本稿は「地方公務員という生活の基盤を守る仕事をどう守るか」という連載企画の第4回となる。第4回となる本稿では、公安職の現状を知るために消防職員の人材採用担当者にインタビューを行った。
少子化による若手労働力の不足やそれに伴う民間企業の採用強化により、地方公務員の人材確保が年々難しくなっている。消防職員も例外ではなく、採用試験の受験者数減少、若手職員の離職が課題となる中で、どのように人材を確保し、定着させていくかが問われている。
本インタビューでは、消防職員の採用や定着における課題とその工夫、仕事の本当の魅力を伝えるための取り組みなどについて、横浜市消防局で人事係長を務める松本さんにお聞きした。
松本 晃
2001年横浜市消防局に入局。救助隊員・救助隊長等として災害対応業務に長年従事した後に、2017年からは警防部警防課のRWC2019・東京2020大会担当係長に着任。国家的イベントにおける競技会場等の安全対策に向けた局内外の横断的な調整業務に携わる。2021年には横浜市健康福祉局に派遣となり、新型コロナワクチン接種に係る本市全体の施策推進に関与、その後、2022年からは総務省消防庁に異動となり、消防職員の定年引上げに係る検討や、消防職員の労務・安全管理に関する施策立案等を担当した。現在は、横浜市消防局総務部の人事係長として、様々な部署における業務経験を活かしながら、採用から退職に至るまでの幅広い人事管理の業務にあたっている。
変化する求職者の価値観、キャリアパスにも関心
質問:現在、どのような業務を担当されていますか。
松本:現在、横浜市消防局の人事課で人事係長を務めています。職員の採用や異動、人事評価、そして退職に関する事務など、人事全般を幅広く担当しています。いわば、消防職員という職業の“入口から出口”までの流れに関わっているという形です。
また、私自身が直接所管しているわけではないのですが、人事課の中には人材育成や労務管理を担当するセクションもありまして、そちらとも連携しながら、人事施策全体について一緒に考えています。
質問:消防職員の採用において、ここ数年で感じている変化や課題はありますか。
松本:まず、採用試験の受験者数が顕著に減少してきているように感じます。その背景には、やはり民間企業の採用活動が活発で、求職者の獲得という意味では民間に競り負けている印象があります。
実際、民間との合同採用説明会などに参加すると、民間企業のブースに人が多く集まっている様子をよく見かけます。公務員の仕事が民間と比べたときに、なにか決定力に欠けるものがあるのかなと感じることがあります。
また、受験者(求職者)の意識自体も、私たちの世代のときと変わってきていると感じています。昔は「人のために役立ちたい」という想いが第一にあって、それがそのまま消防を目指す動機になっていたと思うのですが、今はそれに加えて「働きやすさ」や「給与面」といった部分への関心も強くなってきている印象です。
さらに大きな違いとして、今の受験者の多くは、組織に入った後に「自分がどう成長していけるのか」「どんなキャリアビジョンを描けるのか」といった点を重視しているように思います。自分の人生を長い目で見て、その中で消防という職業がどう位置づけられるかを真剣に考えているんですね。より慎重に、自分の将来を見据えたうえで進路を選ぶ人が増えていると感じています。
体力が必要、危険な仕事という消防職員に対する先入観
質問:消防職員の採用において、どういった部分が特に人材確保で難しいと感じますか。
松本:人材確保が難しいと感じる理由の一つは、消防という仕事に対して高いハードルを持たれていると感じています。例えば、消防職員になるためには、「体力がものすごく必要」という先入観が強くあることなどが挙げられます。もちろん、ある程度の体力は必要ですが、誤解を恐れずに言えば、応募する際には一般的な体力があれば十分です。
消防学校に入ってからの訓練や、その後の現場での訓練の積み重ねによって、体力や技術はしっかりと身についていきます。アスリートのような人でなくても、十分に務まる仕事です。
確かに、私自身もそうでしたが、入る前は「消防ってすごい体力がいる職場なんだろうな」と思っていて、そのイメージがハードルを高くしていたところはあると思います。みなさんが目にする消防職員の姿は、すでにいろんな訓練や教育を受けた後の姿です。もしかすると、そうした姿の印象が強く残るのかもしれませんし、私たち自身も知らず知らずのうちに強調してしまっているのかもしれません。
