職場の行事はなぜ行われるのか?通過儀礼という視点から組織の慣習をみる

片山久也
著者
キャリアリサーチLab編集部
HISANARI KATAYAMA

職場における「慣習」や「暗黙のルール」に戸惑いを覚えた経験はないだろうか。入社式や入社時の研修、歓迎会など、形式的に見えるこれらの行事には、職場内の文化的・社会的な意味が込められ、個人が新たな役割へと移行する際に行われる重要なプロセスとみることができる。

人類学では、人生の節目の変化や社会的な地位・役割の転換、あるステータスから別のステータスへ移行する際に行われる儀式を「通過儀礼」と呼ぶ。本コラムでは、職場内で行われる行事を通過儀礼という視点に当てはめてみることで、職場での違和感や戸惑いを乗り越えるヒントを探っていく。

通過儀礼とは何か

通過儀礼とは、人生の区切りで行われるイベントのことを指し、新谷尚記著「イラスト&図解わかる 日本のしきたり」には、

昔から年や月、日など時の流れのなかにいろいろな区切り作られてきたように、一生のなかにも、いくつかの区切りがあります。誕生や成人、結婚、出産など……こうした人間の成長過程で、それまでの状態から新たな段階にステップアップするための区切りとして行われるのが、これらの通過儀礼です。

日本でもお宮参り、結婚式、還暦・米寿などの長寿祝い、葬儀などの通過儀礼があり、これらは現在でも続いています。またそれらのほかにも、入学式、入社式……などのように、集団への帰属を表明するような社会生活上の通過儀礼もあります。

このような社会生活上の通過儀礼は七五三や結婚式などとは違い、それまでの状態に一区切りつけてから次の段階に進むためのイベントとなっています。

新谷尚記,「現イラスト&図解わかる 日本のしきたり」, 出版芸術社, 2022, 20ページ

と説明されている。

通過儀礼の3ステップ

上記のように「通過儀礼」とは、それまでの状態から新たな段階にステップアップするための区切りの際に行われる儀式や慣習のことだ。文化人類学者ファン・へネップは、通過儀礼を「分離期」「過渡期」「統合期」の三段階に分類した。

  • 分離期…これまでの状態からの分離
  • 過渡期…どっちつかずの状態
  • 統合期…新しい段階への統合
通過儀礼の3ステップ/石井研二,「プレステップ宗教学<第3版>」,弘文堂,2020,37ページを参考に作成
石井研二,「プレステップ宗教学<第3版>」,弘文堂,2020,37ページを参考に作成

仮に大学生から社会人(入社する)までの過程や行事を上記に当てはめると、

  • 分離期…卒業式・内定式・引っ越し
  • 過渡期…入社式・新人研修
  • 統合期…歓迎会・初任給の支給

といった行事が通過儀礼にあたるのではないだろうか。詳しくは、後述しているがこれらを経て、大学生から社会人へ変化しているといえる。

日本社会における通過儀礼とは

日本では、七五三や成人式、入学式、卒業式などが通過儀礼として挙げられることが多い。これらは単なる行事ではなく、個人が新たな社会的役割を担うことを周囲に示し、本人にもその自覚を促す重要な機会となる。

上記で記載した新卒時の入社式は、学生から社会人への移行を象徴する行事として、企業文化の中で大きな意味を持っている。

通過儀礼の文化的役割

通過儀礼は、個人の内面的な変化だけでなく、社会的な承認や集団への統合を目的としている。つまり、社会が個人に対して「あなたはもう別の段階に進んだ」と認めるプロセスであり、同時にその人が新たな役割を果たす準備ができていることを確認する場でもある。このような文化的背景を理解することで、職場における慣習や行事の意味がより明確になるのではないだろうか。

職場における通過儀礼とは

日本の職場には、形式的に見えるが実は文化的な意味を持つ「通過儀礼」が数多く存在する。通過儀礼を職場の行事に当てはめてみると、入社式や新人研修、歓迎会などがそれにあたるだろう。これらは単なる業務プロセスではなく、組織の一員として認められるための「通過点」としても機能している。

【通過儀礼を職場の行事に落とし込んだ例】

種類組織内での役割
入社式新入社員の歓迎や組織への(初期)統合
オリエンテーション学生から社会人への心理的・社会的な分離
研修企業文化や業務を学ぶ曖昧な移行期間
歓迎会新しいメンバーの歓迎や組織への統合
辞令の交付部署配属や異動・昇進、新たな役割の承認
評価・表彰式成果の認知や在籍価値への承認
定年組織から円満な離脱
退職・転職組織からの心理的・物理的な離脱

