『つむぐ、キャリア』で意識すべき学びとは──ホームとアウェイを往還する“越境学習”の視点で、個人に求められる学習環境を考える (対談:法政大学 石山恒貴氏)

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『つむぐ、キャリア』では、ライフキャリアやビジネスキャリアで直面する膨大な数の選択肢を、“選びながら、つむいでいく”という新たなキャリアデザインの考えを提唱した。

今回は、越境学習(※1)の研究者である法政大学の石山教授と、『つむぐ、キャリア』監修者である梅崎教授との対談を通して、新しいキャリア形成にどのような学習が求められるのかを紐解いていく。
※1 個人にとってのホームとアウェイを往還する(行き来する)ことによる学び/『越境学習入門』(石山恒貴:著)より

(写真左)法政大学 大学院 政策創造研究科 石山恒貴教授
(写真右)法政大学 キャリアデザイン学部 梅崎修教授

(写真左)法政大学 大学院 政策創造研究科 石山恒貴教授
(写真右)法政大学 キャリアデザイン学部 梅崎修教授

日本企業における学習環境の変化

日本企業における学習環境の変化

梅崎:最初に、日本企業の学習環境の変化についてお聞きしたいと思います。この30年でどんな変化があったのでしょうか。

石山:日本的雇用とか日本的経営には、固有の強みと固有の弱みの両方があります。今は、固有の強みの程度が低下した一方、固有の弱みはそのまま残っているという認識です。固有の強みは、企業内の小集団活動やQCサークル(※2)をはじめとした現場力の強さであり、特に社内での暗黙知の共有を可能とするOJTによる人材育成です。会社の中に知識が集積しているので、その中で学ぶことで大きな効果がありました。

また、社内における自由度と裁量の程度が大きく、本社の指示を待たすに勝手に他部署と連係して業務を進めた事例などが多く存在しました。たとえば、NHKのドキュメンタリー番組などが典型例ですが、社内で隠れてプロジェクトを進めることが画期的なイノベーションにつながることは珍しくありませんでした。ところが、時代が進むにつれ、日本企業の体制が整備され、上意下達による効率化が重視される中、こうした逸脱的な遊びの部分が少なくなってしまったと感じています。

一方、固有の弱みというのは、専門知とか学術知みたいなものに対するリスペクトが低いことです。現場力の自分たちが現場でやっていることに自信があり、体系化された専門的な知識や学術的な知識を重要視しない傾向があります。

これは経済学者の熊沢誠さんは「強制された自発性」と日本的経営の特徴を指摘しますが、社員に自発性があっても、それは同質的な企業文化を前提にしているという限界と関係します。つまり、同質性が強すぎるゆえに、自社の現場力だけを重視してしまうという弱みなのです。

※2 自主的に職場内で製品やサービスの質の管理・改善を小集団で取り組む活動

梅崎:『つむぐ、キャリア』の報告書の中では、企業内では高齢化によって役職が詰まってしまって、昇進ができなくなっているという状況を指摘しています。その上で、昔は企業の中でも人材の流動性が高かったし、社外の人とも柔軟に情報交換ができたのではないかと思います。今は社外の人と付き合う人はいるとしても、その人数が少なくなってきてしまったという印象です。

石山:戦後直後は様々な企業がゼロベースで勃興し、経済全体が成長していくという状況の中で、上のポストもがら空きの状況で、誰にも頼らず自分でなんとかする必要性に迫られました。必然的に社外の人と交流し、自然に良い学びができる環境があったのかもしれません。

梅崎:言い方が難しいのですが、荒っぽい組織の作りになっているからこそ、人が横に動けるようになっていて、結果的に越境的学習が社内で起こっていたのかもしれません。

昔、ある大手メーカーに天才エンジニアがいたのですが、あまりにも会社に出社しない。しかしその才能を見込んで、雇用形態を変えて在宅勤務がOKされたそうです。今だったら解雇されてもおかしくない状況ですよね。昔は事業に合わせて、もしくは人に合わせて人事制度を作っていましたが、今は制度とかシステムに人の方が合わせていくみたいな状況です。

