【社労士が回答】ダイバーシティ対応の実務課題と解決策-多様な働き方・副業・障がい者雇用・宗教・ジェンダーなど知っておきたいポイント

キャリアリサーチLab編集部
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キャリアリサーチLab編集部

ダイバーシティ推進に向けて、企業は柔軟な働き方や障がい者雇用、外国籍社員への支援、ジェンダー配慮、副業の許可など、さまざまな制度を導入しています。しかし、制度があるだけでは十分とは言えません。現場では「特別扱いでは?」「評価に影響するのでは?」といった声が上がり、制度の活用が進まないケースも少なくないかと思います。

経済産業省は、ダイバーシティ経営を「多様な人材を活かし、その能力が最大限発揮できる機会を提供することで、イノベーションを生み出し、価値創造につなげている経営」と定義しています。

経済産業省 ダイバーシティ経営の推進
https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinzai/diversity/

そこで、本稿では、人種や国籍、ジェンダー、宗教などだけではなく、働き方や働くことへの価値観の多様化という視点も交えながら、社会保険労務士法人みらいコンサルティングの社会保険労務士が相談事例をもとに、ダイバーシティ推進における制度と現場のギャップをどのように埋めるのか、企業としてどのような支援や工夫が必要かについて解説しています。

経営者・人事担当者の皆さまが、ダイバーシティを“理念”から“実践”へと進めるためのヒントになれば幸いです。

制度設計における企業の価値観を明確化

質問:昨今、柔軟な働き方を希望する社員が増えています。制度自体は整ってきましたが、現場では“特別扱い”という空気があり、制度を使いづらいのが現状です。制度を根付かせるために、どのような工夫が必要でしょうか?

回答:”柔軟な働き方”とは、主に働く「時間」や「場所」の選択肢の多さを指しているかと思います。イメージとしてはフレックスタイムやテレワークでしょうか。社員一人ひとりの要望すべてに応えるには限界はありますが、一方で、不公平感・不平等感によって生産性が落ちたり、退職者が増えたりするのは避けたいですね。

まずはシンプルな解決策として、働き方の差に応じて、報酬に差をつける方法があります。たとえば、育児休業中の社員と同じ職場の社員に対して手当を支給する企業も増えています。仕事が増える社員に対して報いる一方、休む社員が同僚に仕事を任せることへ引け目を感じない、という効果もあるのかもしれません。

または、リモートワークではなく出社する社員に(通勤手当とは別に)手当を支給する会社もあります。出社する行為そのものにインセンティブを設けるということになります。従来からも、転勤の有無(可不可)やその異動範囲によって、報酬に差をつけるということは、(転勤制度のある)多くの企業で見られてきました。

以上のような事例のように、働き方の違いによって報酬(賃金だけでなく、たとえば休暇なども含みます)に差を設ける方法は、わかりやすい対処方法です。ただし、わかりやすいがゆえに、「会社が大事にしたい価値観」がその制度にも表れているか、ズレてはいないかをよく吟味する必要があると考えます。

つまりは、「なぜ?」その制度を設けるのか、ということです。もちろん、社員の不公平感・不平等感を解消するという目的はあるでしょう。が、誤解を恐れずに言えば、それらの原因となる要素は職場の至るところにあります。

なぜ、会社は数ある要素の中でそれを取り上げるのか、また、それだけの差をつけるのか、会社の志向、風土に根差したストーリー性があると、単なる 「お金で解決」ではなく、お互いが困ったときに助け合える職場が形作られていくものと思います。

副業ルールと評価基準の明確化

質問:副業をしている社員が直属の上司から“本業に集中していない”と評価面談でマイナス評価を受けたと報告がありました。制度上は副業を認めているのに、実態として評価に影響しています。会社としてこうした矛盾をどのように解消すればよいでしょうか?

回答:会社が認めている副業(をしていること)そのものをマイナス評価してしまったのであれば、上司の考え方を正す必要があります。会社の方針を伝え、副業のルールについて確認し、自身の言動や評価について注意するよう指導しましょう。

ただし、この問題で注目すべき点は、「本業に集中していない」とは、どのような行動、成果を指しているか?その本質的な課題はコミュニケーションエラーではないか、と推察します。副業しているかどうかだけを理由にせず、単純に「求めている行動や成果」が出ているかどうかについて評価、フィードバックをしていれば、このような状況にはならなかったのでは、と思うのです。

