労働人口の減少や働く人々の職業人生の長期化、働き方の多様化など企業と従業員を取り巻く環境が大きく変化している現代社会。従業員自身が主体的にキャリア形成していくこととともに、企業が従業員に自律的なキャリア形成を促す取り組みをすることの重要性はますます高まっています。
そこで今回は、厚生労働省が実施する「グッドキャリア企業アワード」の受賞企業を例に、同アワードの推進委員・審査委員である法政大学の坂爪洋美教授と、推進委員を務めるマイナビキャリアリサーチLab所長 栗田卓也氏に、「企業のキャリア形成支援の在り方」について対談していただきました。
右:坂爪洋美氏 グッドキャリア企業アワード2024 推進委員・審査委員 法政大学教授
左:栗田卓也氏 グッドキャリア推進委員 マイナビキャリアリサーチLab所長
受賞企業から見る近年のキャリア支援の取り組み
キャリア自律を実現した従業員が活躍できる場を設ける取り組みの登場
栗田:近年の「グッドキャリア企業アワード」の応募企業や受賞企業の取り組みの特徴、以前からの変化などがあればお聞かせください。
坂爪:従業員の意向を大事にしながらどのようにキャリア形成支援を進めるかが大事なテーマであることに変わりはありませんが、最近はリスキリングの重要性が指摘されており、従業員の学びの支援に取り組まれている企業も増えてきた印象があります。
基本的な取り組みの骨子は大きく変わっていない中で、今回の受賞企業の特徴をいくつか挙げるとすると、まず、キャリア形成支援の中で、キャリア自律が進んだ従業員が活躍できる場を社内に設ける取り組みが出てきました。自己申告制度や社内副業など、キャリア形成に取り組む従業員が会社内で力を発揮できる場を用意する仕組みが増えてきたと思います。
また、管理職など、キャリア形成支援の役割を担う人々が支援の対象となる事例が出てきたのも今年の特徴です。キャリア形成支援を、誰が、どのように進めるかが課題となる中で、従業員に一番近い管理職の役割がより重要性を増してきました。キャリア形成に取り組む本人だけではなく、それを支援する側にも焦点を当てられるようになりました。
さらに、従業員のキャリア形成支援に取り組む理由が言語化されて、明確になってきたことも印象深いです。人手不足だから……といった抽象度の高い理由ではなく、各企業がキャリア形成支援を推進する理由をもう一歩踏み込んで明確にして、取り組みが進められています。
社員と会社が目指す姿をすり合わせて言語化する重要性
栗田:ご指摘いただいたポイントは、従業員のキャリア形成支援を永続的に進めるには、どれもおろそかにできない内容だと思いますが、もし優先順位を付けるとしたら、何から取り組めばいいでしょうか。
坂爪:会社によって事情が違いますので、それぞれの会社にとっての重要度を判断していただく必要があります。中間管理職の支援や、社内副業は、実施したくてもできないといった事情もあると思います。
自社にとって大事なことは何なのか、自社ができることは何なのか、それをキャリア支援の担当者だけで判断するのではなく、経営層も含めて検討を重ね、できるところから始めるのが大切ではないでしょうか。
栗田:確かに、働く社員と会社が目指すものをどうすり合わせるかということを第一に考えて、キャリア形成支援に取り組む理由を言語化していくことが重要ですね。もちろん経営者は率先して考える必要はありますが、会社の方針を管理職が理解することで、従業員全体にも理解が広がるし、さまざまな制度も具体的になっていくわけですね。
好実践例から見るキャリア支援の流れ
職種や企業規模など、企業ごとの課題に即した取り組みが光る
栗田:「グッドキャリア企業アワード2024シンポジウム」では、受賞企業のお話を聞かれていました。それぞれの企業の取り組みの中で、特に印象に残っているポイントはどのような点でしょうか。
坂爪:今回に限らず、毎回受賞された企業のみなさまの取り組みをご紹介いただく際に、「試行錯誤」「今はまだ道の途中」といった発言が聞かれます。取り組みを進めていく中で企業が直面する課題は、個別性が高いです。企業の規模によって経営課題も違います。
キャリア支援策というのはある共通の解を持ちつつも、会社に合わせて少しずつ変わっていくので、オリジナル度が高まっていく流れがあるのだなというのは、今年見えたポイントだと思います。
シンポジウムに登壇された企業の具体的な取り組みを見ると、たとえば、株式会社関西鳶さんのケースは、「鳶という仕事は定年まで現場の第一線で働き続けられるわけではない」という、鳶という職種ならではの課題を踏まえた取り組みをしていること、新人に対して一人ひとりの育成ノートを作成して、取り組みを進められているのが印象的でした。
同じく大賞を受賞された住友生命保険相互会社さんの取り組みも、丁寧さが際立つと同時に、大企業ならではの視点と課題を前提に、社内への浸透方法、サポート提供源である管理職層へのサポートの手厚さが印象に残りました。
キャリア形成支援に取り組むための自社ならではの答えが重要
栗田:2020年度に大賞を受賞した万協製薬株式会社の松浦社長との対談で、「今の若者には、なぜこの仕事をするのか、この仕事ができるようになったら自分のキャリアはどう広がっていくのか、その可能性を丁寧に示してあげる必要がある」と指摘されていましたが、今年の受賞企業にはそのような傾向が見られたのでしょうか。
坂爪:キャリア自律という言葉が注目を集めていますが、あまりキャリアに関心がない人もいます。そういう人たちに「あなたは、うちの会社でこういうことができるんだよ」とか「もっとできることがあるよ」というメッセージを伝えていく必要があると思います。
