ウェルビーイングから捉える地域活性化とキャリアの新しい関係性

キャリアリサーチLab編集部
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キャリアリサーチLab編集部

本稿は「地域活性化から創る新たなキャリアの選択肢」連載企画の第3回となる。ウェルビーイングを地域活性化とキャリアの接点として捉える考え方についてご説明いただいた。

「地域活性化から創る新たなキャリアの選択肢」第1回、第2回の記事はこちら


高尾 真紀子(たかお・まきこ) 
法政大学大学院地域創造インスティテュート/キャリアデザイン学部 教授

高尾 真紀子(たかお・まきこ) 
法政大学大学院地域創造インスティテュート/キャリアデザイン学部 教授

東京大学文学部社会心理学科卒業。早稲田大学大学院公共経営研究科(専門職修士)。長銀総合研究所にて、経済調査、産業調査(流通産業・ヘルスケア産業)に従事、価値総合研究所主任研究員(企業コンサルティング、官公庁の受託調査に従事)を経て、2015年4月より現職。現在の研究テーマは、地域政策と幸福度、地域通貨とウェルビーイング、シニア世代のウェルビーイング、介護政策研究など。

著書:高尾真紀子編著(2025)『みんなでつくる幸せなまち 地域ウェルビーング』三恵社

地域活性化とウェルビーイング

2014年に始まった地方創生(まち・ひと・しごと創生法)では、人口ビジョンを作成することが求められ、地方自治体はどうやって人口を増加させるか、または人口減少を食い止めるかの施策を競いました。

しかし、10年が過ぎ、全国的に人口減少がより一層進む中で、2024年に発表された地方創生2.0では、人口減少を食い止めるのではなく、人口が減少する中でどのように住民のウェルビーイングを向上させるのかという視点が重要になっています。富山県や岩手県、静岡県など地域の目標にウェルビーイングを掲げている自治体も増えています。

かつての地域活性化政策は、企業誘致やインフラ整備などで、いかに地域に雇用を創出し、経済を成長させるかが主眼でしたが、近年では、住民の域内域外のつながりを促進し、いきいきと働くこと、幸せを実感できることも地域活性化と考えられるようになっています。

地域への移住だけを目指すのではなく、いかに地域に関わってもらう関係人口を増やすかも課題です。

島根県隠岐郡の海士町は、廃校の危機にあった高校に全国から入学者を集める「島留学」で注目を集めましたが、さらに若者に3か月から1年働きながら島に住んでもらう「大人の島留学」、そして町外に住む人にアンバサダーとして地域の活性化に貢献してもらう「アンバサダー制度」を立ち上げ、継続的に海士町に関わってもらう関係人口を増やす取り組みを進めています。

高知県高知市(旧土佐山村)の土佐山アカデミーでは、都市に住む大企業の社員を受け入れ、地域の課題を資源として学んでもらう研修プログラムを提供しています。どちらの例も関係人口となる都市の人たちが地域の課題を解決しながら、自らのキャリアを見つめ直し、ウェルビーイングを高める機会を提供しています。

ウェルビーイングを実現する働き方

ウェルビーイングという言葉を最近よく耳にするようになりましたが、新しい言葉ではありません。1946年に制定されたWHO憲章の健康の定義「肉体的にも精神的にもそして社会的にも、すべてが満たされた状態」がwell-beingです。日本語にすると、健康、幸福、福祉を含む概念と考えてよいでしょう。

ポジティブ心理学の創始者であるセリグマン教授は、ウェルビーイングについてPERMAモデルを提唱し、ポジティブ感情(Positive emotion)、エンゲージメント(Engagement)、関係性(Relationship)、意味・意義(Meaning)、達成(Accomplishment)の5つの要素を挙げています。キャリアを考える上でも、この5つの側面を考えることは重要でしょう。

