本シリーズでは、学びと仕事の関係がどのように「標準化」されてきたのかを振り返りながら、「標準なき時代」における多様なキャリアの入口と、その後のキャリア形成のあり方を再考しています。
シリーズ第4回となる本稿では、高卒就職という「もう一つの主要な入口」の実態と機能、そして今後の制度設計のあり方について、高卒就職に関する研究を長年にわたり重ねてこられた独立行政法人 労働政策研究・研修機構(JILPT)の堀有喜衣氏にうかがいました。
新卒一括採用や高卒就職で一般的な学校経由の就職といった日本型の移行支援は、国際的にみても若年失業率を低く保ってきた一方、その硬直性が指摘されることも少なくありません。しかし、そのイメージは実態とどこまで重なっているのでしょうか。堀氏には、高卒就職独自の慣行について、その機能と限界の両面からお話しいただきます。
本稿は連載「標準なき時代にワークキャリアの入り口を再考する」の第4回となります。
堀 有喜衣(ほりゆきえ)
独立行政法人 労働政策研究・研修機構
人材開発部門 統括研究員
2002年お茶の水女子大学大学院単位取得退学。同年より日本労働研究機構(現:労働政策研究・研修機構)研究員。2015年お茶の水女子大学より博士(社会科学)取得。『高校就職指導の社会学』『フリーターに滞留する若者たち』(共に単著・勁草書房)など著書・共著書・報告書多数。
高卒就職における日本独自の慣行とその変遷
Q:高卒就職という入口は、日本の若者の学校から職業への移行において、これまでどのように機能してきたのでしょうか。国際比較の観点も含めて、その特徴をお聞かせください。
堀:日本的な高卒就職の仕組みは、日本にしかない独特の慣行です。ただ、時代によって形を大きく変えてきていますので、まずはその変遷からお話しします。
戦後間もなく、高卒が「高学歴」だった時代がありました。その後、新規学卒者の中心が中卒から高卒に移っていくのが、高度成長期にあたります。続く1970年代から80年代にかけて、高卒就職の仕組みは非常に安定していきました。この時期は、新卒採用のなかで高卒者がもっとも多かった時代でもあります。
1970年代から90年代前半にかけてが、高卒就職がもっとも安定していた時期で、この頃に、今の高卒就職慣行の原型ができあがったといえるのではないでしょうか。その後、就職氷河期を経て、高卒就職は大きく転換します。
1997年には新規学卒者の中心を大卒者が占めるようになり、その後、高卒採用は縮小を続けました。しかし、2015、6年頃からは人手不足を背景に採用環境が急速に上向き、現在は売り手市場が続いています。
私は就職氷河期の少し前の時期の指導を「80年代型高卒就職指導」と呼んでいますが、この時期の高卒就職は評価が高く、他国にはない仕組みだとされていました。大卒就職はどの国でもおおむね個人単位で行われますが、日本の高卒就職の場合は高校や行政が深く関わることで、安定した移行が可能になってきた点が、国際的にも高く評価されていました。
もちろんこの前提には新卒一括採用がありますが、新卒一括採用そのものは、当初は高卒就職者にはあまり適用されていませんでした。大半の高卒就職者に適用されるようになったのは高度成長期のことで、それから70年ほどが経過していることになります。就職氷河期には、新卒一括採用の仕組み自体はあっても、高卒者がその枠組みに乗れない時期があり、非常に厳しい状況に陥りました。
このように、時代によって形が大きく異なるのは、高校進学率・大学進学率の変化と、人手不足かどうかという雇用状況の変化という、2つの要因によるところが大きいと考えています。
高卒は大卒に比べて景気の影響をはるかに受けやすく、その意味で景気変動に対して弱い立場に置かれやすいといえるのではないでしょうか。これはどの国でも同様の傾向があり、大卒より非大卒の方が、中年より若者の方が、景気変動の影響を受けやすいのと同じ構造です。現在の高卒就職における求人倍率はバブル期を上回っていますが、たとえばリーマン・ショックの際には、大卒以上に高卒が直接的な打撃を受けました。
新卒一括採用という仕組みがほとんどの若者に適用されている社会は、他にはありません。多くの国では高校生・大学生も含めて日本のように在学中はに就職活動を行わず、卒業後に自分で職を探すことになります。日本のように若年失業率が低い国の例としては、企業に訓練生として採用され、2、3年の訓練を経て正社員に移行するドイツの「デュアルシステム(※)」が挙げられますが、これも日本の高卒就職とは異なる仕組みです。
