マイナビ キャリアリサーチLab

何を求め、何を選ぶ? 転職の今を見つめる =番外編・挑戦と順応=

宮本祥太
著者
キャリアリサーチLab研究員
SHOUTA MIYAMOTO

転職・中途採用に変化の兆し?

総務省の労働力調査の2023年平均結果では、転職希望者が初めて1,000万人を突破した。集計を開始した13年から約200万人増加し、今や就業者の約6人に1人が望む大転職時代を迎えている。

市場が活発になるにつれて転職の在り方自体も多様化している。かつての中途採用といえば、業種・職種の専門性をすでに備えた即戦力人材を求める企業が多かったが、労働力不足という大きな社会的障壁を前に、その前提も徐々に変化しているのかもしれない。

新分野への「トライ転職」が半数

2023年6月以降の1年間に転職活動を行った20代~50代の正社員を対象としたマイナビの「転職活動における行動特性調査2024年版」(※1)では、実際に転職した人(転職者)の行動・思考の特性について調査している。ここでは、業種転換・職種転換に関する『転職行動パターン』を以下の4つに分類して紹介する。【図1】

【図1】転職行動パターン/転職活動における行動特性調査2024年版
【図1】転職行動パターン/転職活動における行動特性調査2024年版

転職行動パターンの結果をみると、①フルチェンジ(異業種・異職種へ転職)が21.1%、②職種チェンジ(同業種・異職種へ転職)が12.8%、③業種チェンジ(異業種・同職種へ転職)が18.8%、④組織チェンジ(同業種・同職種へ転職)が47.3%だった。【図2】

【図2】転職行動パターン/転職活動における行動特性調査2024年版
【図2】転職行動パターン/転職活動における行動特性調査2024年版 ※回答ベース:2023年6月以降の1年間に転職した20代~50代の正社員800名

ここで注目したいのは、業種か職種か、もしくは両方の転換を行う転職=『トライ転職』の割合が高いことだ。半数以上が新たな分野への転身を行っていることがわかる。

さらに転職行動パターンを年代別でみると、20代の59.3%、30代の55.3%がトライ転職となっている。また、20代・30代の約4人に1人が ①フルチェンジ の転職であり、業種・職種に関係なくキャリアチェンジを行う様子がうかがえる。【図3】

【図3】年代別・転職行動パターン/転職活動における行動特性調査2024年版
【図3】年代別・転職行動パターン/転職活動における行動特性調査2024年版 ※回答ベース:2023年6月以降の1年間に転職した20代~50代の正社員800名

双方に需要がある未経験枠

トライ転職の背景にはどのような要因があるのか。考えられる1つは、求職者にとって業種・職種の直接の経験がなくても自分が目指す分野の仕事にチャレンジしやすい環境が一定整っているということだ。

厚生労働省が策定した「賃上げ・人材活性化・労働市場強化」雇用・労働総合政策パッケージ(※2)においても『人材の育成・活性化を通じた賃上げ促進』『賃金上昇を伴う円滑な労働移動の支援』が柱に掲げられており、社会全体の賃金水準の底上げに向けて労働移動・転職の支援が従来より手厚くなされている。働く人のキャリアの選択肢が増え、新たなフィールドへ飛び込みやすくなった今の市場模様は、社会全体で推し進められる「雇用の流動化」がもたらした産物だろう。

もう1つ考えられるのは、企業にとっての中途採用に対する考え方が変化している可能性だ。言うまでもなく、希少かつ高度なスキルを持つ即戦力人材は市場価値が高く、簡単に採用できるものではない。だが、労働力不足や組織の高齢化といった課題はもう目の前まで迫っており、とにかく「人手」の確保を最優先として、本来備わっていて欲しい知識・スキルの条件を緩和していることもあるだろう。

現に、企業の採用担当者を対象としたマイナビの「企業人材ニーズ調査2023年版」でも新卒・中途採用ともに前年よりニーズが増加した企業が増えており(※3)、労働力の源泉となる若手人材の需要は年々増加の傾向にある。

