育休明けのキャリアの再定義-育児経験を“資産”に変える視点 

早川 朋
著者
キャリアリサーチLab主任研究員
TOMO HAYAKAWA

はじめに

近年、育児休業制度の整備などが進み、育児と仕事の両立を支援する社会的な枠組みが整いつつある。 しかし、依然としてさまざまな課題が残されており、育休明けの復職においては、これまでのキャリアパスをたどることが難しい場合や、育児を通して価値観や働き方に対する考え方が変化し、従来の働き方に違和感を覚える人も少なくない。 

特に女性においては、出産・育児を機にキャリアを中断せざるを得ない状況がいまだに存在し、復職後のキャリア形成において不安や葛藤を抱えるケースが多い。 

その一因として、出産・育児を経験したことで変化した価値観に基づきつつ、これまでの職務経験を見直し、新たなキャリアを再構築する「キャリアの再定義」という視点が、十分に議論されているとは言い難い状況が挙げられるのではないだろうか。 

育休明けの仕事復帰は、単なる「復職」ではなく、個人の価値観やライフステージの変化を踏まえた「キャリアの再定義」の機会であると捉えるべきである。 

本稿では、育休取得の現状と課題を整理した上で、育児経験とビジネススキルの関係、育休明けにおけるキャリア再定義の意義と方法、そしてそれを支える企業・社会の支援のあり方について考察する。育休取得の当事者に限らず、これから当事者になり得る人やそういった人に関わる立場の人が、ポジティブに育休明けのキャリアを再定義できるよう、気づきを与えられる情報を提供したい。 

育休取得の現状と課題

男女間の不均衡

育児休業制度は法的に整備されているものの、実際の取得状況には依然として大きな課題が残されている。特に、男女間の取得率や取得期間の差は顕著であり、キャリア形成における不均衡を生み出している。 

厚生労働省の調査によれば、育休取得率は女性が8割台で推移しているのに対して、男性は上昇傾向にあるものの3割台と、女性に比べ低い水準となっている。【図1】 

【図1】育児休業取得率の状況/厚生労働省令和5年度雇用均等法調査

育児休業の取得期間においても、女性の9割以上が6か月以上である一方、男性は年々取得期間が延びているものの、約9割が3か月未満であり、依然として女性に比べ短期間の取得である人が多い。【図2】 

【図2】育児休業取得期間の状況/厚生労働省令和5年度雇用均等法調査

収入減少と職場理解の不足

マイナビが行った調査で、男性の育休が取得しづらいと考えている人にその理由を聞いたところ、「職場が男性育休を認めない雰囲気があるから」「育休取得中の収入が減るから」「育休取得中に業務が滞るなど、職場に迷惑を掛けたくないから」が上位となった。【図3】 

この結果からわかるように、男性育休の取得は進みつつあるものの、取得しづらいと考えている人は一定数おり、その理由として、職場理解の不足や経済的要因が主に挙げられている。職場理解の不足の背景には、人手不足で代替要員が確保できていない、業務が属人化しているといった側面があるだろう。これらは男性に限らず女性の育休取得でも該当する課題である。 

育児はキャリアの障壁?

マイナビが働く23歳-39歳で未婚かつ子供がいない女性を対象に行った調査で「将来的に子供を持ちながら仕事を続けていけるか不安を感じるか」を聞いたところ、7割が不安を感じており、若年層ほど不安感が強いという結果が出ている。【図4】 

【図4】将来的に子供を持ちながら、仕事を続けていけるか不安を感じるか/働くシングル女性の悩み大解剖~女性が子どもを持ちながらいきいきと働け続けるためのパートナー選び~

この結果は、まだ育児の当事者でない段階においても、育児と仕事の両立が困難であるという認識が広く共有されていることを示しており、社会通念として「育児=キャリアの障壁」という印象が根強く存在していることを浮き彫りにしている。 しかし、本当に育児は“キャリアの障壁”なのだろうか。 

