漁業や水産加工業などで担い手不足が深刻になる一方、水産業の現場ではデジタル技術やAIの導入が進み、求められる人材も変化しています。こうした時代に、未来を担う若者を育てる水産高校はどのような役割を担っているのでしょうか。
静岡県内で唯一の水産高校である静岡県立焼津水産高校では、海や魚への興味を出発点に、生徒一人ひとりの強みを引き出す教育を実践しています。地域企業と連携したキャリア教育や実習、スマート水産業を見据えた人材育成について、沼里智彦校長に伺いました。
沼里 智彦(ぬまさと ともひこ)
1966年、埼玉県草加市生まれ。東京水産大学(現東京海洋大学)卒、日本水産株式会社、静岡県立焼津水産高校教諭、静岡県教育委員会事務局高校教育課、静岡県立金谷高校副校長を経て、令和3年より静岡県立焼津水産高校校長(現職)、現在、全国水産高等学校長協会 理事長。
海や魚への興味が出発点。県外からも生徒が集まる
質問:焼津水産高校の生徒のみなさんは、どのような動機で志望するのでしょうか。
沼里:水産高校というと、漁師や航海士を目指すなど、明確な目的を持った生徒が入学するイメージがあるかもしれません。もちろん、そのような生徒もいますが、実際には「海が好き」「船に興味がある」「魚や生き物が好き」といった関心をきっかけに志望する生徒が多くを占めています。また、通いやすい地元の高校だからという理由で選ぶ生徒も少なくありません。
生徒の約8割は、近隣地域から通っています。一方、親や祖父が漁業に携わっていたことから、自分も漁師を目指したいという生徒や、家業を継ぐために入学する生徒は、全体の1割程度です。
本校には寮があり、伊豆半島など通学が難しい地域に加え、水産高校や水産科のない長野県、山梨県、埼玉県などからも生徒を受け入れています。特に県外からは、航海士や漁師を目指す生徒が毎年数名入学しています。
志望理由の傾向は、以前からおおむね同じです。高校受験を考える中学生の段階では、将来の職業を具体的に描けていない生徒が多くいます。そのため、海や船、魚に少しでも関心があれば、本校で幅広く学びながら将来を考えてほしいと伝えています。
自己肯定感を高め、企業から求められる力を習得する
質問:生徒一人ひとりの可能性を引き出すために、どのような力を育んでいますか。
沼里:本校には、大学で水産分野の研究を目指す生徒から、勉強に苦手意識を持つ生徒まで、さまざまな生徒が入学してきます。共通して感じるのは、自分に自信を持てない生徒が少なくないことです。だからこそ、一人ひとりの良さを見つけ、それを本人が自覚できるようにすることで、自己肯定感を高められるようにしています。
こうした考えのもと、生徒に身につけてほしい力として、「基礎学力」「自己理解力」「将来設計力」「社会適応力」「危機管理能力」の5つを掲げています。「基礎学力」は、社会人として仕事をしていくための土台です。また、周囲の人とコミュニケーションを取り、協力して行動する社会適応力も欠かせません。
なかでも重視しているのが、自分の得意なことや良さを認識する「自己理解力」です。たとえば、国語や数学が苦手な生徒でも、実習では食品を丁寧に加工できたり、養殖池を隅々まで掃除できたりします。教員がそうした姿を見つけ、「あなたには、こんな良さがある」と具体的に伝えることで、生徒は自分の強みに気づくのです。その強みを、将来どのような仕事や生き方に生かすのかを考えることが、「将来設計力」となります。
水産高校ならではの体験的な学びも、「危機管理能力」を養う機会になります。本校では実習船で5~10kgもあるカツオの一本釣りを生徒自身が行います。ほかにも、機械を使った缶詰製造やダイビングなど、安全への配慮が欠かせない実習があります。どこに危険があるのかを予測し、必要な装備や準備を考えて行動する。この経験を通じて、現場で求められる危機管理能力を養っていきます。
