【後編】個人、中小企業、大手企業などあらゆるステークホルダーが幸せになる「プロボノ」の未来のカタチとは―名古屋産業大学 今永典秀氏
「プロボノ」活動は、中小企業やNPO法人だけでなく、大手でも導入している企業が増えています。企業や団体がプロボノを導入するメリットとは何か。その際、気をつけるべきポイントとはどんなことでしょうか。将来、理想とする「プロボノ」のカタチについてお聞きしました。
お話しいただいたのは、前編に引き続き、名古屋産業大学 現代ビジネス学部 経営専門職学科 今永典秀准教授です。
目次
中小企業やNPO法人などは、不足している専門的なスキルを持つ人材を確保できる
──前編では、プロボノワーカーが得られるメリットについて伺いました。反対に受け入れ先であるNPO法人や企業にとってのメリットや影響はどんなことが考えられますか。
今永:プロボノワーカーの受け入れ先としては、企業だと大企業より中小企業が合致する場合が多いと思います。本来社会課題の解決に組織の規模は関係ないとは思いますが、それでも大手に比べて中小のほうが人的リソースは不足しており、外部から補わないと円滑に業務がまわせないのが実情です。
中小企業だと、経営に必要な「ヒト・モノ・カネ・情報」すべてが揃っているところは、それほど多くありません。たとえば、より良い製品・サービスを提供し、歴史はあるものの、従来の対面型の営業や販売しかできておらず、SNSやインフルエンサーなどネットマーケティングを活用した取り組みまではできていない企業があるとします。そこでデジタルマーケティングを得意とするプロボノワーカーに入ってもらうことで、新たな販売戦略を拡大することができるのです。
NPO法人や市民活動団体においても慢性的に人手が不足しているために、できていないことが山のようにあります。ホームページの制作や既存のお客様の声や新しいお客様からのニーズの収集、その声を反映した企画の立案や実行など…。それぞれ専門的なノウハウや経験を持つ人材が圧倒的に足りません。それらの業務が行える人材がプロボノワーカーとして加わることができれば、社会課題の解決に一歩近づくことができるのです。
また、プロボノワーカーにとっても、自分のやりたかった社会貢献に関わりながらも受け入れ先に感謝され、自分のスキルを磨ける機会にもなる。プロボノの働き手と受け入れ先とでWin-Winの関係をつくることができます。そうなれば、プロジェクトが終わった後も、継続的にプロボノワーカーに依頼することができるため、採用できなかった専門スキルを持った人的リソースの確保がしやすくなります。
仲介者としてプロジェクトを企画設計、マネジメントしてくれる支援団体の存在が欠かせない
──このようにプロボノワーカーと受け入れ先との間でこうしたWin-Winの関係は、日常的に成立するものなのでしょうか。
今永:簡単ではないと思います。もちろんすべての受け入れ先ではありませんが、リソース(人材)が足りない場合、あれもこれもお願いしたいのが本音です。しかし、その業務すべてを丸投げしてしまうと、プロボノワーカーはどこから手をつければいいか分からず、思った以上に工数を費やしたり、本業に悪影響を及ぼすことにもなりかねません。また受け入れ先にとっても、期待していたような成果につながらないことが起きてしまいます。
プロボノのプロジェクトで成果を収め、お互いWin-Winの関係になるためには、プロボノワーカーや受け入れ先の間に入って、プロジェクトの企画設計やマネジメントを行ってくれるNPO法人のサポートが欠かせません。
今受け入れ先では何が課題なのか、どんなブロボノワーカーと組めばよいのか、そういったことを丁寧に整理した上で、プロボノワーカーが取り組みやすいように業務を1つに絞って、ジョブを分解し、タスクに落とし込むサポートをしてもらうことが必要です。そこまで整理していかないと、いくらスキルを持つプロボノワーカーでも、一定期間内で業務を遂行するのは難しいと思います。
よくあるのが、経営者と現場が言っていることが違う場合です。プロボノワーカーに任せる業務は非常に難易度が高かったりするので、社内で調整した上で、決まったタスク(業務)を提示することが大事になってきます。
従業員の研修やCSR、CSVとしてプロボノへ参加する大手企業が増えている
──大手企業によるプロボノへの取り組みも増えていると聞きますが、その背景としてはどういうことを考えられますか。
今永:大手企業がCSRに注力している中で、企業単独でやるだけでなく、他の企業やNPO法人と連携して、社会貢献の支援を行っているケースが増えています。
また、NECやパナソニック、住友商事のような大手企業の中には、プロボノを研修の一環として導入している企業もあります。実際に社員が体験したプロボノをホームページなどで紹介している企業も出始めています。
このように、プロボノの活動は、企業にとってのCSRやSDGsにも役立ちしますし、CSV(Creating Shared Value)という、CSRのような完全な慈善活動ではなく、利潤を追いながらも、社会問題を解決するところからスタートする企業も出てきています。
大手企業がプロボノ活動を導入する際の2つの注意点
──大手企業がプロボノ活動を取り入れる場合に、気をつけるべきポイントはありますか。
今永:大きくは2つ考えられます。1つは兼業・副業の解禁と同じで、プロボノ活動を業務時間内とするのか、業務時間外とするのか。どちらの労働と考えるのか、その線引きをしなければなりません。 また労災が起きた時にどう対応するのかといったことも事前に対策を考えて、整理しておく必要があります。