育児経験は”キャリアの資産”である

前項では育児がキャリアの障壁とされる認識が広く共有されていることを指摘した。たしかに、育児によって時間的な制約が生じ、これまで通りの働き方が難しくなる事実はある。しかし、育児によって培われるビジネススキルがあると考えると、一概に「育児=キャリアの障壁」と捉える必要はないのではないだろうか。 

「育児経験が職務遂行能力に及ぼす影響について ―インタビュー調査を用いた要因の探索―」(幸田達郎・名尾典子)によると、 本来の個人特性やもともと身につけていた特性が「育児」という経験を通して、以下の能力の発揮につながるということを明らかにしている。 

1.奉仕精神・相手へのやさしさ×育児経験→我慢強さ 
相手への思いやりを持っている人は、育児場面での苦労を現状に結び付けて考え、仕事においても我慢強さを発揮する傾向がある。 

2.仕事とプライベートの切り分け×時間の制約→業務の振り分け 
仕事とプライベートを割り切って捉えている人ほど、育児による時間不足に直面した際に、他者に業務を振り分ける行動が増える。 

3.無駄を嫌う・義務感が強い×時間の制約→効率的な行動 
無駄を嫌う傾向や仕事に対する義務感が強い人は、不測の事態に事前処理したり、計画を立てて時間を有効に使うなど効率的な行動が増える。 

4.相手へのやさしさ×育児経験→困難な人間関係の処理 
特に交渉や調整の場面で相手へのやさしさを大きく持つ人は、育児を通して子供の感情や状況を理解する力が養われ、それが職場での困難な人間関係の処理に役立つ。 

5.奉仕精神×育児経験→育成行動 
相手のためを思う奉仕精神を大きく持つ人は、育児で培った子供を守り育てたいという意識が、職場の部下育成や支援行動への工夫につながっている。 

幸田達郎・名尾典子(2014)「育児経験が職務遂行能力に及ぼす影響について ―インタビュー調査を用いた要因の探索―」 

これらの結果は、育児経験が単なるキャリアの中断ではなく、職務遂行能力の向上に寄与する可能性を示している。 

育児により働き方は制限されるものの、育児で培われる力を考慮すれば、それを単なるキャリアの障壁と捉える必要はない。むしろ、「育児=キャリアの資産」として捉える視点も可能である。 

このように考えるならば、職場復帰の際に「育休によって仕事のスキルが落ちているのでいるのでは」と不安に感じる必要はない。育休は育児のために仕事を休む期間ではなく、実践的なスキルを磨く貴重な期間でもあると捉えることができるからである。

育休明けのキャリア再定義とは

育休明けのキャリア再定義とは、単に職場に復帰することではなく、育児という人生の大きな転機を経た後に、自身のキャリアを新たな視点で見直し、再構築するプロセスである。 

育児を通じて得た経験や価値観の変化は、働き方や仕事に対する意識にも大きな影響を与える。従って、育休明けは「元のキャリアに戻る」ことを目指すのではなく、「これからのキャリアをどう築くか」を考える機会と捉えるべきである。

キャリアの棚卸し 

 この再定義の第一歩は、「キャリアの棚卸し」である。これは、これまでの職務経験やスキル、強み、そして育児を通じて得た新たな能力(たとえばマルチタスク能力や共感力、タイムマネジメントなど)を整理し、今後のキャリアにどう活かすかを明確にする作業である。 

価値観の再確認 

次に必要なのが、「価値観の再確認」である。育児を経験することで、仕事に対する優先順位や人生観が変化することは少なくない。たとえば、「昇進よりも柔軟な働き方を重視したい」「社会貢献性の高い仕事に関わりたい」といった新たな価値観が芽生えることもある。

働き方の再設計 

さらに、「働き方の再設計」も重要な要素である。これは、フルタイム勤務に戻るのか、時短勤務やリモートワークを選択するのかといった、実際の働き方を再構築するプロセスである。ただしこの働き方の再設計には、企業側が柔軟な制度を整備しているか、また管理職の理解や支援があるかどうかも成否に大きく関わる。 

