はじめに
「就職氷河期世代」とは、1990年代半ばから2000年代初頭にかけて、厳しい雇用環境のなかで社会に出た世代を指す。彼らは本人の努力ではどうにもならない状況に直面しながらも、当時は“自己責任”として認識されてきた。そのため現在に至っても、キャリア形成において不利な状況に置かれている人が一定層存在する。
氷河期世代の現状は一様ではない。正社員として働き続けてきた人だけでなく、非正規雇用でキャリアを積んできた人、自営業やフリーランスとして働く人、あるいは現在は就業していない人など、就業の有無や形態はさまざまである。
2025年時点の年齢で見ると、41歳〜55歳前後の人が氷河期世代に該当する。現状を把握するために、総務省の労働力調査からもっとも近い45歳〜55歳の就業形態の内訳を確認した。企業などに勤めて働く人に限ると、正規の職員・従業員として働く人が61.9%、非正規の職員・従業員として働く人が25.0%であった。【図1】
こうした雇用形態の違いは、単なる属性の差にとどまらず、セカンドキャリアの描きやすさにも大きく影響する。キャリアの後半で取り得る選択肢は、これまでの働き方や積み上げてきた経験の違いに左右されやすいためだ。
本コラムでは、氷河期世代のうち正社員と非正社員に焦点を当て、雇用形態による違いと共通点に目を向けながら、二度目の大きな分岐点となるセカンドキャリア形成を、再び「自己責任」で片付けないために必要な視点を考えていく。
氷河期世代の将来不安の現状
氷河期世代に向けた支援は、職業訓練や再就職支援、正規雇用化に向けた助成など、国としても対策が行われており、政策的な取り組みが一定の効果を上げていることも報告されている。
では、実際に働く氷河期世代は、自らの将来をどのように捉えているのか。本章では、マイナビが行った「ライフキャリア実態調査」の結果から将来不安の現状を見ていく。対象は氷河期世代に相当する41〜55歳の就業者であり、正社員と非正規社員に分け、5年後・10年後・老後の見通しに対する認識を確認した。【図2】
結果を見ると、いずれの時間軸においても、非正規社員は正社員より「不安に感じている」割合が高いという傾向が明らかになった。さらに、時間軸が5年→10年→老後と進むにつれて、全体として不安の割合が上昇することもわかった。なかでも、非正規では老後の不安が65.5%に達し、長期の見通しほど不安が強まることが確認できた。
もちろん、ここで示した「5年後、10年後、老後の不安」は、すべてが仕事やセカンドキャリアに直接結びつく不安であるとは限らない。しかし、時間の経過とともに不安が高まりやすいこと、そして雇用形態によって不安の水準に差が生じていることが明らかになった。
氷河期世代の現在の仕事への考え
次に、氷河期世代の現在の仕事全般への考えを調査結果から見ていく。
氷河期世代に相当する41~55歳の就業者について、現在の仕事に対する安心・不安の認識を雇用形態別に確認すると、正社員では「安心感を持っている・計」が25.5%、「不安を感じている・計」が34.7%、非正規社員では「安心感を持っている・計」が29.2%、「不安を感じている・計」が30.8%という結果であった。【図3】
現在の仕事に限ると、非正規社員の不安は正社員より低いという将来への考えとは異なる傾向が見られた。
また、現在の仕事に不安を感じると回答した人にその理由を聞くと、正社員・非正規社員ともにもっとも高い理由は「収入」で一致した。しかし個別項目の差に着目すると、雇用形態による特徴がわかりやすく見えてきた。【図4】
非正規社員の方が正社員よりも高い項目は、上から「収入」(+15.4pt)、「雇用形態」(+13.7pt)、「人間関係」(+10.8pt)、「勤務時間や日数が少ない」(+5.0pt)であった。対して、正社員の方が非正規よりも高い項目は、上から「会社・仕事の将来性」(+8.3pt)、「教育・研修の機会」(+5.3pt)、「今後の働き方・キャリア形成」(+4.3pt)であった。
これらの差分から読み取れるのは、非正規社員では足元の就業条件に関連する不安が高い。一方で正社員では将来の展望や方向転換の難しさに関わる不安が相対的に高いと言える。
第二章の「将来への不安」の結果と掛け合わせて考察すると、非正規社員では“長期の生活基盤”への不安が強く、正社員では“現在の仕事から将来へとつながるキャリア展望”に関わる不安が強いと言えるだろう。
正社員と非正規社員で異なる「セカンドキャリアの壁」
氷河期世代がセカンドキャリアを考える際、直面しやすい課題には共通点もあれば、雇用形態によって現れ方が大きく異なる部分もある。もちろん、キャリアの描き方が雇用形態に左右されるのは氷河期世代に限った話ではない。
