新卒や中途で新たに組織に加わった社員が、早期に職場に適応するためのプロセスとして「組織社会化」という概念がある。その適応課題として、「リアリティショック」や「中途ジレンマ」があり、それについては以下の記事で紹介している。
その中で、新しい組織や仕事に関して前向きに学ぶ姿勢の重要性について説明してきたが、今回はその学ぶプロセスに関する内容となる。これは単に業務を覚えるだけでなく、組織の文化や人間関係、価値観を理解し、自らの役割を見いだしていくプロセスだ。
近年、このような学びの過程において注目されているのが「プロアクティブ行動」である。これは、受け身ではなく、自ら情報を取りに行き、関係性を築き、環境に働きかけるような主体的な行動を指す。
本稿では、プロアクティブ行動の定義や背景を解説するとともに、新卒・中途社員の組織社会化においてなぜプロアクティブ行動が重要なのか、またプロアクティブ行動を引き出すために企業としてどのように支援できるのか を考察する。
プロアクティブ行動とは
プロアクティブ行動の定義
プロアクティブ行動とは、環境に対して受け身で対応するのではなく、自ら積極的に働きかけて変化を起こそうとする行動を指す。
これは、Grantら(2008)の研究によって体系化されてきた概念であり、組織行動論や人材開発の分野で注目されている。プロアクティブ行動は、単なる「積極性」とは異なり、目的意識を持って環境や状況を改善しようとする点に特徴がある。
たとえば、新しい職場に配属された社員が、業務の進め方をただ待つのではなく、自ら質問をしたり、必要な情報を探しに行ったり、改善提案を行ったりする行動がこれに該当する。こうした行動は、組織における適応や成果に直結するだけでなく、本人の成長やキャリア形成にも大きな影響を与える。
リアクティブ行動との違い
プロアクティブ行動は「リアクティブ行動」と対比されることが多い。リアクティブ行動は、外部からの刺激や指示に対して反応的に動くものであり、変化を受け入れる姿勢にとどまる。
一方、プロアクティブ行動は、変化を自ら生み出す姿勢を持つ。これは、変化の激しい現代のビジネス環境において、個人にも組織にも求められる重要な資質となっている。
さらに、プロアクティブ行動は「自己効力感 」や「主体性」とも密接に関係している。自分の行動が結果を生むという信念がある人ほど、プロアクティブに行動しやすい傾向がある。こうした行動は、組織におけるエンゲージメントやパフォーマンスの向上にも寄与することが、近年の研究で明らかになっている(Grant & Ashford, 2008)。
組織社会化におけるプロアクティブ行動の重要性
新卒や中途で新たに組織に加わった社員は、業務知識だけでなく、組織の文化や人間関係、暗黙のルールなど、目に見えない情報を短期間で習得する必要がある。このような適応プロセスは「組織社会化」と呼ばれ、早期離職の防止やエンゲージメントの向上に直結する重要なテーマである。
組織社会化については下記の記事で解説されているので併せてご覧いただきたい。
組織社会化の過程では、情報収集や関係構築、役割理解といった複数の側面が求められる。ここでも鍵となるのが「プロアクティブ行動」である。
たとえば、新入社員が上司や先輩に積極的に質問をしたり、業務の背景を自ら調べたり、チームに貢献できる方法を模索したりする行動は、組織への適応を加速させる。これらの行動は、受け身で指示を待つ姿勢とは対照的であり、本人の成長だけでなく、周囲との信頼関係の構築にもつながる。
特に中途入社者は、即戦力としての期待が高い一方で、既存の文化や人間関係に溶け込む難しさを抱えることが多い。このような状況下でプロアクティブに動けるかどうかは、早期の成果発揮や定着に大きな影響を与える。
実際、プロアクティブ行動を取る社員は、そうでない社員に比べて、職場への満足度や自己効力感が高く、離職率も低い傾向があるとされている(Ashforth, Sluss, & Saks, 2007)。
プロアクティブ行動の3つのプロセス
プロアクティブ行動は単一の行動様式ではなく、複数の側面から構成される。特に組織社会化の文脈では、「社会的プロセス」「仕事の構造を把握するプロセス」「発達と変化のプロセス」 の3つに分類して理解することが有効である。
社会化プロセス
「社会的プロセス」は、職場内での人間関係の構築を指す。新入社員が上司や同僚に積極的に話しかけたり、フィードバックを求めたりする行動がこれに該当する。相手からの働きかけに反応するだけでなく、自らも他者に影響を与えようとする行動である。
こうした行動は、信頼関係の構築や心理的安全性 の確保につながり、結果として業務上の協力や支援を得やすくなる。特に、メンターやOJT担当者との関係性は、社会的プロセスを円滑に進めるうえで重要な役割を果たす。
仕事の構造を把握するプロセス
「仕事の構造を把握するプロセス」は、業務内容や役割、期待される成果を自ら理解しようとする行動である。業務マニュアルを読み込む、過去のプロジェクト資料を参照する、業務の背景や目的を上司に確認するなどのほか、より積極的な姿勢として、タスクの改善や役割の拡張、目標設定への参加なども含まれる。
