
「アントレプレナーシップの民主化」を掲げ、新しい時代をつくるには?個人と組織の「理念の重なり」を探る対話の重要性(株式会社セプテーニ・ホールディングス)
セプテーニグループは、「ひとりひとりのアントレプレナーシップで世界を元気に」をミッションに掲げています。2022年にはグループの理念体系を改定し、ビジョンを刷新しました。ミッションの中に盛り込まれている「アントレプレナーシップ」という言葉からは、新ビジョンの一節にもある「新しい時代をつくる人が育つ場」を目指そうとする同社の想いが感じられます。
一方で、30社以上の企業から成り立つセプテーニグループは、各社それぞれに独立した理念があります。そうした中でどのように「ひとりひとりのアントレプレナーシップ」を意識してもらい、新たなビジョンをグループ内へ浸透させていこうとしているのでしょうか。
今回は「アントレプレナーシップの民主化」を掲げ、新ビジョン策定プロジェクトを推し進めた株式会社セプテーニ・ホールディングス CEOオフィス 広報部 コーポレートブランディング室 室長兼株式会社サインコサイン 代表取締役 加来 幸樹さんに話を聞きました。

株式会社セプテーニ・ホールディングス
設立:1990年
事業内容:インターネット事業を中心に事業展開する企業グループを統括する持株会社
株式会社セプテーニ・ホールディングス CEOオフィス 広報部 コーポレートブランディング室 室長
株式会社サインコサイン 代表取締役 加来 幸樹
2006年セプテーニ新卒入社。ネット広告事業のクリエイティブ部門などを経験した後、新規事業コンテストを通じて2018年にグループ会社としてサインコサインを設立。「自分の言葉で語るとき、人はいい声で話す」を信念に掲げ、覚悟の象徴となるネーミング、ステートメントやロゴデザイン、企業理念・個人理念などの共創事業を手がける。セプテーニグループ全体のコーポレートブランディングを推進する株式会社セプテーニ・ホールディングスのCEOオフィス 広報部 コーポレートブランディング 室長と グループ新規事業創出を支援するセプテーニ・インキュベート取締役も兼務。
目次
社是「ひねらんかい」は、アントレプレナーシップだ

創業時から脈々と受け継がれた「ひねらんかい」
セプテーニグループのミッションでは「アントレプレナーシップ」という言葉を中心に据えていますね。この「アントレプレナーシップ」にはどのような意志や想いが込められているのでしょうか?
加来:「ひとりひとりのアントレプレナーシップ」は創業以来、主力事業やグループ体制などが変化し続ける中でも変わらない当社の強みであり、アイデンティティをあらわすものだと考えています。
ハーバード・ビジネススクールのハワード・スティーブンソン教授はアントレプレナーシップを「コントロール可能な資源を超越して機会を追求すること」と定義しました。私はこの解釈を受けて、アントレプレナーシップはそれぞれ異なる事業(コト)に向き合うグループ各社に共通してひとりひとりに期待する姿勢だと捉えました。
創業当初から引き継いでいる「ひねらんかい」という社是もあります。「ひねらんかい」とは関西弁で「知恵を出そう、工夫しよう」という意味です。このひとりひとりの姿勢こそが創業からさまざまな事業を手がけ、新たなチャレンジにも力を注いできたセプテーニグループを支える原動力であることはこれまでもこれからも変わりません。
「アントレプレナーシップ」は「起業家精神」と訳されることが多いですが、当社では決して経営層のみが発揮するものではなく、文字通りひとりひとりが体現していくものとして捉えています。
グループ全体に共通する理念体系を再構築
会社として大切にしてきた想いが「アントレプレナーシップ」という言葉の根底にあるのですね。ビジョンやバリューも同じタイミングで策定をされたのでしょうか?
加来:ビジョンや行動規範として かねてより掲げているものがあったのですが、様々な環境変化もありそれぞれ2022年に刷新しています。
ビジョンについては少し長めの文章になっているのですが、グループとして目指していきたい姿や社会への貢献をより明確に示しています。一方、バリューについてはグループ各社がそれぞれ個別の行動規範などを確立できてきたこともふまえてグループ全体としてはより共通性を意識したシンプルなものにしました。
ミッション・ビジョン・バリューの浸透

