担い手の高齢化や人材不足が課題となっている林業。その中で、従来の常識にとらわれない働き方を実現し、若者や移住者を惹きつけている企業があります。和歌山県で「木を切らない林業」を掲げる株式会社中川は、6時間勤務、給与の全員公開、独立支援制度など、一見すると大胆にも映る施策を行っており、その背景には、「人は何のために働くのか」を根本から問い直す考え方があります。
同社の取り組みは、林業における新しい働き方の提示にとどまりません。地域の中小企業や第一次産業にとっても、採用や定着を見直すうえでのヒントを含んでいます。創業者の中川雅也さんに、その考えと実践について伺いました。
中川 雅也(株式会社中川 創業者)
1983年和歌山県生まれ。大学卒業後インドネシアのスラバヤで貿易の仕事を2年半経験し、地元にUターン。2008年地元森林組合に就職、2016年に『育林は育人』という社訓とともに株式会社中川を創業した。『木を伐らない林業』を提唱し、従業員とともに山を育てている。
厳しい環境だからこそ挑む。中川のビジネスモデルと事業の特徴
質問:まずは、御社の事業内容について教えてください。
中川:株式会社中川は、「木を伐らない林業」をコンセプトに、木を植えて育てることに特化した事業を展開しています。伐採を中心としてきた従来型の林業とは異なり、森林の循環を重視し、長期的な視点で価値を生み出しているのが特徴です。
また、当社は和歌山県を拠点に事業を展開。これは単に私の地元であるという理由だけでなく、あえて厳しい条件の中で成立するモデルをつくるためです。
和歌山県は全国の中でも補助金水準が低く、山の傾斜も急なため、林業経営にはさまざまな工夫が求められます。だからこそ、こうした環境で成り立つ仕組みであれば、他地域にも広げられる。そんな考えのもと、行政支援に頼りすぎない林業のかたちを模索しています。
質問:どういった人材が活躍されているのでしょうか?
中川:当社で活躍しているのは、「ここで働きたい」「田舎で暮らしたい」といった、自分の意思で環境を選んでいる人材です。特別な志望動機や経験よりも、「自分の時間の使い方や生き方を大切にしたい」という価値観を持っていることが共通点だと感じています。
実際、当社では積極的に求人募集をしておらず、ホームページの問い合わせからの連絡をきっかけにご縁が生まれるケースが中心です。現在の従業員は約30名で、そのうちの半数が移住者。また女性も6名在籍しており、林業業界の中では比較的高い比率となっています。林業未経験からスタートした人材も多く、多様な背景を持つメンバーが活躍しています。
植林体験の様子/株式会社中川ご提供
また、将来の担い手との接点づくりとして、大学生インターンを年間50人ほど受け入れているのも特徴です。田辺市は観光地で宿泊費が高く、学生や個人での滞在には負担が大きいため、当社では古民家を購入・改装し、いつでも滞在できる環境を整備。こうした受け入れ体制があることで、年間を通じてインターン生や体験希望者を迎え入れることができています。
従業員に還元する働き方と、人材が循環する仕組み
質問:非常にユニークな働き方改革に取り組まれているとお聞きしています。具体的に、どのような施策を行っていますか?
