地方公務員の人材確保に民間の知見を。マイナビから出向した社員が新潟県燕市の人材採用担当者として見た課題と工夫

キャリアリサーチLab編集部
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本稿は「地方公務員という生活の基盤を守る仕事をどう守るか」という連載企画の第3回となる。第3回となる本稿では、地方公務員の人材採用担当者にインタビューを行った。

新潟県燕市は「地域活性化起業人制度 」を利用して、マイナビに人材採用のための協力を依頼した。その結果、今回インタビューに答えてくれたマイナビの渡辺が、燕市に出向し、燕市役所の人材採用の担当者となった。現在、渡辺は民間企業の採用支援で培った経験を活かし、志望者との接点作りや情報発信の改善、新たな採用広報や人材育成の取り組みなど、自治体特有の課題に取り組んでいる。

そんな中、渡辺が感じた課題やそこから得た発見、それを基に行った採用活動における工夫について語ってもらった。また、実際に業務を行う上で感じた地方公務員ならではの働き甲斐なども話してくれた。

株式会社マイナビ人事企画本部 人材活発統括部 渡辺 沙織

渡辺 沙織
(株式会社マイナビ人事企画本部 人材開発統括部)
2016年新卒入社。青森支社、福島支社にて就職情報サイト「マイナビ20XX」などの営業を通して、人事担当者向けに新卒採用におけるコンサルティング業務に約8年間従事したのち、2024年2月より人事統括本部に異動し、東日本エリアでの新卒採用業務に携わる。
2024年4月より新潟県燕市市役所へ出向。
現在は新潟県燕市市役所の人材採用・人材育成の担当者として市役所の業務にあたっている。

採用戦略を見直して、有効母集団の確保に注力

質問:現在、燕市で人材採用と育成の業務に当たられているとのことですが、地方公務員の人材確保においてどのような課題があると感じていますか?

渡辺:燕市に限った話ではないのですが、一般企業の採用と比較して、地方自治体の採用は、母集団の考え方に現実とのギャップがあると感じています。地方自治体の採用では、年々、受験者が減っていて困っていると言われることが多いですが、私の民間企業の採用を支援してきた経験から考えると、実はそれほどネガティブな状況ではないのではないかと思っています。

私はこれまで、民間企業の新卒採用をご支援する営業職として約7年半勤務してきました。従業員2人から1万人規模までさまざまな企業を担当しましたが、それらの企業と比較してみると、地方自治体の場合は、受験者数は十分であるにもかかわらず、母集団形成に過度に注力しているように感じます。

たとえば、母集団を増やすために、採用試験を教養試験から適性検査試験に変えてハードルだけを下げる自治体が増えていますが、その結果、自治体同士で公務員希望者を奪い合うような状況になっているのではないかと見ています。

特に人口が少ない小規模な自治体の場合は、国家公務員採用一般職試験や裁判所を受験する方の滑り止めになる可能性も高く、結果的に辞退されてしまうことも少なくないので、単純に数を増やすよりも適切な有効母集団を増やすことに注力すべきではないかと考えています。

子育て世代にやさしい環境など市民に向けた取り組みが地方公務員にとってもプラスに

質問:企業が採用力向上のために行っている賃上げや働き方改革、 福利厚生の充実などの対策と比較して、地方公務員に対して行われている対策にはどのような違いがありますか?

渡辺:公共サービスを提供する立場にあるので、職員の待遇改善は優先順位が低くなりがちで、制度的な制約もあるので、対応が難しいところではあります。福利厚生制度も標準化されていて、健康保険や退職金制度なども法律に基づいて設定されていますが、自治体によって独自に制度を改正しているところもあります。

たとえば、公務員の夏季休暇は7月から9月までの間に3日間取得できる場合が多いのですが、燕市の場合は取得できる期間を6月から10月に、取得可能な日数を5日間に変更しています。この夏季休暇を含めて年間休日は125日以上あり、他にも「子の看護等休暇」の日数を増やして、お子さんの病気やケガで休まなければならない場合、有給休暇とは別に1年間で8日取得可能(一般的には5日間)にしています。

燕市の場合は、『子育てするなら燕市で』というキャッチフレーズで子育て支援に力を入れていることや、子育て世帯にとって魅力的な環境であることをアピールしていますので、市内の企業さま向けに、自治体が率先して取り組んでいる姿勢を打ち出しています。

こうした市民や市内の企業に向けた取り組みが結果的に、地方公務員自身の生活を守ることにもつながっていると感じています。

接点を増やして、公務員希望者を逃さない工夫がかぎ

質問:燕市では地方公務員の人材確保に向けて具体的にどのような取り組みを行っていますか?また、その取り組みを通してどのような成果が上がっていると感じますか?