自分の言葉で語れば「自分ごと」になる
コーポレートデザインが見直された後は、「グループ全体に向けて浸透させる」という次のステップに移ります。浸透させていくにあたり、意識したことはありましたか?
加来:ミッションの「アントレプレナーシップ」の前には「ひとりひとりの」という枕詞がついています。これを私たちは「アントレプレナーシップの民主化」と呼んで、大切にしてきました。
前述の通り、この「アントレプレナーシップ」は一部のカリスマ社員や経営層、役職者のみが意識するものではありません。「それぞれが思い描くアントレプレナーシップがそれぞれにある」という前提に立ち、自分自身を主語にして行動してほしいと考えています。
そのため 浸透のための取り組みにおいても、こちらから正解を示すようなやり方ではなく、あらゆる部署や立場の社員からの発信を通じて共感や理解を促していくという施策 が多いです。たとえば、セプテーニグループの企業理念の中から、共感するものを選び、自分のストーリーとつなげて全社にメール送信してもらう「メールバトン」という取り組みがあります。次の発信者を指名しながらバトンをつないでいくという形式で、対象者を変えながら継続的に実施し続けている企画です。
「こういう瞬間に、ビジョンを感じる」「社是のここが好き」「先日、何気なくとった行動がミッションとつながっていた」…など、社員自身の言葉で語ってもらうことが結果的にひとりひとりの自分ごと化につながっています。
90%近くの社員が「自分と会社の重なり」を実感
まず「会社の掲げる理念に対して、自分はどう感じているのか」を自覚してもらうところから始まっているのですね。
加来:はい。会社の理念を実現に導くことができるのは、その中にいるひとりひとりの個人です。だからこそ、会社の理念と自分の理念のつながりや重なりを認識してもらうことこそがインターナルブランディングには不可欠であると考えています。そうすることで「より自分らしくアントレプレナーシップを発揮できる人材が増え、グループ全体の持続的な成長も 実現できる」ということになります。
理念の共感度に関するアンケート調査も定期的に実施しているのですが、直近の結果では90%近くの社員が「自分自身の理念・指針と、会社の理念に関連性・共通性がある」と回答しました。また「グループ理念が、自身の理念実現に向けた行動を後押ししている」と答えた社員も半数以上で、少しずつ浸透に向けた取り組みも前に進んでいるのではないかと感じています。
自分の理念を言語化する「個人理念ワークショップ」を開催
「メールバトン」以外にも、工夫された取り組みなどはありましたか?
加来:自分の理念を言語化するための機会として、定期的に社内の希望者の「個人理念」を共創する「個人理念ワークショップ」を開催しています。これまでのべ200〜300人は参加してくれていると思います。
ちなみに「個人理念の言語化」は、私個人の社外活動として以前から取り組んでいたものでした。現在グループ企業として経営している、企業向けのブランディングを支援する株式会社サインコサインを設立する契機にもなった「ネーミングやキャッチコピーを30分で考える」という社外活動の中で、多くの個人の方から自身のアイデンティティに関する相談を いただいたことが「個人にこそ理念が必要なのでは?」と考えるようになるきっかけでした。
会社設立後も、個人理念を一緒につくり続ける活動をライフワークとして継続していたので、インターナルブランディングに取り組む際にも「これが活かせるかも」と導入することにしました。最低でも30分あれば 個人理念を言語化できるワークショップを用意し、なるべく多くの社員に参加してもらえるように呼びかけました。
その他にも、グループ横断で社員を募ってグループや企業理念とのつながりを発見したり感じてもらうワークショップなども定期的に行っています。
参加者からは、普段業務上はあまり関わらないメンバーとの交流の場にもなった、など好評をいただいています。規模が大きくなり働き方も多様になる中で、どうしても垣根を超えた交流の機会は少なくなってしまいがちなので、こうしたグループ理念浸透のための取り組みが新たなコラボレーションの機会を生むコミュニティとしての役割も果たしていくことも、非常に重要なのではないかと考えています。
グループ全体に浸透させることの難しさ

