少子高齢化が進み、担い手の確保が急務となっている日本の第一次産業(農業・林業・漁業)。担い手の高齢化や人手不足といった構造的な課題を抱える一方で、DX化の進展やコロナ禍を機に高まった地方移住への関心、サステナビリティへの意識の高まりなど、若い世代にとって第一次産業がチャレンジしやすい環境になりつつあるという側面もあるようです。
「第一次産業とキャリア」をテーマにしたこのシリーズ企画では、農林水産業の現場で何が起きているのかについて、政策の最前線にいる方々の言葉から紐解いていきます。今回は農林水産省、林野庁、水産庁の担当者に、それぞれの産業が直面する現状の課題をはじめ、DX・スマート化の取り組み、そして2030年を見据えた展望まで、それぞれの立場からお話を伺いました。
<写真上段>左から
平塚悠騎(水産庁 増殖推進部 研究指導課/海洋技術室 先端技術班 企画係長)
朝倉邦友(水産庁 漁港漁場整備部 計画・海業政策課 環境整備班 課長補佐 兼 災害査定官)
木村洋一郎(水産庁 増殖推進部 研究指導課 課長補佐)
<写真下段>左から
三橋謙一(水産庁 漁政部 企画課 漁業労働班 課長補佐)
野見山誉(農林水産省 経営局 就農・女性課 課長補佐(総括及び総務班担当))
成瀬昌弘(林野庁 林政部 経営課/林業労働・経営対策室 林業人材育成班 課長補佐)
※所属・役職は取材日時点のものです。
食料供給を支える担い手不足の深刻化
質問:第一次産業全体として共通している課題と、それぞれの産業における課題はなんでしょうか。
野見山:課題はそれぞれの分野によって異なりますが、共通して言えるのは、国際情勢の不安定化による食料・エネルギー供給への影響、そして気象の激甚化です。農業・林業・水産業のいずれも、大きな影響を受けています。さらに、人口減少と高齢化という構造的な課題もあります。農林水産省の最大のミッションは国民のみなさまへの安定的な食料供給ですが、それを達成するためには農業・林業・水産業それぞれが直面するこれらの困難な課題を乗り越えていかなければなりません。
成瀬:林業の課題は、充実した森林資源をいかに活かすかという点です。戦後に植えられたスギやヒノキが成熟し、国内の人工林の半分以上がすでに利用可能な段階にあります。しかし住宅需要の減少によって木材消費量が伸び悩んでいるため、非住宅分野の木材利用の拡大が求められています。伐って、使って、また植えてという循環サイクルを維持・拡大するためには、担い手の安定確保が不可欠で、林業従事者の所得水準を上げることも大きな課題です。
三橋:水産業の固有課題は、海洋環境の変化への対応です。近年の高水温は魚の資源量や漁場の分布に影響を与えており、生産量減少傾向が見られています。また、漁村は地方の沿岸に展開しており、その地域自体の人口流出・高齢化が進んでいることも課題です。
所得水準の向上が人材確保の鍵
質問:少子高齢社会のなかで、各産業の担い手不足についてはどのようにお考えでしょうか。
野見山:農業においては、担い手の減少が大きな課題と感じています。農業就業者数は2000年には240万人でしたが、2025年には102万人に減少しており、25年間で半分以下になっています。なかでも実家の農業を受け継ぐ形の親元就農と呼ばれる新規就農者が減っており、これが全体の数字を押し下げています。一方で、新規参入者や企業に雇用される就農者の割合は増加傾向にあります。
もう一つの課題は所得水準です。資材価格の高騰が続くなかで、農産物の出荷価格は品目によって差はありますが、十分には上がっていない状況です。総理も農林水産大臣も、「稼げる農林水産業」を目指すとさまざまな場で発言されている中で、担い手を確保していくために解決しなければならない課題と感じています。
成瀬:林業の担い手については、1985年には約12万6,000人いましたが、2020年の国勢調査では全国でおよそ4万3,700人に減少しています。この5年ほどはおおむね横ばいで推移している状態で、新規就業者数もここ10年は毎年3,000人前後で安定しており、高齢化率も若年層の割合も大きな変化がない状態です。ただ、国産木材の循環利用を推進していくために、今後も担い手をしっかりと確保していく必要があり、人材確保は非常に重要な課題だと認識しています。