もう1つは、プロボノ活動に強制的に参加してもらうのではなく、「業界が好き」「企業理念に共感できる」など、参加者のモチベーション向上につながる工夫が必要な点です。プロボノもボランティアの一種なので、参加者の意思や想いが反映されていないと、受け入れ先とWin-Winの関係を築けません。
参加者全員にスキルがあるからと言って、必ずしも全員のニーズに合致するわけではありません。そういう意味では、スキルよりも、受け入れ先のミッションやビジョンに共感できるかどうか、その相性も非常に重要になってきます。
オーバースペックなスキルよりも、この企業や団体でプロボノをやりたいという意欲や、そこに至るまでの経緯などを見て、マッチングを行うのがよいでしょう。
対外的交流が少ない中小企業でのプロボノの効果は、中長期的な視点で描くこと
──中小企業はプロボノワーカーとのコラボレーションは、社内の活性化につながると思います。それゆえ中小企業ももっとプロボノを導入すべきかと思いますが、何か障壁があるのでしょうか。
今永:中小企業の経営者は、外部人材との交流で受け入れ側の手間や異なる文化が混ざり合う事で、軋轢が生じやすくなると考えている人もいるかもしれません。
プロボノを導入したとしても、本来経営者や企業に魅力があれば、若手は「すぐに辞めたい」とはならないはずです。プロボノがきっかけで辞めるのではなく、元々人間関係や職場環境に何らかの問題があったのだと思います。
それに、中小企業だと対外的な交流もそれほど多くないため、プロボノワーカーなどの外部の人が入ってくると、従業員も身構えてしまうところがあります。それによって、プロボノワーカーは受け入れられていないという感覚に陥り、プロジェクト活動もよい成果を生み出せなかったりします。
大企業だと外の人が来ても、その部署がざわつくだけで、会社が揺らぐほどの影響はありません。しかし中小企業だと、小規模なだけに会社全体に与える影響も大きいです。プロボノワーカーが入って、社内が円滑にまわり始めるには、数年ほどの時間を要します。ですから、プロボノのコラボレーション効果は、即効性を期待するのではなく、中長期的な視点で考えるのがいいでしょう。
外と中をつなぐマージナル・マンが、自社で評価されるようになれば、プロボノ活動をするみんなが幸せになれる
──最後に、今後プロボノはどのように変化していくとお考えですか。
今永:人手不足に悩む中小企業は数多く存在します。受け入れ先企業はもちろん、プロボノのようなフリーランスも徐々に増えていくと思います。その時に、プロボノワーカーと企業をつなぐ仲介役「コーディネーター」も大事ですが、大手企業などで、越境(学習)を仲介するような「マージナル・マン(※)」の存在が注目されていくと思います。この人は、外(受け入れ先)のことも、中のこと(大手企業)も理解しており、もちろん今後プロボノをやってみたいという個人の立場も把握しています。
こうした人がプロボノ活動によって、外部のNPO法人や中小企業とのコラボレーションを実現し、自社(大手企業)の企業価値を高めても、今だと評価されることはほとんどありません。
しかし今後は、「あなたがいたおかげで、自社にとってプラスαの価値や売り上げが生まれた」ということが必ず出てくるはずです。そこで、こうした活動を評価する制度が確立されていくと、従業員も社会的な活動をしながら、自社へのコミットも高まり、(離職率の低下)にもつながるはずです。
プロボノ活動として成果が出てくれば、プロボノを輩出する側の大手企業も、受け入れ先の企業や団体、そしてプロボノとして活動している本人も、みんなが笑顔で、幸せに活動できるようになっていくのではないでしょうか。そんな世界が生まれる可能性があると思います。
※マージナル・マン…複数の集団と関わりを持ちつつ、そのいずれにも完全に属さない人のこと。
編集後記
前編・後編で名古屋産業大学今永典秀准教授へのインタビューを通じて、プロボノの現状と未来について探ってきました。
プロボノ活動で成果を上げるには、まずプロボノワーカー(個人)と、受け入れ先の組織(企業やNPO法人)それぞれにとってWin-Winの関係を築くことが重要になってくる。そして、それを実現するためには、プロボノ活動を支援するNPO法人の存在と、プロボノワーカーと受け入れ先の組織、お互いの「距離の取り方」が欠かせないと、同氏は指摘します。
特に「距離の取り方」においては、配慮するだけにとどまらずに、両者が業務範囲や内容、工数などを明確にして、互いに認識を合わせることが求められるため、限られた日数の中でも、深いコミュニケーションが必要になってくるでしょう。
今後において、プロボノワーカーを輩出する大手企業での、こうしたプロボノ活動を評価する体制の強化と、関係の立場をよく理解して、調整・支援する「マージナル・マン」の存在が鍵になりそうです。環境が整い人材が増え、関わる人や組織が幸せになれば、プロボノはもっと世の中に普及・浸透していくことでしょう。
今永典秀(いまなが のりひで)
名古屋産業大学現代ビジネス学部経営専門職学科准教授、地域連携センター長
1982年生まれ。名古屋大学経済学部卒業、博士(工学)。大学卒業後、民間企業での実務経験、岐阜大学地域協学センターで、次世代地域リーダー育成プログラムの開発と実践を経て、2019年より名古屋産業大学に在職。社会人と学生の対話の場の企画運営を行う市民活動経験やまちづくり、NPO法人や社会課題解決を目指す活動のアドバイザー・理事などを務める。実務経験を活かし、理論と実践を両立する「実務家教員」として、大学でのインターンシップを中心とした教育プログラムの開発と実践を行う。主著「長期実践型インターンシップ入門(共著)」「企業のためのインターンシップ実施マニュアル(共著)」「共創の強化書(共著)」等