「education」(教育)の語源の一つとされるラテン語の「educere」には、「引き出す」という意味があります。まさに教育の本質は、生徒がもともと持っている力を引き出すこと。教員が一人ひとりの良さを見いだし、それを本人が自覚できるようにする。その積み重ねによって自信を育み、可能性を広げていきます。実際に企業からも、「本校の卒業生は、指示を待たずに動ける」と評価していただいています。
学校と地域が連携し、生徒のキャリア形成を支える
質問:生徒の進路選択を支えるため、どのようなキャリア教育を行っていますか。
沼里:本校では、入学から卒業までの3年間を見通したキャリア教育を行っています。入学時点で将来の職業を明確に決めている生徒は多くないため、1年次から個人面談を行い、一人ひとりの興味や特性、希望する分野を確認します。その後も定期的に面談を重ねながら、生徒が自分の将来を考えられるよう支援しています。
全学年を対象とした進路ガイダンスも、年に複数回実施。参加者は、企業や専門学校、大学の担当者、卒業生、水産関連企業で働く方など多岐にわたります。生徒にとって、仕事内容や職業の魅力、実際の働き方について直接聞ける貴重な機会です。
1、2年次は、「会社とは何か」「仕事を通じて社会に貢献するとはどういうことか」といった、職業観を養う内容です。学年が上がるにつれて、就職先や進学先を具体的に検討する内容へと移行します。
さらに2年次には、進学希望者を含む全員が、地元企業で5日間のインターンシップを経験します。本人が希望する業種をもとに受け入れ企業とマッチングし、実際の仕事に触れてもらうのです。
現場で働く大人の姿に憧れ、インターンシップ先への就職を目指す生徒もいます。一方、現場で業界の課題に気づき、それを課題研究のテーマにする生徒も少なくありません。自分なりの解決策を探究するなかで、「この地域で活躍したい」「地域を支える存在になりたい」という思いが育っていきます。
こうした制度を継続できるのは、地域企業の協力があるからです。「なぜ今年は生徒を送ってくれないのか」と声をかけてくださる企業もあるほど、本校の生徒に期待していただいています。
就職先を決める段階では、生徒、保護者、教員による三者面談を行います。高校生の就職では保護者の意向も大きいため、本人が望む働き方も含めて話し合うことが大切です。また、就職希望者には応募前の企業見学を必須としています。実際の仕事や職場の雰囲気を自分の目で確かめ、納得した上で就職先を選んでもらうためです。
水産関連への就職から大学進学まで、幅広い進路選択を実現
質問:卒業後は、どのような進路を選ぶ生徒が多いのでしょうか。
沼里:入学時には進路を明確に決めていなかった生徒も、海や船、魚について学ぶうちに、「学んだことや取得した資格を生かしたい」という思いを強くしていきます。就職する生徒のうち80~85%が、水産・海洋や地域産業に関係する企業へ進んでいます。
水産関係の仕事は、漁師や漁船員、水産加工業だけではありません。水産都市である焼津は、流通、観光、造船、船舶への物資供給、冷凍、機械など、幅広い産業によって支えられています。本校では、こうした企業も水産・海洋の関連産業と捉えています。
近年は、大学などへの進学を選ぶ生徒も増えてきました。東海大学海洋学部をはじめ、日本大学、東京海洋大学、長崎大学、鹿児島大学、水産大学校などに進み、研究職や水産高校の教員を目指す生徒もいます。
また、高校卒業後に2年間学ぶ専攻科もあります。ここでは、大型船の航海士や機関士に必要な三級海技士の資格取得を目指せます。航海士や機関士は、遠洋マグロ漁船などを動かす上で欠かせない存在です。専攻科の定員は15名ですが、毎年、定員を上回る希望があります。
就職、進学ともに選択肢は幅広く、卒業生の進路決定率は21年連続で100%です。就職希望者が100人に満たないのに対し、本校指定の求人は毎年700社から900社ほどあります。この点はありがたい反面、人手不足という点で課題にも感じています。また、大学の指定校推薦枠も400人分以上あり、30人から40人ほどの進学希望者を大きく上回っています。
