新社会人が直面する課題
新社会人として初めての職場に足を踏み入れると、多くの人がさまざまな課題に直面する。新しい環境に適応するためには、仕事の内容や職場の文化、同僚との関係など、多くの要素を理解し、適応する必要がある。特に、学生時代とは異なる責任や期待が求められるため、戸惑いやストレスを感じることも少なくない。
本稿では、そんな新入社員の方に知っておいてほしいキャリア理論として「リアリティショック」を説明したい。キャリア理論を知るだけですぐさまそのストレスが解決するわけではないが、自分に起こっていることを客観視することで、心境を整理し、少し冷静な気持ちで状況を見ることができるかもしれない。新入社員のみなさまが少しでもストレスを軽減することができれば幸いである。
リアリティショックとは
リアリティショックとは期待と現実のギャップを感じて、戸惑いや不安を感じる状態を指す。特に、これまでと大きく立場も環境も変わる学生から社会人への移行で生じる組織適応課題として知られている。
新入社員が初めて職場に入るとき、ほとんどの人が多かれ少なかれ「リアリティショック」を経験すると言っても過言ではない。なぜならば、人はそもそも変化をストレスに感じるものであるし、どれだけ事前に情報を集めたとしても、「入社してみないとわからないこと」をなくすことはできないからだ。
しかしながら、リアリティショックを放置しておくと、新入社員本人にとっても、組織にとっても大きな不利益となる。先ほど「組織適応課題」と記載したとおり、新入社員が社会人として成長を遂げるために、乗り越えるべき「課題」である。
リアリティショックの定義
Hall(1976)はリアリティショックを「高い期待と実際の職務での失望させるような経験との衝突」と表現し、未使用の潜在能力症候群(syndrome of unused potential)を引き起こし、それによって新入社員の自己イメージや態度、入社前に抱いていた志やモチベーションなどをネガティブな方向に変化させてしまうと指摘している。
未使用の潜在能力症候群(syndrome of unused potential)とは、期待していたほど、個人が持っている潜在能力や才能が十分に職務のなかで発揮されず、その能力が無駄になっていると感じてしまうことである。
つまり、新入社員が高い期待を持っていたが、実際に働きだしたときに、期待していたように活躍することができず、自分の能力が発揮できていないことにショックを受け、結果的に自己イメージやモチベーション等が低下してしまうということだ。 また、Schein (1978) は、リアリティショックは個人がキャリア初期の発達課題の一つであり、その発達課題が解決されない場合に
- 可能性の高い新人の辞職
- モチベ-ションの喪失と自己満足の学習
- キャリア初期に能力の不足している部分を発見し損なう
- キャリア後期に必要な価値観や態度と異なる価値観と態度の学習
といった否定的な結果を招くことになると指摘している。
邦訳されているので、少し表現が難しい部分があるので特に②~④について補足をすると、キャリア初期の段階で、本当に身に付けるべき能力を知る機会を失うことで、その後のキャリアにおいて、本来、必要とされる価値観や態度とは異なる価値観や態度を身に付けてしまう恐れがあるということだ。
リアリティショックの因子とその影響
リアリティショックをより深く理解するために、リアリティショックの内容を分類している研究を紹介したい。
尾形(2012)は日本における若年層(入社1~3年程度)の社会人で、営業・販売・マーケティングなどに従事するいわゆるホワイトカラーに向けた調査を行い、4つの要素を抽出した。
①仕事ショック
・仕事から得られる成長機会
・仕事から得られる達成感
・仕事をこなすうえで与えられる自律性/責任感
②対人関係ショック
・同期との人間関係
・職場の同僚との人間関係
③他者能力ショック
・職場の同僚の能力
・同期の能力
④評価ショック
・昇進機会
・給料
さらに、これらのリアリティショックが組織適応に及ぼすネガティブな影響については以下のように示した。
表1 リアリティショックが組織適応に与える影響
与える影響 | リアリティショックの因子 |
---|
情緒的コミットメントを阻害する | 仕事ショック 対人関係ショック 評価ショック |
職業的社会化を阻害する | 対人関係ショック |
文化的社会化を阻害する | 対人関係ショック |
離職意思を促進する | 他者能力ショック 評価ショック |
引用元:尾形(2012)「リアリティ・ショックが若年就業者の組織適応に与える影響の実証研究」より著者作成
このように見ると、一言で「リアリティショック」と言っても、その内容によって与える影響が異なる点は興味深い。
リアリティショックへの対処
入社前にできるリアリティショックに備えた取り組み
すでに入社された方の「リアリティショック」への対処は後述するとして、先に、これから就職活動を行うなど入社前の方向けに、リアリティショックに備えるための取り組みについて説明したい。
リアリティショックとは「期待と現実のギャップ」によって起こるものであることは先述したとおりだが、ここで大事なのは「期待」の部分を、より現実に近い情報を知った上で適切なレベル感にしておくことだろう。新しい生活が始まることにワクワクした気持ちになって、期待すること自体は決して悪いことではない。その期待を感じるに至るプロセスが重要だと言える。
最近では就職活動前にインターンシップに参加するなど、かつてに比べると職場の雰囲気や、実際の仕事の様子を見たり、経験したりする機会は増えている。