これにより、単なる作業者ではなく、業務の全体像を把握したうえで主体的に動ける人材へと成長できる。
発達と変化のプロセス
「発達と変化のプロセス」は、自らの成長や職場環境の改善に向けて働きかける行動である。たとえば、業務改善の提案を行ったり、新しいスキルの習得に取り組んだりすることが該当する。
与えられた仕事や役割に受動的に従うのではなく、自ら仕事の内容や境界を再構築するということだ。これは、単なる適応にとどまらず、組織に対してポジティブな変化をもたらす可能性を持つ。こうした行動は、自己効力感やキャリア意識の向上にもつながる。
これら3つのプロセスは相互に関連しており、どれか一つだけが突出していても十分な効果は得られにくい。たとえば、業務理解が進んでいても、職場内での信頼関係が築けていなければ、提案が受け入れられにくい。また、関係性が良好でも、業務の本質を理解していなければ、的外れな行動になりかねない。
したがって、新入社員を受け入れる組織側がこれらのプロセスをバランスよく育成・支援することは、プロアクティブ行動の促進に不可欠である。
プロアクティブ行動に対する組織側の受け入れ体制
プロアクティブ行動は、組織側の受け入れ体制にも影響される。プロアクティブ行動は個人の性格や資質に依存するものと思われがちだが、実際には組織の環境や支援体制によって大きく左右される。
特に新卒や中途で入社した社員が安心して主体的に行動できるようにするためには、組織側の働きかけが不可欠である。新入社員の質問や提案が「余計なこと」と受け取られるような職場であれば、当然ながらプロアクティブ行動は抑制される可能性がある。
したがって、個人の行動特性だけでなく、組織文化やマネジメントのあり方も、プロアクティブ行動の発揮において重要な要素となる。
心理的安全性
まず重要なのは、心理的安全性の確保である。Googleが実施した「プロジェクト・アリストテレス 」では、チームのパフォーマンスを高める最大の要因として心理的安全性が挙げられている。
これは、社員が「自分の意見をいっても否定されない」「失敗しても責められない」と感じられる状態を指す。こうした環境が整っていれば、新入社員も積極的に質問や提案をしやすくなり、プロアクティブ行動が自然と促進される。
フィードバック文化の醸成
先述したように、プロアクティブ行動を取る社員は自ら意見を発信するだけでなく、上司や先輩にフィードバックを求める。プロアクティブ行動は、必ずしもすぐに成果が出るとは限らないが、だからこそ、上司や同僚が行動そのものを評価し、前向きなフィードバックを与えることが、継続的な行動を支える鍵となる。
特に「行動に対する承認」は、自己効力感を高め、さらなる挑戦を後押しする。
メンター制度やOJTの活用
職場風土に関しては、心理的安全性や、フィードバック文化の醸成が重要となるが、これらを生かす場面が必要となる。それが、メンター制度やOJTの活用だ。
信頼できる先輩社員が定期的に対話の機会を設けることで、新入社員は安心して疑問を解消できる。また、メンターがプロアクティブな行動を実践して見せることで、ロールモデルとしての効果も期待できる。特に中途社員に対しては、業務知識だけでなく、組織文化や人間関係の「暗黙知」を伝える役割が重要となる。
このように、プロアクティブ行動は個人任せにするのではなく、組織として「促す仕組み」を整えることが重要である。環境が整えば、誰もが主体的に動ける可能性を持っている。
まとめ
プロアクティブ行動は、単なる積極性ではなく、目的を持って環境に働きかける主体的な行動であり、情報収集や人間関係構築、業務理解、自己成長といった多面的なプロセスを含んでいる。
本稿では新卒・中途で新しく組織に入った社員の組織社会化における重要な役割を果たす要素として「プロアクティブ行動」を解説してきたが、そのプロセスや得られる効果をふまえると、社内での異動や担当業務を変更した場合なども当てはめて考えられる。
特に、変化の激しい現代のビジネス環境においては、受け身の姿勢ではなく、自ら動ける人材が求められているといえる。新しいメンバーが既存の業務や職場にアサインされたときに、それらへ適応し、成果を出すためには、プロアクティブ行動が不可欠であり、それを支える組織の環境が整っていることも同様に重要であるといえる。
<参考文献>
Ashforth, B. E., Sluss, D. M., & Saks, A. M. (2007). Socialization tactics, proactive behavior, and newcomer learning: Integrating socialization models. Journal of Vocational Behavior, 70(3), 447–462.
https://doi.org/10.1016/j.jvb.2007.02.001
Grant, A. M., & Ashford, S. J. (2008). The Dynamics of Proactivity at Work. Research in Organizational Behavior, 28, 3–34.
https://doi.org/10.1016/j.riob.2008.04.002