もう一つは、「危険な仕事」というイメージですね。確かに、火災の現場や救助の現場のように危険が潜んでいる場所で活動するという場面はありますが、私たちの活動は「事故を起こさないこと」を大前提で活動しています。私達自身が事故を起こしてしまったら、助けを求めている人を救助することができなくなってしまうからです。
私たちの仕事は、一般の方が入ることのできない立入制限のある区域の中での活動となります。だからこそ、災害現場では、よりいっそうの安全確保に細心の注意を払い、お互いに助け合いながら、しっかりとしたルールのもとで活動しています。
こういったイメージと現実とのギャップを少しでも解消するために、情報をより丁寧に、正確に伝える工夫も求められていると感じています。
憧れの職業を、将来の進路選択に繋げていく
質問:上記のような課題を解決するために工夫されていることはありますか。
松本:まだまだ手探りの状態なのですが、今意識しているのは、「体力がすべてじゃない」「決して危険な仕事ではない」という点に加えて、「消防の業務は幅広い」ということをしっかり伝えていこうということです。
消防の仕事は、消防隊や救急隊のような現場活動業務のほか、火災予防の広報活動、建物の検査・許可など非常に幅広く、市役所の防災部局で勤務することなどもあります。
多様な業務に携わる機会がたくさんあることにより、様々な形で市民の安全に寄与できることに加え、消防局に入ったらどのようなキャリアを歩むことができるのかについても、採用パンフレットなどを通じた広報の仕方を工夫していきたいなと考えています。
また、個人的な感覚ではあるのですが、幼稚園や小学校の時期には「消防車が好き」「かっこいい」という印象を持ってくれる子どもたちが多く、仕事に対する認知度は高いと思うのですが、中学・高校と成長するにつれて、いろんな仕事を知り、就職先としての選択肢から消防が外れていってしまう傾向があるように感じます。
一般の企業であれば「子どもの頃はそんな仕事があるなんて知らなかった」という状態から始まり、就職活動を実際に行う前になっていろんな情報に触れて知っていくというプロセスを経ると思います。
しかし、消防職員になった方の話を聞くと、「親族に消防士の人がいた」「知り合いにいたから興味を持った」というケースも多く、そういう知り合いがいなかったとしても、近所の消防署で消防車を見たりして、小さい頃はとても身近な存在として憧れていたケースも多いかと思います。
大きくなるにつれて、様々な仕事を知ることで、消防と言う仕事が「自分には無理そう」「すごすぎて自分とは違う世界」と思ってしまうのかもしれません。子どもの頃から憧れてくれていたからこそ、先入観も強くて、「リアルな進路先」にならないのかもしれません。
中高生、大学生にももっと積極的にアプローチして、消防という仕事をもっと身近に感じてもらい、また幅広い業務があることを知ってもらうことで、「自分もなれるかもしれないリアルな進路」として選ばれるようにしていきたいと考えています。
心理的安全性を重視した指導と若手がチャレンジしやすい環境づくり
質問:採用後の職員の定着に向けて、どのような取り組みをされていますか。
松本:採用後の教育としては、まず消防学校での初任教育があって、その後、現場に配属されてから実務教育を受けていただきます。実務教育の中ではトレーナー制度を設けており、身近な先輩が新人をフォローする体制を整えています。
また、指導のあり方についても、かつては体育会のようなイメージでしたが、指導方法は日々、改善していく必要があると考えており、心理的安全性を大切にした教育・指導ができるよう、組織としても教育技法の指導者研修も進めています。
さらに、若手職員が主体的に意見を出せる改革推進委員会なども設けており、若手が積極的に職場をより良くする提案やチャレンジができる環境づくりを組織としても進めています。
業務の幅広さにギャップを感じるケースも
質問:若手職員の離職理由として、どのような傾向が見られますか。
松本:職員の離職理由としては、まず「地元の消防に戻りたい」というケースがあります。進学をきっかけに横浜に来て、横浜市消防局で経験を積んだ後、今度は「生まれ育った地元を守りたい」という意識を持って、地元の消防職員に再受験するという人がいます。これは消防ならではの事情かなと思いますし、「離職」とはいえ、必ずしもネガティブだとは言えないものかと思います。
