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経営理念の浸透が後押しする「ウェルビーイング経営」のあり方(株式会社エイチーム)

キャリアリサーチLab編集部
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キャリアリサーチLab編集部

人的資本と経営理念の重なり

2023年、金融庁は上場企業の約4,000社が提出する有価証券報告書に、「サステナビリティに関する企業の取組みの開示」として企業の人的資本に関する情報開示を義務付けた。そうした社会の流れにともなって、株式会社エイチームも社内にプロジェクトチームを設置し、人的資本に関する方針を社内で検討し、整理していった。

そこで改めてエイチームの社員1人ひとりに経営理念・バリューが浸透していることが分かり、「人的資本の方針と、経営理念の重なり」を実感したという。経営理念に“幸せ”の定義を盛り込み、事業成長を推し進めてきたエイチームにとって、現在注目を集めている「ウェルビーイング経営」はどのように映るのだろうか。

人的資本開示のプロジェクトチームに携わった、人材開発部 人事企画グループの近藤さんに話を聞いた。

株式会社エイチーム
設立:2000年
事業内容:メディア・ソリューション事業、エンターテインメント事業、D2C事業

人材開発部 人事企画グループ・労務グループ 近藤 詩織 さん
地方銀行で営業を経験し、2017年株式会社エイチームに入社。グループ会社の業務推進部で、管理業務やサポート業務を担当した。育休を経て、2021年にエイチーム 人材開発部へ異動。現在は人事企画と労務を兼務している。

ウェルビーイング経営の息吹はあった

“Ateam People”とは?8つの価値観を体現する社員たち

エイチームが大切にしている価値観“Ateam People”が社員に浸透していると気づき、人的資本の方針が固まっていったそうですね。気づいたきっかけは何だったのでしょうか?

近藤:まさに人的資本開示に向けた議論がきっかけでした。「私たちの価値の源泉は何だろう」と問い直しましたが、やはり答えは「“Ateam People”だ」ということになったのです。

“Ateam People”とは「エイチームの経営理念実現のために求められる価値観を持つ人たち」を指します。

エイチームの経営理念は「みんなで幸せになれる会社にすること」「今から100年続く会社にすること」。この経営理念を実現するために、次の8つの価値観を大切にしているんです。

“Ateam People”

  1. お互いを認め合える
  2. 「儲ける」を理解する
  3. チームで取り組む仕事が好き
  4. 少し先の未来を想像してわくわくできる
  5. 貢献欲を持っている
  6. 変化を前向きに捉え、適応していく
  7. 自分をオープンにできる
  8. 学び続ける

この“Ateam People”は、設立20周年を迎えた2020年に作られました。日頃から代表の林が大切にしている「経営哲学」が凝縮されており、何度も繰り返し語られてきた言葉たちです。

“Ateam People”に共感している社員は非常に多く、社内に深く浸透しています。そのため、日常業務を進める上で「この行動は『自分をオープンにできる』といえる?」「『お互いを認め合える』ようにしよう」などと声をかける様子も見られます。

そういうやり取りを目にすると、自然に浸透しているんだなと実感しますね。

人的資本と“Ateam People”の共通点

最初は手探りで「人的資本開示プロジェクト」を始めたそうですが、当初はどのような気持ちで取り組んでいたのでしょうか?

近藤:第一印象は「難しそう」だと感じました。自分なりに調べて、何度も関連資料を読み込んで咀嚼しながら、少しずつ自分の中に落とし込んでいきましたね。

“Ateam People”に対する考え方の根本には、人的資本と共通するものがあります。それが「人は会社にとって一番大切なもの。中長期的な会社の発展に寄与するもの」という思いです。人を労働力や資源ではなく「資本」と捉えるのが、人的資本の基本。これは、まさに“Ateam People”と同じでした。この共通項に気づけた時、 “Ateam People”と人的資本のつながりを理解できて腑に落ちましたね。

経営理念への共感を促す取り組み

20年以上も続く、グループを横断する「全体ミーティング」

“Ateam People”を、具現化している施策はありますか?

