マイナビ キャリアリサーチLab

キャリア継続の障壁 第1子出産の壁
—日本女子大学 人間社会学部 周燕飛氏

周 燕飛
著者
日本女子大学 人間社会学部 教授
Yanfei Zhou

仕事と家庭の両立をめぐる理想と現実のギャップは、なぜ、いつまでも埋まらないのだろうか。女性のキャリア継続が阻害される背景にはどのような問題があるのだろうか。

本コラムは、女性たちがキャリアを継続できるかどうかの正念場となる3つのライフステージ別に、これらの問いを検討してゆく。コラムは全3回に分けて掲載するが、今回はまず、「第1子出産の壁」について論じる。残りの2回は、それぞれ「小1の壁」と「更年期の壁」を考察する予定だ。

両立の希望は高まるが、理想と現実のギャップは残る

国立社会保障・人口問題研究所「第 16 回出生動向基本調査」
【表】国立社会保障・人口問題研究所「第 16 回出生動向基本調査」より作成
【図1】ライフコースにおける女性自身の理想・予想、男性がパートナーへの期待(%)/国立社会保障・人口問題研究所「出生動向基本調査(独身者調査)」より筆者作成。対象は18歳~34歳の未婚男女である。母数に無回答・不詳が含まれている。
【図1】ライフコースにおける女性自身の理想・予想、男性がパートナーへの期待(%)
国立社会保障・人口問題研究所「出生動向基本調査(独身者調査)」より筆者作成。
対象は18歳~34歳の未婚男女である。母数に無回答・不詳が含まれている。

若者のキャリア意識は近年、大きく変化している。国立社会保障・人口問題研究所が行った調査によれば、子供を出産してから専業主婦または再就職という「伝統コース」を望む若者(18歳~34歳未婚者)の割合は、男女ともに過去35年(1987-2021)の間に減少しており、男性が76%から36%に、女性が65%から40%になっている。【図1-1】

【図1左】伝統コース(専業主婦コース+再就職コース)/ライフコースにおける女性自身の理想・予想、男性がパートナーへの期待(%)/国立社会保障・人口問題研究所「出生動向基本調査(独身者調査)」より筆者作成。対象は18歳~34歳の未婚男女である。母数に無回答・不詳が含まれている。
【図1-1】ライフコースにおける女性自身の理想・予想、男性がパートナーへの期待(%)

一方、「結婚し、子供を持つが、仕事も続ける」という「両立コース」を望む女性は、2021年の調査では34%に達し、35年前より16ポイントも上昇した。男性についても、39%もの人々が、パートナーに両立コースを希望していることが分かっている。

もっとも、現実はそれほど甘くない。最新の調査時点においても、両立コースが実現可能であると予想する女性の割合は4人に1人(28%)であり、理想と予想の間に6ポイントのギャップが存在する。
【図1-2】

【図1中】両立コース/ライフコースにおける女性自身の理想・予想、男性がパートナーへの期待(%)/国立社会保障・人口問題研究所「出生動向基本調査(独身者調査)」より筆者作成。対象は18歳~34歳の未婚男女である。母数に無回答・不詳が含まれている。
【図1-2】ライフコースにおける女性自身の理想・予想、男性がパートナーへの期待(%)

理想と現実のギャップ 「無子コース」との予想は4割

女性のライフコースにおける理想の姿の割合は、今や「両立コース(34%)」が首位の「伝統コース(40%)」に肉薄している。ところが、現実的な「予想」についての割合をみると、「無子コース(38%)」が一番多くなる。

現実問題としては、「伝統コース(26%)」や「両立コース(28%)」よりも、結局、出産をあきらめる形で、代償を支払ってキャリアを継続する女性が増えているのである。【図1-3】

【図1右】無子コース/ライフコースにおける女性自身の理想・予想、男性がパートナーへの期待(%)/国立社会保障・人口問題研究所「出生動向基本調査(独身者調査)」より筆者作成。対象は18歳~34歳の未婚男女である。母数に無回答・不詳が含まれている。
【図1-3】ライフコースにおける女性自身の理想・予想、男性がパートナーへの期待(%)

