地方自治体が直面する人材不足の現実。持続可能な行政サービスのために何が必要か-早稲田大学 政治経済学術院 教授 稲継 裕昭氏

キャリアリサーチLab編集部
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本稿は「地方公務員という生活の基盤を守る仕事をどう守るか」という連載企画の第2回となる。第1回は地方公務員の人材確保の状況についてデータをもとに実態の把握を行った。第2回である本稿では、政策研究者として地方自治体の人材確保や人事の在り方について、さまざまな提言を発信されている早稲田大学・稲継裕昭教授に、制度的な構造から現場の実情、今後の施策、そして若者へのメッセージまで幅広くお話を伺った。

全国の地方自治体では、公務員の採用難と人材の定着が大きな課題となっている。背景には、日本独自の制度に起因する業務の過重や、市民ニーズの多様化、ストリートレベルの現場(福祉サービスや派出所の警官など市民と相対する公務実施の現場)で起きている葛藤があるという。こうした中、地方行政を持続可能にするには一体何が必要なのだろうか。

稲継 裕昭 氏(早稲田大学 政治経済学術院 教授)プロフィール写真

稲継 裕昭(早稲田大学 政治経済学術院 教授)
地方自治体勤務ののち、姫路獨協大学、大阪市立大学教授、法学部長を経て2007年から早稲田大学教授。
研究フィールドは、公務員人事制度・給与制度、行政組織論、震災研究・災害対応研究、AI活用による業務革新、シビックテック学 
現在、総務省「社会の変革に対応した地方公務員のあり方に関する研究会・委員、給与分科会長」ほかを務め、これまで消費者委員会委員、内閣府、内閣人事局、文科省等政府委員を歴任。
東京都カスタマーハラスメント・ガイドライン等検討会議・座長 、大阪市DXアドヴァイザー、金沢市DX会議座長など地方自治体の委員も多数務める。放送大学客員教授、東京大学客員教授も兼務。
<邦訳新刊> 公共政策 政策過程の理論とフレームワーク

人材不足が行政に与える影響。市民生活へのしわ寄せ

Q.地方公務員の人材不足について、どのような問題があると思われますか?

稲継地方公務員の人材不足は、何よりも市民のみなさまが受ける行政サービスの低下につながるというのが一番大きな問題だと考えています。私たちは、原則として自分が住んでいる地域の自治体からしか、行政サービスを受けることができません。市民はどの地域の行政サービスを受けるかを自由に選べないのです。

ですから、ある地方自治体の人材が不足し、提供される行政サービスの質が低下したり、十分に提供されなくなったりすると、その地域の市民のみなさまは不便を感じてしまうことになります。しっかりとした行政サービスを提供してもらうためには、それぞれの自治体にきちんとした人的リソースが補充されていく必要があります。

一般企業であれば、人材不足がその企業だけの問題で済むこともありますが、自治体の場合は、その地域の住民の生活が直接的に脅かされてしまう。民間企業なら、たとえばA社の製品でなくてもB社やC社の製品を選ぶことができますが、自治体の行政サービスは代替が効きません。この代替が効かないという点が、民間企業とのもっとも大きな違いだと思います。

日本の地方自治制度の課題。業務の膨張が人材を圧迫

Q.地方公務員の人材不足にはどのような背景があるのでしょうか。

稲継:日本の場合は、海外と比較して地方公務員の業務の幅が非常に広いことが大きな課題になっています。

たとえば、イギリスの地方自治制度は「限定列挙主義」といって、国の法律で地方自治体の仕事が限定的に定められているのです。カウンティ・カウンシル(県レベル)はこの仕事とこの仕事、ディストリクト・カウンシル(市町村レベル)は、AからEまでの業務というように決まっていて、それ以外の業務を行うと違法行為、ウルトラ・バイレス(権限を超えている)と判断されます。

一方、日本の地方自治制度は、法律上個別に地方自治体の仕事として明示されていないものでも、国の仕事として明確に留保されていない場合には、それを行うことができるという「概括例示主義」で、法律で禁止されていないことは何でもやって良い。たとえば、1969年に千葉県の松戸市に、市民の困りごと・要望に迅速に対応することを目的とした課「すぐやる課」が発足して話題になりましたが、このように、市民のためにやりたいという主張が出てくると、業務の範囲を広げても全く構わないという仕組みです。

しかし、その結果、自治体の仕事が次々に増え、肥大化してしまう結果を招きました。また、日本の場合は「融合型地方自治制度」といって、自治体本来の仕事以外に、国の代わりにやっている業務、法定受託事務がたくさんあることも特徴です。

わかりやすい例でいうと、戸籍の事務やパスポートの発給事務、あるいは、国政選挙時の投票所の設営や運営、開票事務などは、本来、国の業務です。しかし、日本では地方自治体がこれらを担うことが一般的で、その結果、業務が増大する傾向にあります。

