第3章 チームでのゾーンに入る方法とゾーン状態が続きすぎることの危険性
~ゾーンコントロール術を考える~
変化の多い現代でも成果を出し続けるため、最高のパフォーマンスに繋がる超集中状態=「ゾーン状態」に着目して、集中力のコントロールを考えていく本特集。第2章では、個人がゾーンに入り、維持する方法を理論とインタビューから考察したが、このゾーン状態は個人の活動に限らず、チームでの活動時においてチームメンバー全員で入ることも可能とされる。
第3回となる今回は、まずは理論を元に、図の①②にあたるチームでのゾーン状態である「グループフロー」に入る方法や維持する方法について、必要な点や実際にリーダーレベルの社員がどのようにグループフローを実現しているかを、参考資料やインタビューを基に探っていく。
そして後半では、ゾーン状態が続きすぎることによる燃え尽きの危険性とこのリスクを防ぐために、図③にあたるゾーン状態から「リラックス」モードへ切り替えるために必要なポイントを具体的に探っていく。
目次
チームでのゾーン状態「グループフロー」
第1章で紹介したように、「ゾーン」は心理学者のミハイ・チクセントミハイの提唱した究極の没入状態のことであり、個人の活動に関するものだが、弟子にあたるキース・ソーヤーはこのゾーンがチーム全体で実現されている状態を「グループフロー」と呼んだ。
さらにソーヤーはグループフローを生み出しやすくするためには、次の10の条件を含む環境を用意することが重要だと述べている(K. Sawyer,2015)。
グループフローが生まれやすい環境を作る10の要素
- 適切な目標
- 深い傾聴
- 完全な集中
- 自主性
- エゴの融合
- 全員が同等
- 適度な親密さ
- 普段のコミュニケーション
- 先へ先へと進める
- 失敗のリスク
2章では個人でゾーンに入るための要素を整理したが、チーム単位で考えた場合、上記の10条件を含む環境を整えることでチーム全体がゾーンに入りやすくなると考えられる。
チームメンバー全員が同じ目標を共有し、それぞれにリスペクトを持ち、役職非役職の別なく平等なコミュニケーションを実現できる環境作りが重要になる。
仕事でのグループフロー頻度
今回、マイナビキャリアリサーチLabでは、インターネットアンケート調査を用いて日常の仕事においてグループフローがどれくらい起こるのかを確認した。グループフロー状態を確認するための設問項目としては石村(2014)のフロー体験の頻度の設問を、本調査の目的に合わせて一部変更して使用した。
チームで仕事をしている場合では、グループフロー体験が「ある」と答えた人の割合は合計で28.8%であった(ややある:16.9%、よくある:8.1%、すごくある:3.8%)。
4人に1人以上が、チームの仕事においてもゾーン体験をしているようである。
グループフローはチームメンバー全員がゾーン状態に入っている状況なので、個別のアンケート調査では対象者の想定した状況がグループフローであったのかを判断することは厳密にはできないが、他メンバーも自身と同じような心情だったと思うかを問うことで、主観的ではあるがグループフローに近い状態であったことが確認できる。
次節では、チームメンバー全体で「完全に没入することができ、行うこと自体が楽しいような」体験をしたことがあると回答している対象者に対して、それがどのような体験であったかをインタビューで深堀した結果を紹介する。
グループフローに入るためにチームリーダーは何をするべきか
インタビュー調査からの考察
「仕事でグループフローを実現しているチームとはどのようなものだろうか?」「チームメンバー同士の関係は?」「チーム運営で気を付けていることは?成果は上がっているのか?」など、上述した調査の対象者の中から2名(Aさん、Bさん)の協力を得てチームで仕事をしていて「完全に没入することができ、行うこと自体が楽しかった」時に関するインタビューを実施した。
読者の方々にはご自身の体験とどのような類似点があるか、またどのような違いかあるかなどもぜひ思い浮かべながら読んでいただきたい。
