。コロナ禍ということもあって心身の健康が注目されている現在、企業が従業員の健康維持を積極的に推進することが求められており、人材確保の面でもプラスの影響がありそうだ、ということが分かりました。インタビューの最後では、「仕事」と「遊び」の話に発展しましたが、続く後編では、仕事以外の時間=「休み」にフォーカスして先生方のご意見を聞いていきます。

                   次のコラム→

森永雄太
登場人物
武蔵大学経済学部経営学科教授
森永雄太
YUTA MORINAGA
梅崎修
登場人物
法政大学
キャリアデザイン学部教授
梅崎修
OSAMU UMEZAKI

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