しかし、初職を決める時期に十分な選択肢を持てないままキャリアを始めるしかなかった氷河期世代では、その影響がキャリア後半の“選びなおし”の段階において、より強く表れやすい。 なぜなら、セカンドキャリアを考える上で、これまでの雇用形態や経験の積み方が、選択肢の広さそのものに直接影響を及ぼすからだ。
本章では、セカンドキャリアを考える際に直面しやすい壁を、以下の三つに整理して見ていく。
生活制約の壁
年齢とともに、家族・介護・健康・居住地など、働き方に影響する生活条件が増えていく。 その結果、「働ける曜日・時間」「最低限必要な収入ライン」「場所」「出社・在宅」などの譲れない条件が積み上がり、「やりたい仕事」だけでは選べない状況が生じやすくなる。
生活の基盤が固まるほど、選べる働き方の幅は本人の意思とは別の次元で制約を受ける。これが、セカンドキャリアを考える上でもっとも手前に現れやすい壁のひとつである。
転換の壁
氷河期世代の年齢層の転職は近年活発化しており、マイナビ転職動向調査2026年版(速報)の結果でも、正社員の転職率は40代・50代に限って2021年以降継続して増加している。
また、40代・50代は管理職についている人の割合が高い年代だが、企業における管理職採用の実施率は上昇しており、活躍の場が広がっている。
こうした追い風がある一方で、転職市場の特徴として、スキルや経験が重視される点は依然として変わらない。そのため、未経験に近い領域への大きな転換には一定の難しさが残る
特に非正規雇用では、短期契約や断続的な就業が続きやすく、職務経験が応募要件として評価されにくい側面がある。 氷河期世代の転職市場は以前と比べて明確に開かれてきたが、これまでの経験の積み方がセカンドキャリアの方向性に影響しやすい点は変わらない。
スキルの壁
現在の職務を遂行するスキルは年齢とともに磨かれていく一方で、新しいスキルの習得に踏み出し、継続することは難しくなりやすい。
特に非正規社員では、計画的OJTや体系的な研修の対象とならないことが多いため、学びなおしの起点をつくること自体が難しくなりやすい。
正社員では、管理職比率が高まる年代に入り、在職のまま学習時間を確保しづらくなる傾向がある。その結果、企業固有の知識やノウハウといった“企業特殊的スキル”は磨かれるが、転職や異業種転換に役立つ“汎用スキル”の更新が後回しになりやすい。
ここまで三つの壁を挙げてきたが、これ以外にもさまざまな壁が存在する。また、セカンドキャリアの描きやすさは、本来、雇用形態だけで決まるものでもなく、個々人の事情により大きく異なる。
それでも、雇用形態によって発生しやすい壁の種類が異なることを整理することは、キャリア後半でどのような困難が生じやすいのかを理解する上で重要な視点となる。そして、これらの壁は、個人の努力だけでは乗り越えがたい。一方で、制度や企業の取り組みだけで解決するものでもない。
氷河期世代のセカンドキャリアを、再び「自己責任」で片付けないためには何が必要なのか。最後に、その視点を整理していきたい。
セカンドキャリアを「自己責任」にしないために必要な視点
ここまで見てきたように、氷河期世代のセカンドキャリアをめぐる状況は、正社員と非正規社員という立場の違いによって様相が大きく異なる。一方で共通しているのは、キャリアの後半に差しかかったとき、最終的な選択や結果が“本人の努力”にゆだねられやすいという点である。
もちろん、セカンドキャリアは本人の主体性なしには成立しない。自ら学びなおし、方向性を選び、行動する意志が必要となる。しかし、すべてを本人だけにゆだねてしまえば、不利な条件を抱える人ほど選択肢が狭まりやすくなるという現実もある。
だからこそ、再び「自己責任」で片付けないために必要なのは、不利な条件を抱える人がいることを前提に、どこを支えれば選びなおしやすくなるのかを、個人・企業・社会がそれぞれの立場から見直していくことである。
個人には、学びなおしの起点をつくり、これまでの経験を棚卸しする支援が求められる。企業には、これまでの経験をそのまま評価するのではなく、そこに含まれるスキルや強みを別の役割にも活かせる価値として捉えなおす視点や、選択肢を広げる仕組みを整えることが求められる。社会には、生活環境や雇用形態に左右されずに学び・働ける機会を確保する制度設計が欠かせない。
氷河期世代のセカンドキャリアをどう支えるかは、この世代だけの課題にとどまらない。この課題の整理は、後の世代が同じ局面に立つときの手がかりにもなる。 不利な条件を抱える人がいる前提で、どこを支えれば“選びなおし”が可能になるのか、その視点を持ち続けることが、次の世代への学びとなると考える。
マイナビキャリアリサーチLab主任研究員 早川 朋