(※)職業訓練における若者の「希望と妥協」(JILPT)
「一人一社制」への批判をどう読み解くか
Q:「一人一社制」をはじめとする高卒就職の慣行は、しばしば批判の対象となってきました。先生のご研究では、こうした制度の機能と限界をどのように整理されておられますか。
「一人一社制」は実際にどのように運用されているか
堀:就職氷河期に高卒就職が大きく悪化し、最初の批判はおそらくこの頃に集中したと記憶しています。当時は今よりも、高卒就職の慣行が厳格なルールとして守られていました。もともと法律で定められた制度ではなく、破ったからといって罰則があるわけではないのですが、それでも多くの学校・企業がこの慣行を守っていた時代です。
この時期、求人そのものが減り、就職が決まらない生徒が続出したことを受け、求人減という要因に加えて慣行自体にも課題があるのではないかという議論が起こり、2002年に初めて国による高卒就職慣行の整理が行われました。
それまで「一人一社主義」として各高校がそれぞれの方針で進路指導を行っていたものが、2003年からは都道府県ごとに方針を定める仕組みに変わり、これは現在も続いています。
一人一社制は何かにつけて注目を集めますが、研究者の多くは、一人一社という点よりも「学校が深く関与する、学校経由の就職である」という点を重視しています。学校が間に立つ結果として、一人が一社ずつ決めていく形になっている、というのが実態に近い理解です。大学の指定校推薦のように、基本的に一校ずつ出願する仕組みに近いものと捉えられるのではないでしょうか。
もう一つの柱が、学校推薦と、いわば就職協定的な運用(以下、就職協定を呼ぶ)です。高卒の採用スケジュールは、大卒のスケジュールとは異なり、かなり厳格に守られています。その一因は、一度ハローワークに求人票を提出し、内容を確認してもらう仕組みが組み込まれているため、早期化しづらいという点にあります。学校推薦、一人一社制、就職協定の3つが、高卒就職の慣行を支える柱になっていると考えています。
労働研究とは離れますが、私の専門である教育社会学では、希望が重なった場合に誰を学校推薦するかが長年の研究対象になってきました。かつては「成績の良い生徒を優先して推薦する」といわれてきましたが、私が分析した限りでは、そうした運用がなされた高校は半数程度にとどまり、残り半数近くの高校はそうではありませんでした。
さらに、最近では希望が重なった場合でも、成績によってあらかじめ学校側が推薦する生徒を決めてしまうケースは大きく減っています。背景には保護者の声の高まりがあります。指定校推薦のように内申点などの基準で明確に決められるものとは異なり、就職活動では、人手不足だと基準が緩くなり、人手が余ると厳しくなるため、学校側も成績だけで線引きをするような判断がしづらくなっています。
かつては希望が重なってしまい「難しいと分かっていて受けさせるより、受かる可能性が高い企業を勧めた方が良い」という指導が一般的でした。しかし現在はそうした指導が減り、生徒の応募希望が通りやすくなっています。
一人一社制という慣行自体は今も変わっていませんが、生徒が望めばその企業を受けられるような状況になっており、校内での運用方法が大きく変わっている点が、変化のポイントだといえます。
複数応募制はなぜ定着しないのか
堀:複数応募を認める都道府県は増えてきていますが、実際にはほとんど利用されていません。私自身、もう少し利用が広がるだろうと考えていたので、意外な結果でした。
高校生の多くは、複数の企業に同時に応募したいわけではないようです。高校生は大学生に比べて若く、不合格になることの心理的ダメージが大学生とは比較にならないほど大きいこと、そして応募に必要な準備を並行して進めることが精神的にも難しいことが背景にあると考えられます。
加えて、複数応募をしたいと思うのは人手が余っていて「落ちるかもしれない」と感じる局面であり、現在のような人手不足の局面では、そもそも複数応募のニーズ自体が高まりにくいのだと思います。
このほか、就職協定により、高校3年の7月1日以降に求人が解禁されますが、実質的には1学期の期末試験以降に就職活動を始めるのが通例です。クラブ活動が夏まで続く生徒も多く、大学生のように就職活動に多くの時間を割く余裕がないことも背景にあるのではないでしょうか。