石山:新興企業で新しい環境に柔軟に対応している例は多く見られます。先ほどの事例も、今だったら公平性に欠けるとか、一人だけ逸脱すると制度がもたないという話になって、「制度が大事」なのか「天才が大事」なのかといった議論になりそうです。

たとえばIT業界では、ITスキル標準に定められているキャリアパスを重視することで、それらの職種での専門性を醸成することができます。しかしイノベーションを起こす人の育成というのは、計画的なキャリアパスによる育成だけでは難しいという議論があります。

だとすると、枠組みにとらわれないことをどうやって実現するのか、枠組みにとらわれないことを枠組みで作ること自体が矛盾しています。

正統的周辺参加における周辺の重要性

正統的周辺参加図
正統的周辺参加図

梅崎:文化人類学者のジーン・レイヴと社会学習の実践家であるエティエンヌ・ウェンガーが提唱した「正統的周辺参加」は、社会的な実践共同体への参加の度合いを増すことが学習であるとする考え方でしたね。正統的周辺参加とは、学習論においては、中心に大切な知があって、それに向かって周辺から学んでいくというモデルなのでしょうか。

先ほどの話では、ビジネスでは周辺にこそ「新しさ」があると。企業家論では境界人が次世代企業家であって、既存事業の中心に行った人は新規アイデアが訪れない。だから中心に行く学びをしながら周辺(外)に行かないと、イノベーションは起きないということでしょうか。

石山:正統的周辺参加は周辺性の重要性を意識している議論で、熟練の過程で周辺参加から十全参加(フルパーティシペーション)に移行するとしていますが、中心参加するとは言いません。あえて中心という言葉を封印しています。

正統的周辺参加ではある共同体に参加した際に、その人に正統性が認められたときには、周辺で意義ある学びができる。他方、中心に学びの正解があるわけではない。周辺参加している新参者と十全参加している古参者には不断の緊張関係があり、場合によっては新参者と古参者の置換も生じる。それゆえ、中心に移行して完全な存在になるわけではなく、共同体のあらゆる状況の中で、それぞれに意義ある学びが草の根のように起きているのです。

そこにはフランスの哲学者ミシェル・フーコーの影響があるのですが、フーコーの議論を学習論的にポジティブに解釈すると、コミュニティの中心に権力を持った王様がいるわけではなく、権力とは共同体に存在するメンバー全員に身体化されているので、権力関係のダイナミックな交換が起こり、学びも至るところで生じるわけです。

越境するには、多様なネットワークを持ち続けることが重要

梅崎:なるほど、中心と周辺の単純な二元論ではないのですね。自分は周辺にいるよと言って、社員が全く学ばないのはダメですが、中心に行けばよいというわけでもない。

既存の知を吸収するベクトルと、中心から距離を取って、何かの外部の知と接点を持つベクトルがある。それは同時なのかどこかでチェンジするのか、キャリアデザイン上、意識すべきことですね。

石山:自著『越境学習入門』に書いたのは、経験学習というのは「既存の知の熟達を進める」ということなんですが、越境学習はむしろ熟達を停止して、「既存の知から、いったん距離を取ってみましょう」ということです。経験学習をやったら、どこかで一旦それをあえて拒絶してみて停止したほうがいいよと言っているわけです。

経験学習と越境学習はパラドキシカル(矛盾する)な面があるので、企業側からすると越境学習というのは、既存の知をある意味拒否して距離を取るということだとすると求心力がなくなるから、会社の知識だけに染まってくれと言いたくなるかもしれません。しかし、両方のバランスがあったほうがいいと思います。

梅崎:越境学習では、実践共同体(※3)を行ったり来たりするのですね。「往還」というのはキーワードですよね。若い頃は、実践共同体が会社だけという時があるかもしれないですが、でも、若い頃から二つ持っている人もいるし、だんだんと実践共同体を増やしていくという人もいます。たとえば三つの実践共同体で学ぶ機会があったとして、個人は何に注意すべきでしょうか。