「うちの会社でキャリアを歩めば、こういう仕事があって、それができると次にどういう可能性がある」ということを言葉にしていくことが、あの対談の大事な部分だったと思います。今回の受賞企業は、従業員にこの会社でのキャリア形成の在り方に対する考えをきちんと言語化して伝えていらっしゃったのが印象的でしたね。
栗田:当社の調査では、40代、50代の方の転職割合も増えてきており*、世代に関係なく人材の流動化が当たり前になりつつある状況です。これからは、社員一人ひとりが抱える思いをしっかりと理解し、肯定してあげることが重要になってきているように感じます。働く意味や意義、今後の成長可能性などについて、会社からも上司からも伝えていく必要がありそうです。
*転職動向調査2025年版(2024年実績)
坂爪:企業の中には、「なぜキャリア形成支援に取り組むのか」という問いに対して、「自社ならではの答え」を持たずに、「取り組まないとまずそうだから」「他社も取り組んでいるから」という程度の回答しか持たない会社が一定数あります。
その場合、社内で展開する場合には、若干ぼんやりしているかもしれません。企業と個人のベクトルは重ならない場合もあるので、そのベクトルが重なるようにしていくことがとても大事です。
経営課題の解決とキャリア形成支援の両立が問われる時代に
栗田:今後、従業員のキャリア支援を考える際にどのような視点が重要になると思われますか。
坂爪:キャリア自律を促すことは、個人の「やってみたい」を育てる作業でもあります。やってみたいという意欲が高まったところで、その場がないというのは、長期的に見た場合、「キャリア形成支援の取り組みが目指すものとは異なり、逆に従業員の意欲を削ぐ」といったことになりかねません。受賞企業の1つであるNTT西日本さんでは社内副業を導入されていました。従業員が持っている力を発揮できる、場の提供という意味で有効な取り組みです。
一方で、キャリア形成支援の取り組みを企業側の視点で考えると、従業員のモチベーションを高めることによって、今の目の前の仕事で成果をあげてほしいという思いがあることも事実です。
もちろん、従業員の能力を向上させたいという考えもあるとは思いますが、今の段階では、能力を高めるよりも意欲を高めることに重きが置かれていることが多いように感じます。経営課題の解決とキャリア形成支援をどこで両立させていくか、今後は自社で発揮できる能力の向上をいかに図るかが問われるのではないでしょうか。
栗田:両立させるためには、社内で積極的なコミュニケーション策を実施する必要がありそうですね。受賞された企業の中には、社内の人事評価を見直していく動きもありましたが、人材育成の方向性を言語化したり、制度を整理したりすることも大事な要素ですね。
坂爪:現状、キャリアコンサルティングを導入している事業所の割合は、約40%で、10年近く大きな変化は見られていません。「グッドキャリア企業アワード」で賞を受賞された企業の良い事例を見ていると、キャリアコンサルティングを実施している企業の割合が増えているように感じますが、日本全体を見渡してみると実態は変化していないようです。
キャリアコンサルティングはキャリア形成支援の1つの方法ですが、現状を考えると、「キャリア形成支援」という取り組みは、半分ぐらいの企業にとってはハードルが高いものである可能性もあります。そういった企業にとって導入しやすい別の形のキャリア形成支援の模索が求められているのかもしれません。
従業員がキャリア迷子にならないよう適切な情報提供を
栗田:人材不足が加速していく中で、ますますキャリア形成支援が重要になっていくと考えられますが、今後のキャリア形成支援はどのようになっていくと思われますか。
坂爪:まず、キャリアは個人のものではありますが、それでもキャリア形成支援が組織の成果と結びついていくために、何が必要なのかが問われるようになっていくのではないかと思います。また、支援することから、より自律を促す取り組みへの流れが出てくるのではないでしょうか。これまでのキャリア形成支援の取り組みの枠組みから離れた斬新な取り組みも出てくるかもしれません。
栗田:確かにキャリア形成支援という概念を超えて、個人個人がいろいろな視点、視座を持てるような取り組みがたくさん出てくれば、社員は自分で何かを見いだして自主的に動けるし、企業側はそれをうまく拾い上げて社員のキャリア形成を後押しする環境が整いますね。
坂爪:キャリア形成支援を個人へのサポートと捉えず、キャリア形成支援を通じて企業の課題を解決していく、今の仕事をより良いものとしていく、そんな考えが求められていると思います。
大賞を受賞された関西鳶さんの場合は、従業員全員が参加する会議を実施して、「自分が経営者だったら」という視点での発言を求めていました。これは、個人のキャリア形成支援であると同時に、組織としての成長につながる事例です。
栗田:キャリアという概念は、これまでは人が歩んできた轍(わだち)の意味合いが強かったですが、先行き不透明な時代を迎え、未来に対して自分のキャリアをどう考えるかが大事になってきていますね。
坂爪:若い人たちは、未来に対してさまざまな期待と不安を抱えているのではないでしょうか。だからこそ企業は将来像を語り、従業員に対して何を期待しているかを伝え、従業員がキャリアの迷子にならないように適切な情報提供をしていく必要があります。
会社は自社が何を大事にしていて、従業員にどういうキャリアを歩んでほしいかを考えること、それがキャリア形成支援のスタート地点なのだと思います。
——次回からは、グッドキャリア企業アワードで受賞された企業にインタビュー。社員のキャリア自律への取り組みについて詳しく伺っていきます。