近藤:“Ateam People”が示す8つの価値観の中に「お互いを認め合える」というものがあります。これは当社では特に大切にしている価値観で、すべての土台になっていると思っています。

ただ「お互いを認め合える」ようになるには、その前段階として「お互いをまず知る」という機会が必要です。そこで非常に重要な役割を果たしているのが、週1回の「エイチーム全体ミーティング」になります。2002年7月から始まり、2024年10月で1,111回目を迎えました。

参加対象者は全社員。1人ひとりが経営者の目線になって物事を考え、主体的に仕事を進めていく姿勢を促しています。また、情報の透明化を図る目的もありますね。グループ横断で行い、参加率はおよそ8割です。

組織規模が大きくなっていくと「他の事業会社が何をしているのか」「どういう戦略を実行しているのか」が分かりにくくなっていきます。自社についてはよく理解しているけれども、他はどうなっているんだろう──そうした話題がグループをまたいで発信され、相互理解が進む仕組みになっているんです。

まさに“Ateam People”を形にした施策だといえます。

会社が大切にしている想いに照らし合わせ、行動を振り返る

全体ミーティングを通じて、全員が向き合うべき課題をキャッチアップできるような仕組みになっているのですね。

近藤:おっしゃる通りです。全体ミーティングでは、社員によるスピーチも行われています。それぞれが「“Ateam People”とは?」「“Ateam Purpose”とは?」といったテーマで、大切にしていることを語り、想いを共有。メンバー同士の相互理解も深めています。

また年1回行われる「社内表彰式」でも、「お互いを認め合う」という考え方が反映されていると思います。

社員個人が果たした功績をたたえ合い、成果が出た理由についても語ってもらうのですが、そこでも“Ateam People”に関する話題が必ず出てきます。「チームとして“Ateam People”を意識し、成果につながった」というコメントも多く、当社が大切にしている想いに触れる機会が多いのだと感じますね。

パーパス浸透のための工夫

「経営理念や価値観」を反映した施策を導入し、目に見える変化が起きた事例はありますか?

近藤:たとえば、2022年に策定したエイチームのパーパス浸透は1つの事例になるかもしれません。

「Creativity × Techで、世の中をもっと便利に、もっと楽しくすること」をパーパスに据えたのですが、最初はあまりピンと来ていない社員も多かったと思います。

そこでより深く浸透させるために、まずは全体ミーティングのスピーチで社員が発信する機会を増やしました。加えて、1人ひとりが作成している日報に「パーパスに通じると感じた気づき」を書いてもらうようにしたんです。

日報は他のメンバーも読めますので、お互いに書いた内容にコメントを残し合ったり、感想を書き込んで意見交換をしてもらうようにしました。その後、全社員対象のアンケートを取りましたが、パーパスへの理解度・共感度は非常に高くなっていました。行動変容のステージが進んできていると感じているので、大きな変化はこれから起きるのかもしれません。

経営理念の浸透には中長期の継続が必要

共通言語を用いて、自分の行動を振り返る

「自分が取った行動は、“Ateam People”のここに当てはまるのでは?」などと考え、コミュニケーションをしているみなさまの様子が目に浮かびます。エピソードを伺ってみて、社員の方々の「言語化能力」と「行動力」の高さを感じますが、なぜそうした取り組みが自然にできているのだと思いますか?

近藤:やはり「お互いを認め合えているから」なのではないでしょうか。意見交換をするにしても、心理的安全性が高くないと相手には伝えにくいはずです。ましてや上司や他部署の社員には、人間関係が構築できていないとより難しいですよね。

「意見を言っても、拒否されるようなことはない」と分かっているのは、お互いを認め合う文化が根付いているからこそ。全員が理解しているため、当たり前のように自然にできているのだと思います。

心理的安全性が高い理由はさまざまでしょう。経営理念・価値観について何度も振り返り、日常業務に紐付けて考えてきた結果、文化が形作られてきたと感じています。

働きがいと働きやすさの両立

グッドサイクルを回し続けていく

エイチームでは「働きやすさと働きがい」のバランスを、どのように取っていますか?

