中途ジレンマとは?転職した人が仕事と組織に適応するために知っておくべきこと

東郷 こずえ
著者
キャリアリサーチLab主任研究員
KOZUE TOGO

新しい職場で働き始めることは、多くの人にとって大きな挑戦である。それは、新卒入社であろうと、中途入社であろうと同じである。一方で、新卒入社と中途入社では社会人経験の有無という大きな違いがあり、当然ながら、そのことが仕事や組織への適応に影響を及ぼす。

新卒入社の場合は、大学生から社会人という大きな立場の変化を経験するため、仕事や組織に適応する際に乗り越えるべき課題として「リアリティショック」が注目されることも多い。こちらは以前紹介した記事を参考にしてほしい。

本稿では、特に中途入社に注目する。社会人経験があるので、新入社員のように立場が大きく変わることによるショックは少ないかもしれないが、経験があるがゆえに乗り越えるべき課題もある。その一つが「中途ジレンマ」といわれるものである。

中途ジレンマとは

中途ジレンマとは、本来であればゆっくり時間をかけて既存社員との信頼関係や人的ネットワークを構築しなければならないのに、すぐに成果を出さなければならない中途入社者 が置かれた状態をいう(尾形,2018a)。

中途ジレンマは、転職した人にとって、キャリアのスタートにおいて重要な組織適応課題の一つであり、高いパフォーマンスを発揮するためには、この課題に適切に対処する必要がある。

中途ジレンマへの対処

尾形(2017)はこの「中途ジレンマ」に対処するために必要なのは「(既存社員との)信頼関係」と「人的ネットワーク」の構築だと述べている。しかし、「信頼関係」と「人的ネットワーク」の構築は時間がかかるものであり、中途入社者にとってこれらを実践するのは容易ではない。

マイナビが実施した調査によると企業が採用の際に重視するポイントとして、 新卒採用の場合は「ポテンシャル重視(37.3%)」が最多となっている一方で、中途採用の場合「即戦力人材を重視」が最多で53.3%である【図1】

【図1】採用のスタンス/マイナビ企業人材ニーズ調査2024年版
【図1】採用のスタンス/マイナビ企業人材ニーズ調査2024年版

新卒の場合は将来的な活躍可能性も踏まえて採用され、時間をかけて育成することが前提だが、中途の場合はそうではない。

このように「時間をかけることができない」という点が、本来であれば時間がかかる「(既存社員との)信頼関係」と「人的ネットワーク」の構築が困難になる要因となっているのだ。

信頼関係の構築

仕事を円滑に進め、成果を出すためには、有益な情報が必要となる。そのような情報は多くの場合、これまでの経験によって蓄積されるもので、なかなか座学で習得するのが難しいものでもある。つまり、これらの情報は既存社員から得るのがもっとも効果的となる。

しかし、既存社員からこれまでの経験に裏付けられた有益な情報を得ようと思うと、彼らとの信頼関係が不可欠となる。

本来であればこうした信頼関係を築くためには時間をかけることが必要だが、先述したように、中途入社者にはそのような時間はない。では、どのようにして信頼関係を得ることができるのだろうか。

その点について、尾形(2017)は「既存社員と信頼関係を築くためには(仕事における)成果が求められる」と述べている。つまり、成果を出すためには信頼関係が必要だが、信頼関係を築くためには成果が必要であるという「因果のねじれ現象」が生じていると指摘している。

人的ネットワークの構築

多くの組織では仕事は個人の力だけで達成されるものではなく、チームで協働して達成するケースがほとんどだろう。つまり、多くの場合、仕事で成果を出すためには良質な人間関係(人的ネットワーク)の構築が求められるといえる。良質な人的ネットワークのなかで、有益な情報や他者からの協力を得るのだ。

しかし、中途入社したばかりのタイミングでは当然ながらこうした人的ネットワークは構築されていないため、早急な対処が必要となる。先述したように十分に時間をかけることのできない中途入社者が人的ネットワークを構築するためにはどのようすればいいのだろうか。

尾形(2018)は「重要な他者(適応エージェント)」の存在が必要であると述べている。「職場で影響力があり、会社や仕事に詳しい役職者」が社内の人的ネットワークや仕事の知識が乏しい中途入社者の人的ネットワークを構築するうえで重要な役割を担うということだ。

つまり、人的ネットワークは必ずしも広ければ良いというものではない。特に、早急に構築しなければならない中途入社者の場合は、より効率的・効果的なネットワークを構築する必要があるため、ネットワークの起点となる「重要な他者(適応エージェント)」と接点をまず持つことが必要だと言える。

組織が対処する必要性

ここまで、中途入社者自身が中途ジレンマにどのように対処すれば良いかについて述べてきたが、実際には、個人の力だけで対処することは難しい。中途入社者は仕事や社会人としての経験はあるが、転職先企業の組織文化の理解や人的ネットワークの構築においては、新卒入社者と同様に初心者なのである。

つまり、「中途入社者が人的ネットワークを構築し、有益な情報を得て、仕事で成果を出し、既存社員との信頼関係を築く」というプロセスに、組織も関わり、中途入社者をサポートする必要があるといえる。尾形(2017)は中途入社者を円滑に組織に適応させるために、組織側が明確な意図を持って活用・教育する必要があると指摘している。

組織適応を促進する組織サポートの要因として「重要な他者(適応エージェント)の提供」「中途採用者研修」「同期の提供」「中途文化の定着」があり、特に「重要な他者(適応エージェント)の提供」の重要性を強調した。全体的に中途入社者を孤立させない取り組みが重要だといえる。