「一人一社しか受けられずかわいそうだ」という見方もよく耳にします。ただ実態に目を向けると、複数社を同時に受けられないということ自体よりも、高校生側にそもそも複数の企業を並行して応募の準備を検討するだけの余力がないという事情が大きいように思います。
多くのハローワークからは企業側に「2週間程度で結果を出してほしい」というお願いがなされており、大卒のように面接や適性検査など複数の選考プロセスを重ねる形とは異なり、地域によって差はありますが、1回目の選考でおおむね7割が内定に至っています。
こうした事情は、地方の労働市場の構造とも関係しています。近年、地方では高卒就職希望者そのものの数が非常に少なく、労働市場が小さいために、むしろ企業側で人材の取り合いになりやすいです。特に今のような人材不足の状況であれば、生徒が「落ちるかもしれない」と身構える必要が小さいため、複数応募の制度が用意されても、利用は広がりにくいのだと考えられます。その意味で、一人一社を基本とする現在の仕組みは、18歳という年齢の実状によく合ったものだといえます。
ただし、その運用は時代とともに変わってきました。かつて生徒数が多かった時代は、厳格な運用でなければ回らなかった面がありますが、生徒数が大きく減った現在は、良くも悪くも一人ひとりに手をかけられるようになっています。もっとも、高卒就職において学校の先生が果たす役割が非常に重要である点は、今も昔も変わっていません。
求人倍率と定着率が示す意識の変化
Q:高卒就職システムや若者本人の意識はどのように変容してきたのでしょうか。求人倍率や定着率、転職をめぐる動向など、長期的な実証データから見えてくる傾向をお聞かせください。
堀:まず求人倍率についてですが、大卒に比べても変動が激しい指標です。現在、求人倍率は高くなっていますが、それは高卒者への需要そのものが高まっているというより、高卒就職希望者が圧倒的に少なくなったことによる面が大きいといえます。求人数が大きく伸びているというより、求人数に対して就職希望者数が減った結果、求人倍率がバブル期を超える水準まで押し上げられている、というのが実態に近いのではないでしょうか。これは日本社会全体の問題でもあります。
また、高卒者の定着率は(大卒に比べて)特に低いと誤解されがちですが、実際には逆の傾向にあります。早期離職率(就職後3年以内の離職率)は、むしろ大きく下がってきています。ピークは就職氷河期で、いわゆる「七五三」と呼ばれたように高卒の早期離職率はおよそ5割に達していましたが、現在は30~40%程度まで下がり、大卒の早期離職率に近づきつつあります。
要因としては、マクロな労働需給の変化に加え、就職希望者の人数が減ったことで、きめ細かい就職指導が可能になった面があるのではないかと考えています。かつて希望が重なった場合に成績によって機械的に生徒を選抜していた時代は、選ばれなかった生徒の離職率が高くなる傾向がありましたが、現在は希望が重なっても学校側が応募者を決めるケースが減ったことで、そうした傾向も薄れてきているように感じます。
なお、転職をめぐる動向については、大卒(22歳)と高卒(18歳)の年齢差が影響しているように思います。18歳の方が、より試行錯誤を重ねたいという気持ちを持ちやすい傾向はあると思います。離職後にすぐ正社員として再就職する割合は大卒の方が高く、高卒の場合はまだ進路に迷っている段階にあるケースが多いようです。大卒にはキャリアアップを目的とした転職という発想がありますが、高卒ではこうした発想は相対的に少ないと考えています。
メンバーシップ型からジョブ型への移行が高卒就職に与える影響
Q:高卒就職者のその後のキャリア形成について長期的な見通しと、現時点で見えてきている実態について、特に、近年議論されているジョブ型雇用への移行やスキルベース組織への転換が進むなかで、高卒就職という入口にはどのような影響が考えられるかについてお聞かせください。
堀:世間では「メンバーシップ型からジョブ型へ」という議論が広がっていますが、高卒採用はもともと基本的にジョブ型で、販売職や技能職といった職種別採用が中心です。総合職として一括採用される大学生とは対照的な仕組みです。
数年前から、高卒者を総合職として採用したいという企業も出てきましたが、これは企業側としては高卒者を厚遇するつもりだったのだと思います。しかし実際には、高校にも生徒にも受け入れられていません。