一方、北米を中心としたウェルビーイングの考え方が、個人的で獲得型の幸福であることに対し、東洋的な価値観に基づく集団的で穏やかな幸福として内田由紀子教授が提示したのが協調的幸福です。このような幸福の違いに着目し、縦軸を覚醒度、横軸を個人か集団かで、ウェルビーイングのあり方を4象限に分けて考えることも可能でしょう(高尾2025)。

図1はこの4象限における働き方を示しています。

【図1】ウェルビーイングの4分類と幸せな働き方 獲得的幸福/集団的幸福/協調的幸福/老年的超越
【図1】ウェルビーイングの4分類と幸せな働き方

獲得型幸福

右上の第1象限は個人の成功や達成を目指す獲得型幸福です。「個人的成功や達成を目指し、いきいき働く幸せ」と考えられます。企業などでの昇進や出世を目指して目標を達成する、自ら起業して成長していく、コンサルや高度な専門職で能力を発揮して社会に認められることなどが典型的でしょう。

集団的幸福

左上の第2象限は、集団的で興奮度の高い幸福です。「仲間とわいわい働く幸せ」としました。創業間もないスタートアップや社会課題を解決するソーシャル・ベンチャーなどで志を同じくする仲間とやりがいをもって楽しく働くイメージです。いわゆる「毎日が文化祭前夜」の働き方です。

協調的幸福

左下の第3象限は、集団的で穏やかで良好な人間関係を重視する協調的幸福です。働き方は「人とつながりながらゆったり働く幸せ」です。

従業員を大切にする企業で人間関係のよい職場で働くことや、福祉職や対人サービスで、人から感謝されたり、つながりに感謝したりしながら働くことが想定されます。もちろん多くの福祉やサービスの現場で時間にゆとりがあるとは限りませんが、感謝や共感を大切にする働き方はありそうです。

老年的超越

右下の第4象限は、個人的で穏やかな幸福であり、トロンスタム教授の「老年的超越」に近い概念と考えられます。老年的と言っても必ずしも年齢によるものではなく、若い人にもこのような幸福はありえます。「ひとりで小さな満足を感じながらこつこつ働く幸せ」があると考えます。こつこつ技を磨く職人、自然と向き合いながら農作物をつくる農家、自分の時間を確保しながら働くフリーランスなどがここにあたるでしょう。

もちろん、これらの職業の方がすべてこうした幸せを感じているわけではありませんし、違う職業であってもそれぞれの幸せを感じるときがありますが、ウェルビーイングの4分類で考えてみることは、自分にとって幸せなキャリアを考えるヒントになるかもしれません。

ウェルビーイングの分類から見たキャリアと地域の関わり

ウェルビーイングの4分類は固定的なものではなく、一人の人でも複数の領域を行き来するものですが、それぞれのウェルビーイングに応じた地域のキャリアの可能性がありそうです。

従来、第1象限の獲得型幸福は大都市でこそ実現できるものと考えられてきました。若者が地方から大都市に出て、企業組織の中で業績を上げていく、起業するといった成功イメージです。しかし、地方に住みながらリモートワークによって企業組織で能力を発揮することやITを活用した起業も可能になっています。

地域課題の解決のための社会活動やソーシャルビジネスへの参加は、個人にとっては挑戦や成長の機会であり、達成感を得られる可能性があります。転職でなくても複業やプロボノとして地方企業やNPOなどで働く選択肢も成長や貢献の機会になるでしょう。

海士町の「大人の島留学」や土佐山アカデミーの研修の事例のように「地域課題の解決」への参加そのものが実践や学びとしてキャリアの一部とみなされるようになっています。

こうした選択は個人的な達成だけでなく、第2象限の集団的な幸福も得られる可能性があります。地方では周囲の人たちと力を合わせて課題を解決することが求められます。人口の少ない地方では、貴重な人材として周囲から期待され、貢献意識や充実感を得られる機会も多いでしょう。

