「疲れたから休む」から「先を考えて休む」へ-全日本空輸(ANA)の整備部門が取り組むパワーナップ活用

キャリアリサーチLab編集部
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働く人の生産性は、スキルや業務量だけでは測れないといわれています。近年、「休憩の質」が注目を集めており、なかでも15分から30分程度の積極的仮眠「パワーナップ」は、認知能力や注意力を回復させる手段として実証研究が進んでいます。しかし多くの職場では、休憩は依然として個人任せであり、組織として取り組む事例はまだ少ないのが現状です。

全日本空輸株式会社(ANA)の整備部門は、2025年2月にパワーナップ専用チェア「TOTONE(トトネ)」を羽田・成田の整備施設に導入し、仮眠を職場文化として根付かせる取り組みを進めています。高品質の整備で飛行機の安全を守るために、常に集中力が求められる整備士・技術スタッフのために、組織はどう「休み方」に向き合ったのか。当時、導入をご担当された整備センター教育訓練部の関根さんと、品質保証室の渡部さんに話を聞きました。

プロフィール写真

関根浩樹(写真左)
全日本空輸株式会社 整備センター 教育訓練部 教育訓練企画チーム リーダー
2006年、ANAに入社。整備士として国家資格を取得後、ANAグループ全ての飛行機に対する整備生産計画策定部門や整備部門全体の方針を定める整備企画部門、 飛行機と整備士自身の安全と仕事の品質を維持・向上させるための制度や仕組みの設計を担う品質保証部門を経て、2026年より、教育訓練部門に従事。

渡部奈美(写真右)
全日本空輸株式会社 整備センター 品質保証室 品質企画チーム
2006年、客室乗務職としてANAに入社。国内線、国際線のチーフパーサーとしての乗務。ANAグループで働く社員が安心していきいきと活躍できる環境整備に携わりたいとの思いからエキスパートスタッフ職に転換。2023年より整備センター品質保証部門に従事。

規定・教育では届かなかった「見落としや思い込み」というリスク

質問:整備士・技術スタッフにおいてパワーナップ制度を導入したきっかけを教えてください

関根:整備士・技術スタッフの仕事は、自分達の安全を守りながら高品質の整備でお客様に安心してご搭乗いただける飛行機を提供するために、常に高い集中力を必要とします。これまでは規定・マニュアルの充実やチェックリストの活用、教育といった仕組みで確かな安全を支えてきましたが、人の生理的な側面に起因する安全・品質面のリスク、すなわち不注意や錯覚、思い込みに対しては、個人の自己管理に委ねており、組織としてアプローチできたら、整備士や技術スタッフの一人ひとりが、より一層安心して働くことができるのではないかという想いがずっとありました。

TOTONE(トトネ)/全日本空輸株式会社ご提供
TOTONE(トトネ)/全日本空輸株式会社ご提供

そこで着目したのがパワーナップです。15分から30分程度の積極的仮眠によって脳がリフレッシュすることで認知能力や注意力が向上するということが実証実験でも確認されており、高い集中力を維持するための後押しになると考えて導入しました。2024年頃、一人ひとりが確実にパワーナップ効果を得ることができる施設を探していた時に、外部の研修でトヨタ自動車様がTOTONE(トトネ)の開発に着手していることを知り、「これだ」と思ったことがきっかけです。開発者と直接コンタクトを取り、製品の開発状況を聞きながら企画を進め、利用する側のスタッフも巻き込んだプロジェクト体制で実現させることができました。

使い心地が良いこと、寝やすい姿勢をつくり、音と背もたれが温かくなることで眠りをアシストしてくれること、時間になると背中のクッションが変形するとともに、徐々に明るくなり、音も流れることで、ストレッチをしながら確実に目覚めることができることが魅力的で、サイズ等も勘案し、導入を決めました。 実際に、仮眠をとるということへの抵抗感、確実に起きることができるかという不安感、使いやすい環境というハードルを乗り越えることができ、利用が促進されています

高水準の稼働率。広がる「脳のリフレッシュ」実感

質問:パワーナップ制度の導入から1年以上経過していますが、現在の利用状況はいかがでしょうか。また、どのように効果を感じていますでしょうか

インタビュー中の様子

関根:昼休みや夜勤の休憩時間を中心に空きがほとんどない状況で、1台あたり1日4〜5回稼働、利用時間は30分程度が中心です。「リフレッシュできた」「脳がすっきりした」「疲れがとれた」という声が届いており、脳のリフレッシュというパワーナップ本来の効果を感じてもらえているという手応えがあります。

私自身も、企画を練る仕事で頭が疲れた時、リフレッシュした直後に良いアイデアが降りてくる、という経験がよくありましたので、それを戦略的に再現してくれるパワーナップ効果を積極的に利用しています。

また、女性・男性・若手・ベテランを問わず利用していただけているのは意外でした。衛生・清潔面への配慮が女性の利用につながり、ベテランにも受け入れられているのは非常に良かったと思っています。

組織が環境をきちんと準備したということ自体が、安心して働ける環境につながり、一人ひとりのモチベーションやエンゲージメントの向上にもつながっているのだろうと感じています。

渡部:利用した社員からは「想像以上によく眠れた」という声や、休憩後の「パフォーマンスの向上につながった」という実体験の声が届いています。また、現在は羽田と成田に導入していますが、他の地区からも「ぜひ導入してほしい」という声をいただいており、社内での期待が高まっています。

