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経済産業省・担当者が語る「健康経営」。普及に大きな手応え
—健康経営を考える

矢部栞
著者
キャリアリサーチLab編集部
SHIORI YABE

従業員の健康増進に取り組む企業の姿をレポートしてきた本シリーズ。最終回となる今回は、健康経営(R)の舵取り役として取り組みをリードしてきた経済産業省ヘルスケア産業課の専門官、栗本翔多さんにインタビュー。高齢化が急速に進み将来の労働力不足が大きな社会課題となりつつある日本において、従業員の健康を増進する取り組みはどんな意味を持つのか、健康経営の重要性と必要性、そして、今後の方向性についてお話をうかがった。
※:「健康経営(R)」は特定非営利活動法人健康経営研究会の登録商標

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高齢化と人口減少が進む日本の知見を世界に発信し、次世代ヘルスケア産業の創出を

——経済産業省が健康経営を推進する背景についてお聞かせください。

ご存じのように、現在の日本は急速に高齢化が進み、人口減少に歯止めがかからない状況です。今後100年で100年前の人口水準にまで戻ってしまうという推計があるほどで、労働人口の減少をくい止めることは待ったなしの喫緊の課題となっています。

国土交通省「我が国人口の長期的な推移」(2012年度)よりマイナビ作成の図
参考:国土交通省「我が国人口の長期的な推移」(2012年度)よりマイナビ作成

政府としては、健康経営を推進することで、国民の健康増進、労働力不足への対応、新たな産業の創出につなげていきたいと考えています。企業にとっても社員への投資によってパフォーマンスや生産性が上がり、企業価値の向上が期待できます。
最近では、企業価値を決定する要因が有形資産から無形資産に変わってきており、人的資本の重要性が見直されているなかで、政府としても「人への投資」を重要な取り組みとして位置づけています。健康経営は、まさにその土台と言えるでしょう。

「健康経営とは、従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践すること」と定義しています。健康増進をコストではなく投資として捉え、企業価値向上に結びつけられるかどうかがポイントです。こうした基本的なコンセプトに変わりはありませんが、健康経営がカバーする範囲は時代とともに変わってきたように感じます。
近年は、テレワークをはじめとした働き方改革、子育てや介護との両立なども健康経営の取り組みの一部と考えられるようになってきました。経済産業省でも、それらの取り組みを、健康経営のなかでどう評価していくのかについて議論を進めているところです。

——経済産業省のこれまでの取り組みについてお聞かせください。

健康経営というコンセプトは、NPO法人健康経営研究会の岡田邦夫先生が提唱されたものです。2004年に健康保険組合の理事や中小企業の社長、弁護士、産業医などが集まって、働く人の健康について情報交換会を始められ、その後、2006年に健康経営研究会が設立されました。
経済産業省が、本格的に健康経営の推進に取り組み始めたのは2014年度で、「健康経営銘柄」の選定を開始しました。この制度では、東京証券取引所の上場会社の中から健康経営に優れた企業を選定し、企業価値の向上を重視する投資家にとって魅力ある銘柄として紹介しています。

2016年には健康経営優良法人認定制度をスタートしました。日本健康会議(※)が進める健康増進の取り組みをもとに、特に優良な健康経営を実践している大企業や中小企業などの法人を顕彰する制度です。
※日本健康会議とは、少子高齢化が急速に進展する日本において、国民一人ひとりの健康寿命延伸と適正な医療について、民間組織が連携し行政の全面的な支援のもと実効的な活動を行うために組織された活動体です。 経済団体、医療団体、保険者などの民間組織や自治体が連携し、職場、地域で具体的な対応策を実現していくことを目的としています。(日本健康会議ホームページより引用)

労働人口の減少が進むなかで、優秀な人材の確保は企業の存続と成長を左右する要因となりつつあります。健康経営優良法人や、ホワイト500、ブライト500に認定された企業は、労働者にとって魅力的で働きやすい職場であるという強力なアピール材料になるものと考えています。

【健康経営優良法人2023 発表】
2023年3月8日、「健康経営優良法人2023」が発表されました。大規模法人部門で2676法人、中小規模法人部門で1万4012法人が認定されています。両部門とも2022年に比べて認定法人が1割以上増加しており、健康経営に対する企業の関心の高さがうかがわれます。

