しなやかに紡ぐ老後キャリアのために
これまでの3回のコラムでミドルシニア世代を中心とした老後の備えや働き方に関する意識や準備の取り組み状況について調査データを基に紹介してきた。
今回はコラムの結びとして、ミドルシニア・シニア世代の副業・兼業やフリーランスといった多様な働き方の可能性に関する調査結果を紹介すると共に、人生100年時代の老後キャリアの可能性を記載してみたい。
目次
副業・兼業の意向
まず前回にミドルシニア・シニア世代のリスキリング意向やその準備状況を紹介したが、50~60代はリスキリングにやや消極的な姿勢がみられ、その理由として「将来に活かせる時間が短い」や「必要性を感じない」といった理由が多く挙げられていた。
ではリスキリングをしないまでも、これまでのスキルや経験を活かして、副業・兼業などにチャレンジする意思はあるのだろうか。これまでのコラムと同様に40~65歳正社員を対象とした「人生100年時代のシニアキャリアに関する調査」で副業・兼業の経験の有無と、今後副業・兼業を行う意向があるかを聞いてみた。
ミドルシニア・シニアの副業・兼業意向は3割
結果、これまでに副業・兼業の経験がある人が14.6%で、今後副業・兼業の意向がある人は36.7%と、経験者を上回っており、一定の意向があることが分かった。年代別にみると41~55歳程度までの年代で意向が4割前後と高く、56~65歳では3割とやや低い傾向がみられた。男女別では、やや男性の方が高い傾向がみられる。【図1】
実施意向のない人に理由を複数回答で聞いてみると、「時間的に余裕がないから(32.5%)」や、「体力的に余裕がないから(26.3%)」などが上位に挙げられた一方で、今後副業・兼業の意向がある459名の理由としては41~55歳の世代を中心に「生活費や学費など生計維持のため(45.3%)」や、51~60歳の世代中心に「生計維持以外の、貯蓄や自由に使えるお金を確保するため(35.9%)」といった、生計維持が大きな目的となっている。
次に挙げられているのが「長く仕事を続けたいから(20.7%)」となっており、60~65歳では31.6%と高い数値となっている。定年前後の年代になると、働くことの意味や意義を見直す機会も増え、継続して働く場所を維持するために副業・兼業にトライしている人もいることが分かる。【図2】
フリーランス意向はさらに低い2割
では副業・兼業ではなく、フリーランスや個人事業主(以降フリーランスと記載)として業務委託のような形式で働くという選択を検討している人はどの程度いるのだろうか。
同じ調査でフリーランスの経験有無と、今後フリーランスとして働く意向を確認した結果、これまでにフリーランス経験がある人が5.8%で、今後の意向がある人は21.5%と、副業・兼業よりは低いものの、5人に1人はフリーランスという働き方に肯定的な意向があることが分かった。
こちらは年代別にみても、さほど差は感じられず、男女別では男性の方がやや高い傾向がみられた。【図3】
フリーランスとして働く理由
今後フリーランスとして働く意向がある269名の理由をみてみると、「自分でスケジュールを自由に管理できる(43.5%)」や、56‐65歳世代中心に「定年や年齢を気にせずに長く働ける(42.8%)」など、定年後も自分の生活に合わせて継続的に仕事と関わることを望んでいることが分かる。
一方でフリーランス意向のない8割の人は「定期的な収入が見込めないから(32.7%)」や、「自分のスキルや知識では仕事を得る自信がない(26.6%」」、「仕事の責任やリスクを自分で負う必要がある(26.1%」」などを理由にフリーランスで働くことに対してネガティブに捉えているようだ。
この回答をみる限り、ある程度これまでに身につけたスキルや知識・経験に自信を持てないと、フリーランスという働き方を選択するのは難しいようだ。ただし、ここに示されたフリーランス意向のある2割の人だけがスキルを有しているとは限らない。
8割のフリーランス意向のない人の中でも自分を過小評価して、本来発揮できるパフォーマンスをみいだせていない人や、リスキリングによって新たな機会を得られる可能性を逃している人もいるはずだ。【図4】
フリーランスという選択肢
個人的には老後の働き方としてフリーランスという選択肢はもう少し広がっても良いと思っている。少子高齢化で労働力が不足する中、フルタイムで働くことは難しいにしても、案件ごとにこれまでの経験やスキルを活かして活躍できる機会が今後増えていく可能性が高い。
実際に、弊社のフリーランスや副業・兼業を支援している「スキイキ」というサービスの登録者内訳をみると、40代25%、50代16%、60代以上6%と、40代以上で半数近くを占めており、すでにフリーランスや個人事業主として活動しているミドルシニア世代が一定数存在していることが分かる。
現状の調査は正社員に限定して聞いているので、フリーランスの意向は低めに出ているのかもしれないが、これまで身につけた知識やスキル、経験を再認識し、不足していると思われるものを自分にインプットしていけば、社外という外部市場でも自身の経験が活かせる場というのが存在するのである。
そのためには現在の自分自身のスキルや知識をしっかりと棚卸し、整理しておくことが重要になる。次の項目では、自身のスキルや経験、周囲のサポートなど、どの程度将来のキャリアに備えて状況把握できているのか確認してみたい。
ミドルシニア世代のスキル・知識の棚卸状況
今後に向けて自身のスキル・知識や経験についてどの程度、把握できていると思うかという問いを3つの項目で聞いている。
