何を求め、何を選ぶ? 転職の今を見つめる =最終章・調整と選択=
目次
何を、どう選ぶ?
転職活動を行う人は何を求め、何を選ぶのか。そこには安定・自由・お金という3つの要素が関係し、仕事やキャリアの持続可能性に対する関心が見えてきた。また、自律的に職業人生を組み立てたいとする就労観の表れも感じられる。
働くニーズは様々な要素によって構成される。給与条件を最優先に転職先を決める人は少なくないだろう。仕事や組織の安定性を重視する人もいれば、仕事の働きがいに重きを置きたい人もいる。
求める要素は現在置かれている状況や就労環境が影響するため、複雑であり個別的であろう。その前提のもと、労働移動がしやすくなった今の時代に転職した人は、どのような要素を、どれほど重視したのかについて考察する。
転職の軸はさまざま
2023年6月以降の1年間に転職した20代~50代の正社員を対象にした「転職活動における行動特性調査2024年版」(※1)の「転職でこだわった点(転職の軸)」について、転職行動パターン(業種経験・職種経験の有無)・性別・年代の属性別にクロス集計を行った。【図1】
転職の軸のうち、転職後の待遇やキャリア形成に関連が深いと判断した以下10項目についてコレスポンデンス分析を行い、属性ごとの傾向を以下のように可視化した。【図2】
※相対的に類似度・関係性の強い要素同士は近くに、弱い要素同士は遠くにプロットされる傾向
- 将来性・安定性…転職先企業に将来性・安定性があること
- 年収アップ…転職することで、収入(年収)が上がること
- 経験活用…これまでの経験が活かせる、同業種・同職種などに転職すること
- 休日・休暇…産休・育休など、休日・休暇制度が充実しており、取得がしやすいこと
- 機会・評価…機会や評価に公平性・透明性がある転職先であること
- 働きがい…自己成長・社会貢献の実感など、転職先の「働きがい」を重視していること
- チャレンジ…新しいことにチャレンジできる、異業種・異職種などに転職すること
- 充実したキャリア育成支援・社内研修・リスキリング制度があること
- 長期勤務…定年制の撤廃など、長く働き続けられる制度があること
- 働きやすさ…在宅勤務・リモートワークなど、転職先が「働きやすさ」を重視していること
①未経験者(異業種・異職種へ転職した人)
『チャレンジ』の項目が他に比べて関係性が強く、新たな分野に転身しようとする意識がみられる。そのほかにも『休日・休暇』に対するこだわりが強い傾向。
②職種経験者(異業種・同職種へ転職した人)
『年収アップ』『休日・休暇』の項目が他に比べて関係性が強い傾向。業種を移ることで待遇を向上させたいという転職意識がうかがえる。
③業種経験者(同業種・異職種へ転職した人)
『将来性・安定性』などで関係性が強く、『休日・休暇』も他の項目に比べてこだわる傾向。この先も長く仕事を続けられるかという将来視点で仕事を捉える様子も感じられる。
④経験者(同業種・同職種へ転職した人)
『年収アップ』『経験活用』などで関係性が強い傾向。これまでの知識・スキルを活かしながら待遇面、特に収入を上げたいという意識がうかがえる。
そのほかにも、性別・年齢の違いによってこだわる項目が異なる。例えば、『休日・休暇』は女性20代・女性30代など若い世代と、『研修・教育』は男性20代・男性30代と関係性が強い。
ここからわかるように、性年代や経験属性の違いによって重視する度合いにも濃淡がある。そのほかの待遇や労働条件などの要素を鑑み、現在の働き方だけでなく将来のキャリアも見据え、調整しながら「自分に合う環境」を見つけている様子がうかがえる。
転職者の受け入れを行う企業に求められるのは、属性ごとのこだわりの傾向を把握しつつ、個人それぞれに異なる事情やキャリアの希望に目を向け、そのニーズに対して自社がどのようなものを提供できるのか検討することが大切だろう。
効果的な施策を打つには?