もちろん、本人との対話(評価面談)の中で、たとえば副業による睡眠不足等がパフォーマンス低下の原因として挙げられる可能性はあります。業務時間中、副業のためにプライベートのスマートフォンをいじっていたり、ましてや、会社のパソコンを使って副業をしたりするなど、もってのほかです(会社が認めているのであれば話は別ですが)。

副業に関するルールについて周知徹底するとともに、評価においては、そもそも「求めている行動や成果」とはなにか、期初や期中にしっかりと伝達、合意し、育成または注意指導を随時行っていくことがギャップ発生を防ぐと考えます。

管理職向けの障がい理解研修の必要性

質問:障がい者雇用を進める中で、現場の管理職がより良い関わり方を学ぶ必要性を感じています。管理職向けの研修や支援策にはどのようなものがありますか?他社の事例などがあれば教えてください。

回答:障がい者雇用を円滑に進めるためには、管理職をはじめ一緒に働く社員のみなさまが、障がいの特性や関わり方について学ぶことが大切です。障がい者雇用に関する研修や支援策には、以下のようなものがあります。

  1. 障がい理解研修
    障がいの種別(身体、知的、精神など)の特性や配慮すべき事項について学ぶ研修です。実際に車いすで移動してみたり、アイマスクやヘッドホンを装着して、見えない(見えづらい)/聞こえない(聞こえづらい)生活などを実際に体験してみたりします。
  2. 地域障害者職業センターによる支援
    同センターではいくつかの支援メニューを揃えており、たとえばそのひとつの「職場適応援助者( ジョブコーチ)」制度では、実際に職場にジョブコーチが出向き、 職場における障がいのある社員への支援方法について具体的なアドバイスをもらうことができます。同センターを運営する「独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構」の下記サイトでは、障がい者に対して配慮すべき措置や事例について、動画も公開されていますので、ご参考ください。

独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構
https://www.jeed.go.jp/disability/employer/index.html

マニュアル整備と周知の重要性

質問:精神障がいのある社員が、業務中にパニックを起こすことがあり、周囲の社員がどう対応すればよいか分からず困っています。企業として、どのような体制や制度を整えるべきでしょうか?他社事例などがあれば教えてください。

回答:万が一パニックを起こした場合の対応方法について、あらかじめ周囲の社員が理解し、対応できる状態にしておくことが大切です。ただし、雇用管理上必要な措置とはいえ、プライバシーの問題もありますので、本人とも十分に相談しておく必要があります。地域障害者職業センターをはじめとする支援機関も活用されるとよいでしょう。

その上で、パニックの症状が出た際の対応マニュアルを作成し、あらかじめ社員に周知しておくことで、障がいのある方も、周りの同僚も安心し、または落ち着いて対応できるのではないかと考えます。まずは何をすべきか、誰に連絡したらよいか、すぐに行動に移せるようにフローを整えておくことが大切です。

もちろん、パニックが起こらないのがベストです。パニックの兆候が見られれば、落ち着けるように時間、場所について配慮するとか、「うつ」の症状を持つ方に対して「がんばれ」という声がけはしてはいけない、とよく言われます。

場面・状況によってもかけるべき(かけないほうがよい)言葉は異なりますが、傾向や注意点について学んでおくとよいと思います。「独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構」が精神障がい者の雇用管理について、他社事例も盛り込んだガイドブックを公表していますので、こちらもご参考になると思います。

精神障害者雇用管理ガイドブック
https://www.nivr.jeed.go.jp/research/kyouzai/h3iskd0000002n3k-att/kyouzai71.pdf

外国籍社員とのコミュニケーション支援

質問:外国籍の社員が日本語の敬語や曖昧な表現に戸惑っており、評価面談でも誤解が生じています。文化の違いによるコミュニケーションギャップを埋めるために、企業としてどのような支援や制度づくりが必要になりますでしょうか。

回答:外国籍社員とのコミュニケーションギャップを埋めるためには、言葉の壁を乗り越えるための日本語教育支援と異文化を理解するための施策が不可欠です。たとえば、下記のような支援・制度の整備が考えられます。

  1. ビジネス日本語研修
    敬語やビジネスマナー、日本の企業文化に関する研修を提供する
  2. 異文化理解研修
    全社員を対象に、外国の文化理解を促進するための研修を実施する
  3. メンター制度
    外国籍社員一人ひとりにメンターを付け、日々の業務における不明点やコミュニケーション上の不安を気軽に相談できる体制を構築する。なお、「同じ国出身の先輩」がいると、より相談しやすいケースがある