にも活かされている
より深く、対話をする機会を増やしていきたい
グループ全体に理念を浸透させていくにあたり、難しさは感じていましたか?
加来:そうですね。組織規模もどんどん大きくなっていますし、日々忙しく仕事をしている中では、どうしてもグループ理念について深く考えていただく機会も少なくなってしまいます。アンケートでは高い数値結果が出ているとはいえ、まだまだ浸透に向けた難しさがあると感じています。
ワークショップ参加者ももっと増やしたいと思いますし、雑談の中で理念について語りあう時間があっても良いですよね。共通の話題として「セプテーニグループ」を主語にした対話の質と量を高めていきたいです。
私自身が、グループ内でブランディング事業を展開する会社を経営している点は強みでもあると思うので、一緒に考えながら修正をかけ、どうすればうまく伝わるのかを考え続けたいですね。
「違い」をおもしろいと感じれば、相乗効果が生まれる
「アントレプレナーシップの民主化」が広がると、チーム全体の組織力に影響はあるのでしょうか?個人の理念が優先され、チームの目標が後回しになる可能性はありませんか?
加来:チームのパフォーマンスが良くならなければ、結局個人へのリターンも少なくなります。心配はそれほどしていませんし、個人理念とチームの目的が一致することは十分起こり得ることではないでしょうか。
これまでにいろいろな年次、ポジションの社員と実際に対話をして感じたのは、「チームで取り組み、達成することの喜び」を語る人が多いということです。みんなで困難を乗り越えて讃えあうカルチャーが根付いていますね。自分を大切にできているからこそ、周りを尊重し、同じように大切にしているのではないかと思います。
個人的には「大事にしているもの」が違うからといって、他の人の理想や価値観を突き放してしまってはシナジーが生まれないと思うんです。相手がコミットしていることに興味を持ち、おもしろいと感じることができれば 、お互いにとって良い相乗効果が生まれるのではないかと。違いを否定するのではなく、想像力を働かせて相手を肯定すると可能性はもっと広がっていくはずです。
少しずつ変化の兆しが生まれ始めた

自発的な変化が、具体的な形として表れ始めた
今は、新たな理念体系が少しずつ浸透し始めてきた状況だと思います。グループ内の「変化の兆し」などは感じていますか?
加来:各社が発信しているメッセージの中に、理念とのつながりが含まれているのを目にすると「変化の予兆が自発的に生まれているかも」と感じますね。
また、個人理念を言語化し、大切にしてくれている社員が社内外問わず活躍したり、新規事業を率先して立ち上げたりしていて、一目置かれる人材へと成長している様子も見られます。そうしたポジティブな変化や行動も、明らかに増えてきています。
個人理念から生まれるアントレプレナーシップ

自分自身を起点に、世界を目指す
最後に、今後の目標について、教えてください。
加来:これまで「アントレプレナーシップ」について解釈をしながら社員ひとりひとりと対話し、自分の大切にしているアイデンティティについて考えてきました。そうした活動を続ける中で、セプテーニグループが大切にしてきた「文化」を明らかにしていきたいですね。
そして、その文化をより広い舞台で実践していってほしいと願っています。ひとりよりもみんなで、そしてチームや所属している会社、あるいはグループ全体や社会を主語にして語る機会を追求してみたいです。業界全体や市場全体まで含めた大きな対象に、自分のアントレプレナーシップをぶつけ、拡張していく行為が自然と起こっていったらおもしろいでしょうね。
どこか一部だけがウェルビーイングになるのではなく、社会全体をウェルビーイングにしていくには「まず自分」が起点になるのだと思います。私たちは「ひとりひとりのアントレプレナーシップで世界を元気に」をミッションに掲げていますが、それを実現するにはまず自分が元気でないといけないんです。
口先だけではなく、本当に世界を元気にする行動が実現できれば、グループ全体の価値を社会に向けて発揮できるようになります。目指す目標は壮大ですが、まずはできることを一つずつ、粘り強く進めていきたいです。
編集後記
「個人理念」を考える際には「まず、自分は何がしたいのか」を自身に問うところから始まります。大切にしている想いを言語化し、理解するプロセスを通じて、自分自身のウェルビーイングを深めているのだと感じました。
印象的だったのが、グループ理念との重なりを社員同士で照らし合わせながら話し合っていたことです。複数の視点により異なる角度から理念について考えるため、納得度も高まり、グループ全体に浸透するスピードが早まっていくのではないでしょうか。
さらに「個人理念」を持ちよって比べることで、他者理解も深まります。それぞれの違いをおもしろいと感じる文化が根付いているのは、同社の魅力でもあるでしょう。まさに同社のバリュー「つよく、やさしく、おもしろく。」を象徴していると実感した取材となりました。
執筆:林 美夢