働く人の待遇・労働条件に対するニーズを満たす手段が人事施策であり、どのような施策を打つかが採用成功を左右するカギとなる。2024年1月~7月に中途採用を行った企業の人事担当者が対象の「中途採用実態調査(2024年)」では、多様な働き方の実現へ、今はしていないが、導入したい施策について質問している。結果は 「週休3日制度」「賃金テーブルの見直し」「人事考課・評価制度の見直し」が上位となった。【図3】
労働時間(日数)・給与・待遇の改善に関連した施策の導入を目指す企業の方向性は、これまでに見てきたような、働くことに自由を求め転職によって自身の現在・将来のキャリアを発展させようとする求職者のニーズと大枠で合致しており、実際に導入することで効果も期待できるだろう。
しかし、実際に企業が新しく施策や制度を導入(改良)することは簡単なことではない。「週休3日制」や「賃金テーブルの見直し」を例に挙げれば、勤務形態や賃金体系を抜本的に見直すという人事部門への大きな負荷が伴う。
さらに言えば、ある会社では大きな効果をもたらす施策であっても、他の会社で同様に作用するとは限らない。労働力の構成や経営方針、企業文化やビジネススタイルによっても働く人が求めるもの、働く人に求められるものはそれぞれの企業で異なるため、すべての会社にとって万能薬となる人事施策を見つけることは難しい。であれば、どのような視点で施策を検討し導入することが効果的なのだろうか。
肝心なのは、自社とのフィット感
人材像の具体化、他施策との適合
経済産業省の人的資本経営の実現に向けた検討会の内容をまとめた報告書『人材版伊藤レポート2.0』(※3)では、人材を資本として捉え価値を最大限に引き出すことで企業価値向上に繋げる人的資本経営の考え方を軸に、「経営戦略」と「人事戦略」を連動させる重要性が指摘されている。
これを実践する上では、経営戦略実現の障害となる人材面の課題を特定した上で『目指すべき姿(To be)』の設定と『現在の姿(As is)』とのギャップを検討すること(As is – To be ギャップの定量把握)が重要であるとされ、以下のような具体的取り組みが紹介されている。
- 人材ポートフォリオ(※4)の目指すべき姿(To be)を検討する上で、必要な人材像をできる限り具体的に定義する
- 現状(As is)に基づき、自社が実行しうる採用・配置・育成等の施策を可能な限り具体的に経営陣が議論する
つまり、経営戦略と人事戦略をリンクさせること、そこから生まれた「自社の戦略」を実現するために必要な人材像を定義し、採用・配置・育成の人事施策に落とし込むことが企業にとって重要であるということだ。【図4】
それは適切な施策か?
近年は企業の採用手法も多岐にわたり、職務内容を軸に人材を採用する「ジョブ型雇用」や、自社を退職した人を再び雇用する「アルムナイ採用」を導入する動きも広がってきた。
トレンドや今の求職者のニーズをおさえることはもちろん重要である。しかし、それ以前に、導入する施策が自社の経営戦略と結びついておらず、既存の人事施策と整合がとれていない場合、十分な採用成果を上げることが難しいだろう。さらに、戦略や既存施策との適合性を欠いた不完全な人事システムは現従業員を含めた働く人の不満を高め、企業のパフォーマンスを低下させる恐れもある。
- 初任給の水準を上げることが本当に個人の業績・組織コミットメントの向上に本当に繋がるのか?
- リモートワークの導入で自社の生産性は向上するのか?組織発展に欠かせない「イノベーション」の創造を阻む要因になることはないか?
- 週休3日制の導入は自社のビジネススタイルにマッチするか?労働時間が制限されてもなお生産性を保ち向上させることはできるか?
- アルムナイ採用が長期の育成・長期の昇進を前提とした昇進モデルと整合するか?現従業員に不平等感を抱かせることはないか?
- 専門人材のジョブ型採用を行う場合、その人材を自社に惹きつけ能力を最大限発揮してもらうための報酬・評価制度は整っているか?
大切なのは、自社とのフィット感である。必ずしも先進的であり斬新である必要はなく、自社の成長戦略やビジネススタイル、既存の人事制度とうまく連動するかどうかが、万能薬がない中で施策の効果を高める1つの手だてとなるだろう。
何を求め、何を選ぶ?
戦略的に採用活動や組織づくりを進めていくために企業に求められるファーストステップは、自社にとっての必要な「人材像」を具体的に定義することだ。この人材像の定義付けは、経験・スキル・年齢・性格・価値観などの個人特性だけでなく、事業が目指す方向性や会社が大切にしている理念、企業文化や職場体質との適合性も配慮する必要がある。
「何を求め、何を選ぶのか」。この問いの主語は、転職活動を行う人であり、企業自身でもある。
働く人が「仕事・組織に何を望むのか」を捉えながら、彼ら彼女らのニーズをうまく施策に反映させる姿勢は、競争性が高まる中途採用市場において一層企業に求められるだろう。
それと同時に、企業自身が「どのような経営目標を達成したいのか、そのためにどんな人材が必要であり不足しているのか」を自らに問い直し、組織的に採用・人事を進めていくことが重要だ。 =終わり=
マイナビキャリアリサーチLab研究員 宮本 祥太
2023年度以降の直近1年間で ①転職した人(800名)②転職活動をしたが、転職していない人(800名)の計1600名を対象にした調査。「転職活動でこだわった点(転職の軸)」は、「こだわりがあった」「こだわりがあった」「どちらかといえば、こだわりがあった」「こだわりがない」、「考えたことはない、わからない」の5択のうち、「こだわりがあった」+「こだわりがあった」+「どちらかといえば、こだわりがあった」の合計値を各項目ごとに算出。
※2 コレスポンデンス分析
複数のカテゴリー間の類似度・関連性を整理、マッピングする分析手法。関連の強いカテゴリーは近くに、弱いカテゴリーは遠くにプロットされる。
経済産業省は、持続的な企業価値の向上に向けて、経営戦略と連動した人材戦略をどう実践するかという点について、2020年9月に公表した「人材版伊藤レポート」が示した内容を深掘りするため、「人的資本経営の実現に向けた検討会」を設置し、議論を重ねた。その検討会の報告書に「実践事例集」を追加する形でまとめたものが「人材版伊藤レポート2.0」。
※4 人材ポートフォリオ
経営戦略・事業戦略に基づき予測された人材(人的資本)の構成。