組織市民行動とは?見えない貢献が組織を支える-定義やメリット、課題を解説

キャリアリサーチLab編集部
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みなさまの職場で、「この人がいると、職場の空気が良くなる」。そんな存在が、組織の力を静かに支えているということはないだろうか。業務命令ではないが、同僚を助けたり、会議の雰囲気を和らげたり、後輩の成長を陰で支えたり。こうした“見えない貢献”は、組織の生産性や協働性に大きな影響を与える。

こうした行動は「組織市民行動(Organizational Citizenship Behavior)」と呼ばれ、人的資本経営や心理的安全性の文脈でも注目されている。組織市民行動は、職務記述書(ジョブディスクリプション)に明記されていない自発的な行動であり、報酬や評価の対象とはならないが、組織の機能を支える重要な役割を果たす。

本コラムでは、組織市民行動の定義や背景、メリット、課題、そして人的資本経営との接続について解説する。評価には直結しにくい面もあるが、組織の持続可能性を支える行動の本質に迫ることで、現代の働き方や組織運営における一つの視点として見て欲しい。

組織市民行動とは

組織市民行動の定義

組織市民行動(Organizational Citizenship Behavior:OCB)とは、職務記述書(ジョブディスクリプション)に明記されていない自発的な行動であり、報酬や評価の対象とはならないが、組織の機能や雰囲気を向上させる行動を指す。

たとえば、同僚を助ける、職場を率先して掃除する、会議で建設的な意見を述べるなど、業務外の貢献がこれに該当する。

この概念は、1980年代にアメリカの組織心理学者デニス・オーガン(Dennis W. Organ)によって体系化された。オーガンは、組織市民行動を「自由裁量的で、公式的な報酬体系では直接的ないし明示的には認識されていないものであるが、それが集積することで組織の効率的および友好的機能を促進する個人行動」と定義している。

組織市民行動の背景

組織市民行動の背景には、従業員の満足度や組織への愛着が行動に影響を与えるという考え方がある。従業員が職場に対して肯定的な感情を持つと、自然と周囲に配慮した行動を取るようになり、それが組織全体の協働性や生産性を高める。

こうした行動は、上司の指示や制度によって強制されるものではなく、内発的動機づけによって生じる点が特徴である。

組織市民行動の分類

オーガンによる5分類モデル

組織市民行動は、オーガンによって、以下の5つの行動特性に分類されている。これらは、いずれも職務記述書には記載されていないが、組織の円滑な運営に寄与する自発的な行動である。

1.愛他主義(altruism)

他者の業務を自発的に支援する行動。たとえば、「同僚が業務に困っているときに手を差し伸べる、業務外の相談に乗る」「休んでいた人を援助する」などが該当する。職場の信頼関係を築くうえで重要な要素であり、チームの協働性を高める効果がある。

2.誠実性(conscientiousness)

期待される以上に規律を守り、責任感を持って業務に取り組む姿勢。たとえば、「勤務開始時間前に職場に到着する」「報告・連絡・相談の徹底」「余分な休憩時間を取らない」など、基本的な行動を高い水準で実行することが含まれる。誠実性は、組織の安定や信頼を支える基盤となる。

3.スポーツマンシップ(sportsmanship)

不満や批判を控え、前向きな姿勢で組織に貢献する行動。たとえば、「業務上の困難や不公平感に対して過度を不満をいわない」「無礼な態度をされても不平をいわない」「些細な苦情をいわない」などがこれに該当する。スポーツマンシップは、職場の雰囲気を良好に保つうえで欠かせない。

4.礼儀正しさ(courtesy)

他者に対する配慮や気遣いを示す行動や仕事に関連した問題が他者に起こることを回避しようとして起こす行動などがあてはまる。たとえば、「業務の変更や決定事項を事前に共有することで、混乱や摩擦を防ぐ」「仕事仲間に問題が起きないような行動を取る」などが該当する。礼儀正しさは、職場内のトラブルを未然に防ぎ、円滑なコミュニケーションを促進する。

5.市民の美徳(civic virtue)

会社での生活に責任を持って参加したり、気にかけていたりする人が行う行動で、組織の一員として積極的に関与する姿勢のことを指す。たとえば、「強制されていないのに会議に参加する」「社内イベントに協力する」「組織の方針や目標への理解や状況把握をする」などが含まれる。市民の美徳は、単なる労働者ではなく、組織の構成員としての責任を果たすことを意味する。

日本における研究

日本における組織市民行動の研究で注目されるのが、日本大学の田中堅一郎氏による日本版組織市民行動尺度の開発である。田中氏は、オーガンの理論をベースに、日本の職場文化に適した因子構成を検討し、「対人的援助」「誠実さ」「職務上の配慮」「組織支援行動」「清潔さ」を因子とした。この研究は、組織市民行動が文化的背景によって異なる形で現れることを示しており、日本の組織における組織市民行動の測定と理解に貢献している。

また、田中氏は組織市民行動の発生要因として、職場の心理的安全性や上司との信頼関係、組織への帰属意識などを挙げており、これらが組織市民行動の促進に重要な役割を果たすと指摘している。