中川:当社では、従業員への価値還元を重視し、働き方や制度を設計。人件費率は50%以上、純利益は10%以上を取らない方針とし、「儲けすぎない」ことで従業員に還元する仕組みをつくっています。
働き方の特徴は、『6時間勤務』と『日当制』です。一般的には1日8時間労働が標準ですが、実際には仕事そのものの時間に加え、移動や準備にも時間がかかります。さらに睡眠や食事の時間を考えると、1日24時間の中で自由に使える時間はごく限られます。「働くことで毎日が埋め尽くされてしまわないように」という思いから、私たちは1日の労働時間を6時間にしています。
日当制を採用しているのも、従業員が自分や家族の都合に合わせて働き方を調整しやすくするためです。現場も5〜6人のチームで動くため、急な休みが出ても仕事が滞りにくく、無理なく回る仕組みになっています。
林業は体力仕事でもあるため、夏場の暑さ対策としてフレックスタイム制を導入。朝6時から働き始めて昼には仕事を終えるなど、気温や体調に合わせた働き方が可能です。
評価制度にも特徴があります。給与はチームリーダーが2カ月ごとに査定しており、頑張りが短期間で反映される仕組みです。全社員の給与も公開しており、評価の透明性を担保しています。これにより、「この人と同じレベルになれば、これくらいの給与になる」と将来像を描きやすくなりました。身近な先輩に成長の過程を直接聞けるため、1年後、2年後の自分も具体的にイメージしやすくなります。
こうした取り組みによって、「時間の自由」と「収入への納得感」を両立できる環境が生まれました。採用や定着の面でも、着実な効果につながっています。
質問:独立支援制度も導入されています。この制度を導入した背景や仕組みについても教えてください。
中川:この制度を導入した背景には、「人が辞めない会社」だからこその課題がありました。離職率の低さは強みですが、人材が定着するほど社員が増え、新たな仲間を受け入れる余地が限られていました。そこで当社では、社内にとどまり続けることだけを前提にするのではなく、独立や起業も前向きなキャリアの選択肢として位置づけています。
具体的には、独立時に最大2名まで自社のメンバーを誘える「ヘッドハンティング制度」を設けています。1人が起業し、2人を連れて独立すれば、会社としては新たに人材を採用する余地が生まれます。いわばのれん分けのような形で、組織と人材の循環を生み出しています。
独立後の会社とは資本関係を持たず、ロイヤリティも取りません。ノウハウは共有しながら、それぞれが自立して成長していく関係を重視しています。現在は元社員が9都県で起業しており、各地でつながりが広がってきました。これは単なる独立支援ではなく、雇用の循環を生み出しながら、林業の可能性そのものを広げる仕組みだと考えています。
さらに、このネットワークの広がりは、災害リスクへの備えとしての側面も持っています。たとえば南海トラフ大地震のような大規模災害が起きれば、地域によっては林業が長く止まる可能性もあります。そのとき全国に拠点があれば、従業員が別の地域で働き続けることができるのです。
会社都合から自分ごとへ。働き方に起きた変化
質問:従業員ファーストの環境にしようと思った背景をお聞かせください。
中川:きっかけは、前職で出勤しようとした朝、3歳の息子から「遊んでほしい」と言われたことです。その一言で、自分が「仕事を続けるか、父親としての時間を取るか」という究極の選択を迫られていることに気づきました。家族を持つ立場として、父親であることをやめるわけにはいきません。そう考え、当時の仕事を辞めました。
その後、転職も考えましたが、「子どもと過ごすために休むこと」が当たり前に認められる会社には出会えませんでした。だったら、自分が本当に働きたいと思える会社を自分でつくるしかない。そう考えたのが出発点です。
林業を選んだのは、業界そのものに大きな可能性を感じたからです。担い手不足が進む一方で、山は確実に存在し、手入れされていない場所も多く残っています。競争の激しい業界に入るより、未開拓の領域で新しいモデルをつくるほうが合理的だと考えました。
こうした個人的な経験と問題意識、そして林業に対する可能性への確信が重なって、「従業員が自分の人生を大切にできる会社にしたい」という考えにつながったのです。今の従業員ファーストの環境は、その延長線上にあります。
質問:入社した従業員からは、どんな声がありましたか?
