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個人にとっても組織にとっても有意義な男性育休をめざして—筑波大学 人間系 准教授 尾野裕美氏

尾野裕美
著者
筑波大学 人間系 准教授
ONO HIROMI

筆者が息子を出産した18年前、男性の育休取得率は0.5%でした。当時は夫が育休を取得するという発想がなく、筆者は育児負担の重さから精神的に追い詰められていました。その危機的状況を回避するために、夫が会社に異動を願い出て、定時で帰りやすい職場に移ることができたことで、なんとか乗り切ることができました。

現在、男性の育休取得率は約17%となりました。しかし、育休取得の男女差は依然として存在しています。また、企業が男性の育休取得率を取り繕うために、該当者に数日間の形式的な育休を取得させるという事例も少なくありません。

母親だけでなく父親も当たり前のように育児できる社会になってほしいという願いから、筆者は男性育休に関する研究に取り組んでいます。数日間のいわゆる「とるだけ育休」ではなく、本来の意味通りの育休を扱おうと考え、長期育休(1か月以上)を取得した男性を対象としたインタビューから始め、その上司や同僚を対象としたインタビュー、男性の育休取得を推進している企業を対象としたインタビューと調査を重ねてきました。

本コラムでは、これまでのインタビュー調査から明らかになったことの一部をご紹介したいと思います。

長期育休を取得した男性のキャリア意識はどのように変容するのか?

2016年9~10月、民間企業において1か月以上の育休を取得した男性14名を対象としたインタビュー(※1)を行い、育休前、育休中、復職後それぞれのキャリア意識や気持ちの変化について、時系列にそって語っていただきました。対象者は【表1】の通りです。
※1 尾野裕美 (2019). 長期育児休業を取得した男性の内的変容プロセスに関する探索的検討. 産業・組織心理学研究、 33(1)、 35-50. https://doi.org/10.32222/jaiop.33.1_35

【表1】 対象者一覧

対象者一覧

長期育休を取得した男性のキャリア意識変容のプロセスを簡単にまとめると【図1】のようになります。対象者の生の声を引用しながら説明していきます。

【図1】 長期育休を取得した男性のキャリア意識変容プロセス

長期育休を取得した男性のキャリア意識変容プロセス

もともとは、

  • 成果を誰よりも出したい、成功したい。(kさん)
  • 大黒柱神話みたいなの信じてたところがある。男は仕事、稼いでなんぼ。(mさん)

といった【自分中心のキャリア意識】をもっていた男性でも、【社会動向】の影響を受けて、

  • 仕事だけの生活になっているけど、このままでいいのかなぁ。(aさん)
  • 仕事は仕事でプライドをもって、家庭は家庭でやりたいことしっかりやるっていうスタンスがかっこいいと思って。(eさん)

のように【ワークライフバランスへの関心】が高まります。

育休に入る前から、

  • 本当にいかに狭い世界で生きてきたのか、みたいなのは気付かされた。<中略>やっぱり、世の中いろんな仕事があるし。(nさん)
  • 自分らしい自分でやりたいこととか見つけていった方がよっぽど幸せだろうと。(lさん)
  • 今後の人生どうしようかみたいな話とかもできて、<中略>目の前の課題じゃなくって、2、3歩先の考えるべきことみたいなのをゆっくり時間をかけて考えられた。(eさん)

など、自分自身について【キャリアの再探索】が始まり、これが育休中も続きます。そして、育休中の【人との交流】や【育児の現実を実感】することが【キャリアの再探索】を促します。

復職後のキャリア意識は、

  • 最初戻ってみたときに、すごく役割にとらわれている人が多いんだなっていう部分は見えた。<中略>じゃあ自分の役割を外した状態で、もっと面白くとらえられるにはどうしたらいいんだろうってことを思いながら仕事を見るようになった。(aさん)
  • 両方ある意味欲張りに追求したいなっていうふうに思った。家庭は絶対的にないがしろにできないから超大事、でもそのために仕事を脇に寄せることもしない。(kさん)

といった【キャリア自律】や、

  • 仕事一辺倒でキャリアを形成していくっていうことではなくて、仕事と家庭といろんなつながりそれぞれを融合させる形で、<中略>ライフの部分で得た経験をワークに還元したい。(iさん)
  • 子供が将来どうなっていくんだろうなって考えたときに、そこを自分の仕事と照らし合わせて、自分たちがやっているようなところは、学校と社会との接点をつくるところだし、そこに対しての関わりっていうのは、すごく大きな影響力を今後ももっていくんだろうな。(hさん)