それ以外では、「思っていた仕事と違った」というギャップが理由になることもあります。仕事がハードだからとか、危険だから離職するわけではなく、むしろ仕事の幅広さにギャップを感じてしまうケースです。
消防の仕事は現場活動のイメージが強いのですが、実際にはデスクワークや防災の啓発活動など、幅広い業務を担当します。地道な幅広い業務が市民の安全を支えることにつながっていき、さらには、この業務の幅が多様な選択肢に応えられることに繋がるのですが、反対にいわゆる「消防士」のイメージだけを持っていると、ギャップを感じてしまうようです。
こういったイメージのギャップを防ぐためにも、現場での業務だけでなくいろいろな形で市民の安全を守ることができる仕事であることを正しく伝えていくことが大事なのかなと考えています。
安定性を伝える努力と採用試験の見直しの必要性を実感
質問:採用や定着に関して、制度的に改善が必要だと感じることはありますか。
松本:給与面については、制度上の制約があって、そう簡単に柔軟な対応ができないというのは、公務員全体に共通する課題かなと思っていますし、現場としての対応には難しさを感じるところです。一方で、市としても、民間とのバランスを見ながら段階的に給与を引き上げていますので、待遇面についても、民間に見劣りがしないように努力はしているところです。
給与面については、「高いか低いか」というだけではなくて、長い目で見た給与の安定性や昇給の仕組みなどを伝える必要はあるかと思います。消防職員も「市の職員」となりますので、長い目で見た人生の将来像を伝えることで「公務員としての安心感」を伝えることもできるのではないかと考えています。
また、採用試験制度の見直しも必要かもしれません。今までは消防独自の試験が主流だったのですが、これからは民間企業との併願も視野に入れて、もう少し柔軟な制度にしていく必要があるのかなと感じています。
民間企業でよく導入されている適性検査を一部の消防でも導入し始めていますが、現状では多くの消防でまだ独自の筆記試験を実施していて、それに向けた勉強が必要になります。そうなると、民間との併願がしづらくなってしまうため、消防が選択肢から外れるという声も聞いています。
消防職の魅力とやりがい、女性活躍を積極的に広報
質問:今後の採用活動において、どのような方向性を目指していきたいと考えていますか。
松本:消防の仕事をもっと身近に感じてもらえるようにしていきたいと思っています。私の場合は、現場の仕事に惹かれて消防の仕事に就きましたが、実際に入ってみると、救急や火災対応だけではなく、市民の安全を守るためのさまざまな仕事ができることに驚きました。消防の仕事のいろんな側面、魅力を知ってもらって、もっと身近に感じてもらえるような採用活動をしていきたいと思っています。
また、女性の活躍状況も積極的に広報していきたいと考えています。消防で女性が仕事をしていることを知らない人もいるようですので、まずは「女性も消防職員として活躍している」ということをしっかり伝えること、そして、育児や介護に関する制度がちゃんと整っていること、実際にこれらの制度を使いながら働いている女性職員が多くいることを、実例を通じて情報提供していきたいです。
さらに、「市の職員であること」の魅力も伝えていきたいと考えています。市の仕事は、目の前の市民にダイレクトに関われる部分が大きいです。特に消防は、人と直接関わる機会が多く、「ありがとう」と言ってもらえる場面も多い。そういうやりがいが実感できる仕事だということも、しっかり発信していきたいなと思っています。
多彩な人材が活躍できる消防の仕事、まずは内容を知ってほしい
質問:消防職員を志す方に向けて、伝えたいメッセージがあればお願いします。
松本:消防は、「体育会系の人が多い職場なのかな?」というイメージを持たれがちですが、実はいろんな分野の人が活躍していますし、そういう方が居ることで組織としては強くなると思っています。だからこそ、幅広い経験や多様なスキルを持った方たちを求めています。
実際に、最近は民間企業を経験してから消防に入ってくる人も増えています。たとえば建築関係の仕事をしていた人が、その知識を活かして消防に転職してくるケースもありますし、救急の現場に立ち会ったことがきっかけで「自分も人のためになる仕事がしたい」と感じて入ってくる人もいます。
まずは「どんな仕事なのか」を知ってもらいたいですし、そういった方たちへも積極的にアプローチしていきたいと思います。