※3 ある領域に関心を持つ人々が、自発的に学びを深めるコミュニティのこと

石山:自分の中に価値観が複数存在するということを、イントラパーソナル・ダイバーシティ(個人内多様性、あるいはひとり多様性)と言ったりしますが、越境するとそれが培われると感じています。

他方、越境する人は会社の中では、トリックスターとかよそ者とかドン・キホーテになってしまい迫害される可能性があります。社内では、外部の知識は簡単には受け入れられないので、時間をかけてそれを浸透させていくことが必要という認識を持ったほうがいいでしょう。

人生における適応感と不適応感のバランスを考える

人生における適応感と不適応感のバランスを考える

梅崎:普通の人が越境するときに、何が心理的なハードルになるでしょうか。教育学者のユーリア・エンゲストロームの拡張的学習の理論では、活動システム間の摩擦を指摘しています。コツをつかむということとスランプになるということの関係性ですね。

他の活動システムのところへ行くと最初不調になるものの、新しいコツをつかむことで学習につながる。うまく使いこなせていない状態が自分に起こった時、見方を変えれば、それは学びのチャンスなのですね。試行錯誤によってスランプから抜け出して未知の知を得られる人がいます。

逆に、慣れる前に学びをストップしてしまう人もいます。学び曲線がちょっと落ちたぐらいでディフェンシブになってしまう人が多いと思うんです。

石山:顕著な例がミドルシニアに見られます。慣れた環境での仕事をやりすぎてしまうことです。むしろ新たな実践共同体で一回スランプに陥って手も足も出ない状態になったほうがいいんじゃないかと思います。

梅崎:学習が起こる前兆として小さなスランプを捉えたほうがいいかもしれませんね。別の実践共同体に入っているわけだから、今までのやり方が通用しない状態のスランプは当たり前です。実践共同体への適応と不適応は往還でしかないということですね。

今、もし周囲に適応してうまくやっている人がいれば、その人には学びの機会がなくなっているわけです。ちょっと未知の場所を求めましょうというメッセージです。ただ、あんまり大きなスランプだと、やはり居場所を固めましょうというようなメッセージになりますが……。

石山:そこでスランプが大きすぎて、レジリエンスも効かないようなことになってしまうといけませんから。

梅崎:環境から学んでスランプから脱却するのが適応だとすると、適応が完了すると、学びはなくなります。だから、「不適応感と適応感が、自分の人生の中でどれくらいの割合で存在すべきか?」ということを意識的に考えなければならない。適応だけにも逃げてはいけないし、自分のキャパシティを超える不適応は抱えることになってはいけません。要するに、「適度な不適応」が必要ですね。

どこまでコミットするのか、コミュニティへの接続過剰の危険性

梅崎:ところで、越境学習で実践共同体をいくつか横断しようと思ったときに、いろいろな実践共同体にちょこっとだけ顔を出している人がいると思うんです。いろいろな共同体に接続しすぎて、接続過剰(=選択過剰)に陥って、結果的に何にも集中できていないというケースが多いのではないでしょうか。

石山:確かに接続過剰になり、どこにもあまりコミットしないケースがあるようです。しかし一方で、実践共同体は出入り自由なほうがいいよねという議論があり、私自身は、その方が良いと考えています。

ただし複数のコミュニティに所属するときは、枯渇しないように自分の資源をどう配分するかを意識しつつ、ただし、何もしない、接続過剰にもならないように関わっていくことが問われていると感じます。

梅崎:接続過剰にならない程度に選択するというのは難しい問題ですね。いずれにせよ、「調和」が大切ですね。例えば、実践共同体に三つ参加して、それぞれの共同体メンバーになれたとしても、どれもが強度がない、薄いつながりになってしまってはダメです。

一つの解答は堀江貴文さんが言っていた「多動力」だと思うんです。ダラダラとコミットメントするのではなく、強度が重要ですよね。その時その時に、わくわくと好奇心を持って集中することができるとよい。ただ、これはかなり高い能力、つまり「溢れる内発的動機」が必要です。たいていの人間は、あれもこれもと何となく選んだ結果、どれもが中途半端になってしまいます。