このような施設があること自体が、社員にとって安心して働ける環境の整備につながっていると感じています。私どももパワーナップを単なる制度にとどめるのではなく、職場の文化として根付かせることで、すべての基盤である「安全品質」を、さらに高めていきたいと考えています。社員一人ひとりがその価値を実感しながら、より高い品質で業務に臨める環境をつくっていければと思っています。

課題と要望をフィードバックしながら、さらに使いやすく

質問:導入の際にねらっていた効果と実際に感じられている効果に乖離があれば教えてください。また、運用を始めてから明らかになった課題があれば教えてください

関根:運用上の当初の課題としては、操作用タブレットの置き場が挙がりました。仮眠の際に操作用端末を体の上に乗せるのは違和感があるため、会社独自にスタンドを準備して解決しています。また、現在は視覚・触覚・聴覚の3つで眠りをアシストしていますが、嗅覚──アロマを活用したらどうかという提案も上がっています。

TOTONEについてはANAを研究開発施設に指定していただいていますので、こういった要望をフィードバックしながら製品の成長にも貢献していきたいと思っています。そして、個人的には、TOTONEの成長を通じてパワーナップを文化にしていきたいと考えています。

導入のねらいは、不注意や錯覚、思い込みなど、人の生理的側面に起因する安全・品質面のリスクを低減することでした。因果関係はまだ分析中ですが、「頭がリフレッシュした状態でリスタートを切れた」という声は届いており、手応えは感じています。ヒヤリハットとの紐付けについては、人の生理的側面が原因かどうかを特定することには難しさがありますが、現在、分析を進めているところです。

渡部:導入から1年が経ち、利用実績等のデータも揃いつつありますので、今年度中に資料としてまとめたいと考えています。導入前の状況や活用による変化に加え、ヒヤリハット報告における好事例とパワーナップ活用との相関関係(因果関係)についても、実際に報告された方へのヒアリングを交えながら整理していく予定です。 効果が数字として明らかになれば、他の職場や空港への展開を進める際の根拠にもなりますし、社内への説明もより具体的にできると考えています。

「疲れたから休む」から「先を考えて休む」へ

質問:この取り組みを通じて、休憩の取り方に対する意識はどのように変化しましたか

インタビュー中の様子

渡部:パワーナップという言葉がそもそも浸透していなかったところからスタートしていますが、導入を通じて「少し疲れを感じたら積極的に仮眠をとろう」という意識が現場の整備士や現場を支えるスタッフにも広がってきていると感じています。常にベストな状態で日々の業務に望むために、「疲れを感じたら、しっかり休む」という、予防的な意識への変化が生まれています

また、入眠した後の起床のタイミングがパワーナップの効果に影響することが昨今の研究で明らかになってきています。最適なタイミングで起こしてもらえるような仕組みづくりについても、トヨタ自動車様と連携して進めています。そういったものも順次導入できれば、社員が安心して業務に当たれる環境がさらに整うと考えており、引き続き取り組みを進めていきたいと思っています。

関根:「疲れたから休む」ではなく、「休憩の後を考えて戦略的に休む」という意識が生まれてきているのを感じています。その後の仕事で自分の能力を最大限発揮するために今休む、という考え方への変化です。夜勤明けに施設でしっかり休息をとり、続く休日を充実させるために活用している方もいらっしゃいます。仕事だけでなく余暇のためにも「先を考えて今休む」という意識が広がりつつあるのではないでしょうか。

整備部門を超えて、パワーナップを社会の文化に

質問:今後の展望として、業務効率を上げるために取り組んでいきたいことがあれば教えてください

関根:個人的には、「デジタル技術×人×パワーナップ」を考えています。

まず、デジタル技術の活用という観点では、ドローンによる高所点検やAI画像判定の導入、さらにスペシャリストが遠隔から映像を通じて現地スタッフを指導する遠隔整備支援も検討を始めていて、これまで人がやっていた業務のデジタルへの置き換えを図ります。

続いて、デジタル技術を駆使して、パワーナップを進化させます。自分の疲労の状況をデジタル技術でアラートとして知らせてもらい、戦略的にパワーナップをとる仕組みへと発展させていきたいというのが個人的な構想です。

このように、「デジタル技術×人×パワーナップ」で、人が人にしかできない仕事に常にベストコンディションで臨めることで、パフォーマンスが最大限に発揮できる環境を整えていきたいと考えています。そのことが、結果的に安心して仕事に臨むことができる環境につながると考えています。

パワーナップは、整備部門にとどまらず社内の他職種や全国の拠点にも展開していきたいと思っています。トヨタ自動車様と連携してTOTONEをより良い製品にしながら、社会全体にパワーナップを文化として根付かせることにも貢献していけたらと思っています。

渡部:ハード面のデジタル化と、ソフト面のケア、この両輪で進めていくことが重要だと考えています。デジタル技術で業務を効率化しながら、同時に働く人の状態を整えるソフト面の取り組みも欠かせません。TOTONEはまさにその一つであり、こうした取り組みを通じて、人が本来担うべき仕事に集中できる職場環境をつくっていきたいと思っています。

矢部栞
担当者
キャリアリサーチLab編集部
SHIORI YABE

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