18歳の段階では、どのような仕事に就くのか分からない総合職に対して抵抗感を持つ生徒が多く、これは大学生にも共通しうる感覚かもしれませんが、18歳ではなおのことです
もう一つの課題は、高卒就職者の出身学科として、普通科が依然としてもっとも多いという点です。職業教育を受けないまま、いきなり労働市場に出る生徒が多いということです。商業科・工業科は少子化に伴う統廃合の影響で減少傾向にあります。設備投資などのコストが高い商業科・工業科は統廃合の対象になりやすく、結果として総合学科・普通科的な学びに集約され、職業教育を受けない生徒が今後さらに増える可能性があります。
普通科では、生徒が希望すればそのまま受けさせる形が中心で、応募前職場見学などを通じてミスマッチを減らす工夫がなされています。一方、商業科・工業科は長年の企業情報の蓄積があり、生徒にどの企業が向いているかを具体的に助言できる強みを持っています。本来は職業教育を受けた学校からの就職が望ましい面もありますが、実際には普通科出身者が多いという点が課題として残っています。
もう一つ大きな課題が「高卒女性」の問題です。高卒男性は製造業の技能職に就くケースが中心ですが、高卒女性は飲食・宿泊業など人手不足の業界には就職できるものの、そうした業界自体が高卒・大卒を問わず定着しにくい構造にあるため、なかなか定着に至りません。
その結果、勤続年数に応じて上がっていくはずの賃金カーブが、高卒女性の場合は伸び悩み、賃金が上がらないために定着もしないという悪循環に陥りやすい状況にあります。高等教育を受けて医療福祉系の資格を取得するという選択肢もありますが、高卒段階で取得できる医療系資格はほとんどなく、特に地方においては定着できるような職場そのものが少ないという、大きな課題があると考えています。
近年、生成AIのような技術革新によって仕事が奪われるという論調がありますが、高卒ブルーカラーはこれまでも技術革新に対応してきました。かつて製造業で技術革新により業務そのものがなくなる際には、配置転換によって対応してきたのです。この配置転換に必要となるのは、結局のところ基礎学力です。「高卒就職だから学力は問われない」というイメージを持たれることがあるかもしれませんが、そうした理解は実態と異なり、基礎学力がなければ配置転換自体が難しくなります。
かつては、配置転換が職業人生のうち1、2回程度で済んでいましたが、今後はジョブの内容自体が変わっていく時代になり、70歳まで働くことを前提とすれば、職務が5回程度変わることも起こり得ます。
学び直しと、学校から仕事への「行き来」については、高卒で就職したあとに大学へ入り直して学位を取得することに重きを置く動きがあるかというと、その点はまだ判然としません。むしろ、職業資格を取得する形でリスキリングが進む可能性の方が高いように思います。
そうした資格取得プログラムを大学が提供するようになったり、マイクロクレデンシャル(科目やスキルごとに発行される修了証)のような形で大学の単位の一部に組み込まれていくようになったりすれば、可能性は広がるかもしれません。
結局のところ、職業資格を持つことに社会的な価値(たとえば、取得によって給与が上がるなど)が伴わなければ、資格取得へのインセンティブは働きにくく、現状では資格を取得しても待遇面での変化がわずかにとどまるケースが多いのではないでしょうか。
大卒者には大学もしくは大学院などで学び直すという発想がある程度浸透していますが、高卒の場合、学校を活用して学び直すという発想はあまり見られません。これは悪いことというわけではなく、早期に労働市場に出たいという意思を持って就職を選んだ人たちだからこそ、そうした志向が相対的に低いのではないかと捉えています。
もともと高卒採用の経験がある企業には人材育成のノウハウが蓄積されていると思いますが、一方で、最近新たに高卒採用を始めた企業がどのように対応しているかは、正直なところ気がかりです。18歳と22歳とでは前提となる社会経験が大きく異なるため、18歳の経験値に合わせた形で人材育成をすることは非常に重要だと考えます。
ただし、大卒を採用できないから高卒を採用するという流れ自体は、必ずしも悪いことではないと思います。1990年代後半に高卒から大卒へと採用対象を切り替えた企業のなかには、その後人手不足の時期に「大卒でなくても良かった」として高卒採用に戻った企業も少なくなくありません。その際に高卒者を育てる経験を積めれば、その後も高卒採用が定着していく可能性があります。