ビジネスには、強いコミットメント、所属した共同体にとことん付き合う持続性が求められることは現実ではないでしょうか。

石山:すべてのコミュニティで強いコミットメントを求められるのは大変だと思うので、一つの重要な能力として距離確保力があると思います。そのコミュニティにどこまでコミットするかについて自分の中で決めておくわけです。

個人としては、自分の資源を配分して「ここまではやります」という自分の位置づけをはっきりさせる力というのが、求められているのではないでしょうか。

複数地域の実践共同体でアイデンティティを確立

複数地域の実践共同体でアイデンティティを確立

梅崎:『つむぐ、キャリア』では、地域というものが、他と比べて特権的な選択肢ではないかと議論しました。選択過剰になってしまっている人が、コミットメントしたい共同体を選ぶには、リアル空間に存在している地域のほうがイメージしやすいわけです。

なぜならば、まず、物理的空間は選択肢を強制的に縮減しますね。その上で、土地は、何度も同じ場所に行くことによって、重ねていく、織っていくイメージが生まれるからです。その土地で織れるか織れないかというのは、おおよそ我々は認識していくでしょう。人生という時間制約の中で、それぞれの土地との付き合い方を選ぶことことができるわけです。

石山:確かにネット空間ではなくて、五感で感じられてリアルに理解できると、自分の中でも、どれくらいそこに時間や資源をさけるのかわかりやすいですね。

梅崎:『つむぐ、キャリア』では、複数の糸をまとめて、大きな糸にしていくことが、これからのキャリアのイメージではないかと考えています。そうだとすると、経験・想起・アイデンティティというものが重要になってきます。持続してコミットメントすれば、共有された経験が記憶として織り込まれ、それが人々のアイデンティティになってきます。

バラバラに放射線に選択して経験しても、それはバラバラのままです。我々に求められているのは、「馴染んでいく感じ」とか、「だれか一緒に過去を思い出す感じ」とか、もしくはそれらの積み重ねなのではないでしょうか。

石山:将来的にメタバースがもっと進化すれば、ネット空間でも同じようなことが起こるかもしれませんね。

コミュニティ作りは、記憶の共有を強いない工夫を

石山:実践共同体のコミュニティについてですが、うちのゼミは全部あだ名で呼び合っています。正統的周辺参加というのは、周辺にいるというときに正統性が必要です。あなたはこのコミュニティの一員になったよねという象徴でもあります。

梅崎:記憶を共有している人は、正統性を確保することになるわけですね。ただ、かつて『記憶の社会的チカラ』という体験型アートイベントを釜石でやったときに、僕は記憶を継承し共有することが良いことだと思って進めていたんですが、「記憶の共有」は、ある意味で排他性を伴うことを教えられました。

つまり、記憶を共有していない人は共同体に参加し難いのですね。それだからこそ、複数の正統的周辺参加は難しいです。

石山:ゆるいコミュニティを作ったときの一番の問題は、常連がマウントし始めるということですね。常連がまさに記憶の共有の暴力を使い始める。そうならないための運営者の工夫がいくつかあって、あるコミュニティは年間80個イベントを打つんです。

全然テーマが違っていて常連が全部参加しきれない。そうすることで、コミュニティの中で意図的に記憶の分散みたいなことが起こるように工夫している。

梅崎:常連の暴力というのはスナック的なアウェイ感と言いましょうか。旅行先でふと地元のスナックに入ると、かなりのアウェイ感がありますよね(笑)。

店内のお客さんがみんなすごく笑っていても、常連客でない自分にとっては大して面白くない。言葉が通じている範囲、記憶が共有されている範囲がハッキリしてしまう。仲の良さを維持しながらいかに開かれたコミュニティをつくるかは課題ですね。

「いい波来てるね!」が1on1の合い言葉に

石山:越境学習を取り入れる企業が増えているようですが、日本企業の人事部の一番の問題は、横並び主義が強いことですね。経営学のテーゼで、「戦略は組織に従うのか、組織は戦略に従うのか」というのがありますが、大手前大学の平野光俊教授いわく、「日本の人事は流行に従う」と。