また、新規で林業に就いてくれた人が定着してキャリアアップしながら活躍し続ける産業にしていかなければなりません。林野庁では「緑の雇用事業」として、新規就業者が技能を習得するための研修への支援を長年にわたって実施してきており、こうした取り組みが新規就業者の確保に一定の効果を上げていると考えています。
三橋:漁業就業者数は2013年の約18万1,000人から2024年では約11万5,000人まで減少が続いています。主な要因として高齢者のリタイアがあり、体力的な制約もあり毎年相当数が離職しています。一方で、新規就業者は毎年1,700〜1,800人ほどいて、このうち40歳未満が約7割を占めています。引き続き、バランスが取れた年齢層の担い手確保の実現が求められます。
新規就業者に関しては、他産業からの参入が約7割を占める点が漁業の特徴です。農業のように土地の確保から始める必要がなく、船を準備すれば沿岸漁業を始められるため、Iターンや会社員からの転業なども一定数あります。
スマート農林水産業の現在地と手応え
質問:スマート農林水産業 (先端技術を利用して生産性や安全性を向上させる取り組み)について伺います。各産業ではどのように進んでいるでしょうか。また、現段階で感じている効果はありますか。
野見山:農業では、2019年度からスマート農業の実証プロジェクトを開始し、全国約217カ所で実証を行いました。たとえばお米の農薬散布ではドローン利用がすでに普及しており、農薬散布サービスを提供する事業も存在します。
農薬散布をするドローンの様子/農林水産省ご提供写真
実証を通じて明らかになった課題として、スマート農業機械の導入コストの高さや、スマート農業に適した栽培方法の必要性が挙げられます。これらの課題に対して、国は2024年に施行したスマート農業の法律スマート農業技術活用促進法に基づく認定制度を開始し、税制・金融等での支援や予算措置を通じて開発・普及を後押ししています。また、ドローンによる農薬散布を専門的に扱う事業者など、農業サービス事業体も増えており、多様なプレイヤーの参入を促すことで、スマート農業の裾野を広げています。
成瀬:スマート林業では、航空レーザー計測による森林資源の効率的な把握が進んでいます。かつては人が山に入って木を1本ずつ調査していましたが、現在は広大な面積を効率的に把握できるようになっていています。また、伐倒作業においては、作業者が離れた場所で遠隔操作する機械の導入が始まっています。伐採した木材運搬においても、フォワーダという林業機械が決められたルートを無人で運ぶ技術の開発が進められています。こうした取り組みを進めることによって作業の効率化と労働環境の改善を進めています。
木村:水産庁でも補助金事業でスマート水産業の取り組みを進めています。たとえば、従来は都道府県の研究施設の職員が現場に出向いて計測していた水温や塩分データを、モニタリングシステムによって取得できるようになりつつあります。これにより、高水温の兆候を早期に把握してノリや養殖魚の生産管理に役立てることができます。
平塚:スマート水産業のための機械を導入する事業は、2021年度の補正予算事業からスタートし、その後、事業内容を微調整しながら取り組みを進めてきました。機械を導入したことの効果はすぐに出るものではないのですが、ちょうど2021年度補正予算事業において導入した機械の効果測定を現在進めています。わかってきたこととしては、知名度は低くても実際の現場で大きな成果を出す機器があること、一方でメンテナンスの手間が負担となって少人数の漁業者には使いにくい機器があることです。また、モニタリングシステム等を導入しても「実際に自分で海を見なければ納得できない」という漁業者もいて、実際に使ってみないとわからない部分があると感じています。
新規就農を促す国の支援策
質問:スマート農業の全国展開が加速していますが、導入が進む地域と進まない地域があるかと思います。この差を埋めるための施策はありますでしょうか。
