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男性リーダーのパワーの濫用としてのハラスメントについて考える〜教養として身につけるジェンダーの理解をもとにしてー立命館大学特任教授・一般社団法人UNLEARN代表理事 中村正氏

キャリアリサーチLab編集部
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メディアで頻繁に取り上げられる職場でのハラスメントや暴力。他人事ではなく、いつ自分が加害者または被害者になるかわかりません。その背景には、リーダーやマジョリティの無自覚や無知が影響していると指摘されています。

今回は、男性学の視点からジェンダーの研究に取り組んでいる、立命館大学産業社会学部特任教授中村正氏に、職場におけるハラスメントや暴力が生まれる構造とその対策について伺いました。氏はハラスメント対策のための一般社団法人UNLEARN代表理事でもあります。

立命館大学特任教授・一般社団法人UNLEARN代表理事 中村正
産業社会学部特任教授・名誉教授。1989年より立命館大学産業社会学部、人間科学研究科・応用人間科学研究科で研究と教育に携わる。専門分野は社会病理学、臨床社会学、男性性研究。『「男らしさ」からの自由』『家族のゆくえ』『家族の暴力をのりこえる』『ドメスティック・バイオレンスと家族の病理』『治療的司法の実践』など著書・共著書・訳書多数。立命館大学副学長など歴任。現在、日本社会病理学会会長、対人援助学会理事長、内閣府女性に対する暴力に関する専門調査会委員など。脱暴力にとりくむ一般社団法人UNLEARN代表理事。UNLEARNでは、京都府から受託したDVの加害男性向けの個人相談とグループワークを行う男性問題相談事業に取り組む。大阪市・大阪府・堺市と連携して虐待する父親向けの個人相談とグループワーク(「男親塾」)を主宰している。他にも、対人暴力の加害者臨床として、ハラスメント行為者対応、体罰教師の職場復帰支援も経験。少年刑務所では性犯罪再犯防止プログラムのSVも担当していた。

「飲みニケーションで絆が深まる」というフィクションが根強くある

Q.多様性(ダイバーシティ)が叫ばれる中、激しい競争や弱みを見せられない社風、長時間労働が当たり前の、男性的なカルチャーの職場環境が多いように思います。

中村:オールドボーイズネットワークと言われる、男性同士の結びつきが生まれやすい人間関係が、多くの企業に今なお残っているからだと思います。

そうした職場では、「大きな仕事は男性に任せたほうがいい」「飲みニケーションで職場の絆が深まる」といった虚構(フィクション)が真実のように語られています。そのような環境を望まない、あるいは嫌う人にとっては非常に入りづらい職場になっています。実際、このように考える人は、女性に限らず男性の中にもいます。

大学生を見ていると、最近は個人主義を好む傾向が強いように思います。彼らが社会に出ると、自分の主義に合わない企業には馴染めないことが想像できます。しかしそれは、本人が仕事を嫌いなわけでも、できないわけでもありません。

若者は仕事そのものの価値を追求したいと考えており、仕事以外の人間関係を「うざい」と感じてしまうのです。実際、今の学生には「コンパ」といった文化はほとんどなく、飲み会よりも会食がメインとなっています。それも強制ではなく、あくまで自由参加というスタイルが定着しています。

パワーを持つ者は、無知であることに責任が伴う

Q.企業は売上・利益達成に向けて組織をまとめるために、集団主義的な要素を従業員に求めがちです。特に経営層や管理職は、そういった意識を強く持っているのではないでしょうか。

中村:全員がそうとは言いませんが、多いように感じます。集団主義が行き過ぎると、「他のメンバーと同じことをやれ」といった同調圧力がリーダーのコントロール志向を通して暗黙のうちに生まれてきます。そして、ここからはみ出した者には、業績達成に向かうための士気を高めるための問題解決行動がハラスメントという形で浮上してきます。

