新卒採用の初任給「引き上げ予定」が前年より増加
2024年1月に当時の岸田文雄内閣により経済団体への賃上げ要請が行われ、「物価高を上回る所得増」を目指してきた政府。今年(2025年)の春闘では平均賃上げ率が前年を上回る5.25%となるなど、国内では賃上げの機運が続いている。
こうしたなかで、新卒採用においても大学生の新卒初任給の引き上げの動きが続いている。今年2月にマイナビが実施した2026年卒企業新卒採用予定調査では、「初任給を引き上げる予定」と回答した企業が54.1%となり、前年の47.2%を上回った。【図1】
初任給支給額の平均は225,786円で、前年より8,999円増加している。【図2】
本コラムでは、企業の新卒採用における初任給引き上げの動きに着目する。企業の初任給引き上げの目的や、引き上げによる効果、たびたび話題になる「新入社員と既存社員の給与逆転」や「初任給引き上げ疲れ」「第3の賃上げ」といった動きや反応について、最新の調査データを交えて解説する。
初任給を実際に「引き上げた」企業は約9割に
同じくマイナビが今年6月に行った2026年卒企業新卒採用活動調査では、「初任給を引き上げた」と回答した企業は88.8%と約9割近くに及んだ。年々増加しており、上場企業の95.4%、非上場企業でも88.3%と9割に迫る勢いとなっている。【図3】
引き上げを行った理由については「求職者へのアピールのため」(65.1%)がもっとも多く、「他企業が引き上げをしているため」(50.7%)が続いている。【図4】
いずれも前年より増加しており、採用力の強化のために初任給を引き上げる企業が多いことがわかる。
引き上げにより「求職者へのアピール」「他社との差別化・待遇差の縮小」に効果を感じる企業も増加
こうした積極的な初任給引き上げが功を奏し、採用において効果を感じる企業も増加している。初任給引き上げの効果・影響としてもっとも多かったのは「他企業との待遇の差を縮めたり、差をつけることができた」(36.8%)で、前年比9.7pt増加。
「求職者に対して効果的なアピールに成功した(応募数が増えた、内定辞退が減った等)」(21.1%)も前年比6.2pt増加するなど、引き上げの理由として多かった「求職者へのアピール」「他社との差別化」において効果を感じている企業が前年より増加していることがわかる。【図5】
また「既存社員のモチベーションが上がった」(24.5%)や「定着率が上がった・離職が減った」(5.3%)も前年より増加している。この点については後述するが、初任給引き上げに際し全社員を対象に賃上げを実施したことで、既存社員のモチベーションアップにつながり、それにより社員の定着や離職率減少につながっていると考えられる。
初任給引き上げが学生へのアピールになるのはなぜか
初任給の引き上げにより採用に効果を感じる企業が増えていることは非常に好ましい傾向だが、そもそも、初任給を引き上げることが学生に対してアピールになるのはなぜだろうか。売り手市場であることに乗じて、いたずらに高給を求める学生が増えているというイメージもあるだろうが、実情はそれと異なる。そこには、学生が置かれている経済的な状況と将来への不安が背景としてある。
物価の上昇が続いている現在の日本において、特に最近では「令和の米騒動」として米の価格高騰なども話題となり、食費の増加による生活費のさらなる圧迫なども懸念されていた。また実質賃金が 5か月連続でマイナスを記録(2025年7月現在)するなど、物価の上昇に賃金が追いついていない状況が続いている。
こうした物価の上昇は大学生に対しても非常に大きな影響をもたらす。大学生に対し「物価上昇による生活への影響を感じるか」を聞いたところ、「影響を感じる」と答えたのは85.7%で、前年よりも5.3pt増加しており、多くは「食費が上がった」「学食・生協の値段が上がった」といった生活に身近な場面で影響を感じている。【図6・7】
こうした経済状況の影響からか、大学生の就職観では「収入さえあればよい」という回答が5年連続で増加し5年前の2倍近くになっているほか、企業選択のポイントでは「給料の良い会社」が4年連続で増加しているなど、経済面・収入面での安心を求める学生が増えている。【図8・9】
こういった学生の将来への経済的な不安を解消し、就職先としての安心感を示すうえでも、初任給の引き上げが重要となるのは、想像にかたくない。学生はいたずらに高額な給与を要求しているのではなく、生活実態に即した収入を得ることで、将来への不安を軽減したいという考えが根底にあるのだ。
3割以上の企業が「3年以上連続で初任給を引き上げた」と回答
大学生を含め、多くの人々が物価高の影響を感じている現代において、物価上昇への対応としても一時的な賃上げだけではなく継続的な賃上げが重要となる。そしてそれは、初任給についても同様であろう。そのような中で、新卒初任給の引き上げに継続的に取り組んでいる企業はどれくらいあるのだろうか。
初任給の引き上げを行った企業に対して何年連続で実施したかを調査したところ、もっとも多かったのは「3年以上連続で引き上げた」(31.0%)であった。3割超の企業が3年以上連続で継続的に初任給の引き上げを行っていることになり、上場企業では4割、非上場企業でも約3割にのぼる。【図10】
2番目に多かったのは「2年連続で引き上げた」(27.3%)で、「連続ではないが、直近数年間で段階的に複数回にわたって引き上げた」(26.8%)、「今年はじめて引き上げた」(14.8%)と続いた。多くの企業が初任給の引き上げの動きを一時的なものに留めず、継続的に取り組んでいる様子がうかがえる。
新入社員と既存社員との「給与逆転」は起きているのか?