Z世代は失敗したくないという意識が強く、商品の購入や映画、ドラマなどのコンテンツを鑑賞する際に「ネタバレ」を恐れず、むしろ積極的にレビューやSNSでの評価、内容を把握して判断する「ネタバレ消費」と呼ばれる独自の消費行動が知られているが、その志向は企業を選択する際にも同様で、「ネタバレ就活」が望まれていると言われている。
当然、人材を採用したい企業側は、なるべく求職者の要望に応える形で事前に情報を提供したり、仕事を体験する機会を増やしたりしているので、存分にそうした機会を生かすといいだろう。
入社後のリアリティショックの受け止め方
一方で、事前に十分に準備をしたとしても、完全にミスマッチを解消できるものではない、ということもまた、冷静に認識しておく必要がある。
インターンシップなどの活動で疑似的に職場や仕事の体験をしていたとしても、実際に給料をもらう立場になれば、その受け止め方は一気に変化する。それまでの「お客様」の立場から、「会社の一員」となり、また顧客にとっては「提供者側」となる。
立場が変われば、そこに生じる責任や向けられる期待は全く異なり、その分、ストレスやプレッシャーも大きくなるだろう。見ている景色が変わるのだ。入社してみて、「こんなはずじゃなかった」と感じることは自然なことだと言える。
そのため、リアリティショックを受けたとしても、過剰に落ち込む必要はない。先述したとおり、この現象は、新しい環境に適応するための重要なステップ、つまり課題である。大切なのは、適切に対処することだ。
リアリティショックを克服することを「学びの機会」と捉えることで、その後の組織への適応だけでなく、自身のキャリア発達にもつながるだろう。
また、すべてにおいて自分だけで対処しなければならないわけではないということも覚えておいていただきたい。新入社員の方には、新人研修が終わった後も、先輩や上司が教育係としてついてくれる職場は多いはずだ。面談の場でも、非公式な会話の場でも構わないので、なるべく早めに相談し、アドバイスを受けるとよいだろう。
また、同期の新入社員同士で相談しあうこともできる。さまざまな人に相談し、アドバイスを受けることで、適応のヒントを得ればよいのだ。
※ただし、明らかなハラスメント行為や労働契約違反があるような、いわゆる“ブラック”な職場においてはその限りではないので、その点は注意してほしい。
新入社員を受け入れる組織ができること
昨今は採用難として知られているように、金銭的にも、人的に多くのリソースを割いて新入社員を採用している企業がほとんどだろう。苦労して採用した人材に早期離職されないように・・・と、採用担当者のみなさまは、採用活動の前段階から、インターンシップなどのキャリア形成活動や意識のすり合わせの面接、内定者フォローなど、尽力されているはずだ。
もちろん、こうした「リアリティショック」を和らげる努力は重要だ。しかし、先述したように完全にミスマッチを取り除くことは、あえて言うが、不可能であることも認識しておくべきだろう。それは、単なる阻害要因ということではなく、キャリア発達のために乗り越えるべき適応課題であるからだ。
繰り返すが、新入社員の方と同様に、受け入れる企業側も「リアリティショック」をゼロにすべきもの、として捉えるのではなく、適応課題として捉える必要がある。
その上で、リアリティショックに適切にまた、なるべく早めに対応することの重要性は留意すべきである。表1に示したように、もっとも広範囲で影響を及ぼすのは「対人関係ショック」である。入社前の対策であるインターンシップなどは「仕事ショック」を和らげる役割は一定の期待ができるが、「対人関係ショック」は現場配属後に対処することがほとんどだろう。
配属先の上司や先輩、同僚が重要な役割を担うことになるが、採用や研修などの人材育成を本務としていない方が対処することになるので、採用や育成を担当している部門の方は、新入社員だけでなく、現場で受け入れる社員の教育やフォローを行う必要がある。
こうした組織側が講じるべき対策については、「組織社会化(organizational socialization)」やそれに付随した「プロアクティブ行動」を考慮するとよいのだが、過去にこれらを解説した記事があるので、ぜひそちらをご覧いただきたい。
さいごに
ここまで新入社員のケースに限定して「リアリティショック」を解説してきたが、必ずしも新入社員のみが経験するものではない。転職時はもちろん、組織の異動などでもあり得る現象である。新入社員の段階で、うまく乗り切れていれば、その経験がその後にきっと生きるだろう。
もちろん、社会人経験があるからこその課題もあるのだが、その点についてはまた別の機会にお伝えしたい。
<参考文献>
Hall, D. T. (1976), Careers in Organizations, Goodyear Publishing.
尾形真実哉, & オガタマミヤ. (2012). リアリティ・ショック (reality shock) の概念整理 (Doctoral dissertation, Konan University). https://doi.org/10.14990/00002075
尾形真実哉. (2012). リアリティ・ショックが若年就業者の組織適応に与える影響の実証研究── 若年ホワイトカラーと若年看護師の比較分析──. 組織科学, 45(3), 49-66.
https://doi.org/10.11207/soshikikagaku.20220823-20
Schein, E. H. (1978), Career Dynamics : Matching Individual and Organizational Needs,
Addison-Wesley. (二村敏子・三善勝代訳『キャリア・ダイナミクス』白桃書房,1991年).