移動できなければ、働くことも選べない。障害者の通勤支援から考える社会のかたち-富山大学 都市デザイン学部 准教授 猪井 博登氏

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通勤は、多くの人にとって働くための当たり前の手段です。しかし、前回の記事では障害者にとっては、交通手段の不足や制度の谷間が、働く場所や仕事を選ぶ前に、その可能性を狭めることがわかりました。

移動支援と雇用支援はなぜ分断され、誰が「通える」を支えるべきなのでしょうか。交通計画や移動支援を研究する富山大学 都市デザイン学系 准教授 猪井 博登氏に、制度からこぼれ落ちるニード、地域交通の課題、企業・行政・地域社会に求められる役割について聞きました。

猪井 博登
富山大学 都市デザイン学部 都市・交通デザイン学科 准教授
1976年大阪府生まれ。大阪大学大学院工学研究科修士課程修了、2005年に大阪大学より博士(工学)を取得。兵庫県立福祉のまちづくり工学研究所非常勤研究員、大阪大学特任助手・助教などを経て、2018年より富山大学都市デザイン学部都市・交通デザイン学科准教授。専門は交通計画・交通工学。公共交通を活用した地域の孤立解消や、住民主体の地域交通づくりなど、福祉や地域社会の視点を取り入れたモビリティデザインの研究に取り組む。

通勤支援は、望む生き方を選ぶ機会を支える

質問:現在の社会において、障がい者の通勤における「移動の課題」をどのように捉えるべきでしょうか。

猪井:障害者にとって勤労は、単に働いて収入を得るだけでなく、人とつながり、社会の一員として役割を担い、生きがいを感じることにもつながっています。この勤労するためには、遠隔勤務などがありますが、仕事場に通勤する必要があります。その意味で、移動が失われることは、その人が望む生き方や社会参加の選択肢が奪われることでもあります。

もちろん、働くことを一方的に価値あるものとして押し付けるわけではありません。働きたいと思ったときに働けること。すなわち、本人が価値を置く生き方を自ら選べることが重要です。働きたいと思ったときに、交通手段や必要な支援が足りないという理由で、その選択を諦めずに済む環境を整える必要があります。

この点を考えるうえで参考になるのが、経済学者・哲学者のアマルティア・セン氏が提唱した「ケイパビリティ(潜在能力)アプローチ」です。セン氏は、人の幸福や生活の豊かさを、本人の満足度を示す「効用」や、所有する「財・所得」だけで捉える従来の理論的枠組みを批判しました。同じ財や制度が用意されていても、障害の有無やおかれた環境によって、それを活用し、望む生活を実現できるかは人によって異なるからです。

そのためセン氏は、一人ひとりが「価値を置く理由のある『生』」を実際に選び、実現できる実質的な機会に目を向けました。通勤手段についても、単に制度や交通サービスが存在するだけでなく、それらを利用して、本人が望む働き方や社会参加を実現できるかどうかが重要になります。

障害の有無や置かれている環境は、本人の努力だけで決まるものではありません。だからこそ、通勤できないことを本人の努力不足や自己責任の問題にしてはいけません。誰もが望む生き方を選べる社会をつくるための課題として、向き合う必要があります。障害者の通勤を支えることは、一部の人のための特別な支援ではなく、私たちがどのような社会をつくっていくのかという問題として捉えるべきなのです。

制度があっても通勤できない。見えないニードと「移動の連続性」

質問:障害のある方の通勤を支えるうえで、現在の交通支援制度にはどのような課題が残されているのでしょうか?