野見山:スマート農業は平坦な土地の方がポテンシャルを発揮しやすい特徴があります。そこで、国としては、スマート農業が進めやすいように、農地の大区画化などに取り組んでいます。GNSSで誘導するロボットトラクターは、広い農地でより大きな効果を発揮するからです。また通信環境の整備や人材育成も並行して進めており、農業大学校でのスマート農業に関する研修や、農業者向けの実地体験が普及に一定の効果を上げています。ドローン機器自体も進化しており、専門知識がなくても使えるほど操作が簡便になってきています。
質問:若者の農業への新規参入を進めるために必要なことはなんだとお考えですか。
野見山:JA共済が20代を対象に実施した「20代の農業に関する意識と実態調査」によると、20代の2人に1人が将来農業をやってみたいと考えているようで、農業への関心が高まっていると感じています。その傾向を後押しすべく、2022年度からは新規就農施策を大幅に見直し、就農研修段階、就農後だけでなく、機械などの初期投資への支援を拡充しています。また、地域ぐるみのサポート体制の整備も重視しています。さらに、農業の魅力発信にも力を入れており、「農業という選択肢」を若い世代に伝えています。
若手林業者の確保・育成をどう進めるか
質問:スマート林業の普及が進んでいるというお話がありましたが、導入を阻むハードルはありますか。
成瀬:最大のハードルはコストではないかと考えています。他産業と比較して林業事業者は財政規模が大きくないところが多く、新たな機械の導入には慎重にならざるを得ません。「導入すればどれだけ省力化できて、どれほどコストが下がるのか」が見えにくいうちは、躊躇が生まれます。
国としては、導入コストの低減支援に加え、実際の現場でどう活用すれば効果が出るかを実証し、その結果を可視化することに取り組んでいます。
老朽化対策と海業推進で切り拓く漁業の未来
質問:漁村地域のインフラ老朽化と人口流出が続くなか、漁村の持続可能性をどのように維持していく計画ですか。
朝倉:漁村地域等のインフラについては、南海トラフ巨大地震や日本海溝・千島海溝周辺等の地震等の災害への備えを含め、従来の「事後保全型(不都合が生じたら対策を講じるもの)」から「予防保全型(不都合が生じる前に対策を講じ、故障発生を未然に防止する)」の老朽化対策へと方針を転換し、施設の耐震化・強靭化を進めています。
人口減少・高齢化への対応としては、地域資源の魅力を最大限に活かして所得向上と雇用創出につなげることを基本方針として、海業(うみぎょう)の取り組みを推進しています。具体的には、都市と漁村の交流促進や二拠点居住の推進、広報物を通じた情報発信などに取り組んでいます。 発信力のある方が漁村を訪れてSNSで紹介することで、今まで足を運ばなかった方が来てくれるようになったり、地域の魚を買ってもらえるようになったり──そうした好循環が生まれている実例もあります。
質問:漁業において、若年層参入のためにもっとも必要なことはなんでしょうか。
三橋:漁業の技術は、実際の操業のなかで時間をかけて習得するものです。そのため、他産業からの新規参入者がスムーズに就業できるよう、指導者となる漁業者のもとで研修を行っていただく担い手育成事業を重点的に進めています。
加えて、より多くの方に漁業への関心を持ってもらうことが必要だと考えています。水産高校の生徒でも、実際の現場に接する機会は限られています。漁業会社と連携して船を見学する機会を増やすことで、漁業についての関心を高めてもらうきっかけを作っています。
担い手確保と所得向上が開く2030年の展望
質問:第一次産業全体として「若者が魅力を感じる産業」になるために、農業・林業・漁業で連携して進めたい取り組みはありますか。
野見山:「いかに稼げる産業になるか」というのは共通の課題です。どれだけ魅力があっても、生活できる水準の収入が得られなければ、新たな参入者は増えないでしょう。やはり他産業並みの所得が得られる産業にしていく必要があります。農業分野では、ロールモデルとなる農業者に全国の農学部で講義をしてもらい、農業の魅力発信にも取り組んでいますが、所得向上と並行して、このような活動をより一層充実していく必要があると感じております。
チェーンソー作業用ジャケットを着用しインタビューを受けてくれた成瀬さん