個人のキャリアの選択肢は増え、逆に企業の人手不足は進む。需要と供給の反比例的な関係を考えれば、いわゆる未経験転職・未経験採用は今後もニーズがある領域と言えよう。

可視化しにくい企業の独自性

企業にとって人材の獲得とセットで考えるべきは、新入社員に対して組織への定着と戦力化を促すオンボーディング(※4)だ。

転職する人の立場で考えてみると、この組織への順応は決して容易なことではない。馴染みの環境を離れ、全く新しい組織へと飛び込み、職場の人や文化に溶け込むことが求められる。トライ転職のように業種・職種を転換するキャリアチェンジとなれば、業務遂行に必要となる知識・スキルを基礎から学びながら、自身を仕事へ適合させる必要もある。

「転職活動における行動特性調査2024年版」では、入社後に感じたギャップや、転職後の仕事・職場へのフィットの難しさについても質問している。まず、面接時の想定と入社後のギャップに関して「想定通りではなかった」項目をみると、「必要とされるストレス耐性」が25.0%で最も高く、次いで「仕事の進め方」が24.6%となった。【図4】

【図4】面接時の想定と入社後のギャップ/転職活動における行動特性調査2024年版
【図4】面接時の想定と入社後のギャップ/転職活動における行動特性調査2024年版 ※回答ベース:2023年6月以降の1年間に転職した20代~50代の正社員800名

また、転職先の仕事や環境に馴染むまでにどんなことに苦労したかを聞いたところ、「企業独自のルール・習慣の理解」が34.8%が最も高く、「企業独自の業務ツールの理解」が22.1%で続き、“会社ならでは”の項目がトップ2を占めた。【図5】

【図5】転職先の仕事や環境に馴染むまでに苦労したこと/転職活動における行動特性調査2024年版 ※回答ベース:2023年6月以降の1年間に転職した20代~50代の正社員800名
【図5】転職先の仕事や環境に馴染むまでに苦労したこと/転職活動における行動特性調査2024年版 ※回答ベース:2023年6月以降の1年間に転職した20代~50代の正社員800名

ギャップとフィットの調査結果からは、仕事を進めていく上で突き当たる「企業の独自性」の問題が見えてくる。転職者にとって、自分が担当するタスク(課業)や組織で関わる人は、採用選考の中で詳しく伝えられたり実際に触れたりする機会も多く、具体的にイメージできる状態で入社する人も多いはずだ。一方、仕事を進める上での企業の独自性は目に見えづらい。

求められるアンラーニング

いざ会社に入り、職務を実践する場面になると、そこには“隠れていた”独自のルールや手法、業務プロセスが存在することが多々ある。

使い慣れないカタカナ語が職場で飛び交う、何か決め事をする際に必ず数時間のミーティングを挟むチームがある。個人業績が重視されるが故に同僚との関係が敵対的で気軽な相談がしにくいこともあれば、効率的な業務ツールを知っていたとしても組織として使用が認められないこともあるだろう。思っていたのと違う、思うように進まないということを、仕事を続ける中で徐々に察していく。

どんなに多様性が豊かで個人の裁量が大きい職場であっても、共通の経営目標・事業方針のもとで業務を進めようとなれば、仕事における「同質性」を受け入れなければならない場面が出てくる。それが自分にとって納得のいかないような同質性であっても、受け入れた方が組織での身動きがとりやすく仕事の成果を上げやすかったりもする。そうやって、多かれ少なかれ、企業独自の風土や職場ならではの習慣に「自分を合わせる」ことで、その組織の一員であることを自覚し、組織の一員として認められていく。

つまり、転職した人が組織での仕事に順応するためには、実践的な知識やスキルを肉付けするだけでなく、これまでのノウハウやプロセス、場合によっては働く上での価値観そのものを意図的に捨て新たに取り入れる「アンラーニング」も必要になるということだ。【図6】

【図6】イメージ図:仕事への順応、独自性のアンラーニング
【図6】イメージ図:仕事への順応、独自性のアンラーニング

指導者不足に悩む企業

この調査結果が教えてくれることは、企業が中途人材を受け入れる際には、業界知識や職種スキルを習得してもらうだけでなく、企業の独自性、とりわけ会社特有の「仕事スタイル」についても理解してもらうための丁寧なサポートが必要ということだろう。

しかし、新入社員への十分な教育はそう簡単ではない。厚生労働省の「令和5年度 能力開発基本調査」の結果をみると、能力開発や人材育成に関して何らかの問題があるとする事業所は79.8%にのぼり、その負担の大きさを物語る。問題点の内訳では「指導する人材が不足している」(57.1%)が最も高い(※5)。人的なリソースが限られる企業であれば、直接的かつ即時的な成果に繋がりにくいオンボーディングに多くの時間を割いてばかりはいられないだろう。