育休明けのキャリアの再定義は、個人の内面的な変化と企業・社会の制度的支援の両面から成り立つものである。個人が自らのキャリアを主体的に見直すと同時に、企業や社会がそれを支える環境を整えることで、育休明けの再出発はより実りあるものとなる。 

企業・社会の支援のあり方

育休明けのキャリア再定義を実現するためには、個人の努力だけでは限界があることを前述したが、特に、育児と仕事の両立を支える制度や文化の整備は、育休取得者が安心して職場に戻り、再びキャリアを築いていくための土台となる。  

管理職の意識改革 

育休取得の障壁にもなっていた職場の理解不足を解消するために、まず重要なのは管理職の意識改革である。職場をマネジメントする管理職が先頭に立って育児と仕事の両立に理解を深め、部下のキャリア形成を中長期的に支援する姿勢を持つことが求められる。そのためには、管理職向けの研修やガイドラインの整備が不可欠である。 

柔軟な働き方の導入 

次に、柔軟な働き方の導入が挙げられる。フレックスタイム制度やリモートワークの活用は、育児と仕事の両立を可能にする有効な手段である。特に、子供の急な体調不良や保育園の行事など、突発的な対応が求められる育児期においては、時間と場所に柔軟性のある働き方が大きな支えとなる。

復職支援制度の整備

さらに、復職支援制度の整備も重要である。長期間職場を離れていた従業員がスムーズに業務に戻れるよう、復職前の面談や業務内容の調整、スキルアップ研修などを提供する企業も増えている。 これにより、復職者は不安を軽減し、自信を持って再スタートを切ることができる。また、復職後も定期的なフォローアップを行うことで、キャリアの再定義を継続的に支援することが可能となるだろう。 
 
社会全体としても、育休取得や復職後のキャリア形成を支援する文化の醸成が求められる。たとえば、厚生労働省が推進する「イクメンプロジェクト」では、男性の育児参加を促進するための啓発活動が行われており、企業の取り組み事例も多数紹介されている。こうした取り組みの広がりは、男性の育児参加を特別な選択肢ではなく、誰もが自然に行っていることとして社会に根付かせるきっかけとなる。

このように、企業と社会が連携して支援体制を整えることで、育休明けのキャリア再定義はより現実的かつ前向きなものとなる。個人の意欲と制度による支援がうまくかみ合うことで、育児と仕事の両立が過度な負担ではなく、当たり前の選択肢として受け入れられる社会に近づいていくはずである。 

おわりに

育休明けのキャリア再定義は、単なる職場復帰ではなく、人生の転機を経た後に自らの働き方や価値観を見直し、新たなキャリアを築くための重要なプロセスである。本稿では、育休取得の現状と課題、育児とビジネススキルの関係、キャリア再定義の視点、そして企業・社会の支援のあり方について考察してきた。 
 
そして忘れてはならないのが、育休を取得する本人の意識である。育休はキャリアの断絶ではなく、「成長の一部」であるという認識を持つことが、再定義の第一歩となる。育児を通じて得た経験や視点は、職場においても大きな価値を持つ。筆者も育児を経験し、育休明けのキャリアについて模索した一人として、こうした視点の重要性を実感している。育休取得者自身が、自らのキャリアを肯定的に捉え直し、主体的に再構築していく姿勢が、社会全体の意識変革を後押しする力となるだろう。 
 
今後、少子化が進行し、労働力人口の確保がますます重要となる中で、育休明けのキャリアの再定義を支援することは、個人の成長にとどまらず、企業の持続的な発展や社会全体の活力向上にもつながっていくと考えられる。 

育児とキャリアの両立を「特別なこと」ではなく「当たり前のこと」として受け入れる社会を目指すには、制度の整備だけでなく、社会全体の理解、そして個人の意識の変化が求められている。制度・社会・個人の取り組みが調和することで、誰もが安心して育児と仕事を両立できる環境が築かれていくはずである。 

マイナビキャリアリサーチLab 主任研究員 早川 朋


<参考文献>
幸田達郎・名尾典子(2014)「育児経験が職務遂行能力に及ぼす影響について ―インタビュー調査を用いた要因の探索―」 

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