近藤:当社は経営理念に「幸せ」を掲げていますが、「幸せとは何か」も定義しています。

■“幸せ”の定義

  1. みんなから必要とされる存在であること
  2. 金銭的に裕福であること
  3. 幸せにしたい人を幸せにできること

私は、この「“幸せ”の定義」の中に「働きやすさと働きがい」に関するエッセンスがつまっていると思っています。

人生の中で、私たちはいろいろな役割を背負っていますよね。会社、家庭、友だち関係において別々の顔を持っています。

そうした各々のプライベート環境が充実していれば、仕事のパフォーマンスも向上するはずです。すると取引先をはじめ、社内外で関わる人への価値提供につながり、自分の心も収入も満足できるようになるでしょう。さらにその収入をプライベートに還元すれば、また充実へとつながります。

こうしたサイクルを循環し続けていくことで、心も体も満たされた「幸せで健康な生活」ができるのではないでしょうか。それが当社の働きがい・働きやすさにもなっていると感じています。

社長の実体験から生まれた「“幸せ”の定義」

「“幸せ”の定義」はどのような背景があって、生まれたものなのでしょうか?

近藤:社長の林の創業当時の経験が軸になって、生まれています。経営が不安定だった時期には、家族を幸せにするために大変な苦労をしていたそうです。今でこそ経営理念に共感する仲間が増えましたが、社員同士の関係に悩んだ時期もあったと聞きました。

そうした背景から「みんなから必要とされる存在であること」「金銭的に裕福であること」「幸せにしたい人を幸せにできること」が“幸せ”な状態だと定義されています。

お互いを認め合うことからすべてが始まる

成長拡大の過渡期を迎えて

近藤さんの今後の目標についてお聞かせください。

近藤:現在、注力しているのはエイチームグループ共通の人事戦略立案です。すでに人事内で検討を進めていますが、非常に難易度の高い取り組みだと考えています。

グループ会社にはそれぞれの経営方針がありますし、共通項をまとめていくと抽象度が上がってしまい、形骸化してしまう可能性もあります。現場の社員が納得できるように、いかにバランスを取って落とし込むかが難しいです。

一方で、大きなやりがいも感じています。当社は今、事業成長の過渡期。新たな仲間がグループ会社となることもあるため、これまでに機能してきたエイチームの文化に加えて、新しい文化・制度が入ってくるようになるでしょう。

その上で、何を守り、何を変えていくかを見極めた人事戦略を立て、文化と制度を作っていきたいです。そうなれば、今後のエイチームの成長にも貢献できるのではないかと考えています。

その目標を実現するためには、何が大切だと感じていますか?

近藤:やはり「お互いを認め合う信頼関係」だと思います。いくら正しい対応や伝え方をしても、信頼関係がなければ受け止めてもらえません。

より良いものを作っていくためには、新しくジョインするグループ会社とも丁寧に話し合う必要があると思っています。そこでも信頼関係の構築を目指し、コミュニケーションを続けていきたいです。

編集後記

エイチームの文化の特徴は「同じ言葉を何度も伝え続けること」です。20年以上にわたって続く全体ミーティングは社内コミュニケーションの最上位として重要な役割を担い、経営理念が繰り返し語られていました。

代表の林さんは「経営理念は会社のルールであり目的。それを礎(いしずえ)にして、社員が事業活動を行い、歴史が積み重なっていく。その歴史が積み重なった後に、企業の文化や風土、価値観が生まれてくる」と常に話しているそうです。

全体ミーティングは、ただの情報共有の場ではなく「文化を創り出す源泉」と捉えられていました。スキルや経験は組織全体の共有財産となり、さらにまた別の知見が積み重なって共有されていく。そうした循環が至る所で発生し、体現されているのだと感じた取材になりました。
執筆:林 美夢

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