昨今、「静かな退職」が話題になっているが、職場を去る際に「静かに」ではなく「騒がしく」そして、報復的な行動を伴って退職するケースが注目を集めている。いわゆる「リベンジ退職」と呼ばれるこの現象は、従業員が不満や怒りを抱えたまま、引継ぎを拒否するなど退職時に強い意思表示を伴う行動を取ることが特徴だ。
本稿では、リベンジ退職に関して企業・従業員の双方が抱えるリスク、そして法的な観点からの対処法について、TMI総合法律事務所に所属する弁護士の堀田陽平先生の見解も交えながら解説する。
リベンジ退職とは何か
「リベンジ退職」とは、従業員が職場に対する不満や怒りを抱えたまま、退職時に強い意思表示を伴う行動を取ることを指す。具体的には、繁忙期に突然退職を申し出たり、引継ぎを拒否したり、SNS上で職場の内情や上司の言動を暴露したりと、企業に対して“報復的”な態度を取るケースが該当する。こうした行動は、単なる離職ではなく、職場への抗議や復讐の意味合いを含んでいる点が特徴だ。
背景には、職場でのハラスメントや不当な評価、過重労働など、従業員が長期間にわたって我慢を強いられてきた状況があり、このような背景のもとで、リベンジ退職が増加していると考えられる。また、リベンジ退職の増加には、いくつかの社会的・文化的要因が絡んでいる。
まず注目すべきは、Z世代を中心とした若年層の価値観の変化である。若年層では「我慢して働く」ことへの価値観が薄れつつあり、「自分らしく働く」ことを重視し、職場での不条理や不公平に対して黙って耐えることを良しとしない傾向が強い。そのため、自分の尊厳を守るために退職という手段を“攻撃的”に使う傾向が見られる。
また、労働市場の流動化も一因である。終身雇用が崩れ、転職することが一般的になりつつある現代では、「辞めること」自体がキャリアの失敗ではなく、選択肢の一つとして認識されている。そのため、退職に対する心理的ハードルが下がり、職場への不満を退職という形で表現することが容易になっている。
さらに、SNSの影響も大きい。SNSの発展によって、個人が企業に対して声を上げやすくなったことも、リベンジ退職の増加に拍車をかけている。「#退職代行」「#ブラック企業」などのハッシュタグを使って体験談を共有する動きも広がっており、退職が個人的な発信の場で“トピック”にされることが現代的な特徴である。
退職体験を共有する投稿が拡散されやすく、共感を呼ぶことで「自分も声を上げていいのだ」という意識が広がりやすいのだろう。退職が個人の発信の場で“トピック”となることは、従来の退職観とは大きく異なるといえる。
リベンジ退職という言葉の起源と広がり
「リベンジ退職」という言葉は、アメリカで広がった「騒がしい退職(Loud Quitting)」の概念をベースに、より“報復的”なニュアンスを含めて発展した言葉と考えられる。
「静かな退職」の“逆”の概念として広がった「騒がしい退職」
「騒がしい退職(Loud Quitting)」は、2023年頃のアメリカで登場した。ForbesやU.S. News & World Reportなどのメディアによる報道で、「Quiet Quitting(静かな退職)」の“逆”の概念として紹介され、その後、SNSで広がった。
「静かな退職」は、職場に不満を持ちながらも表立った行動を取らず、最低限の業務だけをこなして存在感を消すような働き方を指すが、「騒がしい退職」はその真逆で、退職時に感情を爆発させるような“騒がしい”行動が伴う。
「騒がしい退職」が広がった背景に、新型コロナウイルスによるパンデミック後の職場環境の変化があると考えられている。リモートワークが普及したことにより企業と従業員の関係が希薄になったという側面もあれば、反対に、企業による一方的なオフィス勤務回帰によって以前よりワークライフバランスが悪化したことに対する反発もある。
いずれも企業が従業員の働き方に関する多様な価値観にうまく対処できなかった場合に従業員が不満を抱え、さらにその不満を解消できるだけのコミュニケーションが職場でとられなかったことによって生じた現象だといえる。
より報復的なニュアンスを含んで広がった「リベンジ退職」
「リベンジ退職」という言葉は、2024年末から2025年初頭にかけてSNS上で急速に広まり始めた新しい概念である。先述したように、特にSNSで、退職者が企業の内情を暴露する動画や投稿が拡散されたことがきっかけとなり、メディアでも取り上げられるようになった。
Z世代を中心とした若者層の「我慢しない働き方」への価値観の変化により、従来の「円満退職」や「キャリアアップのための転職」とは異なり、職場への不満を明確に表現する手段として「退職」が使われているようだ。
アメリカで広がった「騒がしい退職」とほぼ同じ概念だが、昨今の日本では企業と直接対峙せずに辞められる環境を生み出した「退職代行サービス」の流行と関連して、より報復的な意味合いを含み、独自の進化を遂げているといわれている。SNSの普及により、個人の声が企業の評判に直接影響を与える時代となった今、リベンジ退職は単なる個人の行動にとどまらず、社会現象として注目されている。