——健康経営優良法人認定制度の現状についてお話しください。

大規模法人部門の場合は、健康経営度調査にご回答いただいています。質問数は全185問ほどで、かなりボリュームのある調査です。他方、中小規模法人部門の場合は、それに比べて設問数が少なくなっており、まずトライしていただくことを期待しています。それぞれ認定要件が決まっており、要件を満たしていれば健康経営優良法人として認定されます。

経済産業省が健康経営の取り組みをスタートした頃は、大規模法人部門の健康経営度調査の回答企業は500社程度でしたが、それから8年を経過して今では約3000社の企業から回答をいただいています。中小規模法人部門でも現在では1万4000社以上から申請をいただくほど制度は拡大しており、ますます注目度が高く、重要性が増してきていると感じています。

健康経営度調査では、各社が健康経営で解決したい課題についても聞いているのですが、自社の健康経営の課題として一番多く選択されるのがメンタルヘルス関連であり、メンタルヘルス領域の対策について課題を感じられている企業が多いように感じます。また、業種によって申請数に違いがあることも特徴としてあげられます。もちろん業種ごとの企業数が違うので、申請数だけで健康経営への取り組み度合いを判断することはできませんが、大規模法人部門では情報通信業の申請が多いようですし、中小規模法人部門では製造業、建設業の申請が多いようです。

また、健康経営優良法人認定制度については、今年から大きな変化がありました。これまでは国が直接的に制度の運営に関わってきたのですが、民間の創意工夫を活用して更なる制度の発展を目指すため、本年度から事務局を民営化し、調査票の作成や企業への周知、調査票の回収をお願いしています。

申請に関してはこれまでは無料だったのですが、今年から認定申請料をいただくことになりました。有料化にともない申請数が少なくなることも懸念されましたが、申請数は引き続き増加傾向で、あらためて注目度の高さを実感しています。

——健康経営優良法人認定制度の申請時には、どのような点に配慮すればよいでしょうか?

まずは、労働安全衛生を確保するために、法令遵守、コンプライアンス遵守が土台になります。その上で、実際の評価項目としては4つの側面がありますので、その点をご考慮いただければと思います。

1つ目が「経営理念・方針」です。健康経営の推進に関する全社方針を明文化し、社内外に目的や体制等を発信しているかどうかを評価します。
2つ目が「組織体制」です。経営トップが健康経営の責任者としてコミットしているか、取締役会等で議論されているか、産業医や保健師が関与し、健康保険組合などが互いに連携して従業員の健康保持・増進を担当する体制が構築できているかどうかが鍵となります。
3つ目が「制度・施策実行」です。従業員への健康意識を高めるために、食習慣や運動習慣に関する取り組みが行われているか、セミナー等を通じて健康に関する教育が行われているかなど、具体的な取り組みが行われているかどうかを確認します。
そして、4つ目が「評価改善」です。さまざまな施策の結果を評価し、改善していくPDCA体制が築かれているかが評価されます。

健康経営優良法人の認定は、これら4つの側面を評価していくフレームワークになっていますが、特に重要視しているのが「経営理念・方針」と「評価改善」です。いくら健康増進のための施策をたくさん設けていても、実態がともなっていなかったり、PDCAサイクルを回してさらに良くしていく体制が築かれていなかったりすると、健康経営の効果は発揮されないだろうと考えます。このため実際の評価に際しても、先ほどの4側面の評価バランスは、「3:2:2:3」としており、「経営理念・方針」と「評価改善」の比重が高くなっています。

健康経営優良法人認定制度・評価項目とバランス(マイナビ作成)
健康経営優良法人認定制度・評価項目とバランス(マイナビ作成)

——健康経営優良法人に認定された企業のなかで、印象に残っている事例があれば教えてください。

具体的な事例については、健康経営優良法人認定事務局ポータルサイト「ACTION!健康経営」などでも公開しているのですが、SCSK株式会社の事例が強く印象に残っています。SCSK株式会社は、働き方改革の一環として残業時間を減らす取り組みをされました。ただ単純に残業時間を減らすだけではなくて、減少した分の残業代を賞与で還元する制度を導入されたとのことです。また、健康増進のための行動習慣や、その結果である健診結果などに関して、わくわくマイレージという制度を設けて、成績が良いと賞与に反映されるというインセンティブまで設けるという先進的な取り組みをされています。