確かに、無子コースであれば、仕事と子育てを両立する必要がなくなり、自分の職業キャリアに専念できる。実際、「結婚せず、仕事を続ける(非婚就業コース)」または「結婚するが子供は持たず、仕事を続ける(DINKSコース)」という「無子コース」を希望する女性は、35年前は20人に1人程度だったが、今や5人に1人程度になっている。

何より、4割もの女性が、自分は将来、無子コースになると予想していることは驚きであり、絶望的な状況であると言っても過言ではない。

両立コースを実現したのは一握りの女性のみ

両立コースを実現させるためには、正社員としての就業継続が鍵となる。正社員と非正社員の雇用格差が大きく、新卒一括採用の慣行が強い日本社会において、正社員から非正社員への移動は容易であるが、その逆の移動は極めてハードルが高いからである。

現実に、どれほどの女性が両立コースを実現できたのだろうか。(独)労働政策研究・研修機構(JILPT)が行った調査によれば、第1子が18歳になる時点で正社員として働き続けられている女性は、4人に1人程度である。

高校卒の女性においても、比較的多くの人的資本を有する短大・大学卒女性においても、同じくらいの比率である。若い女性の「予想」通り、実際に両立コースを実現できているのは一握りの女性のみなのである。【図2】

【図2】バブル崩壊後(1993-)の学卒女性の正規雇用比率(%)/周燕飛「デュアルキャリア支援が必須 女性活躍の現在地」(日本経済新聞・経済教室2023年8月7日朝刊)。元のデータはJILPT「子育て世帯全国調査(2011~2018)」より集計。母数に無職や就業形態不明を含む。
 【図2】バブル崩壊後(1993-)の学卒女性の正規雇用比率(%)
周燕飛「デュアルキャリア支援が必須 女性活躍の現在地」(日本経済新聞・経済教室2023年8月7日朝刊)。
元のデータはJILPT「子育て世帯全国調査(2011~2018)」より集計。母数に無職や就業形態不明を含む。

第1子出産前後に正規雇用率が急落、「L字カーブ」を描く

図2にみるように、正社員比率の下落幅がもっとも大きいのが「第1子妊娠時」から「第1子出産1年後」までの期間である。正社員比率は学卒時(20代)をピークとして、第1子の妊娠・出産後(30代頃)から急激に下がり、その後(40~50代頃)、低位安定する「L字カーブ」となっている。

バブル崩壊後に採用が厳しくなったことにより、女性が正規の仕事に就きにくくなったと言われているものの、それでもまだ短大・大卒女性の約8割は、学卒時に就いた初職が正規雇用である。しかし、初職でキャリア人生の良いスタートを切った女性たちは、第1子の妊娠・出産に伴い、大きな分岐点に立たされる。

この段階では、仕事と家庭の両立が困難である等の理由から、自ら正規雇用の仕事を辞し、いわゆる非正規雇用や無業への「自己選別」を行う女性が増えていく。実際、JILPT調査では、第1子の妊娠・出産前後で仕事を辞めた1,706人にその理由を聞いているが、「子育てに専念したかったから(49%)」や「仕事と育児の両立が難しいと判断したから(48%)」と回答した者がもっとも多い。

「第1子出産の壁」が女性自身によって作られている側面も

第1子出産前後の両立困難は、本当に克服できないものなのだろうか。初めての子育てに戸惑い、仕事をしながらの家事・育児で心身ともに疲れ切っている女性が多いことは間違いない。

しかし、近年、保育サービスや子育て支援制度、さまざまな家事・育児の市場サービスが充実する中で、工夫次第では、仕事と家庭を両立させることは十分に可能である。それにもかかわらず、工夫や対策を講じる前に、あっさりと仕事を辞める女性が意外に多いのである。

筆者は、「第1子出産の壁」は女性自身によって作られている側面があるのではないかと考えている。その背景として、大きく3つの理由が考えられる(詳細は、周燕飛『貧困専業主婦』(2019年、新潮社)を参照)。