インタビュー調査対象者のプロフィール情報
- Aさん…30代女性・営業職・OA機器販売
- Bさん…30代男性・営業職・法人向け営業ツール販売
グループフロー体験の要因
まずはじめに両者の体験の詳細を見ながら、「完全に没入し、行うこと自体が楽しかった」のはなぜなのかを明らかにする。
――事前に伺った、「完全に没入して、行うこと自体が楽しいような」仕事に関して、具体的に教えてください
Aさん:年に1回全社で自分たちの作成する営業向け資料の自慢大会のようなものをやる。ターゲティングや資料のストーリー、資料作り、リテイクまでみんなで作る。業務終わって定時後にみんなでわちゃわちゃ資料作りをやるのが一番楽しい。
グーグルスライドでみんなで共有しながら資料作成を行うが、ストーリーの細部を個別に担当分けして、自分の担当箇所を理解してそれぞれ作成する。8分の資料だが、はじめはストーリーが長くなることが多いため、チームの3~4人で話し合いをして時間の短縮をするときもチームで楽しんでいる。
チームのメンバーも同じく楽しんでいると思う。昔は人数も少なかったのでオフラインでやっていたが、今はオンライン。メンバーの拠点もバラバラなのでオンラインの方が効率的だし楽しい。非効率だと気になってしまう。
Bさん:飲食事業でレストランを立ち上げた時のMTG。ざっくりアイデアをだしていくところからスタートして意見がばらつく中で、方向性が一つにまとまるのが楽しい。業務の流れとしてはアイデア出し→リサーチ(こんなジャンルがあるのか等)→自分の会社らしさ等も踏まえて、デザイン案を作成→上司へ提案する→外部とのMTGで形つくる・検討する。新規事業立ち上げを行っている間は、普段の営業の仕事はやっていなかった。
最終の方向性が決まってからが楽しかった。カーテンの素材やバーカウンターのデザインや価格調整、メニューなどの形を決めてお店がみえてきて、ブラッシュアップする時間が特に楽しかった。
はじめのときはメンバーから新規事業立ち上げを反対されて、メンバーは消極的でイメージ出しもあまりしてくれなかった。物が形になっていくところから、メンバーも一緒に楽しめている感じがあった。
両者のケースを確認すると、チームでの仕事でメンバー全員が「行うこと自体が楽しい」と感じるのは資料をみんなでリテイクしたり、アイデアをブラッシュアップしたりして徐々に形になっていくところに関係しているようだ。
ただアイデアを出すだけでなく、相互に意見を交わし、リアルタイムで形になっていくことが2章で確認したゾーンに入るために必要な要素の一つとして挙がった「迅速なフィードバック」にも繋がるといえる。
また、仕事を楽しむだけではなく、「完全に没入する」ための工夫もなされている。Aさんの場合は、「集中するためにクライアントからの連絡などが来ない定時後に作業を行う」「メンバーの所在地が散らばっていることもあるが、オフラインで仕事をしてしまうと非効率さが気になってしまう」という。Bさんは「新規事業の取り組みに際し、チームメンバーは普段担当していた営業業務をやっていなかった。」
いずれのケースにおいても、集中を阻害する要因の排除を行っている。何がチームの集中を阻害しているのかを、リーダーが的確に判断することは「完全に没入する」環境づくりのために重要である。
グループフローが起こる環境(チーム)づくり
次に今回インタビューで聴取した内容を先述したグループフローのための10の条件に当てはめて整理し、グループフローが起こる環境づくりがどのようになされているのかを考えたい。
Aさんのケース
このチームの特徴としては、リーダーであるAさんの明確な目標意識がメンバーにも行きわたっており(条件1)、単に全員がフラットに話せるだけでなく、リーダーに直接言いにくいことは経験年数の比較的長い中堅メンバーが間に立って仲介をしながら(条件7・8)、チームが動いている点である。