「重要な他者(適応エージェント)」としての上司

また、中途入社者を受け入れる組織の役職者は自らが「重要な他者(適応エージェント)」となる意識を持つことが重要だろう。

先述したとおり、職場で影響力があり、会社や仕事に詳しい役職者が「重要な他者(適応エージェント)」としてふさわしいというのも一つの理由だが、それだけではない。中途入社者に限らず、仕事上のサポートの担い手として「上司」の存在は大きいからだ。

マイナビが実施した調査によると、仕事上で「誰からのサポートを得たか」についての回答では「会社の上司」の割合は他に比べても高い。特に、20代では36.2%、30代では34.0%といずれも最多となっている。【図2】

【図2】仕事上での「周囲からの助力(支援・サポート)」/ マイナビ ライフキャリア実態調査 2024年版(働き方・キャリア編)
【図2】仕事上での「周囲からの助力(支援・サポート)」/ マイナビ ライフキャリア実態調査 2024年版(働き方・キャリア編)

もちろん、上司と同様に「会社の同僚」の割合も高いが、特に20~30代の若い世代においては「サポート」という意味において、上司の存在は大きいのだろう。

これらの結果は、特に、中途入社したばかりの社員に限定したものではないが、人的ネットワークを持たない中途入社者が「会社の上司」のサポートをより必要とすることは想像に難くない。

「中途採用者研修」を通じた「同期の提供」

また、「中途採用者研修」の実施も有効だと思われる。新卒入社のように入社日が同じというわけではなかったとしても、一定の期間に入社した人たちを合わせて(たとえば入社した月が同じ人を集めるなど)研修を行うことは可能だろう。

こうした「中途採用者研修」を通じて、中途入社者同士の交流が生まれ、「同期」のような存在となる。【図2】で示したように、仕事におけるサポートの担い手として「上司」とともに重要なのが「同僚」の存在だ。

同じ職場の同僚はもちろんだが、中途入社者として、自分と同じような立場で悩み、奮闘する仲間がいることは心理的に大きな助けになると考えられる。

アンラーン、中途入社者ならではの組織適応課題

最後に、中途ジレンマの他にある中途入社者ならではの組織適応課題を紹介する。中途採用者は前職での経験やスキルを買われて入社しているケースが多いと思われるが、必ずしも、経験してきたことがそのまま新しい職場で役立つとは限らず、前職での成功体験が新しい環境での適応を妨げることもある。

このような状況では、過去の学習や経験を一度捨て、新しい環境に適応するための「アンラーン」が必要となる。アンラーンとは、過去の経験やスキルが新しい環境で役立たない場合、それを捨てて新しい知識やスキルを学び直すプロセスである。

なお、アンラーンについてはこちらのコラムで解説しているので、詳細はこちらをご覧いただきたい。

アンラーンが必要な理由はさまざまあるが、大きいものの一つは「企業独自のルールや習慣」の存在だろう。

マイナビが実施した調査によると、転職先の仕事・職場へのフィット(適合)で苦労したこととしてもっとも回答が多かったのは「企業独自のルール・習慣の理解(34.8%)」で、次いで「企業独自の業務ツールの理解(22.1%)」となった。【図3】

【図3】転職先の仕事や環境に馴染むまでに苦労したこと/転職活動における行動特性調査2024年版 ※回答ベース:2023年6月以降の1年間に転職した20代~50代の正社員800名
【図3】転職先の仕事や環境に馴染むまでに苦労したこと/転職活動における行動特性調査2024年版 ※回答ベース:2023年6月以降の1年間に転職した20代~50代の正社員800名

読者の方も心当たりがあると思うが、意外と「企業独自のルールや習慣」は多いものだ。新卒入社者であれば、新しく就職先のものを身に付ければいいだけだが、中途入社者の場合はそうはいかない。

まず、前職の企業独自のルールや習慣をアンラーンして、そのうえで、転職先の企業独自のルールや習慣に適応するという2段階のプロセスが必要となるのだ。

最後に

中途ジレンマは、新しい職場で働き始める中途入社者にとって大きな課題である。特に日本では、人材流動性が高まったとはいえ、中途入社者のほうが少数派である職場も多いだろう。

社会人としての経験や実績を持ちながら、それを一旦手放し、新しい職場へ挑戦していくことは大きなチャレンジである。新卒で入社した会社と大きく異なるのは「同期がいない」こと、そして、手取り足取り教えてくれる体制がないことだ。ときには新卒で入社したときよりも孤独感を感じるかもしれない。

そんなとき、一人で乗り越えようと過剰に気負わないことである。組織で仕事をする以上、個人の力だけでできることには限界がある。そのことを認め、むしろ戦略的に、人的ネットワークを構築し、既存社員との信頼関係を築くことに注力するのが良いだろう。

本稿では主に「中途ジレンマ」という概念を紹介したが、この対処法を知ることで孤軍奮闘するよりも、既存社員とつながりを持ったほうが新しい職場で成果を上げる近道になるということを知っていただきたいと考えていた。 転職というチャレンジを経て、新しい職場に出会えたみなさまが少しでも孤独感を解消し、いち早く活躍人材として成果を出されることの一助となれば幸いである。


<参考文献>
尾形真実哉, & オガタマミヤ. (2017). 中途採用者の組織適応課題に関する質的分析 (Doctoral dissertation, Konan University).
尾形真実哉, & オガタマミヤ. (2018a). 中途採用者の組織適応モデルの提示 (Doctoral dissertation, Konan University).
尾形真実哉, & オガタマミヤ. (2018b). 中途採用者の組織適応に関する量的比較分析 入社方法と主観的業績に焦点を当てて (Doctoral dissertation, Konan University).

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