組織市民行動のメリット

協働性と信頼関係の向上

組織市民行動は、職場の協働性を高めるうえで極めて重要な役割を果たす。たとえば、愛他主義や礼儀正しさといった行動は、同僚間の信頼関係を築き、チームとしての一体感を醸成する。こうした信頼は、業務の効率化だけでなく、困難な状況における柔軟な対応力にもつながる。

また、誠実性の高い行動が職場に広がることで、報告・連絡・相談の質が向上し、ミスやトラブルを早期発見し、解決することにつながる。組織市民行動は、組織の“見えないインフラ”として、日常業務の円滑な運営を支えている。

離職率の低下と定着率の向上

組織市民行動が活発な職場では、従業員の満足度が高まり、離職率の低下につながる傾向がある。心理的安全性が確保され、互いに支え合う文化が根付いている職場では、従業員が安心して働くことができるため、長期的な定着が促進される。

特に、スポーツマンシップや市民の美徳が高い職場では、組織への帰属意識が強まり、従業員が「この職場で貢献したい」と感じるようになる。これは、単なる福利厚生や報酬制度では得られない、内発的な動機づけによる定着効果につながる。

生産性と創造性の向上

組織市民行動は、組織の生産性や創造性にも影響を与える。誠実性や市民の美徳が高い従業員は、業務に対して主体的に取り組み、改善提案や新しいアイデアを積極的に出す傾向がある。こうした行動は、組織のイノベーションを促進し、競争力の向上につながる。

また、礼儀や配慮のある行動が職場に広がることで、コミュニケーションの質が高まり、部署間の連携や情報共有がスムーズになる。これは、組織全体のパフォーマンスを底上げする要因となる。

組織市民行動の課題と限界

自発性の強制による逆効果

組織市民行動は本来、自発的な行動である。しかし、組織文化や上司の期待によって、こうした行動が暗黙の義務として扱われる場合がある。たとえば、「助け合いが当然」「会議では積極的に発言すべき」といった雰囲気が強まると、従業員は自発性ではなく同調圧力によって行動するようになり、心理的負担が増す。

このような状況では、組織市民行動が本来持つポジティブな効果が薄れ、ストレスによる休職や燃え尽き症候群(バーンアウト)の原因となる可能性がある。善意の行動が義務化されることで、従業員の主体性が損なわれる点には注意が必要である。

評価制度への影響

組織市民行動は、公式な評価制度では測定しにくい性質を持つ。そのため、実際に貢献している従業員が評価されず、逆に目立つ成果を上げた人だけが報酬を得るという状況が生まれやすい。こうした評価の偏りは、職場の不公平感やモチベーションの低下を招くおそれがある。

特に、愛他主義や礼儀正しさといった行動は、周囲の人間には恩恵があるものの、本人の業績としては可視化されにくい。組織として組織市民行動を重視するのであれば、定性的な評価指標やフィードバック制度の整備が求められる。

見えない貢献が埋もれる可能性

組織市民行動は、目に見えにくい行動であるがゆえに、組織内で埋もれてしまうリスクがある。たとえば、職場の雰囲気を良くするために配慮を重ねている従業員がいても、それが記録や評価に反映されなければ、貢献が認識されないまま終わってしまう。

このような状況が続くと、従業員は「やっても意味がない」と感じ、組織市民行動の発生頻度が低下する。組織としては、こうした“見えない貢献”を可視化する仕組みや、感謝や承認の文化を育てることが重要である。

上記のようなことが起きないようにするためには、まずその存在を認識し、評価する仕組みが必要である。従業員の自発的な貢献を可視化するためには、定性的なフィードバック制度や、感謝・承認の文化を育てることが有効だ。たとえば、360度評価やピア・レビューなどを導入することで、上司だけでなく同僚からの評価も反映される仕組みを構築できる。

また、心理的安全性の高い職場環境を整えることも重要である。組織市民行動は強制されるものではなく、安心して行動できる環境があってこそ自然に発生する。マネジメント層が率先して組織市民行動を体現することで、組織全体にその価値が浸透しやすくなる。

まとめ

組織市民行動とは、目に見えにくいが確実に組織を支える行動である。業務命令ではなく、自発的に行われるこうした行動は、協働性や信頼関係を育み、職場の生産性や創造性を高める力を持っている。一方で、評価されにくいがゆえに埋もれたり、義務化されたりすることで逆効果を生むリスクもある。

だからこそ、組織としてはこの“見えない貢献”を正しく理解し、可視化し、評価する仕組みを整えることが求められる。人的資本経営が注目される今、組織市民行動は単なる善意の行動ではなく、組織の持続可能性と競争力を支える戦略的な要素として捉えるべきである。

誰かが静かに組織を支えている。その存在に気づき、価値を認めることから、より良い組織づくりは始まるのではないだろうか。


【参考文献】
田中堅一郎. (2002). 日本版組織市民行動尺度の研究. 産業・組織心理学研究, 15(2), 77-88.
田中堅一郎. (2012). 日本の職場にとっての組織市民行動. 日本労働研究雑誌, 54(10), 14-21.
Organ,D.,Podsakoff,P.M.,&MacKenzie,S.B.(2006)Organizational citizenship behavior: Its nature, antecedents, and consequences. Thousand Oaks, CL: Sage Publications.(上田 泰(訳)(2007).組織市民行動 白桃書房).

片山久也
担当者
キャリアリサーチLab編集部
HISANARI KATAYAMA

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