猪井:現在の制度が、障害のある方のニードをすべて捉えているとはいえません。その理由を考えるうえで参考になるのが、社会福祉学における「ニード」の分類です。

一般に「ニード」という言葉は、個人の主観的な欲求や要望として使われがちです。しかし、社会福祉学における「ニード」は、単なる欲求とは異なり、「人が健康で安心した生活を送るために客観的に必要不可欠でありながら、十分に満たされていない状態(必要性)」を指します。

福祉の現場では、本人が自覚している困りごとだけでなく、専門職の視点から見つかる潜在的なニードも重要とされています。そして、このニードは主に四つに分けて考えられています。

一つ目は、専門家や行政などが一定の基準に基づいて判断する「ノーマティブ(規範的)・ニード」です。障害等級などを基準に、移送サービスの対象者を定めることがこれに当たります。二つ目は、本人が「移動したい」「働きに行きたい」と感じている「フェルト(必要だと自覚している)ニード」。三つ目は、その思いが申請やサービスの利用といった行動に表れた「エクスプレスト・ニード(表明された)ニード」です。四つ目が、同じような状況にある人との比較から必要性が見えてくる「コンパラティブ・ニード(比較ニード)」です。本人が、その必要性をまだ意識していない場合も含まれます。

制度をつくるには、誰を対象とするのかを明確にしなければなりません。そのため、障害等級などの客観的な基準は必要です。現在の制度が捉えやすいのは、こうした基準によって認められるニードや、本人が申請や相談を通じて表明したニードです。

しかし、本人が必要性を感じていても、声を上げていない場合があります。また、長年にわたって移動や就労を制限されてきたために、「移動したい」「働きたい」と望むことすら諦めてしまった人もいます。現在サービスを利用している人や、自ら支援を求めている人だけを見ていては、こうした潜在的なニードを把握できません。

実際の通勤を支えるうえでは、「移動の連続性」も重要です。通勤は、自宅から駅へ向かい、鉄道やバスを利用し、降車後に歩道を通って職場の建物に入るまでの、一連の移動によって成り立っています。

たとえば、駅がバリアフリー化されていても、そこへ向かう歩道に段差があったり、職場の建物に入れなかったりすれば、通勤は実現しません。移動経路の一部だけを整備しても、どこか一か所で途切れれば、目的地までたどり着けないのです。

したがって、制度の対象になっているか、個々の設備が整っているかだけで判断するのではなく、自宅から職場までの一連の移動が実際に成り立っているかを確認する必要があります。制度から漏れるニードと、移動の途中に残された障壁の双方に目を向けることが、支援と現実のギャップを埋めることにつながります。

比較ニードを捉えるために必要な、可視化とナラティブ

質問:本人も自覚していない「ニード」を把握し、支援につなげるには、何が必要でしょうか。

猪井:比較ニードは、本人から「困っている」「支援してほしい」という声が上がるとは限りません。そのため、把握すること自体が簡単ではありません。私自身も、表面に現れていない移動のニードを、どのように捉えるかを研究してきました。

研究では、人が生活するうえで必要となる機能を整理し、「何ができていて、何ができていないのか」を確認するチェックリストをつくりました。ほかの人や地域の状況と比較することで、本人の訴えだけでは見えないニードを明らかにしようとしたのです。

ただし、専門家が「人にはこれが必要です」と一方的に決めればよいわけではありません。先ほど触れたアマルティア・セン氏も、人がどのような生を送るべきかを固定的なリストにするのではなく、社会の中で議論することが重要だとしています。

話し合いを通じて、それまで知らなかった地域の実情を知り、互いに学ぶことができるからです。私も地域の人々がどのような移動手段を有し、どのような場所に移動でき、どのような機能を実現できるかを地域交通に関わる方々と共有し、「この地域では何が実現できていないのか」「移動を支えるために、どこまで負担できるのか」を議論しました。

その際に重要な手法として、ナラティブ・アプローチがあります。ナラティブ・アプローチは、人の悩みや課題を「個人の欠点」ではなく、その人が語る人生のストーリーとして捉える考え方です。対話を通じて自分自身の経験や価値観を見つめ直し、新たな物語を紡ぐことで、問題への向き合い方や行動の選択肢を広げていきます。

同じ出来事であっても、語る人・立場・感情・価値観によって、その意味は大きく変わってくるために数字だけではなく、ナラティブも併せて示す必要があるのです。数字は課題を客観的に示せますが、それだけで人の気持ちや行動が変わるとは限りません。