また、ホテルニューオータニを運営する株式会社ニュー・オータニの事例も印象に残っています。同社は、健康経営推進のためにさまざまな取り組みをされていますが、女性社員が4割ぐらいいらっしゃるそうで、女性の健康に着眼された取り組みに注力されています。子宮頸がんの原因と言われているHPVウイルスの検査キットを、女性従業員だけではなく男性従業員のご家族にも配布することで、男性従業員が家族の健康を意識することにつながり、結果的に職場の女性の健康にも目が向けられるようになったということです。

——健康経営のさらなる推進に向けて、今後の展望についてお聞かせください。

今後については、3つのポイントを重要視しています。まずは、健康経営の効果の可視化です。企業の担当者からは、「経営層が健康経営の重要性を理解してくれない」という声をよくお聞きすることがあります。健康経営担当の方が、社内外の関係者に説明するためにも、従業員の健康状態が向上すれば、生産性や企業価値の向上につながるということを示していく必要があると思っています。そこで、健康経営の取り組み状況とその効果に関する指標との相関分析を行い、発信するチャレンジを行っています。
2つ目のポイントは、健康経営を支えるサービスと産業の創出です。数多くの企業が健康経営に前向きに取り組んでおり、その数も増加しています。そこで、企業の健康経営を支援するサービスを拡充させていきたいと考えています。従業員の健康を増進するために、どんなサービスを選べばいいのか迷ってしまう、どんな効果が期待できるのかがわからないといった課題をお持ちの企業もたくさんいらっしゃると思います。そこで、経済産業省では、健康経営の推進に寄与するサービスを比較検討できるような仕組みづくりを検討しています。
そして3つ目が、健康経営優良法人認定制度の事務局の自立化です。今年は日本経済新聞社が補助事業者として採択され、わかりやすいホームページの作成や、各地でのセミナー、紙面を使った情報発信などに、積極的に取り組まれた成果として、これまで以上に企業の関心が高まり、広がりが感じられた1年でした。引き続き官民で連携して、創意工夫を活用しながら健康経営の取り組みを拡大していきたいと考えています。

また、健康経営というコンセプトは、日本独自のものですが、従業員の健康に配慮するプログラムというのは、世界中の企業で必要とされているはずです。世界に先駆けて高齢化と人口減少が進んでいる日本のノウハウを国際的に発信し、日本企業の国際ブランドにできればと考えています。また、日本のヘルスケアサービスの海外展開支援についても、経済産業省に課された重要なミッションとして取り組んでいきたいと考えています。

従業員の健康に配慮し健康増進に取り組むことは、「骨太の方針」として政府が掲げる「人への投資」の最重要事項のひとつだと思います。人材採用に取り組む際にも大きなアピールポイントにもなるかと思いますので、まずは一歩ずつでいいので健康経営に取り組んでいただきたいです。


経済産業省 ヘルスケア産業課 専門官 栗本翔多様・プロフィール写真

■プロフィール
栗本翔多(くりもと・しょうた)
経済産業省 ヘルスケア産業課 専門官。
岐阜県出身。主に都市交通などの分野での政策立案に従事し、2021年4月ヘルスケア産業課に着任。企業が従業員の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践する「健康経営」の担当として、各種施策を推進している。
※所属や所属名称などは取材時点のものです。

編集後記:キャリアリサーチLab研究員 矢部 栞
本シリーズでは6回にわたり、「健康経営」をテーマにレポートをお送りしてきました。第1回と第2回の対談では、企業が従業員の健康増進に取り組むことの重要性が理解できましたし、具体的な取り組み事例として取材させていただいたのは3社のケースでは、従業員の健康を増進するために企業はどこまでサポートできるのかを真剣に考え取り組んでいる姿勢が実感できました。
また、今回の経済産業省・栗本様へのインタビューでは、国として健康経営の取り組みを広げるにあたっての課題や展望をうかがいました。インタビューでは、時代とともに「健康経営」のカバーする範囲が広がってきたとのお話がありましたが、働き方の多様化が進むなかで、企業が従業員のために何ができるのかを考えて具体的な施策に取り組むこと、また労働人口が減少するなかで「人」を大切に企業経営をしていくことがますます重要な時代になっていると感じました。さまざまな企業が切磋琢磨して幅広い取り組みを行うことで、日本企業の「健康」が底上げされていくことを願いつつシリーズを終えたいと思います。

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