退職したい従業員の代わりに会社に退職の連絡をし、その後の手続きも行う「退職代行サービス」。企業の担当者としては、退職代行サービスから連絡が来たら驚きや戸惑いがあり、どうすればいいのかわからないという人もいるだろう。
本記事は、TMI総合法律事務所に所属する弁護士の堀田陽平先生に監修していただき、退職代行サービスから連絡が来たときの対応やよくある疑問などを紹介していく。
退職代行とは
退職代行とは、「退職したい」という意思を従業員本人に代わって会社に伝えることができるサービスである。ただ意思を伝えるだけでなく、その後の手続きも従業員と会社の間に入って行う。
退職代行サービスには料金がかかるため、費用を払ってまで利用することに疑問を感じる人もいるかもしれない。しかし、ハラスメントや引き留めなどにより従業員本人から退職を申し出にくいケースもあるため、利用を検討する人もいるのが事実である。
マイナビが実施した「退職代行サービスに関する調査レポート(2024年)」では、調査実施時期から直近1年間で転職した人に退職代行サービスの利用状況を聞くと、16.6%が「利用した」と回答している。また、企業に対して退職代行サービスを利用した退職した人がいたかを聞くと、「利用した人がいた」と答えた企業は23.2%だった。【図1】
【図1】(左)個人に聞いた「退職代行を利用したか」、(右)企業に聞いた「退職代行を利用した人がいたか」
/マイナビ「退職代行サービスに関する調査レポート(2024年)」
およそ5人に1人の割合で退職代行サービスの利用があることがわかる。
退職代行のおもな形態
退職代行サービスは、「弁護士」「退職代行ユニオン」「民間企業」に分けられる。それぞれにできることも異なるため、企業の担当者はどこから連絡が来たかによって越権行為をしていないかを見極める必要がある。
弁護士
弁護士による退職代行は、法律に基づいて行われるため手続きがスムーズなのが特徴だ。退職日や残っている有給休暇の消化、その他ハラスメントなどによる損害賠償請求等、委任されている限り幅広い内容について交渉する権限を有する。
退職代行ユニオン
ユニオンとは、労働組合のことである。社外の労働組合であり、雇用形態に関わらず加入できる。会社との「団体交渉権」があり、弁護士と同じように退職日などについて会社と交渉をしても違法ではない。
民間企業
民間企業で退職代行サービスを行っているところもある。従業員本人に代わり会社に退職の意思を伝えることができるが、弁護士や退職代行ユニオンのように会社との交渉をすると非弁行為にあたるため交渉はできない。
それぞれの形態の違い
上述したように、3つの形態それぞれでできることが異なる。「退職日など会社との交渉ができるか」が大きなポイントで、弁護士と退職代行ユニオンであれば交渉可能、民間企業のサービスは交渉不可である。
さらに、退職代行ユニオンが持つ団体交渉権よりも弁護士資格のほうが対応範囲が広く、弁護士からの連絡であれば基本的に従うのが望ましい。
退職代行をなぜ使うのか?
ここからは、退職代行を使う人の心理を考えていく。マイナビが実施した「退職代行サービスに関する調査レポート(2024年)」で、退職代行サービスを利用した理由を聞いたところ、もっとも回答が多かったのが「退職を引き留められた(引き留められそうだ)から」で40.7%、次いで「自分から退職を言い出せる環境でないから」32.4%、「退職を伝えた後トラブルになりそうだから」23.7%であった。【図2】
【図2】退職代行を利用した理由/マイナビ「退職代行サービスに関する調査レポート(2024年)」
このことから、会社に退職の意思を伝えることが難しい、もしくは伝えたけど退職ができなさそうだと感じた人の利用が多いことがわかる。企業の担当者としては、実際に退職の引き留めがあったか、言い出しにくい雰囲気があったかなどを確認し今後に活かすと良いだろう。
よくある疑問を弁護士が解説
ここからは、実際に退職代行について企業からの相談を受け付けている本記事監修の弁護士・堀田先生によくある疑問に答えていただいた。
質問:本人が退職の意思を伝えないことに問題はないのでしょうか?
退職の意思表示を本人が行わなければならないという法律上の定めはなく、法的には問題ありません。
質問:就業規則に記載がある社内の退職手続きと異なるので無効にはならないのでしょうか?
労働者には辞職(退職)の自由が保障されているため、社内の退職手続きと異なっていたとしても、無効とはなりません。労働者からの退職について2週間前予告を定める民法626条2項は、労使間の合意によっても変えられない強行的な規定とする見解が有力であり、たとえ1か月前や3か月前などの予告を要する旨を就業規則で定めていたとしても、2週間前の予告があれば有効とせざるを得ません。
質問:退職後に在職中に知った機密情報を不正に利用しないことや、競業行為をしないこと等を退職者に約束してもらうなどの誓約書を出してもらうことはできますか?
誓約書の提出を求めること自体は可能ですが、退職者にとってそれは義務ではありません。特に、退職後においては労働契約関係が終了していることから、業務命令としての提出を命じることもできません。したがって、誓約書の提出に応じてもらえるかはケースバイケースですが、退職代行(特に弁護士の退職代行)が入っている場合には、拒否されることが多い印象にあります。
なお、そのような場合でも、就業規則や採用時の誓約書に、労働契約終了後の秘密保持義務や競業避止義務が定められている場合には、その旨を通知し、牽制することも有益です。
質問:端的に「なぜ辞めたのか」を知ることはできますか?