若者に選ばれる職場づくりが、担い手確保の鍵
質問:水産業の担い手不足について、教育現場からどのように捉えていますか。
沼里:水産業の担い手を増やすには、学校が人材を育てるとともに、企業側も若者に選ばれる職場づくりを進めることが大切です。水産業は、体力を必要とする仕事も多いため、待遇や働き方についても、時代に合わせた改善が求められています。
実際に、働き方や職場環境の改善に積極的な企業には、生徒も関心を示しています。たとえば、遠洋マグロ漁船では、航海期間を半年から1年程度とし、帰港後に1~2カ月のまとまった休暇を設ける企業もあります。船内でもWi-Fi環境が整い、家族と連絡を取ったり、陸上の情報を得たりできるようになりました。
漁船へ就職した卒業生からは、「乗船中は食事が用意されるため、お金を貯めやすく、まとまった休暇には海外旅行もできる」といった声を聞きます。仕事に集中する期間と長期休暇にメリハリをつけられる働き方に、魅力を感じる若者もいます。
水産加工会社でも、HACCP(ハサップ)と呼ばれる、原材料の受け入れから製造、出荷までの各工程で食品の安全リスクを管理する仕組みを導入し、衛生管理を徹底している企業には、複数の生徒が就職を希望することがあります。
生徒は、水産業そのものに関心がないわけではありません。待遇や休暇、職場環境を整え、若者が将来の生活を具体的に思い描ける働き方を示すことで、水産業を志す人材は増えていくと思います。学校と産業界が人材育成への考え方を共有し、ともに働く環境をより良くすることが、水産業の持続的な発展につながると考えています。
現場感覚とデジタル技術を備えた人材を育てる
質問:水産業のスマート化が進むなか、これからどのような知識やスキルを持つ人材が求められますか。
沼里:これからの水産業では、デジタル技術やAIを活用し、省力化や生産性向上につなげる力が求められます。働き手が減るなか、漁業や養殖業、水産加工業を持続させるには、人の手で行ってきた作業に技術や機械を取り入れ、少人数でも効率よく生産できる仕組みが必要だからです。
本校は、2026年5月に文部科学省の「N-E.X.T.ハイスクール」に採択され、マリンテクノロジーを活用できる次世代人材の育成に取り組んでいます。ただし、実習のすべてを先端技術に置き換えれば良いとは考えていません。
校内では、海水魚から淡水魚までを大規模に養殖し、生産から市場への出荷までを行っています。ウナギやマダイの養殖では、生徒自身が池の掃除や餌づくり、餌やりを担います。こうした作業をすべて機械に任せてしまえば、生き物を育てる難しさや喜び、現場の異変に気づく感覚を学ぶ機会が失われてしまいます。
必要なのは、現場で手を動かして得た経験を土台に、デジタル技術やAIを使って課題を解決する力です。従来の実習と先端技術を組み合わせ、水産業の現場を理解しながら、その変革も担える人材を育てていきたいと考えています。
水産業の価値と、地域で働く可能性を知ってほしい
質問:最後に、若者へ伝えたい水産業の魅力を教えてください。
沼里:水産業の大きな魅力は、人が生きていく上で欠かせない食料を生産し、社会を支えられることです。世界の人口が増え、資源の不足が懸念されるなか、その重要性はさらに高まっています。人や社会の役に立っていることを実感できる、社会貢献度の高い仕事だと伝えたいですね。
自然を相手にする難しさはありますが、海や生き物と向き合い、自分の手で食料を生み出すからこそ得られる達成感があります。また、地域に受け継がれてきた漁業や水産物、食文化を守り、次の世代へつなぐことも水産業の大切な役割です。
若者には、生まれ育った地域にも多くの可能性があることに気づいてほしいと思います。そのためには、地域で誇りを持って働く大人の姿を見せ、地域に眠る資源や仕事の価値を伝えることが必要です。
「この地域に根を張り、水産業を通じて社会に貢献したい」と若者が思える未来を示すことが、私たち大人の責任だと考えています。
ライター:西谷忠和