時間的・金銭的「欠乏」に伴う行動面の失敗

1つ目の理由は、時間的・金銭的「欠乏」に伴う行動面の失敗である。近年の行動経済学の研究により、人々は、種々の「欠乏」に直面する中では、新しいことに関わる余力、いわゆる脳の帯域幅が、不足しがちになることが知られている。

第1子の出産前後は、慣れない育児や家庭支出の増大によって、まさに「欠乏」に陥りやすい時期である。脳の帯域幅不足が起きると、情報収集能力や計画・立案能力、とりわけ長いタイム・スパンに見据えてのプランニング能力が低下する。

そのため、「継続就業」を選んだ場合の長期的な「正の報酬」(所得や昇進等)を見逃しやすく、短期的な「負の報酬」(心身の疲労等)を過剰に意識することになるのである。 

「非合理的選択を誘う状況」に置かれる

2つ目の理由も行動経済学的要因であるが、女性が低頻度やフィードバックの欠如といった「非合理的選択を誘う状況」に置かれていることである。

正社員として働き続けるか、専業主婦や非正規になるかの選択は、低頻度のイベントであるため、繰り返しによる熟練を生む余地がない。また、伝統コースを選んだ女性は、自分がもしも両立コースを続けた場合の結果は知りえない。逆もまた然りである。

特に職業キャリアのような長期的なプロセスの結果については、十分なフィードバック情報を持つ機会もなく、女性が賢く選択することを難しくさせるのである。

「心理的罪悪感」の発生

そして、3つ目の理由は、伝統的な家族規範を逸脱したことから生じる「心理的罪悪感」である。たとえば、日本社会においては、「子供が幼いうちは、母親は育児に専念すべき」「人並みの子育てをできない親が悪い」という規範意識がまだまだ残っている。

そうした中で、両立コースの女性は「子供に申し訳ないことをした」という罪悪感を抱きがちであり、今までの仕事観に対する揺らぎが生じ、途中から伝統コースに転じる方が多いものと考えられる。

「第1子出産の壁」は打ち破られるのか

むろん、「第1子出産の壁」が存在するのは、母親側のせいだけではない。正社員の長時間労働や硬直的な労働時間管理など、働き方の問題も大きいだろう。また、「年収の壁」と言われるように、妻の就業収入が一定のラインを越えると、それまでに適用されていた税や社会保障の優遇政策が適用されなくなるため、社会制度自体が意図せずに女性を伝統コースへと導いている側面もある。

このように、複数の原因が同時に作用しているため、「第1子出産の壁」の打破は容易なことではない。切り札となる対策はなく、それぞれの原因ごとに個別治療が必要となる。たとえば、「欠乏」による行動面の失敗を減らすためには、預かり保育の利便性改善や児童手当の増額等、母親に時間的・金銭的余裕を持たせるような支援が必要である。

「非合理的選択を誘う状況」への対策として、就業選択に関わるビッグデータを収集し、アクセスしやすい手段と場所で、タイムリーにフィードバック情報を提供するアプローチが考えられる。「心理的罪悪感」の克服に当たっては、心理カウンセラーの導入や科学的育児法の周知が重要であろう。

その他、働き方改革と税・社会保障制度の改革も必要不可欠である。具体的には、工程・納期管理の合理化、コミュニケーション・ツールの活用、業務内容の細分化・明確化などの工夫によって、長時間労働を減らし、柔軟な労働を実現するためのインフラの整備を進めるべきである。そして、多くの女性を両立コースから伝統コースへと誘導する税と社会保障制度の改革も急務である。

以上は女性の仕事と家庭の両立をめぐる『第1子出産の壁』の問題について、調査結果や社会背景を基に論じた。次回は『小1の壁』について考察する。


著者紹介
周燕飛(しゅう えんび)

国立社会保障・人口問題研究所客員研究員、(独)労働政策研究・研修機構主任研究員などを経て、2021年より日本女子大学人間社会学部教授。大阪大学国際公共政策博士。労働経済学、社会保障論専攻。著書に『母子世帯のワークライフと経済的自立』(JILPT研究双書)、『貧困専業主婦』(新潮社)など。2021~22年度社会保障審議会児童部会臨時委員。

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