リベンジ退職の具体的な事例
リベンジ退職は、単なる退職ではなく、企業に対する抗議や報復の意味を含む行動である。実際に報告されている事例には、いくつかの典型的なパターンが存在する。
引継ぎ拒否
まず代表的なのが「引継ぎ拒否」である。退職を申し出た従業員が、業務の引継ぎを一切行わずに突然退職することで、職場に混乱をもたらすケースだ。特に繁忙期やプロジェクトの重要なタイミングを意図的に狙った退職は、企業にとって大きな損失となる。
SNSでの暴露行為
次に「SNSでの暴露行為」がある。退職後、あるいは退職直前に、X(旧Twitter)やInstagram、YouTubeなどで職場の内情や上司の言動、労働環境の問題点を詳細に語る投稿が拡散されることがある。これにより企業の評判が傷つき、採用活動や取引先との関係に影響を及ぼすこともある。
退職代行サービスを利用した突然の退職
また、「退職代行サービスを利用した突然の退職」も増えている。従業員が直接企業と連絡を取らず、第三者を通じて退職の意思を伝えることで、企業側は対応に追われることになる。このようなケースでは、感情的な対立が表面化しやすく、法的トラブルに発展する可能性もある。
これらの事例は、単なる離職ではなく、職場への不満が爆発した結果としての「行動」である。企業側は、こうした事例を他人事とせず、職場環境の見直しや従業員との対話を通じて、予防的な対応を取る必要がある。
法的リスクと企業側の対応策について弁護士が解説
リベンジ退職は感情的な行動である一方、企業にとっては法的リスクを伴う深刻な問題となり得る。特に、引継ぎ拒否や業務妨害、SNSでの企業情報の暴露などは、場合によっては損害賠償請求や名誉毀損といった法的措置の対象となる可能性がある。
従業員に「リベンジ退職」と思われる行動をとられたときに、企業はどのようなリスクにさらされるのか、また、法的に対処する方法はあるのかについて、弁護士の堀田陽平先生に解説していただいた。
なお、「退職代行サービスの利用」に関しては、下記の記事ですでに解説していただいているので本稿ではそれ以外の内容について検討する。
退職の自由と義務
1.従業員が「繁忙期に突然退職」した場合、企業側が損害賠償を請求できる可能性はありますか?
(回答)
理屈上は、不法行為に基づいて損害賠償請求を行うということが可能です。ただ、実際に損害賠償請求を行うとなると、大きく2つのハードルがあります。
まず、労働者には、憲法上「職業選択の自由」(憲法22条)、「奴隷的拘束の禁止」(憲法18条)が保障されています。このことから、労働者には、「辞職の自由」があると解されているため、従業員が退職したことが「違法」となることは極めて限定的です。
次に、仮に従業員の退職が「違法」になったとしても、損害賠償請求を行うには、「損害」を立証しなければなりません。しかし、「繁忙期に突然退職した」ことによって、会社に具体的にいくらの損害が発生したかを立証することは困難な場合が多いです。
以上の2つの理由から、従業員が繁忙期に突然退職したということを理由として損害賠償請求を行うことは、極めて難しいと考えた方がよいでしょう。
2.業務の引継ぎを拒否して退職した場合、どのように対応すればよいでしょうか?損害賠償が認められることはあるのでしょうか?
(回答)
業務引継ぎをせず、実際に退職した場合は、雇用契約期間中の労務提供義務を怠っているため、債務不履行に基づいて損害賠償請求をすることが考えられます。しかし、ここでも上記1.と同様に、「損害が生じたか」が問題になり、やはりその立証は難しいでしょう。
実際、裁判例では、躁うつ病であるという事実を捏造し、業務引継ぎを行わずに退職した事案について、結論としては捏造の事実を認めなかったものの、仮に捏造があったとしても、損害が生じない旨判示したものがあります(ブシロード元従業員事件・横浜地判平成29年3月30日。なお、この事案では、会社からの損害賠償請求自体が違法であるとして、かえって元従業員から損害賠償請求がされ、これが認められています。)。
したがって、このような場合は、退職前において適切に対応することが重要です。退職の申し出があってから退職日までの間は、まだ雇用契約が存続しているため、その間に業務の引継ぎを行うよう業務命令を行うことが可能です。
それでも業務の引継ぎを行わない場合には、速やかに懲戒処分を行い、それでも対応しない場合には懲戒解雇や、退職金の減額・不支給といった措置も検討しましょう。
SNSでの暴露行為
3.退職後にSNSで職場の内情や上司の言動を暴露した場合、名誉毀損や業務妨害に該当する可能性はありますか?また、投稿内容が事実と異なる場合に法的措置を取ることは可能でしょうか?