のように【ワークとライフの統合】へと変容します。

育休中に【育児の現実を実感】したことは、【ワークとライフの統合】と【仕事と家庭を両立させる覚悟】を促し、この2つは相互に影響し合っています。また、【仕事と家庭を両立させる覚悟】は【キャリア自律】にも影響を与えています。

長期育休を取得する男性が留意すべきこと

前述のインタビュー調査からは、長期育休を取得することにした男性が、職場に迷惑がかからないような育休計画を立て、自分の仕事を整理してスムーズに業務を引き継ぐなど職場に配慮している様子もうかがえました。

また、同僚の男性が長期育休を取得したという経験をもつ方を対象としたインタビュー調査(※2)からは、男性育休に賛同していた同僚でも、業務の引き継ぎが不十分な場合は、「業務を代替する負担感」や「業務が円滑に進まないイライラ感」といったネガティブな感情を抱くようになることが示されました。
※2 尾野裕美 (2023). 男性の長期育児休業取得に対する同僚の心理に関する探索的検討. 経営行動科学学会第26回年次大会発表論文集、 286-291.

育休は当然の権利ではありますが、周囲に対する配慮や感謝の気持ちを忘れないことが大事です。

企業は男性の育休取得をどのように推進し、どのような成果が得られたのか?

2018年9月~12月、男性の育休取得を推進し、1か月以上の育休を取得した男性が所属している民間企業12社を調査対象としたインタビュー(※3)を行いました。
※3 尾野裕美 (2020). 企業における男性の育児休業取得推進プロセスに関する探索的検討. 産業・組織心理学研究、 34(1)、 43-58. https://doi.org/10.32222/jaiop.34.1_43

調査対象企業の人事やダイバーシティの担当者に、男性の育休取得を推進するためにどのような取り組みをしてきたのか、その結果どのような成果が得られたのかを語っていただきました。対象企業は【表2】の通りです。

【表2】 対象企業一覧

業種従業員規模イクメン企業
アワード受賞
くるみん認定
A社通信10,000名以上ありプラチナくるみん
B社保険1,000名以上10,000名未満ありプラチナくるみん
C社小売1,000名以上10,000名未満ありプラチナくるみん
D社住宅10,000名以上ありくるみん
E社IT1,000名以上10,000名未満ありくるみん
F社食品1,000名未満ありくるみん
G社部品1,000名未満ありくるみん
H社鉄道10,000名以上なしくるみん
I社機械10,000名以上なしくるみん
J社電力10,000名以上なしくるみん
K社広告1,000名以上10,000名未満なしくるみん
L社研修1,000名未満なしなし

注)F社およびK社は数日間の育休を義務化している

男性の育休取得を推進するための具体策は、促進ルール策定【表3】、支援【表4】、風土醸成【表5】の3つに分類できます。

【表3】 促進ルール策定の内容と具体例

内容具体例
【該当者への直接的な推奨】上司による育休催促
育休取得状況のチェックと催促
出産時の後押し
【経済的な補助】育休の一部有給化
金銭的な特典
【強制力の行使】取得の義務化や数値目標化

【表4】 支援の内容と具体例

内容具体例
【人事部門による取得者支援】人事による個別相談の実施
育休中セミナーの開催
育休中の業務メール使用許可
【人事部門による上司や職場の支援】具体的な支援方法の指導
人の補充
【上司による取得者支援】声かけやメールによるフォロー
育休面談用シートの活用
不利な扱いをしない配慮
【上司による職場支援】業務調整
協働体制の構築

【表5】 風土醸成の内容と具体例

内容具体例
【経営幹部の肯定的態度】経営幹部によるメッセージ発信
経営幹部の意識変化
【管理職への啓蒙】管理職向け冊子の配布
管理職への教育研修
【わかりやすい情報提供】社内報やメルマガによる情報発信
全従業員向け冊子の配布
見やすい社内ポータル作り
【事例の紹介】育休取得男性の事例紹介
イクボスの紹介

ここでは、風土醸成を取り上げ具体的に紹介していきます。

経営幹部の肯定的態度

【経営幹部の肯定的態度】には「経営幹部によるメッセージ発信」と「経営幹部の意識変化」があります。

「経営幹部によるメッセージ発信」は、社長や役員が全従業員に対して男性の育休取得を促すメッセージを発信することです。「経営幹部の意識変化」は、男性の経営幹部が率先して育休を取得するなど、男性育休の推進について経営幹部の士気が上がることです。