社内コンテスト用の営業資料作りであるため、インセンティブはあるにせよクライアントを想定した通常業務ほどのリスクは少ないと言えるが、そのような状況でも「1位にこだわる」というリーダーの強い目標意識とグループを対象とする報酬(評価・インセンティブ)が、チームの共通目標としてメンバーにも浸透しており、チームの原動力となっていると考えられる。
一方で強いリーダーシップを持つAさん一人がチームを引っ張るというわけでは無く、経験年数の長く、「若手の意見を汲み取って」くれる信頼のおける中堅層が「若い世代の意見が分からないことがある」というAさんと若手との緩衝材になっている。
以上のような「リーダー自身の強い目標意識とメンバーへの動機付け、チーム全体がフラットな雰囲気になれる緩衝材的人材の存在」が、チーム基礎となってグループフロー体験につながったと考えられる。
Bさんのケース
一方でBさんのケースでは、新規事業立ち上げは会社からの指示でチームの普段の業務内容とは全く異なるプロジェクトであった。
そのため、メンバーは「最初は不満を持っていた」が、「あれやってこれやってと仕事を振ることをメンバーに対して行ったり、仕事の全体像をみせるようにした」ところだんだんとメンバーが主体的になり、アイデアをブラッシュアップしたり形になっていくにつれて楽しさ・集中力が高まったという(条件4)。
Bさんは普段から「チームとして働く」ことに気を配っており、メンバーにもそのような意識を持ってもらうよう普段から「後輩に先輩をつけ見てもらう」取り組みを行ったり、「仕事の悩みはチーム全体でフォームで共有したり」している。
このような環境だからこそ、メンバーは新規事業立ち上げの際にも安心して不満を表出でき、その不満をリーダーが敏感に察知し、対応できたのだろう(条件7・8)。
また、チーム作りで注意していたことを聞くと「お互いが監視をするグループにならないことが大事」という指摘もあった。メンバー間の平等やコミュニケーションなどはグループフローの起こりやすい環境づくりに必要なことであるが、情報の透明性が高いからこそ、お互いに仕事のやり方ややる気を監視できてしまうことへの警戒が表れている。
このようにフラットであるが故の危険性に目を配りつつ、「普段からチームとして働く意識を持ってもらい、成功も悩みも共有できる情報の透明性がある」ことが、グループフロー体験の土台にあると考えられる。
以上の2ケースから、グループフロー体験があったことは共通であっても、そのチームの在り方やリーダー像には差異があることがうかがえた。
キース・ソーヤーはグループフローが起こりやすい環境を作るための10の条件を整理したが、2名のインタビューの共通点からグループフローの起こるチーム作りの際に特に重要なこととしては条件7・8が挙げられるだろう。例えば、Aさんのチームでは、中堅層が仲介に入ることでコミュニケーションが円滑になっており、Bさんのチームは、仕事の悩みをチームで共有する仕組みによって不満への対応を素早く行うことができていた。
いずれのチームでも年齢など異なる属性の集まるチームのコミュニケーションを最適化する仕組みが存在している。
2章で確認した個人でのゾーンに必要な要素として「目標が明確であること」「迅速なフィードバックがあること」「スキルと挑戦のバランスが取れていること」に加えて、チームでのゾーン体験であるグループフローに必要な要素としては日ごろからのメンバーの関係性作りが鍵になるだろう。
ゾーンが続きすぎることの危険性とその対処法
特集ではこれまで、2章で個人のゾーン体験、本章の前半でチームのゾーン体験について考察した。
個人においてもチームにおいてもゾーン状態になれば高いパフォーマンスを期待することができる。仕事に没頭し、それ自体を楽しめればそれは理想の状態のように思える。加えて、個人においては「変化を見つけたり、作り出すこと」でゾーンを維持しやすくなることを紹介した。
グループフローにおいては、個人ほどこの「ゾーンの維持」は難しくないと思われる。なぜなら、自分以外のメンバーの意見や行動がある種の「変化」につながり、また複数人で共同的に働くことは多少なりとも緊張感を伴い、集中力を持続させることにつながるからだ。