(回答)
名誉毀損や業務妨害の事実は、民法上の不法行為責任や刑法上の責任であり、雇用契約の存続が前提とされていないため、SNSで職場の内情や上司の言動を暴露した場合、すでに退職していることをもって法的責任を免れるわけではありません。
そのため、退職後に職場の内情や上司の言動を暴露し、それが会社の名誉毀損や業務妨害に該当する場合には、損害賠償の請求や当該投稿の削除請求等を行うことができます。
また、暴露された内容が事実と異なるか否かは、「真実性の抗弁」(摘示された事実が公共に関する事実で、公益を図る目的で行われたものについては、内容が真実であれば違法性がないとするもの)との関係で問題になりますが、SNSで会社の内情を暴露するような場合は、事実の公共性、公益目的が否定されることが多いです。
したがって、もちろん、実際の内容にもよりますが、事実であるか否かを問わず、名誉毀損や業務妨害が成立することが多いでしょう。
情報の持ち出し
4.退職日前に従業員が機密情報を持ち出していることが判明しました。どのように対応すべきでしょうか?
(回答)
リベンジ退職の場合、会社の機密情報を持ち出しているケースがあります。
機密情報の持ち出しについては、通常、採用時点の誓約書や就業規則において秘密保持義務が課されているため、秘密保持義務違反となります。
したがって、そのことを理由とし、懲戒処分を実施することが考えられます。また、既に退職した後に持ち出しが発覚した場合は、退職金の減額・不支給といった措置も考えるべきでしょう。さらに、漏洩防止のため、当該従業員から事情を聴取し、持ち出した情報の返還・廃棄を求めることも重要です。
その他、このような場合においては、転職先で情報を利用する意図があることが通常ですので、転職先が判明している場合には、転職先に対して、当該従業員が機密情報を持ち出したこと、したがって当該情報を受領・利用しないことの警告書を送付するという対応も考えられます。
5.退職時の秘密保持誓約書に拒否されました。どうしたらよいでしょうか?
(回答)
秘密保持誓約書への押印を義務付けることはできないため、誓約書に押印が得られない場合は、誓約書の取得を断念せざるを得ません。
ただし、そうであるからといって、秘密保持義務を負わないかというと、そうではなく、就業規則や雇用契約において退職後においても秘密保持義務を負う旨の定めがある場合には、誓約書への押印がなかろうと、退職後の秘密保持義務を負います。
したがって、仮に、退職時の秘密保持誓約書への押印が得られない場合は、就業規則等において退職後においても秘密保持義務を負うこと、これに違反した場合には損害賠償請求を行う場合があることを警告しておきましょう。
企業側の予防策
6.リベンジ退職を防ぐために、企業が就業規則に盛り込むべき内容はどのようなものでしょうか?(退職時のトラブルを防ぐために、企業が行うべき手続きや書面の整備など)
(回答)
リベンジ退職の難しいところは、退職してしまうと、雇用関係が終了してしまうため、その後の懲戒処分を行うことができない点にあります。
したがって、退職までの間に迅速に事実関係を調査し、早期に懲戒処分等の対応を講じていく必要があります。そのため、普段から懲戒処分の実施プロセスを整備しておき、弁明の機会の付与の通知や懲戒処分の通知書面を用意しておくとよいでしょう。
また、実際には退職直前や退職後に懲戒事由が発覚し、退職前に懲戒解雇等の処分を行う時間的猶予がないこともあります。このような場合、既にすでに雇用契約が終了しているため懲戒処分を行うことができませんので、会社が取り得る手段としては、退職金の不支給・減額が考えられます。
退職金の不支給・減額は、就業規則上の根拠を必要とするため、この点は必ず就業規則に明記しておきましょう。また、業務の引継義務を明記しておくことや、退職後の秘密保持・競業避止義務についても明記しておくことも重要です。
7.従業員のリベンジ退職に備えて、企業側が取るべき法的に有効な対応方法はありますか?