管理職への啓蒙

【管理職への啓蒙】には「管理職向け冊子の配布」と「管理職への教育研修」があります。

「管理職向け冊子の配布」は、管理職に対して、部下に子供が生まれる場合にどのように対応すべきかを詳しく説明した冊子を配布することです。「管理職への教育研修」は、管理職を対象に、男性の育休取得に関する事例検討などを盛り込んだ教育研修を実施することです。

わかりやすい情報提供

【わかりやすい情報提供】には「社内報やメルマガによる情報発信」「全従業員向け冊子の配布」「見やすい社内ポータル作り」が含まれます。

「社内報やメルマガによる情報発信」は、男性の育休に関連する情報を社内報に掲載したり、定期的にメルマガを配信したりすることです。「全従業員向け冊子の配布」は、育休関連の制度や施策についてまとめた冊子を作成し、入社時や制度改定時に全従業員に配布することです。

「見やすい社内ポータル作り」は、育休に関する情報を閲覧しやすいように社内ポータルを構築することです。

事例の紹介

【事例の紹介】には「育休取得男性の事例紹介」と「イクボスの紹介」があります。

「育休取得男性の事例紹介」は、育休を取得した男性の体験談を含めた事例を社内に紹介することです。「イクボスの紹介」は、育休を取得した男性の上司を中心に、男性の育児参加に理解のある上司を社内に紹介することです。

では、このような取り組みをした結果、企業にとってどのような成果が得られたのでしょうか。インタビューからは、男性の育休取得を推進した結果、従業員の意識変化が生まれワークライフバランスの実現をもたらすこと、また育休を取得した男性の付加価値が向上することにより組織体制が強化されることがわかりました【表6】。

【表6】 成果の内容と具体例

内容具体例
【従業員の意識変化】男性育休も当たり前という意識の浸透
子育て中の従業員に対する理解
【ワークライフバランスの実現】短時間勤務をする男性
仕事と家庭の両立
女性が活躍する働きやすい職場
休みやすい風土
【取得者の付加価値向上】コミュニケーション能力の向上
仕事におけるアイデアの広がり
【組織体制の強化】属人化しない組織
業務効率化

企業が男性の育休取得を推進する際に留意すべきこと

一方で、男性の育休取得を推進している企業には課題も生じています。まず、育休取得者のいる職場において、仕事のカバーをする周囲のメンバーに負荷がかかり過ぎることが挙げられます。

また、男性育休の促進ルールを徹底した結果、男性が育休を取得しても主体的に育児に取り組まず、単なる休暇になっている場合があります。その結果、子育て中の人ばかりが優遇されているという不公平感をもつ従業員も存在していることが見えてきました。

このような問題を避けるためにも、男性の育休取得を推進するための取り組みとして、促進ルールを策定するだけでなく、風土醸成の工夫をすることが重要です。

また、インタビューを通して、男性の育休取得推進がうまくいっている企業は、ワークライフバランスを経営戦略として位置づけ、働き方改革に取り組んでいることがわかりました。

まとめ

本コラムでは、長期育休を取得した男性のキャリア意識変容プロセスを紹介しましたが、育休中に育児の現実と向き合った男性は、育休前とは異なるキャリア意識をもって職場に復帰してくるケースがほとんどです。

また、企業が男性の育休取得を推進した成果として、従業員のワークライフバランス実現や組織体制の強化が挙げられますが、これは単に男性が育休を取得していることの成果ではありません。

その背景には、ワークライフバランスを経営戦略として位置づけていることや、働き方改革への取り組み方があることを忘れてはなりません。育休取得を促すルールを策定するだけでなく、男性が育休を取得しやすい風土を醸成することも重要です。


筑波大学 人間系 准教授 尾野裕美
日本製粉株式会社(現:株式会社ニップン)の人事、株式会社インテリジェンス(現:パーソルキャリア株式会社)のキャリアカウンセラー、株式会社リクルートマネジメントソリューションズの研究員を経て独立。その後、横浜商科大学専任講師、明星大学准教授を経て2023年4月より現職。筑波大学大学院人間総合科学研究科生涯発達科学専攻修了、博士(カウンセリング科学)。近著に『働くひとのキャリア焦燥感―キャリア形成を急ぐ若者の心理の解明』(ナカニシヤ出版、2020年)、『個人と組織のための男性育休―働く父母の心理と企業の支援』(ナカニシヤ出版、2023年)がある。

筑波大学 人間系 准教授 尾野裕美

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