ところが公務員の数は、諸外国と比較して少ないのが実情です。令和6年(2024年)度末の日本の公務員の総数は、国と地方を合わせて約339.3万人ですが、勤労者に占める公務員の割合を計算すると、OECD諸国の中でもっとも低い比率です。OECD平均が18%ぐらいですが、日本は4.6%しかありません(Figure12.1, Government at a Glance 2023, OECD )。国民の負託に応えて、少ない人員でがんばる状態が続いているわけです。

加えて、「お客さまは神様です」という意識が、公務員の働き方に与えた影響もあると思います。この考え方によって行政機関が開かれたものになったプラスの側面もありますが、市民の要望に応じてサービスを増やすことで、業務の負荷を増大させることになってしまいました。

さらに、ごく一部ですが、窓口で不合理な要望をする市民、いわゆるカスタマーハラスメントの事例が発生して、現場の疲弊をもたらし、離職につながり、公務員になろうとする若者が減少する遠因になったのではないかと考えています。

稲継 裕昭 氏(早稲田大学 政治経済学術院 教授)インタビューに答える様子

Q.地方公務員の人材不足を解決するために、どのような対策が必要だとお考えでしょうか?また、そうした対策の事例などもあれば教えてください。

業務の整理、長時間労働是正の必要性

稲継:先ほどお話したように、日本の地方自治制度は「概括例示主義 」で、人員が増えない中でいくらでも仕事を増やせてしまう状況にあります。ですので、まずは、仕事の整理をする必要があると思っています。また、疲弊した地方公務員をケアする努力も必要です。

そのためには、長時間労働を是正し、無理な残業をさせない取り組みが重要です。市町村役場での勤務時間が8時45分から5時30分までとすると、その時間は開庁時間とイコールになります。そうなると職員は8時45分の前に来て準備をし、5時30分以降も残業することが避けられません。

それを防ぐための具体的な取り組みとしては、窓口業務の時間短縮が挙げられます。銀行のように窓口の受付時間を短縮する代わりに、ATMやコンビニエンスストアでの証明書発行サービスなどを充実させることで、市民の利便性を損なわずに職員の負担を軽減することができます。

実際に、いくつかの自治体では窓口時間を短縮し、コンビニエンスストア交付などを積極的に導入することで、業務効率化と職員の負担軽減につながっています。また、兵庫県の西宮市、福岡県の古賀市など、各都道府県で具体的な取り組みが出てきました。こういった取り組みは全国の自治体でやった方がいいと思うのですが、自治体の首長が選挙への影響も懸念して導入が進まないことも考えられます。そのため、総務省がベストプラクティスとして通知を出すなど、後押しが必要だと感じています。

国と地方の業務分担の見直し

また、国と地方の関係性の見直しも不可欠です。国からの義務付けや努力義務を伴う法律が数多く、その対応に地方自治体の人的リソースが割かれています。

特に議員立法で成立する宣言的な法律が多く、それによって地方自治体が計画策定や進捗管理などの新たな業務を負うことになり、現場の負担が増しています。交付金や補助金とセットになっている場合が多く、自治体としては対応せざるを得ない状況に陥りがちです。

本来、各自治体がそれぞれの状況に応じて判断すべきことは、国が義務付けたり枠付けしたりするのではなく、地方に裁量を与えるべきだと考えています。

行政サービスに対する市民の意識改革

そして、市民の意識改革も長期的な視点で見ると非常に重要です。これまで何でも役所に頼めばやってくれるという認識が強かったかもしれませんが、今後は自分たちでできることは自分たちで行うという意識を持つことが、自治体の機能不全を防ぐことにつながります。

税金で賄われているからと安易に役所に求めるのではなく、サービスの対価について考える必要があるでしょう。

やりがいを「見える化」する工夫。社会貢献を実感できる職場へ

Q.少子高齢化によって今後さらに人材の確保が難しくなりますが、採用した人を辞めさせないこと、さらに、新たに地方公務員を採用することがより重要になると思います。自治体が取り組むべきことはありますか?

採用した職員を長く定着させるためのリテンション対策として重要なのは、職員が自分の仕事の意義や社会貢献を実感できる仕組みをつくることです。公務の仕事は社会貢献性が高いにもかかわらず、日々の業務に追われる中でその意義を見失ってしまう職員も少なくありません。

全体の仕事の中で自分の役割がどこにあり、自分の仕事がどのように市民のメリットにつながり、誰に貢献しているのかを「見える化」することで、職員のモチベーションを高めることができるでしょう。

また、公平で納得感のある人事評価制度を確立し、適正な給与体系を整備することも重要です。依然として年功序列型の給与体系が残っている自治体が多いですが、これでは能力のある職員のやる気を削いでしまいます。職務に見合った給与を支払う原則を徹底し、成果や貢献に応じた評価を行うことで、職員のモチベーション維持につながるでしょう。

採用面での取り組みとしては、公務員の仕事の魅力の発信が重要だと思います。公務員の仕事に対してネガティブなイメージを持っている人も少なくありませんが、実際には社会貢献性が高く、やりがいのある仕事がたくさんあります。

たとえば、困難な状況にある市民を支援したり、地域の課題解決に取り組んだりすることで、民間企業では得られない達成感や喜びを感じることができます。そうした公務員ならではの魅力を積極的に発信していくことが、新たな人材を惹きつける上で重要です。

ストリートレベルの官僚制とは。現場のジレンマに向き合う努力を

Q.これまで地方公務員という大きなくくりでお話を伺ってきましたが、職種を限定して、警察や消防といった公安職や市民の方のケアをする福祉や教育の方の人材不足についてはどのような対策が可能だと思われますか?