(回答)
当然ながら、リベンジ退職でトラブルを起こす従業員の手足を縛るということはできないため、リベンジ退職に備えて企業側が取るべき対応としては、上記6.のような就業規則の整備に加え、日ごろから従業員とのコミュニケーションを図り、不満を溜め込まない組織風土を構築しておくことがもっとも重要になります。その一環として、会社の不適切な点に関する意見を吸い上げる相談窓口等を設けていくことも重要でしょう。
また、リベンジ退職で従業員からの批判を受けることがないよう、日ごろから労務管理は適切に行っておきましょう。こうした労務管理に不備があることで、リベンジ退職で従業員がトラブルを起こす材料を与えることになり、揚げ足をとられてしまいます。また、会社として適切な対応をしていたとしても、会社の労務管理の不備を指摘されると、当該従業員に対応する際の論点を増やしてしまうことになります。
8.リベンジ退職が発生した場合、企業が冷静に対応するための初動対応のポイントを教えてください。
(回答)
従業員の退職の意思表示は、退職から2週間前に行う必要がありますが、逆に言いえば、退職の申し出から退職までは2週間しかありません。
したがって、短期間のうちに業務命令や注意指導、懲戒処分を実施していく必要があります。ただし、焦って事実関係の調査を怠って懲戒処分を行うと、懲戒処分が無効となるりリスクがあるため、「迅速かつ適切な事実関係の確認」を行うことが初動対応のポイントとなります。
また、リベンジ退職により職場環境が大きく害されている、または、害される恐れがあるような場合は、退職日を待たずして自宅待機を命じることも検討するとよいでしょう(ただし、この場合、原則的には給与の支払が必要となることには注意が必要です。)。
ここまで企業側の視点で解説していただいたが、「リベンジ退職」する従業員側の立場から見ると、こうした訴訟リスクが生じるともいえる。最後に「リベンジ退職」を考える従業員の方に向けて、アドバイスをいただいた。
9.従業員側の立場から見ると、リベンジ退職には“訴訟されるリスク”が生じるということかと思います。どういった点に気を付けるべきでしょうか?
(回答)
上記のとおり、労働者には辞職の自由が認められていることから、「退職したこと」を理由とした損害賠償請求は認められにくい傾向にあります。しかし、「退職したこと」とは別に、会社に誹謗中傷や業務妨害となるような行為を行うことは、不法行為責任や刑事責任を生じさせることになります。
また、転職の場合、従業員としては、退職後、新たな職場での勤務が開始することになりますが、そのような状況で、前の会社から損害賠償請求等の訴訟を提起されると、訴訟対応を迫られ、新たな職場での勤務に支障が生じる可能性があります。
したがって、いくらもう退職するといっても、何らの法的責任も負わないわけではなですし、そもそも訴訟を提起されるということ自体にリスクがあると考えておくべきでしょう。
従業員としては、退職にあたり会社にいいたいこと、伝えたいことがあるのであれば、引継拒否等の態度で示すのではなく、上長や人事部門等のしかるべき部署、人物に伝えるべきでしょう。
「リベンジ退職」を生まないためにできること
リベンジ退職という現象は、確かに退職者の不満など負の感情が爆発してしまうために生まれる行動ではあるが、単なる個人の問題として片づけられない場合もあるだろう。
ある意味で、職場全体の構造的な課題を映し出す鏡といえるかもしれない。企業と従業員がそれぞれの立場から対策を講じるだけでなく、互いに歩み寄り、健全な職場づくりを目指すことが重要である。
まず企業側に求められるのは、従業員の声に耳を傾ける姿勢である。定期的な面談やアンケートを通じて、職場の課題を早期に把握し、改善に向けたアクションを取ることが、離職の予防につながる。特に、評価制度の透明性やフィードバックの質は、従業員の納得感に直結するため、見直しが必要なポイントである。
一方、従業員側も、自身のキャリアや働き方について主体的に考えることが求められる。職場に不満がある場合でも、まずは対話を試みることで、状況が改善される可能性がある。また、転職を検討する際には、感情的な判断ではなく、将来のキャリアにとって最善の選択かどうかを冷静に見極めることが重要だ。
企業と個人が共に意識すべきなのは、「退職は終わりではなく、次のステップである」という視点である。退職が円満に行われることで、双方にとって良好な関係が維持され、将来的な再雇用や業界内での協力関係にもつながる可能性がある。
リベンジ退職を防ぐためには、日常的な信頼関係の構築が不可欠である。企業は従業員を単なる「労働力」としてではなく、「共に成長するパートナー」として捉え、従業員は企業を単なる「労働の場」ではなく「自己実現の場」として認識することが、リベンジ退職を生まない職場づくりへの第一歩となるのではないだろうか。
リベンジ退職は、職場への不満が限界に達した結果として現れる行動であり、企業・個人双方にとって大きなリスクを伴う。感情的な退職を避けるためには、日常的な対話と環境改善が不可欠である。退職は報復ではなく、前向きなキャリア選択の一つである、という認識を新たにしていくことが求められるだろう。