社会課題の解決の余地が多い地方では、大企業の中よりも個人のアイディアやスキルが課題解決に役立つ実感が得られやすく、若い世代が「やりがい」を感じ、自己効力感を高めることができるかもしれません。地域資源を活かした観光による地域活性化、教育や福祉の分野で社会課題を解決しながら新しい価値を生み出すソーシャル・ベンチャーの起業などはそうした例になるでしょう。

さらに、地方のコミュニティのつながりの中では第3象限の協調的幸福も感じやすいでしょう。人との密接なつながりの中で地域の役に立てているという充実感を感じられる可能性があります。

また職住接近で通勤時間が短いため、家事や育児など家庭での貢献や地域活動にあてる時間も確保できるかもしれません。それらは職業生活に限らない広い意味でのキャリアになるでしょう。

都市から地方に自然の豊かさを求めて移住したり、二地域居住したりする人たちの中には、第4象限のひとりで穏やかな幸福を求めている人もいるでしょう。自然に囲まれた生活を享受しながら、半農半Xといったライフスタイルを楽しんでいる移住者もいます。

このように大都市での「成功モデル」とは異なる、地方での仕事や社会活動で新たなキャリアを実践し、自分らしいウェルビーイングを実現する若い世代も増えているようです。地方での仕事には、経済的な報酬だけでなく、セリグマンのPERMAモデルの要素でもある「人とのつながり」「仕事の意義」「達成感」といった非金銭的な報酬も十分にあるといえるでしょう。

これからのキャリアと地域の関係

地方にはウェルビーイングを実現する新たなキャリアの可能性がある一方で、地方の人間関係やコミュニティの豊かさはしがらみになりえます。地方創生2.0でも述べられているように、女性が進学や就職で地方から都市に転出したまま戻らないのは、多くの地方で「オールド・ボーイズ・ネットワーク」が強固に存在し、女性が活躍しにくいためでしょう。

兵庫県豊岡市では、10代で進学等により転出した若者のうち男性は20代で約半数が戻ってきているのに対し、女性は四人に一人しか帰ってきていない理由として、大都市や大企業と比較し市や市内の中小企業では性別役割が固定的で女性が能力を発揮できないためと分析し、ジェンダーギャップを解消する取り組みを進めています(豊岡市:2021)。

地方自治体や地方の企業経営者は、地方から女性が出て行ってしまうことに危機感を抱いていますが、その原因として職場や地域の文化や組織風土が若者や女性を遠ざけていることにあまり気づいていない可能性があります。

地方の住民や企業が女性や若者が能力を発揮しやすい風土を醸成し、意欲ある若者の挑戦や成長を妨げないことは、人材の確保にとってもイノベーションを促進し地域を活性化するためにも重要です。

これからのキャリアは、一つの組織の中だけで築かれるものと考える必要はありません。私たち一人ひとりが、組織を超えて社会課題の解決に取り組むことや、人とつながって挑戦をすることで新たなキャリアが形成されていきます。

そうした観点に立つとき、地方での就職、起業、複業、さらに関係人口としてプロボノや越境学習の形で地域活性化に関わることも、自分のキャリアを構築し、ウェルビーイングを実現する一つの姿となり得るのではないでしょうか。


参考文献
内閣府(2025)「地方創生2.0基本構想」(2025年8月1日最終アクセス)
マーティン・セリグマン、宇野カオリ監訳(2014)『ポジティブ心理学の挑戦 “幸福”から“持続的幸福”へ』ディスカヴァー・トゥエンティワン
内田由紀子(2020)『これからの幸福について 文化的幸福観のすすめ』新曜社
高尾真紀子編著(2025)『みんなでつくる幸せなまち 地域ウェルビーイング』三恵社
豊岡市(2021)「豊岡市ジェンダーギャップ解消戦略」(2025年8月1日最終アクセス)

東郷 こずえ
担当者
キャリアリサーチLab主任研究員
KOZUE TOGO

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