役割分担、仕事順応の支援

日本企業で多く実施されている人材育成手法が「OJT(On the Job Training)」だ。特に初任者向け研修として展開する企業は多く、実践的なノウハウを身に着けるために有効な手段と言えよう。研修内容が仕事内容そのものに関わる知識・スキルであれば、経験値や専門性が高い監督者・リーダーポジションの人材がトレーナーとして指導を担うにしかるべき場合は多く、専任の教育担当を立てて教える方が良いケースもある。

しかし、この独自性や仕事スタイルに関しては、必ずしも知識・経験に富んだ人材が担うべきことではないだろう。同じ業務に取り組むチームメンバーなら要領をよく理解しているだろうし、むしろ、近くで目が行き届く同僚の方が新入社員の進捗や異変に気づきやすく、伝えたり相談に乗ったりもしやすい。

もし同じ職場に中途入社者がいれば、その人は自身の経験をもって「どんなギャップがあり、どんな風に馴染んだら良いか」を助言することもできる。組織内でうまく役割を分担することにより、特定の人に偏りがちな指導の負担が分散され、さらに新入社員への関わりの頻度が高まることで戦力化を早めることに繋がる可能性も期待できる。

組織一体で、時間をかけて

そもそも、キャリアというのは現在の一時点を指すわけではなく、過去からの連続であり、新しい組織に入る人は自身のこれまでの経験を新しい仕事・職場に関連付けながら新たな役割を見出していく。この調和のプロセスは本来、転職してすぐに行えるものでなく、時間を要する。さらに個人だけでなく、周囲から学び、支えられることでより豊かに発展するものだと思う。

その意味では、どんなに実務経験・社会経験がある転職者であっても、①特定(専任)の指導者だけが、②入社初期の特定時期だけに、③特定の実践的スキル(業務をこなす上で必ず必要な知識・技能)だけを教える教育研修では、オンボーディング・定着の施策として十分とは言えないのかもしれない。

雇用の流動性の高まりから、企業にとっては新規人材の採用が困難となり、今いる人材の離職の可能性も十分想定される時代が来ている。職歴も、世代も、就労観も、多様に異なる人材が仲間に加わり、それぞれに違ったアプローチで仕事と組織に適合してもらう必要性も高まるだろう。

こんな時代だからこそ『順応』の重要性にあらためて目を向ける必要があるのではないか。会社全体の「人を受け入れ、育てる文化」を育みながら、局所的・一時的ではなく、組織一体で時間をかけて新入社員の順応を支える姿勢が今後求められる。それが定着に繋がり、組織の魅力を高めると思う。採用と育成は常にワンセットで、整合させて考えることが大切である。

マイナビキャリアリサーチLab研究員 宮本 祥太


※1 転職活動における行動特性調査2024年版

2023年度以降の直近1年間で ①転職した人(800名)②転職活動をしたが、転職していない人(800名)の計1,600名を対象にした調査。

※2 「賃上げ・人材活性化・労働市場強化」雇用・労働総合政策パッケージ

厚生労働省が令和4年に策定。経済変化に柔軟で、個人の多様な選択を支える「しなやかな労働市場」を実現し、人材の活性化と生産性の向上を通じた賃金上昇のサイクルを実現することを目指す。

※3 マイナビ 企業人材ニーズ調査2023年版

2023年12月に企業の採用担当者を対象に実施した調査。2022年と比較した2023年の「新卒採用ニーズ」は『増加した』が40.8%(前年比:+9.1pt)、2022年と比較した2023年の「中途採用ニーズ」は『増加した』が39.4%(前年比:+5.1pt)で、新卒・中途ともに採用ニーズが増えていた。

※4 オンボーディング

「オンボーディング(on-boarding)」とは、新入社員にいち早く仕事に慣れてもらうための施策のことだ。「船や飛行機に乗る」ことを意味する「on-board」という言葉から派生したもので、新入社員の早期離職を防ぎ、定着率を上げることが目的。

※5 令和5年度 能力開発基本調査

厚生労働省が毎年実施しており、国内の企業、事業所及び労働者の能力開発の実態を明らかにし、人材開発行政に資することを目的としている。

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