渡辺:マイナビの「2026年卒大学生公務員のイメージ調査 」によると、公務員を就職先として「考えたがやめた」学生が39.0%に達していました。こういった状況を考慮して、もともと公務員になることを希望していたのに、何らかの理由であきらめてしまう、公務員になることをやめてしまう人に注目しています。将来を考え、就職先を決める段階で離脱してしまうことがないようにすることが大切だと考えています。

また、市の採用広報を通して市の取り組みを知ってもらうことも重要だと考えていて、この二つを大きなテーマとしてさまざまな施策を進めています。

具体的には、母集団形成に向けてさまざまな広報施策を実施する中で、できるだけ複数回、参加してもらえるようにプログラムを設計しました。たとえば、2025年度は オープン・カンパニーを初めて実施したのですが、できるだけ全日程に参加してもらえるように、毎回(全4回)テーマを変えて、全部参加すれば全体が理解できるように工夫しました。

オープン・カンパニーでは、市の説明をした後に、自己分析の仕方やエントリーシートの書き方、面接対策などの就活支援プログラムを実施したことも、参加者からは好評でした。

自治体のインターンシップというと、自治体主催のイベントスタッフを経験するという内容のものが多いのですが、燕市のインターンシップについては、イベントスタッフだけではなくて、窓口系の部署や内部の事務職の業務などもコースに入れて、業務内容や職場環境が理解できるようなプログラムにしました。また、1コースあたりの受け入れ人数を1~3人に絞り、1on1コミュニケーションをやりやすい環境作りを心がけました。

さらに、3月に実施した採用ガイダンス(説明会)では、市長に登壇していただき、若手職員の活躍状況を詳しくお話しいただいたり、燕市の魅力などをお伝えいただいたりもしました。応募者の半分は、燕市以外の出身者なので、燕市で暮らすことの魅力やメリットなどについても詳しくお伝えするように努めました。

実際の成果としては、前期試験の応募者のうち74%の方がどこかのイベントに参加しており、採用ガイダンスの参加者については、2024年は応募者180人のうち参加したのは30人ほどだったのですが、2025年は応募者148人のうち77人が参加と、遷移率が大幅に向上しています。

就職イベントでの様子
就職イベントでの様子

幅広すぎる業務内容と伝える難しさに直面

質問:企業の採用広報と比較して、地方公務員の採用広報における情報提供の仕方にどのような課題がありますか?

渡辺:公務員を志望していたのに、途中で応募をあきらめてしまった方々が出てくる要因の一つに、(企業と比べて)情報の量と質の課題があるのかもしれません。もともと、採用広報業務だけをやっている方がいらっしゃらないですし、正直なところ市の業務の幅が広すぎて、何を伝えたら良いのかわからないという状況があるかもしれません。

行政サービスを提供する対象者が、赤ちゃんからお年寄りの方まで非常に幅広いので、業務内容を言語化するのも簡単ではありませんし、そもそも全体イメージを理解してもらえるように伝えるのも難しいように感じます。

最近は、職員のインタビューや密着リポートなどの動画コンテンツもありますが、それぞれの仕事の魅力は理解できても、人事異動は避けられないので、長期的なキャリアのイメージがしづらいのかもしれません。そのあたりも今後の課題だと思います。

燕市の場合、燕市全体の取り組みを偏りなく知っていただくために、広報つばめ、第3次燕市総合計画、令和7年度当初予算のポイントを読んでいただくことを説明会などで呼びかけています。私自身、他の市と比べて読みやすく、意図が分かりやすいと感じたことがきっかけです。取り組み事例を通じて仕事を理解していただき、公務員志望から燕市志望となっていただくことを目指しています。

地方公務員の仕事は多様なニーズに応えて業務を遂行できることにやりがいがある

質問:渡辺さんはマイナビの社員でありつつ、出向先である燕市の職員としても働いていますが、両方を知る立場として、地方公務員として働くことの魅力や働き甲斐について感じたことがあれば教えてください。

渡辺:赤ちゃんからお年寄りまで幅広い市民の方に対応できるのが、地方公務員の仕事の最大の魅力ではないかと思います。なおかつ、市民の方の声を直接聞くことができることも大きなやりがいにつながっていると思います。

それに加えて、ニーズ重視でサービス内容を検討したり業務を進めたりできるのも魅力です。民間企業であれば、技術やアイデアなど、提供者側が持つ種を起点に物事を展開しようとしますが、地方公務員であれば、市民のさまざまなニーズに向き合って仕事を進めることができます。

そのことは職場の魅力にもつながっていると思っていて、ニーズ重視だからこそ職場でもさまざまな意見があるのは当たり前で、オープンマインドな方が多く、立場の違う方の考えや意見も素直に受け入れてくれます。

また、部署異動があることによって、フラットな職場環境ができているなと感じます。みなさま、年齢や勤続年数を気にすることなく質問したり、協力しあったりできていて、その点もすごく素敵だなと思っています。

地方公務員も自治体ごとに人材要件を整理して選考を最適化する必要性

質問:今後、地方公務員の人材確保を改善するためにどのような対策が必要だと考えていますか?