法的には、退職者には退職理由を説明する義務はないことから、退職理由の説明を強制することはできません。任意で説明を求めることは可能ですが、間に退職代行が入っている以上、詳しい理由は回答されないことが多いでしょう。
質問:有期雇用期間途中の退職申し出は可能ですか?
有期雇用契約を期間途中で終了させることは、「やむを得ない事由 」がなければできません(労働契約法17条)。これは、使用者(会社)側からだけではなく、労働者からも同様であり、また、「やむを得ない事由」は、労働契約法16条のいわゆる解雇権濫用法理よりも厳格であると解されています。もっとも、有期雇用契約であっても、契約期間が1年を経過している場合は、労働者からの退職については労働契約法17条の適用が排除されています(労働基準法137条)。
したがって、有期雇用契約が1年を経過していないのであれば、「やむを得ない事由がない」として退職を拒否することや、退職により損害が発生する場合は、損害賠償請求もありえます。
当職の経験においても、許認可等の関係で一定期間、一定数の従業員の在職が必要であったケースにおいて、有期雇用契約を締結していた従業員から退職の意思表示がされました。しかし「やむを得ない事由」がないことを主張し、交渉のうえ許認可等に支障が生じない時期までの退職時期を変更したことがあります。
退職代行を使われたら企業がやるべき対応
ここからは、実際に退職代行サービスから連絡が来た場合に企業の担当者がどのように対応すれば良いかを解説していく。
退職代行の形態を確認
まずは、連絡をしてきた退職代行の形態が弁護士なのか、退職代行ユニオンなのか、民間企業なのかを確認する。前述したように、それによって交渉の可否などできることが変わってくるからである。
従業員本人の依頼かどうかを確認
万が一、第三者からの嫌がらせである可能性も考慮して、本当に従業員本人からの依頼なのかを確認することも重要である。ここで従業員本人にコンタクトを取るというよりは、退職代行業者に委任状などを確認すると良いだろう。
該当従業員の雇用形態を確認
従業員本人からの依頼であることが確認できたら、雇用形態の確認をする。無期雇用であれば、退職の申し出はいつでも行うことができるが、「よくある疑問」でも記載したように有期雇用の場合は「やむを得ない事由」がある場合に退職が認められる。
そのため、有期雇用者からの退職申し出の場合は、どのような「やむを得ない事由」があったかまで確認する必要が出てくるのである。
有給休暇の取得状況を確認
退職時のトラブルとして、有給休暇の未消化が挙げられる。有給休暇は従業員の権利であり、労働基準法に則って未消化分を消化させることが必要だ。基本的に有給休暇を消化しきって退職日を決定するケースが多いが、退職日までに消化しきれない場合は、有給休暇の買い取りなどの方法もあるためどのような扱いとするかは弁護士や退職代行ユニオンを通じての交渉となる。
なお、通常、有給取得により事業の正常な運営に支障が生じる場合には、会社は有給取得日を別の日に変更できるが、退職日までの有給消化については、有給取得日を別の日に変更する余地がないことから、事業の正常な運営を妨げる場合でも、会社からの有給取得日の変更は認められないとされている。
したがって、退職日までの有給消化については、拒否できないと考えておくと良い。
退職届の提出依頼をし、受領
こちらもトラブル防止のため、退職代行サービスからの連絡だけで終わらせるのではなく、書面での手続きもしておくと良い。退職届の提出を依頼し、会社からの貸与品返却などを済ませてから退職届を受領、退職手続き終了となる。
トラブルを避けるために注意すべきこと
退職代行サービスを介した退職手続きは、従業員本人とのやり取りではないためトラブルに発展することもある。不要なトラブルを避けるために、注意すべきことを解説する。
交渉は弁護士もしくは退職代行ユニオンと行う
本記事で何度か述べている通り、交渉に関しては弁護士もしくは退職代行ユニオンに権限があるため、退職日や有給休暇の未消化などの交渉ごとではどちらかと行うように注意してほしい。仮に、弁護士やユニオンではない退職代行が交渉行為に及んでいる場合には、非弁行為であることを告げ、それ以上の交渉を避けた方が良い。
退職手続きは速やかに行う
従業員を引き留めたい、一度話したいなどの要望があるかもしれないが、退職代行サービスを利用している人の退職意思が固いことは想像に難くない。さらなるトラブルに発展することを避けるためにも、本人の意思を尊重し退職手続きは速やかに行うことが賢明だろう。
退職代行を使われたら自社を省みることも大切
本記事では、退職代行サービスの形態や企業が対応すべきことなどを見てきた。従業員の退職は企業にとっては損失であるが、トラブルなく円満に退職できることが従業員・企業の両者にとって望ましいことだろう。
企業からすれば、突然退職代行サービスから連絡が来ると驚くかもしれないが、従業員が退職代行サービスを利用した背景にも目を向けて、今後にいかすことも重要ではないだろうか。具体的には、自社の組織づくりを見直すきっかけという受け取り方もできる。
先述したように、退職代行を利用した人の声としては、会社に退職の意思を伝えることが難しいと判断した人が多かった。退職に限らず、「従業員が言いたいことを言える組織」を作るためには、定期的な面談の実施やコミュニケーション研修を行うなどの心理的安全性が高い組織づくりが必要である。
また、退職者はアルムナイ採用で戻ってきたり、将来的に顧客になったりする可能性もある。従業員と会社の双方にとって円満な退職にするためにも、退職の流れを明文化したり、ガイドラインを作成したりといった対応も有効ではないかと考えられる。 退職代行を使った退職があった場合には、それだけで終わらずに今後の組織改善に活かす視点も重要である。