「自分のスキル・知識や経験の棚卸」の項目では「(十分+ある程度)できている」とする回答が45.5%と高く、「自分のスキル・知識や経験の市場ニーズ把握(人材紹介や転職相談などでの確認等)」では33.2%、「周囲からのサポート状況整理(専門家や人脈等)」は27.8%という結果となっている。自分のスキル・知識や経験の棚卸は2人に1人程度が把握しているものの、自分の市場ニーズの把握や周囲のサポート状況については、把握が遅れているようだ。【図5】
年代別にみると61‐65歳世代はすべての項目で「(十分+ある程度)できている」の割合が高い数値を示しており、自身の状況把握が進んでいることが分かる。一方、他の年代では総じて平均前後の数字を示しており、将来に対する準備があまり進んでいないことが分かる。【表1】
特に51-55歳世代は部長の平均年齢52.7歳※1に該当する年齢で、業務上忙しくて対応できない可能性も考えられるが、役職定年などに備えて早めに棚卸をしておいた方が良い年代でもある。
自身の市場ニーズの把握などは、副業・兼業を通じて理解できるケースも多く得られるし、周囲からのサポートを広げることも可能だ。いずれにしても早めにこの3項目について、整理しておくことをお勧めしたい。
※1「令和4年賃金構造基本統計調査」
定年後の多様な働き方に備えて
ここまで、ミドルシニアからシニア世代を中心とした正社員のキャリア意識やお金事情などについて全4回で記載をしてきた。ミドルシニア・シニア世代は自身の将来に対しては期待と不安が半々で、お金と健康の情報に関心が高い。
平均で65.7歳まで「働きたい」としているが、全体の3割強の人は一般的な年金受給開始年齢以降の66歳以降も働き続けたいとしている。自身のキャリアに関しては、リスキリング意向がある人は6割、副業・兼業意向は3割、フリーランスや個人事業主は2割の意向が示されており、現在は正社員でも定年後は正社員にこだわらずに働く意思を示している人も一定数確認でき、多様な働き方を志向している人が当該世代にいることも分かった。
厚生労働省の労働力調査をベースに65歳のシニア世代の働き方を雇用形態別に分類すると、概ね以下のような割合となっている。ただし、今後は労働力不足解消のために高齢者の需要は増加していくことが予想される。さらにはリモートワークの浸透や正社員を含む雇用形態の多様化も相まって、シニア世代の職業選択肢は広がりつつあると言える。【図6】
結果として、パートアルバイトといった雇用形態より、多様化した会社員としての継続雇用や、フリーランス・専門家としてこれまでの経験を活かした働き方を選択する人も増えてくるだろう。そのような選択をできるよう、早期からキャリアの棚卸に加えて、市場ニーズの把握と周囲からのサポートを整理し、足りないと思うスキル・知識や経験を補う行動をしておくことを改めてお勧めする。
アルムナイネットワークの活用
企業にとってもシニア世代以降の雇用を柔軟に考えることでさまざまなメリットが生じる。政府の推進する定年延長議論やパートアルバイトといった雇用の仕方もあるが、それとは別に最近大手企業でアルムナイネットワークを構築する動きが増えてきている。過去の豊富な経験を踏まえつつ、その経験を有効に活用できるネットワークは企業にとっても魅力的だ。
たとえば、これまで製造系で課題として挙げられることの多い技術承継の問題なども、柔軟なネットワークを維持することで、継承する時間を延長させることが可能だ。働いていた従業員(特に男性)にとっても、卒業後にこれまでの職場ネットワークから切り離されると、他のコミュニティに属していない場合、人とのつながりが急に疎遠になるケースも多い。
アルムナイでなくても、労働組合のOB会やボランティア事業などで、ゆるいつながりを維持しておく意味は大きい。そのネットワークの中でスポット的にでも仕事の需要があれば、協力することで自分の存在価値を再認識することもできるだろう。定年以降は雇用形態に囚われず、さまざまなところにネットワークをつなげておくことが大事になるだろう。
しなやかに紡ぐキャリアを形成するために
これまで計4回でミドルシニア・シニア世代の働き方について整理をしてみて思ったのは、「人は何のために働くか」ということだ。ある人にとっては生活のためにお金を稼ぐことであり、ある人にとっては自分の健康を維持するため、または会社というコミュニティの中で多くの仲間と過ごすためというのもあるだろう。
個人的に定年を数年後に控えて、改めてこれまでの働き方を振り返ってみると、決して楽なことばかりではなく、苦しいことの方が圧倒的に多かったように思い出される。ただし、その苦しみを乗り越えたからこそ、より大きな喜びを得たことも事実だ。そこが仕事し続けることの意義にもつながっていると考えている。
とりわけ仕事を通じて知り合った多くの方々は、今の仕事をしていなければ出会えなかった方々が多い。キャリア関連の仕事をしてきた関係で、40代のころから自身の将来の働き方を模索していたこともあるが、一番大事なのはこれまでの仕事で得た人的なネットワークなのだと思う。
アーサー・C・ブルックの「人生後半の戦略書」という本で紹介されていたのが、2007年に既婚者を対象として行われたミシガン大学の研究である。その研究結果として、配偶者を含めて最低でも2人の親友がいる人の方が「人生の満足度と自尊心が高く、抑うつ度が低いという相関関係」を見出したと記載されている。
この人的ネットワークを維持しつつ、自分の体力と資金力を鑑みながら、定年後の働き方を考えていきたいと思う、今日この頃である。
マイナビキャリアリサーチLab所長 栗田 卓也