新人研修は、知識やスキルの習得だけでなく、企業文化や組織の価値観を内面化させる場でもある。組織によっては毎朝朝礼を行う場合もあるが、朝礼も毎日のルーティンを通じて「組織の一体感」や「規律」を体現する意味を持つ。特に声を出して挨拶をする、理念を唱和するなどの行為は、個人の意識を組織に同化させる役割を果たしているといえる。

歓迎会や飲み会は業務外の活動だが、「仲間として受け入れられるかどうか」をはかる場とみることもできる。ここでの振る舞いや言動が、職場での人間関係に影響を与えることも少なくない。こうした「非公式な活動」は、特にそれまで他の組織に属していた新入社員や転職者にとって戸惑いの原因となりやすい。

また、昇進や異動といったキャリアの節目において「次のステージに進む資格があるか」といった視点から見た場合、評価もまた通過儀礼の一種といえるかもしれない。評価は目標達成度や売上・利益への貢献、スキルや能力、行動量など様々な指標を基準にされるものである。しかし、通過儀礼としてみた場合、業績だけの判断ではなく、本当に次のステージに進める状況にあるのかなど、キャリアの節目の可否を決める重要なプロセスとみることもできるだろう。

なぜ通過儀礼が存在するのか

社会的役割の移行を可視化する

通過儀礼の役割の一つは、個人が新たな社会的役割へと移行するプロセスを「見える化」することである。たとえば、新入社員が入社式や研修を経て「学生」から「社会人」へと変わる過程は、本人だけでなく周囲にもその変化を認識させることができる。

所属意識の醸成

通過儀礼は、組織への「所属意識」を高める装置としても機能する。たとえば、朝礼での企業理念の唱和は会社の価値観の理解を深め、飲み会での交流は個人が「組織の一員である」という感覚を強化する。こうした行動は、集団の一体感を生み出し、心理的安全性やチームワークの基盤を築くことに貢献する。

暗黙知の伝達

さらに、通過儀礼は「暗黙知」を知る機会にもなる。マニュアルには書かれていない職場のルールや価値観は、組織の行事を通じて自然と共有される。たとえば、歓迎会での立ち振る舞いや上司との距離感の取り方などは、言語化されないことが多い。

このように、職場における通過儀礼は一見単なる慣習にみえるかもしれないが、組織の機能や文化、価値観を支える重要な仕組みである。その意味を理解することで、形式的に見える行事にも納得感が生まれ、適応を促進できるのではないだろうか。

通過儀礼がもたらす戸惑いと葛藤

新入社員や転職者がもつ違和感

職場における通過儀礼は、組織への適応を促す一方で、新たに加わった人にとっては大きな戸惑いの原因にもなり得る。特に新入社員や転職者にとっては、企業・組織ごとに異なる文化や慣習に直面し、「なぜこんなことをするのか」「どう振る舞えばいいのか」と悩むことも多い。形式的な朝礼や飲み会への参加に違和感を覚えながらも、周囲に合わせざるを得ない状況は、心理的な負担となる。

世代間ギャップと価値観の違い

通過儀礼に対する受け止め方は、世代によっても異なる。たとえば、上の世代にとっては「当たり前」の慣習が、若い世代には「非合理的」または「時代遅れ」と映る場合もある。こうした価値観のズレは、職場内での摩擦や誤解を生む要因となり、通過儀礼が本来持つ「統合」の機能が逆に「分断」を生む結果にもなりかねない。

排他性とストレス

通過儀礼は、集団への一体感を高める一方で、「参加しない者」を排除していると見えるかもしれない。たとえば、飲み会への不参加が「協調性がない」と見なされたり、朝礼での発言が少ないことが「やる気がない」と解釈されたりすることがある。こうした声に出ない圧力は、個人の多様性や自由を制限し、ストレスや離職の原因にもなり得る。

違和感を放置してはいけない

通過儀礼に対する違和感は、単なる個人の問題だけではなく、組織文化の問題でもある。そのため、新たに組織に入る人は「なじめない自分が悪い」と思い込むのではなく、「なぜこの行事があるのか」「自分はどう向き合うべきか」を問い直す視点も重要である。また、組織側もそのような違和感を放置するのではなく、対話をしていくことが重要となる。