私はジェンダーの問題として男性の暴力についても研究しているので、暴力に関する相談をよく受けますが、こうした問題を抑止する鍵となるのは、パワーやコントロールについての適切な理解と行動力のある指導者の存在です。それはハラスメントの加害者にならないというだけではなく、どんなことが被害となるのかについての理解と、さらに自らの組織の構成員が相互にハラスメントに関心を持ち、冷淡な傍観者にならないというコミュニティ形成力も含まれています。

心理的に安心できる組織となっているのかどうかは、ハラスメント問題に端的に集約されるのですが、暴力で問題を解決しようとする傾向は自らの持つパワーの歪みといえます。問題解決のレパートリーが少ないのです。選択肢が少ないことは脆弱さです。そこで自らの中の資源としての地位に基づく力への依存となるのです。

地位が上にあることが男性に多いこともあり、男らしさに関わるジェンダー問題といえます。部下が自らの力を開発し、発揮できるようにではなく力で押さえつけるのです。こうしたジェンダーは男性問題だといえます。

女性へのハラスメントだけではなく男性にもハラスメントをする指導者はパワーを濫用しています。地位にふさわしいパワーは不可欠ですが、その使い方が適切ではないのです。それを判断するには知識がどうしても必要です。それは経営の力ともいえますが、どんな場合でも、分野を超えて必要な知識です。現代の組織人の教養ともいえます。

ハラスメントを通して人を動かそうとすることは非合理的で、何が合理的かを適切に思考できることも教養です。感情や根性論などの非合理的な考えに流されずに、合理的に物事を選択できる能力が求められます。昨今よく言われる「リベラルアーツ」が必要なのです。

私は自由に生きるための知性と訳していますが、他者の自由を尊重することによって、相手からも自分の自由を尊重される関係を築くことができます。教養は、どの分野のリーダーにも必要とされる資質だと思います。私は大学でも学部を超えて低学年に教養科目を教えていますが、他者への想像力が大事で、それが合わせ鏡のようにして自己を豊かにしていくと話をすると響きます。

また職場によりますが、管理職などパワーを持つ地位を男性が占めている場合が多く、マジョリティ=男性という構造にもなりがちです。マジョリティは特権を持っています。それはジェンダーバイアスを意識しなくても生きていくことができ、無自覚のままでも、困らないということです。

その一方で、ジェンダーバイアスなどによってそれ以外のマイノリティの人たちは負荷をかけられ、社会的・経済的な格差に苦しむことになりますし、パワーを持つ者が無知であることには責任が伴います。こうした問題を解消するには、マジョリティが他者の苦悩や負荷について無自覚になりがちなこと、つまり「無知であること」を認めることから始める必要があります。「無知の知」です。

従来の経験則を断ち切り、アンラーン(学び直し)の機会を提供

Q.ハラスメントが無くならない理由のひとつとして、教養が足りないリーダーが多いということがあるのでしょうか。

中村:たとえば、ジェンダーの問題をイチから理解しているリーダー(管理職や経営陣)がどのくらいいるのでしょうか。まだまだ、上の世代を模倣しているだけの経験則でしか物事を判断できないリーダーが多いように感じます。これでは職場環境は何も変わりません。この考えを断ち切ることが、今求められているのだと思います。

それが「アンラーン(unlearn)」の概念です。これまで身に付けてきた考え方をリセットして学び直す必要性があります。上の世代から引き継いだことをそのまま実行するだけでは、社会は旧態依然とした構造を再生産するだけです。これではイノベーションには結びつきません。

私自身、こうした社会に危機感を抱き、暴力やハラスメントをなくすための研修や臨床相談をおこなう一般社団法人UNLEARNを創業しました。学ぶこと(LEARN)は必要ですがそれを更新できる力を身につけておく必要があります。「連続の中の不連続」が知のイノベーションでしょう。そのためには深く掘り下げていくと横への展開が見えなくなるので自由に生きるために横に繋がる知が要ります。