ところで、今回のケースは評価面談に関するご相談ですが、ジョブ型人事制度を導入したほうがよいとは言わないまでも、外国籍社員の仕事内容や役割、期待について母国語に訳した形で文書化して渡すとか、日報や週報で業務の進捗状況や困りごとなどを把握し、かつ日本語の表現方法についても学んでいくなどして、ギャップも解消していくという方法もあります。

なお、外国籍の社員だけでなく、日本国籍の社員が外国語、特に英語を学ぶことによって歩み寄り、グローバルな職場環境をともに創っていくことも望ましいと考えます。

宗教的配慮と職場風土の醸成

質問:イスラム教徒の社員が職場で勤務中に礼拝時間を確保したいと希望していますが、業務との調整が難しく、他の社員から“特別扱いでは?”との声が上がっています。宗教的配慮と業務のバランスをどのように取ればよいでしょうか?

回答:職場における、礼拝をはじめとした宗教上の行為のためには、宗教的配慮と業務の円滑な遂行の両立が求められます。

  1. 業務と時間調整
    礼拝等の時間の希望を本人と確認し、業務に支障が出ない範囲で勤務時間や休憩時間を調整する
  2. 場所の確保
    礼拝等を行うための場所を用意する。会議室やパーテーションによるスペースの設置など
  3. 啓発活動
    宗教的背景について、全社員が理解を深めるための社内研修を実施する

1について補足しますと、イスラム教において、1日の礼拝時間は時計の時刻ではなく、太陽の動きによって決まります。そのため、礼拝の時間は季節によって少しずつ変化します。夏は昼の時間が長いため、昼と午後の礼拝の間隔が比較的長く、冬はその逆になります。したがって、社員が季節によって異なる礼拝時間を安心して共有できるよう、職場において理解と配慮のある環境を整えることが重要です。

また、礼拝だけでなく、さまざまな宗教的または文化的な慣習、制限についても理解を深めておく必要があります、たとえば、イスラム教であれば、断食やアルコール、ハラルフードなどの対応についても理解が必要です。個人によって対応の厳格さが異なるため、一律にとらえるのではなく、一人ひとりの要望について理解し受け入れる、寛容的な職場風土が醸成されるとよいと考えます。

アウティング防止と人権配慮

質問:トランスジェンダーの社員が性自認に合ったトイレの利用を希望していますが、他の社員から反発の声も出ています。企業として、どのような対応が望ましいでしょうか?

トランスジェンダー社員の職場のトイレ利用については、近年、とある裁判でも注目されました。周囲の理解を得る必要があるとともに、もしもトイレを改修増設等するのであればコストもかかりますが、人権への配慮と多様な価値観の尊重が求められます 。下記のような対応例が挙げられます。

  1. 本人の意向確認
    まずは本人の希望をうかがい、どのような配慮を求めているかを把握する
  2. プライバシーの尊重
    本人の性自認や希望を、本人の合意なく他の社員に開示しない
  3. 社内研修・啓発
    LGBTQに関する研修を全社員向けに実施し、正しい知識を共有する
  4. 多目的トイレの活用
    性別を問わず利用できる多目的トイレを設置する

なお、本人の同意なく、性自認や性的志向を第三者に暴露する「アウティング」は、プライバシーの侵害やハラスメントなど、大きな問題に発展する可能性があるため、研修でも取り扱うとよいでしょう。

さいごに

ダイバーシティは「制度」だけでなく、「運用」と「職場の理解」があってこそ、真に機能します。柔軟な働き方や副業、障がい者雇用、外国籍社員、宗教的配慮、ジェンダー対応など、企業が向き合うべきテーマは多岐にわたります。

それぞれに制度を整えることは重要ですが、現場での運用において「公平性」や「納得感」が伴わなければ、制度は形骸化し、かえって不満や誤解を生むこともあります。

社員一人ひとりの背景や価値観を尊重しながら、組織としての方針やストーリーを明確に示すこと。社内の対話を重ね、制度と評価や支援のあり方を見直していくこと。それが、ダイバーシティを“理念”から“文化”へと根付かせる第一歩です。

本コラムが、皆さまの職場づくりのヒントとなれば幸いです。


<質問回答>
社会保険労務士法人みらいコンサルティング
全国各地に拠点を持ち、多様な専門性を持つプロフェッショナルがチームである「みらいコンサルティンググループ」の一員として、お客さまの課題に総合的アプローチしています。労務管理制度や人事制度の構築・改定支援や組織づくり、チーム力を生かしたIPOやM&A、組織再編支援など、お客さまの人的資本の向上支援をしています。

片山久也
担当者
キャリアリサーチLab編集部
HISANARI KATAYAMA

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