こうした継続的な初任給引き上げが、採用力の強化や会社全体の賃上げのきっかけとなっていると考えられる一方で、いくつかの課題も見えてくる。
新入社員の初任給の引き上げで話題にあがることのひとつに「既存の社員との給与逆転が起きているのではないか」ということがあるが、2026年卒の初任給を引き上げた企業に対して初任給の引き上げにあたって企業内で「課題となったこと」と「課題となったが解決できたこと」をわけて調査した結果、「課題となったこと」でもっとも多かったのは「既存社員との給与逆転が起きないように全社員給与を引き上げる必要性があったこと」(49.1%)であった。
だがその一方で「解決できたこと」においても同項目は41.0%でもっとも多くなっており、「課題となった」と「解決できた」の差は8.1ptであった。
引き上げを行う際に、既存社員との給与逆転が起きないかどうかは多くの企業において懸念点としてあがるものの、新入社員の初任給だけでなく全社員を対象に賃上げを実施する、といった企業側の努力によって多くの場合は解決され、給与逆転が起こらないように調整されているようである。【図11】
「これ以上の引き上げは難しい」「引き上げで収益を圧迫」という企業も
一方で気がかりな点として「引き上げコストにより企業収益を圧迫してる」という企業が21.6%、「これ以上の引き上げが難しい段階になっている」という企業も15.0%ある。
この2つの項目は「解決できた」とする割合が他と比べても小さく、初任給の引き上げによって発生したこうした課題が依然として解決されずに、企業収益の圧迫や引き上げの限界という状況、いうなれば「賃上げ疲れ」ならぬ「初任給引き上げ疲れ」に置かれている企業が、一部で出てきていることがうかがえる。
福利厚生による「第3の賃上げ」という選択肢
物価の上昇に追いつく継続的・持続的な賃上げが求められる一方で、採用において「初任給引き上げ疲れ」となってしまう企業が出始めているが、従業員の生活の安定や、採用力の強化のためにはどのような手立てがあるだろうか。
考えられる施策のひとつが「第3の賃上げ」と呼ばれるものだ。定期昇給(第1の賃上げ)、ベースアップや業績連動昇給(第2の賃上げ)ではなく、福利厚生の拡充によって従業員の手取り収入を実質的に増やしていく取り組みである。
福利厚生というと、社員旅行や保養所といったレジャー系・レクリエーション系のイベントや箱ものをイメージする方もいるかもしれないが、従業員の生活をサポートするという意味では、住宅手当や社宅などによる住環境支援や、食事補助や在宅勤務手当といった各種手当・補助といった支援制度の拡充が重要となるだろう。
福利厚生を通じて企業に安定性を感じる学生が多数
実際に、新卒採用においても福利厚生は重要なポイントとなる。2026年卒の大学生を対象にした調査では、企業に安定性を感じるポイントとしてもっとも多かったのは「福利厚生が充実している」(57.3%)であり、就職先に求める福利厚生制度については「交通費支給制度」(57.0%)、「住宅手当・家賃補助制度」(53.6%)のほか、「食事補助制度」(27.5%)、「在宅時に設備や通信費を補助する制度」(23.9%)といった、従業員の支出を抑えるための制度が上位となり、学生の支持を集めている。【図12・13】
このような福利厚生を新たに導入し積極的に活用することで、会社の安定性や社会人生活へのサポートが充実している安心感を学生に対して伝えることができると同時に、既存の従業員の生活を安定させるためのサポートも充実させることができるだろう。
持続的な初任給引き上げに向けて
本コラムでは、新卒採用における企業の初任給引き上げの動きについてまとめた。多くの企業が採用のために初任給の引き上げを行い、実際に採用に効果を感じている企業も増えてきた。毎年大勢の大学生が労働力として新規参入するという市場スケールの大きさを考えても、新卒採用における初任給引き上げの動きは、日本の賃上げの機運を後押ししてくれるはずだ。
一方で、初任給の引き上げが限界に近付いている企業や、引き上げにより収益を圧迫されているという企業も存在している。こうした企業が無理なく初任給を引き上げ、採用力を維持しながら既存の従業員の満足度も上げていくためには、物価上昇と賃上げの好循環実現が待たれるというマクロ的な視点と同時に、今回取り上げた「第3の賃上げ」といったミクロ的な施策に取り組むことも、ひとつの手段として効果が期待できるのではないだろうか。
マイナビキャリアリサーチラボ研究員 長谷川洋介