人格を攻撃する「モラルハラスメント」

Q.職場に潜む無自覚な(男性の)ハラスメントとしては、どのようなものが考えられますか。

中村:職場ではセクシャルハラスメントやパワーハラスメントが典型例として挙げられると思います。教育現場ではアカデミックハラスメント、家庭内であればドメスティックバイオレンスや子ども虐待などがあります。

これらすべてに共通しているのが「モラルハラスメント」です。これは人格への攻撃「人格蔑視」にあたります。「お前はアホだ」「無能だ」というような言葉の暴力で相手を精神的・心理的に追い詰めていきます。

「モラルハラスメント」はさまざまなタイプのハラスメントに共通するので、非常に大きな暴力性を持っています。そして、そこにさまざまな変数が絡み合います。私の研究室で訳した本(※1)にマイクロアグレッション(日常生活に埋め込まれた攻撃と善意の無自覚を扱ったもの)というのがあります。

たとえば、LGBTQ+の人に「彼女できた?」「彼氏いるの?」「結婚まだ?」と聞くことが棘となります。異性愛中心主義だけで物事を考えているためです。こうした無自覚の意識や言葉の中にも刃(やいば)を見出します。マイクロアグレッションはアンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み)とともに、知らず知らずのうちに人を傷つけてしまいます。

※1 デラルド・ウィン・スー著/マイクロアグレッション研究会翻訳『日常生活に埋め込まれたマイクロアグレッション――人種、ジェンダー、性的指向:マイノリティに向けられる無意識の差別』(明石書店、2020年)

ケア能力を高める活動に注力する

Q.モラルハラスメントなどをなくすには、どのような取り組みが必要でしょうか。

中村:先ほども触れましたが、経営陣や管理職などパワーを持つリーダーやマジョリティの、本来は多様な人からなる世界、つまりダイバーシティの自覚でしょう。自らの組織もすでに多様なはずなのです。その人たちの能力を開花してもらうためにも「無知からの脱却」が第一歩だと思います。

ダイバーシティな世界を知ることを阻害しているのは言葉がないことです。ジェンダーやダイバーシティの考え方は、このための言葉を豊かにしてきたフロンティア分野です。言葉がないことを「認識的不正義」というくらいです。リーダーの可能性を広げるためにも自らが自由に生きるための知、すなわち「教養」としてこうしたハラスメントの考え方を身につけておくのが良いのでしょう。

ダイバーシティについての見識や行動力を身につけるために第三の領域(サードプレイス)の開発が有益でしょう。仕事先でも家族でもない時空間のことです。私も大学でも家族でもない領域として市民活動領域を多く持っています。これは、管理職に多いとされる男性が「無知から脱却する方法」として有効です。

無償の活動ですし、兼業的でもいいでしょう。単に知識を増やすだけではなく、NPOやNGOそしてボランタリーな領域で他人のために時間を使うことです。そこで培う力は他者への想像力でしょう。ケア力ともいえます。パワーハラスメントとして例示されている6つの類型(※2)はその真逆なのです。

もっと身近にも実践できます。たとえば、結婚している場合、その身近な他者は配偶者です。妊娠している場合、出産前から2人による共同作業を取り入れるのもいいでしょう。夫が率先して家事洗濯をおこなったり、マタニティブルーにならないよう配偶者に声をかけたり、愚痴を聞いたりすることです。

最近は、「パパ・ママ育休プラス」により育児休業を推奨する動きが活発化し、育休を取る男性も増えています。しかし、育休を取得してからでは遅く、出産前から男性が自分の時間を割いてケアする領域に積極的に関わることで、男性のセルフケア能力も高めていくことができます。他者への配慮と自らへのケアは相関していきます。

※2 労働施策総合推進法ならびに令和2年厚生労働省告示が定義する6つの類型

  1. 身体的な攻撃(暴行・傷害)
  2. 精神的な攻撃(脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言)
  3. 人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)
  4. 過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害)
  5. 過小な要求(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じること・仕事を与えないこと)
  6. 個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)