成瀬:林業の場合は、キャリアを積んで技術力が高まっても、なかなか処遇に反映されていないという現状もあります。そのため、林業従事者のキャリアアップを支援し、技能の向上をサポートするとともに、それが処遇に適切に反映されるような施策を進めていくことが重要だと考えています。また、労働災害の発生リスクを減らすことも重要であり、チェーンソーによる切創から身体を護るための防護衣などの導入支援を行っています。こうした防護衣は、デザイン的にもスタイリッシュなものが多いので、その普及を促すことで、林業従事者のイメージ刷新にもつながるのではないかと思います。(取材当日はチェーンソー作業用ジャケットを着用)
イメージアップも重要で、林業技能を競う日本伐木チャンピオンシップの開催や、世界伐木チャンピオンシップへの日本代表派遣などが行われており、こうした取り組みも含めて、林業の技能が評価される文化が広まる後押しをしていきたいと考えています。
連携という意味では、農業と林業はフィールドが近いことも多いので、農繁期・農閑期のある農業との兼業という形で林業に関わる人も一定数いて、産業間連携の観点からも可能性を感じています。
三橋:漁業は海上での作業になり、林業などの現場とは異なる点で、明示的にお答えしにくいところもありますが、就業者減少の共通課題もありますし、他分野の事例を参考にするなど連携の可能性はあるかと思います。魅力発信と並んで重要なのが労働環境の改善です。海上での船内生活や、操業時間も長かったりする一方で、世間一般でいう働き方改革への対応も、漁業が取り組むべき課題だと感じています。
朝倉:山の栄養が川を通じて海に流れ込むことで魚が育つという関係性がありますので、農村、山村、漁村は自然環境の面で連携できる部分は多いと思います。富山では、ホタルイカを肥料にして育てたお米を販売したり、カニ殻を稲作の肥料に活用したりと、農水産の連携が形になっています。こうした取り組みをより一層PRしていきたいと考えています。
質問:日本の第一次産業において現行モデルの限界点と言われる2030年まであと数年ですが、農業・林業・漁業それぞれの未来をどのように描いておられますか。
野見山:2025年に策定された「食料・農業・農村基本計画」のKPIがちょうど2030年に設定されています。食料自給率の向上が目標となっているのは当然のこととして、担い手の数をこれ以上減らさないこと、若者の就業者数を他産業並みの割合まで増やすといった目標を設定しています。それに向けて、「農業構造転換集中対策」などの施策を進めながら、基本計画の目標達成に向けて取り組んでいきます。
成瀬:林野庁では現在、「森林林業基本計画」の見直し作業が進んでおり、本年中に新計画が策定される予定です。2030年はその計画のおおむね5年後にあたり、進捗を確認する重要な節目になります。担い手確保のための最優先課題は林業従事者の処遇改善、すなわち「稼げる林業」の実現です。所得水準を引き上げることで、より多くの人が安心して林業に就き、定着できる産業にしていきたい。スマート林業の推進や労働安全の確保もその手段の一つです。
木村:水産政策としては、2030年までに漁獲量を2010年と同水準に回復させることを目標としています。また、ブリやマダイをはじめとした養殖の重点品目を強化します。漁業・養殖業の生産の効率化と安定化を図るため、スマート水産業の活用を後押しする支援を行っていきます。
三橋:水産基本計画も5年ごとに見直しており、2027年の改定では2030年以降の目標と課題を整理していく予定です。新規就業者の確保を地道に続けながら、年齢構成のバランスが取れた就業者構成を目指していきます。水産高校での体験機会の拡充など、若い世代への接点をより多く作ることも引き続き重要な課題です。
朝倉:2023年の「漁港及び漁場の整備等に関する法律」の改正により、漁港施設の民間活用や長期貸付けが可能となり、海業(うみぎょう)の推進が法的に位置づけられました。そのことを受け、釣り人や海洋レジャー、観光等で漁村を訪れる人々も巻き込みながら、漁業体験等の機会を増やし、漁村においては、海業の取り組みを通して多様な人材が活躍できる場にしていきたいと考えています。また、2050年のカーボンニュートラルを見据えると、藻場の保全をはじめとしたブルーカーボンの取り組みにも注力していきたいと考えています。