ジョブ型雇用しかり、人的資本経営しかりです。イノベーションを起こすためには、越境学習が必要だという議論がされますが、大切なのは企業の独自性です。企業側が「あなたのためだから、これをやりなさい」と社員を指導することに疑問を覚えます。

梅崎:私が考える企業人事の課題は、人の成長を直線で考えすぎていることです。企業側は、学習プログラムを有効活用すれば、従業員を直線的に成長させることができると考えてしまう傾向が強い。しかし、学習成果を時間軸に沿ってグラフ化すると、直線ではなくて波状の曲線を描くと思います。

漢字や英単語の暗記をしているわけではないのですから、勉強じゃなくても経験学習です。壁にぶつかったり、乗り越えたり、成長曲線は波形なんだと理解したいです。波が大きい人はそれだけ成長の可能性も大きいかもしれないのです。

石山:越境学習をするにしても、個々人で波形が違うのであれば、企業側は個人にもっと越境学習をする自由を与えるというか、邪魔しないで応援していますよというメッセージを伝えるくらいでいいのではないでしょうか。

梅崎:人事担当者にしても部署の所属長にしても、社員や部下の成長を感じたら、「お、いい波来てるね!」といった語りかけをするといいと思います。サーフィン用語で語ってしまうことなんです(笑)。

そう言われたほうは、「いや、いい波来てないです。今の波、駄目っすよ」とか返して、「じゃあ、いい波にしてこうよ!」みたいな1on1のコミュニケーションができるといいですね。


梅崎 修(うめざき おさむ)
法政大学 キャリアデザイン学部 教授
マイナビキャリアリサーチLab 特任研究顧問

梅崎 修(うめざき おさむ)
法政大学 キャリアデザイン学部 教授
マイナビキャリアリサーチLab 特任研究顧問
1970年生まれ。大阪大学大学院経済学研究科博士課程修了(経済学博士)。2002年から法政大学キャリアデザイン学部に在職。専攻分野は労働経済学、人的資源管理論、オーラルヒストリー(口述史)。人材マネジメントやキャリア形成等に関しての豊富で幅広い調査研究活動を背景に、新卒採用、就職活動、キャリア教育などの分野で日々新たな知見を発信し続けている。主著「「仕事映画」に学ぶキャリアデザイン(共著)」「大学生の学びとキャリア―入学前から卒業後までの継続調査の分析(共著)」「大学生の内定獲得(共著)」「学生と企業のマッチング(共著)」等。

石山 恒貴(いしやま のぶたか)
法政大学 大学院 政策創造研究科 教授
一橋大学社会学部卒業、産業能率大学大学院修士課程修了、法政大学大学院博士後期課程修了、博士(政策学)。NEC、GE、米系ライフサイエンス会社を経て、現職。日本キャリアデザイン学会副会長、人材育成学会常任理事、Asia Pacific Business Review(Taylor & Francis) Regional Editor、日本女性学習財団理事、フリーランス協会アドバイザリーボードなど
主な著書:『定年前と定年後の働き方』光文社、『カゴメの人事改革』(共著)中央経済社、『越境学習入門』(共著)日本能率協会マネジメントセンター、『日本企業のタレントマネジメント』中央経済社など
主な受賞:日本の人事部「HRアワード」書籍部門最優秀賞、経営行動科学学会優秀研究賞(JAASアワード)、人材育成学会論文賞など

石山 恒貴(いしやま のぶたか)
法政大学 大学院 政策創造研究科 教授
梅崎修
登場人物
法政大学キャリアデザイン学部教授
OSAMU UMEZAKI
栗田 卓也
担当者
キャリアリサーチLab所長
TAKUYA KURITA
宮地太郎
担当者
キャリアリサーチLab主任研究員
TARO MIYAJI
東郷 こずえ
担当者
キャリアリサーチLab主任研究員
KOZUE TOGO
井出 翔子
担当者
キャリアリサーチLab主任研究員
SHOKO IDE
関根 貴広
担当者
キャリアリサーチLab主任研究員
TAKAHIRO SEKINE
片山久也
担当者
キャリアリサーチLab編集部
HISANARI KATAYAMA

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