「ラポートトーク」を織り混ぜ、感情を相手に伝えられるコミュニケーションを導入する

Q.職場においてできることはありますか。

中村:「レポートトーク」と「ラポートトーク」を組み合わせたコミュニケーションも効果があります。前者は業務報告です。たとえば、「今日は晴れ、気温は25℃。9時に社内で打ち合わせをして、11時にA社に行って商談しました……」といった事実を伝えるコミュニケーションです。

一方後者は、自分の感情や気持ちを相手に伝え、信頼を築くためのコミュニケーションです。「今日は○○の仕事でとてもつらかった」「お客様から▲▲で感謝されて嬉しかった」など……そういう感情を添えることで、相手との共感や親密さが生まれやすくなり、話も弾んできます。

こうしたケアを重視するコミュニケーションは、男性が苦手とするケースが多いですが、意図的に取れるハラスメントを防ぐ効果があります。

企業からは目標必達を求められるため、ノルマを背負わされて、弱音や気持ちを吐露しづらい環境が生まれがちです。これを打開するためには、上司となる人は、部下の環境を理解してケアしていく姿勢が求められています。

しかし、上司自身が過去にそのような体験をしておらず、むしろ男性的なカルチャーを乗り越えて成功体験を積んできた人が多いため、それを部下にも押し付ける傾向があります。またリーダーの中には、パワーの濫用とリーダーシップを混同している人も多いです。だからこそ意識的に「アンラーン」を実践する必要があります。

ハラスメントに対して、今自分ができることを考え、行動に移す

Q.メンバーの立場で、ハラスメントや暴力をなくしていく取り組みはあるでしょうか。

中村:一般社団法人UNLEARNでは、企業研修で行動する傍観者という立場から「どのように行動するか」を学ぶトレーニングをおこないます。

同僚が上司からハラスメントを受けている現場に遭遇した場合に、周囲の第三者も非常に悪影響を受けます。多くの人が嫌な気持ちになったり、何も言い出せなかった自分に罪悪感を覚えたりしています。また、いつ自分に火の粉が降りかかってくるかわからないという恐怖を感じることもあります。こうした状況が職場全体の雰囲気を悪化させていくのです。心理的に安全・安心できなくなるのです。

そこで第三者が「行動する傍観者」になるために何ができるのかを考える必要があります。研修ではそのような場面での対処法について、みんなでアイデアを出し合います。実際研修の中では、参加者からはいくつもアイデアが出てきます。すぐに問題が解決できなくても、「僕は見ていたよ」「つらかったよね」と声をかけて、励ますだけでも、大きな違いを生むことができます。

いきなり告発して上司や経営層と戦うことはできなくても、それとは違う形で、自分にできることを工夫しながら実行していくことが大切です。こうした従業員たちの考えや行動が職場での1つの新しい力になっていきます。

専門家などが一方的に教えるだけではなく、従業員自身が考えることで自律的な行動に繋げていく。さまざまなハラスメントやバイアスがある職場では、こうした草の根的な取り組みが今後ますます大事になってくると思います。

さいごに

中村:リーダーは、自分で気づかないうちにパワー(力)を持ってしまいます。それは、その役割を担う上では必要不可欠な力です。しかし、そのパワーを有効に活用するには、教養のあるリーダーの存在が重要です。ここで紹介してきたようなことを理解した、そうした知の力を身につけて実装してほしいと思います。そうしたリーダーは実に魅力的です。

リーダーやマジョリティは多くの場合、男性が該当しますが、必ずしも男性から女性という構造だけではありません。パワーを持った女性からパワーを持っていない男性という形もあれば、同性同士もあります。まずはリーダーのハラスメントについての見識の刷新です。

「あれをするなこれをするな」という「べからず集」的なハラスメントの知識を集積することは最低限必要ですが、マイクロアグレッションや無意識のバイアス、「無知の知」が駆動力となって、すでに自らの組織に存在しているダイバーシティを開花させるための意識改革こそが、創造的な職場環境を築いていく上で大事な一歩になるでしょう。

片山久也
登場人物
キャリアリサーチLab編集部
HISANARI KATAYAMA

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