アメリカの政治学者 マイケル・リプスキーが、「ストリートレベルの官僚制」という概念を提唱していますが、それは、市民に直接サービスを提供する現場職員が、実際には政策を最前線で形づくっているという考え方で、警察官や消防士、福祉系の職員などは、現場での裁量が非常に大きく、一人ひとりの判断が市民の生活に直接的な影響を与えるという意味です。そのため、一般の事務職とは異なるさまざまな課題に直面しています。

たとえば、警察官の場合は、検挙数を上げることが目標とされる一方で、地域住民との信頼関係を築くことの重要性も認識しており、どちらに重点を置くべきか葛藤することがあります。

また、福祉系のケースワーカーの場合、生活保護法には保護対象者の救済と自立支援という、ある意味で矛盾する目標が掲げられており、現場の職員は常にどちらを優先すべきか、というストリートレベルのジレンマに悩んでいます。

こうした現場の職員が抱える悩みや課題を理解し、管理職がしっかりと寄り添い、サポートしていくことが重要です。業務を任せきりにするのではなく、定期的な面談や相談の機会を設け、職員の精神的な負担を軽減する必要があります。また、些細なことでも感謝の言葉を伝えたり、成果を認めたりするなど、ポジティブなフィードバックを積極的に行うことが、職員のモチベーション維持につながります。

実際には、現場の職員は市民から厳しい言葉を浴びせられることが多いにもかかわらず、上司からもなかなか褒められないという現状があるため、管理職の意識改革が不可欠です。

稲継 裕昭 氏(早稲田大学 政治経済学術院 教授)インタビューに答える様子

職員の声を生かした改革の重要性。世論形成で自治体も変わる

Q.公務員の方も個人としてはいち労働者といえますが、一般企業の従業員のように、自分たちの要望を伝え、より働きやすい環境を求めることは可能なのでしょうか。

たしかに、公務員は一般企業の労働者と異なりストライキが法律で禁止されています。それは、公務の停滞が市民生活の安全や利便性を著しく損なう可能性があるという考えに基づいています。過去には公務員の労働組合がゼネストを計画したこともありましたが、市民生活への影響を考慮して禁止されました。

しかし、公務員の声を集約する仕組みをつくることは非常に重要です。ストライキという手段は取れませんが、団体交渉権や団結権は認められていますので、労働組合を通じて自治体と交渉しているケースもあります。また、苦情処理委員会などの場を設けて、職員の意見を吸い上げる仕組みを設けている自治体もあります。

また、マスメディアの影響力は非常に大きいため、メディアが公務員の待遇改善や労働環境の重要性について積極的に報道することも、世論を喚起し、自治体の意識改革を促す上で有効だと考えられます。実際に、日本記者クラブで公務員の人手不足問題が取り上げられたりして、少しずつ世論も変化してきているように感じます。

社会貢献が仕事になる喜び。持続可能な社会の担い手に

Q.最後に、これから就職先を考えようとする方、転職先として自治体を選択肢に入れられている方へのメッセージをお願いします。

かつては公務員に対して厳しいバッシングがあった時期もありましたが、現在の地方公務員のみなさまは、相当きっちりと仕事をされています。(税金の)無駄遣いなどはほとんどなくなっているといっても過言ではありません。

自治体には、部署や働き方によって、非常にやりがいのある仕事がたくさんあります。社会の役に立ちたい、地域に貢献したいという強い思いを持っている方にとっては、これほど魅力的な職場はないのではないでしょうか。特に若いみなさまには、最初の就職先として地方公務員をぜひ検討していただきたいと思います。安定した雇用環境の中で、さまざまな経験を積みながら成長していくことができるはずです。

また、一旦民間企業などで経験を積まれた方も、経験者採用の枠が広がっていますので、ぜひ自治体への転職を考えてみてください。民間企業での経験は、自治体の活性化に必ず役立ちますし、ご自身の地元や出身地で貢献できるということは、大きな喜びになるはずです。

公務員の仕事は、自分のやったことが誰かの役に立つという実感が得られる、社会貢献度の高い仕事です。給与をもらいながら、最高のボランティアをしているといっても過言ではありません。ぜひ、地方公務員という仕事を通して、地域社会の発展に貢献し、充実したキャリアを築いていっていただきたいと思います。自治体は、みなさまの熱意と能力を必要としています。

東郷 こずえ
担当者
キャリアリサーチLab主任研究員
KOZUE TOGO

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