中川:従業員からは、「時間の捉え方が大きく変わった」という声がもっとも多く寄せられています。
以前は、「月曜日だから出社する」「連休前だから残業して仕事を終わらせる」といったように、会社の予定に合わせて過ごすのが当たり前だったと聞いています。そのため、自分の生活や気持ちを後回しにし、「本当はどう働きたいのか」を考える余裕がなかったという声が目立ちます。一方、当社で働く中で、時間の主導権が“会社都合”から“自分ごと”へと変わったという実感が生まれています。
その象徴的な制度が、男性の育児休業です。取得率は100%で、平均取得期間は約3カ月。制度としては2カ月から最長1年まで取得可能で、「最低2カ月は必ず取得すること」を前提としています。まだ子育てに手がかかる時期に、短期間で復帰するのではなく、しっかりと家庭に向き合う時間を確保するためです。
さらに特徴的なのが、復帰のタイミングを本人の意思だけで決めるのではなく、パートナーの意向や家庭の状況も踏まえて相談しながら決めている点です。そのため、状況に応じて柔軟に延長されるケースもあります。
こうした仕組みによって、育児を当事者として担う時間が生まれ、「家族と過ごす時間の価値」や「家庭での役割」を見つめ直すようになったという声が多く聞かれました。その結果、仕事と家庭の関係を主体的に捉え、時間の使い方そのものが変わったと感じる人が増えています。
私たちが目指しているのは、働く本人だけでなく、その従業員を取り巻くパートナーや家族にも納得してもらいやすい形をつくることです。家庭の理解や安心感があってこそ、働く人も前向きに力を発揮できます。さまざまな取り組みを通じて、家族からも応援される会社でありたいと考えています。
ライフステージに寄り添う。新しい林業のかたち
質問:女性活躍という点で、働く環境として工夫されていることはありますか。
中川:林業は体力的にハードな仕事で、従来は女性にとってハードルが高い面もありました。実際、20〜30kgの荷物を背負って山を登る必要があり、その負担が大きな課題でした。
そこで当社では大型ドローンを自社開発し、荷物運搬を担えるようにしたのです。これにより「登山ができれば林業に携われる」状態を実現し、体力面でのハードルを大きく下げています。
ドローンで荷物を運ぶ様子/株式会社中川ご提供
働き方の面でも柔軟性を持たせています。自由出勤の仕組みがあるため、体調が優れない日は無理に現場に出る必要はありません。苗木づくりなど、その日の状態に応じた作業に切り替えることもでき、性別を問わず働きやすい体制を整えています。
さらに、出産後の働き方についても見直しを進めています。現場で働く女性社員が出産を控えており、産後すぐに山の仕事へ復帰するのは現実的ではありません。そこで現在は、復職後も無理なく業務に関われる新規事業の立ち上げに取り組んでいます。
質問:どのような新規事業をお考えですか。
中川:アロマ工場や木工所、ドローンスクールといった事業です。背景にあるのは、「林業=体力仕事」という前提を変えたいという考えです。これらの事業であれば街中でも仕事が可能。そのため、山に登るのが難しくなっても、無理なく働き続けられます。
山で出る杉の枝葉を活用したアロマ事業では、未利用資源を原料として使うだけでなく、製造工程まで含めて循環型の仕組みを目指しています。熱源には灯油ではなく薪を使う想定であり、その過程で生まれる灰は土壌改良材として山に還元できます。枝葉を使ってアロマをつくり、そこで生まれた灰が再び山を豊かにする。この循環によって、「ゴミを出さない」林業を実現しようとしています。
さらに、街中に拠点をつくることで、高齢者が気軽に働ける場としての機能も持たせたいと考えています。地域の人が集まり、世代を超えたつながりが生まれることで、コミュニティの活性化にもつながるはずです。
単なる新規事業にとどまらず、林業を軸に「働き方」「資源」「地域」が循環する仕組みづくりを目指しています。
何のために働くのか。地方経営者に求められる視点
質問:他の業界でも活かせるお話だと思います。最後に地方で事業を営む経営者にアドバイスはありますか。
中川:大前提として、従業員は会社のためだけに働いているわけではないと考えています。お金を稼ぐことは目的ではなく、その先にある「家族と過ごす時間」や「自分らしい人生」を実現するための手段です。
そのため企業側も、「給料を払っているのだから働いて当然」という発想ではなく、従業員が何を大切にしているのかを知る必要があります。特に地方では、都会のように給与水準だけで勝負するのは難しい。だからこそ、給与以外の価値をどう示すかが大切になるのだと思います。その一つが、「時間のゆとり」や「暮らしやすさ」といった、地方ならではの価値です。
私自身、そうした価値を働き方としてどう形にするかが大事だと感じています。「何のために働くのか」という原点を見失わず、従業員本人だけでなく、その家族にも納得してもらえる働き方を考えることが、長く働き続けてもらえる組織につながるのではないでしょうか。