私もナラティブを示したことで、地域の皆さんの移動への問題の受け入れ方が変わることを経験しています。障害のある方の通勤とは異なる事例ですが、ある地域には、通院のついでに月2回だけ買い物をし、箱で買ったカップ麺を少しずつ食べていた高齢の方がいました。本人は困窮を強く訴えていませんでしたが、その暮らしを地域の方々に伝えると、見えていなかった問題が地域の課題として受け止められるようになりました。

さらに、その地域で、住民が運転を担う交通について話し合った際には、「この交通に近所の人を乗せているときに事故を起こしてしまって、この地域で暮らせなくなる」という声も上がりました。すると別の住民が、「事故が怖いという意見はもっともだ。それでも、3年間話を聞き、地域に困っている人がいると分かったから、自分はやる」と話してくれました。

外部の専門家が説得するだけでは、この言葉は生まれなかったと思います。数字と地域で暮らす人々の経験や思いを共有しながら、その地域の実情について時間をかけて話し合う。その積み重ねが、表面に現れていないニードを把握し、支援につなげるうえで重要なのです。

公助を基盤に、四つの「助」の組み合わせで通勤を支える

質問:障害者の通勤支援を考える際、公助・共助・互助・自助という言葉が使われます。どのようなバランスで機能するのが望ましいとお考えですか。

猪井:障害のある方の通勤支援は、どれか一つの「助」に委ねるのではなく、自助・共助・互助・公助を組み合わせることが重要です。それぞれに役割と限界があるからです。

ここでいう「自助」とは、本人が自ら移動手段を確保することです。たとえば、下肢に障害のある方は、アクセルやブレーキを手元で操作できるように改造された自動車を運転することが該当します。「共助」は、家族や親族による送迎、「互助」は、地域住民やNPOによる支援です。そして「公助」は、国や自治体が制度や公共交通を整備し、社会全体で移動を支えることを指します。

厚生経済学では、「補完性原理」という考え方があります。人や家族、地域など身近なところで担えることは担い、解決できないことを自治体や国が補うというものです。ただし、社会全体で仕組みを整えた方が効率的な場合には、「公助」が先に基盤をつくる必要があります。

身近な支援を優先することは、本人や家族に責任を負わせることではありません。これまで通勤は、本人の工夫や家族の送迎によって支えられてきました。しかし、家族が毎日送迎することには限界があります。通勤は買い物のように誰かが代わりにできるものでもないため、自助や共助だけに委ねることは困難です。

地域やNPOによる「互助」には、行政の制度だけでは届きにくい、個別で多様なニードに応えられる利点があります。一方で、担い手の献身に支えられていることが多く、地域によるばらつきもあります。限られた人の善意や負担だけに頼り続けることはできません。

したがって、「公助」によって移動の基盤を保障し、地域やNPOの活動も持続できるように支える必要があります。その時々に何が不足しているのかを確かめながら、四つの支えを組み合わせることが望ましいと考えています。

地域の「足」を、民間企業だけに任せず社会全体で支える

質問:都市部ではない地域で、障害のある方が働き、暮らし続けるためには、どのような支え方が必要でしょうか。

猪井:地方の公共交通が縮小することは、単に移動が不便になるという問題ではありません。障害のある方や移動が困難な方から、働く機会や暮らし方を選ぶ機会まで奪いかねません。

たとえば、大阪府北部には、廃止されたバス路線の代わりに、予約制の乗合タクシーを導入した地域があります。ただし、朝の便だけは予約不要の定時運行を残しています。主に利用しているのは、就労支援事業所、いわゆる作業所などへ通う方々です。

障害の特性によっては、毎回予約したりすることが難しい方もいます。そうした方にとって、決まった時刻に、決まった経路を走るバスは、働き続けるために欠かせない存在です。バスを乗合タクシーに置き換えれば、同じ移動を確保できるとは限らないのです。