しかし、このようなゾーン状態の持続は「常に」良いものであって、全ての個人やチームが「全ての業務」で目指すべき理想だろうか。ここからはゾーン状態が続きすぎることによる危険性とその対処法について考える。
ゾーンが続きすぎることの危険性
運動をし続ければ身体的に疲労するのと同様に、集中し続けるとなんとなく頭がボーっとして疲れてしまう経験は誰しもあるだろう。精神医学臨床学者のスリニ・ピレイも集中しすぎることの弊害について「むしろ集中がほかの依存症と同じくらい脳にダメージを与えることもあるという事実を理解しておくべきだ」と指摘しており、集中しすぎている状態を「集中依存」と呼んでいる。
特に仕事の場合では「集中依存」は起きやすいのではないか。加えてチームで同時に仕事を行う場合には、複数人であることや管理者がいることによる拘束力も生まれ、自分の意思ひとつで集中の加減をコントロールすることが難しい場合もあるだろう。
本インタビューでも、集中できる環境にするために「定時後の時間を使っている(Aさん)」ことが挙げられた。インタビューの事例は年に何回もないこともあり、メンバーも納得している様子の事例であったが、仮に頻度が上がっていけばそれだけ拘束時間は伸び、集中依存になってしまった可能性もある。
集中依存から短期間で回復できるならばまだ良いが、自分一人でブレーキをかけられずにある時突然精神的に燃え尽きてしまったり、うつ病を発症したりと、病に繋がる危険さえあるのだ。
ゾーン状態を続けすぎないためのリラックスの習慣作り
スリニ・ビレイは過度に集中しすぎて疲弊しないために、「脳を非集中モードに切り替える習慣」を身に着けることが大切であると説く。つまり波の図の③で示しているように、適度なタイミングで集中を解き、リラックスモードへ切り替えるのだ。
習慣を自然に身に着けることは難しい。特に仕事の場面においては、業務時間全てで外部からの干渉を無くして働くことは不可能だろう。まずは自分でコントロールできる時間とできない時間を振り分け、コントロールできる時間の中で自分に合ったリラックス(物思いにふける、体を動かす、瞑想をするetc… )を行えることがベストだ。
働き方改革も徐々に進み、時間の側面ではフレックスタイム制など、場所の側面ではリモートワークやフリーアドレス制など、働く環境の自由度も増している。 自分の労働環境が、リラックス習慣を身に着けるのに適しているかという観点で振り返ってみることが大切だ。
3章まとめ
ここまで、チームでのゾーン状態である「グループフロー」に入る方法やチームがグループフローに入るためにリーダーはどのような環境作りをすると良いかを見てきた。
インタビューの結果から、日ごろからチームの目標をメンバーに浸透させることや、異なる属性間のメンバー同士でのコミュニケーションを円滑にすることなどが特に重要であること示唆された。
個人でのゾーンやグループフローは仕事の成果にも関係するが、常にそれを目指し、集中しすぎることの危険性についても考察した。集中しすぎると思わぬ疲労を蓄積させ精神的に燃え尽きてしまう可能性もあるため、それを防ぐためのリラックスの習慣作りの大切さを指摘した。
次章では、本章の最後に述べたリラックスについて燃え尽きの予防的側面だけでなく、創造性を発揮するのに有用であることやゾーンに入る前にも必要であることを紹介し、本特集全体のテーマである「ゾーン」⇔「リラックス」の良い波(サイクル)をどう作っていくかを考えたい。
キャリアリサーチLab 「ゾーンコントロール術」特集メンバー
<参考文献>
・K. Sawyer, Group Flow and Group Genius, The NAMTA Journal. Vol. 40, No. 3(2015)
・石村郁夫 (2014)『フロー体験の促進要因と肯定的機能に関する心理学的研究』 風間書房 71-80
・スリニ・ピレイ(2018) 『ハーバード×脳科学でわかった究極の思考法』 ダイヤモンド社 16-20