組織の通過儀礼をどう受け止めるか

なぜ行うかを理解する

組織内の行事に対する違和感を乗り越える第一歩は、「なぜこの行事が企業・組織に存在するのか」を理解することである。ここまでに説明した通り、形式的に見える行事にも組織の一体感を高めたり、役割の移行を明確にしたりする意味があると知ることで、新たに組織に入る人にとって納得感が生まれやすくなる。

たとえば、朝礼は「無意味な行事」ではなく、「業務の始まりを組織内で共有する」「会社が大切にしている理念を理解する」と捉え直すことで、受け止め方が変わることもあるだろう。

行事の意味を自分の言葉で解釈しなおす

組織内の行事は、必ずしもそのまま受け入れる必要はない。重要なのは、自分なりの意味づけを行うことである。

たとえば、歓迎会を「苦手な飲み会だから避けたい場」と捉えるのではなく、「同僚と関係を築くための機会」として解釈をしなおすことで、参加への心理的ハードルを下がることもある。行事を自分の言葉で意味付けや再構築することで、適応力を高めることができるのではないだろうか。

自分の価値観と組織文化のすり合わせ

組織内の行事に対する違和感は、自分の価値観と組織文化とのズレから生じることが多い。そのため、「どこまで合わせるか」「どこが譲れないのか」を明確にし、無理のない範囲ですり合わせていくことが重要である。すべてを受け入れる必要はなく、自分のスタンスを保ちながらも、相手の文化を理解しようとする姿勢が、職場での信頼関係を築く土台となる。

組織内の行事を通じて問われるのは、単なる適応力ではなく、「自分はどうありたいか」という自己理解・自己認識でもある。行事に参加することで見えてくる自分の価値観や限界を知ることは、キャリア形成においても大きな意味を持つ。違和感を持ったときこそ、自分自身と向き合うチャンスと捉えてみてはどうだろうか。

これからの働き方の変化

現代の日本の働き方は、かつての同質性や集団主義から、「多様性」や「個人の尊重」へと大きくシフトしている。これに伴い、従来の通過儀礼が担っていた「全員が同じプロセスを経るべき」という前提が揺らぎつつある。たとえば、飲み会への参加を強制しない、朝礼を廃止するといった組織も増えており、日本の組織のあり方そのものが見直されてきている。

選択と意味の共有

これからの組織内の行事は、「全員参加の義務」から「選択可能な文化」へと変化していくだろう。重要なのは、形式を守ることではなく、その行事を実施する意味を共有し、双方が納得した上で参加できる環境を整えることである。たとえば、歓迎会の意義や目的を事前に説明したうえ、参加の自由を保障することで、歓迎会が持つ本来の機能を損なわずに多様性も尊重できる。

キャリアの節目の捉え方

また、キャリアの節目における通過儀礼も、より個別化されていくと考えられる。近年変わりつつあるが、従来の日本は年齢や勤続年数によって評価・昇進を決めるといった年功序列の考え方があり、昇進や異動、評価が決められることもあった。

しかし、これからは社会人(セカンドキャリアに向けての)の学び直しや単一の組織にだけ属さないパラレルキャリアなど、個人の選択の多様化が進むことで、それぞれの状況・ライフスタイルに合わせた動きが増えていくだろう。

こうした新たな変化を自分自身がどう設計し、どのように社会的に承認していくかが、今後の働き方における重要な課題となっている。

再構築することで組織文化を変える

組織内の行事の再構築は、単なる制度改革ではなく、組織文化そのものを見直すチャンスとなる。形式にとらわれず、それまで行われていた行事の意味を問い直し、個人と組織の関係性を再定義することで、より柔軟で誰もが働きやすい働き方が実現できるのではないだろうか。

まとめ

職場における行事は、単なる慣習ではなく、社会的役割の移行や組織文化の継承を担う重要なプロセスである。新たに組織に入る人はその意味を理解し、自分なりに再解釈することで、戸惑いや違和感を乗り越えるヒントが見えてくる。

多様な価値観が共存する現代の日本社会・組織においては、行事のあり方も柔軟に変化していく必要がある。通過儀礼を通じて、自分のキャリアと向き合う視点を持つことが、働きやすさと成長の鍵となるのではないだろうか。

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