一方、運輸業界では、「2024年問題」を契機とした労働時間規制や運転手の高齢化を背景に、担い手不足が深刻になっています。限られた人員で交通を維持しようとすれば、現在利用している人への対応だけで精いっぱいになります。

その結果、「働きたいけれど、交通手段がないため通えない」という人まで、支援を広げることが難しくなります。また、長年移動を制限されてきたために、「働きたい」「外出したい」と望むことすら諦めてしまった人もいます。

日本の公共交通は、民間事業者の経営努力によって維持されてきました。しかし、利用者と運転手が減る中で、事業者だけに維持を委ねる仕組みは限界を迎えています。道路と同じように、公共交通も地域の暮らしを支える社会基盤として支える必要があります。

この問題を考えるうえで参考になるのが、富山県の取り組みです。富山の交通政策では、次世代型路面電車「LRT」が知られていますが、重要なのは、地域交通を誰が支えるかという考え方です。

富山県は「富山県地域交通戦略」において、交通を福祉や教育、商業などを支える地域の基盤と位置づけています。これまでは、事業者が主となり移動を支え、県や市町村が支援するという形でした。交通事業者も参画し、住民や沿線企業、店舗なども参画し、県や市町村は必要な投資を行い公共交通を確保する。サービスを改善して利用者を増やし、地域の活力を高める好循環を目指しています。

将来は、自動運転やオンライン化が解決策になるかもしれません。しかし、それらの解決案が交通にとって代わるまではもう少し時間がかかりそうです。だからといって、現在の移動を我慢してもらうわけにはいきません。運転手が適切な待遇で働ける環境を整え、地域全体で交通を支えることが必要です。

危機だけでなく、希望につながる変化を多くの人と共有する

質問:誰もが「通えない」ことを理由に働くのを諦めない社会に向けて、企業・行政・地域社会には何が求められますか。

猪井:必要なのは、障害者を既存の働き方や交通の仕組みに合わせるのではなく、多様な人が自分に合った働き方を選べる環境をつくることです。

これまで企業の制度や製品は、ある「標準的な人」を想定して設計されることが少なくありませんでした。しかし、実際には、さまざまな身体的・社会的条件を持つ人がいます。企業には、一つの働き方を前提とせず、本人の声を聞きながら、働き続けられる方法を一緒に考える姿勢が求められます。

たとえば、企業側が通勤ラッシュを避けるフレックスタイム制や、一部リモートワークを柔軟に取り入れるといった工夫もその一つです。また、それぞれの人の働き方について対話をすることも解決策の一つになります。

行政には、通勤を個人や企業だけの問題にせず、地域で働き、暮らすための基盤として交通を支える役割があります。交通事業者だけに維持を委ねず、公的な投資を行い、企業や住民とともに仕組みをつくることが重要です。

地域社会で大切なのは、まず「知ること」です。地域にはどのような人が暮らし、移動や就労にどのような困難を抱えているのか。当事者の経験や、支援によって生まれた変化を共有する必要があります。

その際、危機を訴えるだけでは、人の行動につながりにくいことにも注意が必要です。「運転手が足りない」「路線がなくなる」と伝えるだけでなく、交通を整えたことで通勤できた、働く選択肢が広がったといった成果も発信する。希望につながる事例を示すことで、自分たちの行動が状況を変えられるという実感が生まれます。

制度や慣習を一度に変えることは困難です。まずは対象や地域、期間を限定した小さな取り組みから始め、その成果や課題を共有する。別の地域や企業がそこから学び、実践を重ねることで、社会の前提も少しずつ変わっていきます。

誰もが通える社会をつくることは、単に移動手段を用意することではありません。一人ひとりが働き方や生き方を選べる環境をつくることです。企業、行政、地域社会が小さくても行動を始め、そこから生まれた変化を共有することが、社会を変える力になると考えています。

ライター:西谷忠和

穂刈顕一
担当者
キャリアリサーチLab編集部
KENICHI HOKARI

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