渡辺:採用広報では、どれだけ多くの情報を発信するかも大切ですが、それ以上に「誰に伝えるのか」という視点が重要です。

市役所の仕事は一見するとイメージしやすいかもしれませんが、実際には市民の生活を支える多様な業務が数多くあります。だからこそ、採用広報が本当に伝えたいことを、受け手にしっかりと理解してもらう必要があります。

しかし現状では、その「伝えたいこと」と「受け手の理解」との間にギャップがあるように感じています。そのギャップを少しでも解消できるように、求める人材要件の整理が必要だと思います。

どこの自治体も同じ傾向があると思うのですが、求める人材となると、「臨機応変に対応できる」とか、「チャレンジ精神が旺盛」だとか、「コンプライアンスを重視できる」とか、似たような表現がよく出てきますが、実は少し違和感を覚えていました。市役所に入って仕事をしていると、実際の職員や業務内容と、求める人物像がマッチしていない気がしていたのです。

そこで、あらためて人材要件を整理するために、職員の方に適性テストを受検していただきました。その上で、「業務で必要となる能力」を確認し、「業務を通じてその能力を伸ばすことができるのかどうか」についてヒアリングを実施しました。

そうすると、業務においては人柄の良さも重要なのですが、問題解決能力やオーガナイズ能力が非常に重要であることが確認できました。その結果を踏まえ、インターンシップではプロジェクトに取り組むプログラムを取り入れたり、採用ガイダンスで業務に必要となる能力の説明を加えたりしました。

必要な能力の優先順位や、業務で求められる能力の定量化ができていないと、どうしても手探りで採用活動を進めざるを得ない状況になりがちです。その結果、母集団の数を多くして、その中で比較することに注力するような状況になってしまっているのかもしれません。

求める人物像を確認すると、人当たりの良さやチームワークという言葉が必ず出てきます。もちろん、それも大事なのですが、業務の役割分担が進んでいて、実際には各自が主体的に進める仕事が少なくありません。その成果を最後にまとめ上げる必要があるので、オーガナイズ能力やチームワークが求められるのではないかと思います。

公務員、市役所と主語が大きくなってしまうことが多くありますが、よく見ると自治体ごとに個性があるはずです。それを探すためにも定量化した能力を詳細な業務内容に落とし込み、仕事の順番と育成ができるかを考えながら求める人物像を作成していくことが大切だと感じます。

次に、その能力を見極めるための選考内容を考える必要があります。単純にハードルを下げるような選考内容はその後の育成に影響が出たり、業務とのギャップから早期離職となってしまったりする可能性があります。人材要件を明確にすることは、採用活動における広報や選考基準の基礎となるため、非常に重要です。

新潟県燕市役所の庁舎
新潟県燕市役所の庁舎

民間経験を活かす場へ。転職者に選ばれる自治体に

質問中途採用で注力されていることがあれば、教えていただけますでしょうか。

渡辺:現状では成果としてお伝えできるものはないのですが、今後の予定として中途採用向けの説明会を実施する準備を進めています。地方自治体の採用は、新卒重視だと勘違いされるケースがあるので、中途採用も積極的に実施していることをお伝えできればと考えています。転職者がいることや、出身業界やそれまでの経験もさまざまであることを伝えていきたいです。

また、業務内容ではなく、勤務時間とか休日休暇などの労働条件で判断して転職されるケースもありますので、実際に働き始めてギャップを感じることがないようにしたいと考えています。そのためにも、今まで転職してきた方たちの関心が高かった情報を整理しつつ、業務内容や将来的なキャリアなどについて、説明会などでしっかり情報提供していきたいと思います。

一般企業の人事制度のトレンドは、専門性を高める配属を重視し、本人が希望しないジョブローテーションを行わない傾向が強まっていますが、地方公務員の場合は、転職者のこれまでの経験を活かし切れない配属が行われるケースもあるので、その点についても理解していただけるよう説明会で配慮しています。

地域の発展や住民の福祉向上に貢献し、大きなやりがいを実感できる

質問最後に、これから新卒もしくは中途で地方公務員として働いてみようかと迷っている方に向けてメッセージをいただけますでしょうか。

渡辺:先ほどもお話ししたように、地方公務員として働く魅力は、何よりも赤ちゃんからお年寄りまで非常に幅広い人々の暮らしを支えることができることだと思います。市民の方と直接ふれ合う機会が多く、市民の生活に直接影響を与える責任ある仕事ができること、そして、地域の発展や住民の福祉向上に貢献できることで、大きなやりがいを実感できます。

人口規模が小さければ小さいほど、それを実感する機会が多く、自治体によっては市民の方と接するイベント機会を多く設けているところもあるので、日々の業務を通じて、自分の仕事が社会にどのように役立っているのかを実感しやすい環境だと思います。

法律や経済、環境など、業務の幅も非常に広いので、庁内を転職するような感覚で、自分だけのキャリアを作ることができるのは職場環境として魅力的だと思います。また、市民の方のさまざまな意見を集約して実現化したり、補助金などを活用することで公務員ならではのアプローチ方法で課題解決に取り組んだりできるので、新しい挑戦をしたい方、自分の力で地域をもっと良くしたいという思いを持っている方にとっては、きっと理想的な職場になるのではないかと思います。

東郷 こずえ
担当者
キャリアリサーチLab主任研究員
KOZUE TOGO

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