「移動」はキャリアをどう変えたのか?移動の個人化が当たり前になった社会のキャリア形成-国際大学グローバル・コミュニケーション・センター 伊藤将人氏

キャリアリサーチLab編集部
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かつて日本社会では、「移動」は人生の節目に限られた特別な選択でした。しかし今や、進学や就職・転職、地方移住、二地域居住といった「移動」が、キャリア形成の重要な要素として日常的に意識されるようになっています。

では、移動はキャリアに何をもたらすのか。そして、移動の自由は誰にでも等しく開かれているのでしょうか。移動・移住をめぐる現代社会を研究するモビリティーズ研究者、国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの伊藤将人氏に、移動・移住が個人のキャリア形成や働き方の意識に与える影響について聞きました。

国際大学グローバル・コミュニケーション・センター講師/伊藤将人氏

伊藤将人
社会学者。長野県出身。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター講師。博士(社会学)。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程、日本学術振興会特別研究員を経て現職。専門は地域社会学、地域政策学、モビリティーズ研究。地方移住や関係人口、観光など地域を超える人の移動に関する研究や政策立案に携わる。大東文化大学社会学研究所兼任研究員。立命館大学衣笠総合研究機構、武蔵野大学アントレプレナーシップ研究所、NTT東日本地域循環型ミライ研究所客員研究員。経済産業省 地域生活維持政策小委員会委員。主著に『移動と階級』(2025、講談社)、『数字とファクトから読み解く 地方移住プロモーション』(2024、学芸出版社)、『戦後日本の地方移住政策史』(2025、春風社)、『モビリティーズ研究のはじめかた』(編著、2025、明石書店)などがある。

「移動する社会」を学問にするモビリティーズ研究

質問:モビリティーズ研究とはどのような研究になるのでしょうか。簡単に教えてください。

伊藤:一言でいうと、「移動を前提に社会を考える視点」です。学術的な背景でご説明すると、もともと社会科学は世の中を固定的に見てきました。ところが1980〜90年代以降、グローバリゼーション・インターネットの発展・新自由主義の流れの中で、我々が固定的と思っていたものが実は流動的・移動的かもしれないという問い直しが起きました。

モビリティーズ研究の提唱者として知られるのがイギリスの社会学者ジョン・アーリ(1946-2016)で、2000年代以降、研究者の間でその課題意識が高まり、2010年代以降は日本でもこうした議論をする人が増えてきました。

移動に関する研究というと、交通研究をイメージする方が多いと思います。日本は産業的に交通分野が強いので、交通研究は盛んです。ただ、世の中で動くものは交通だけではありません。移民・難民の移動もあれば、地方への移住もある。最近だと、ECの拡大によって物の移動量が爆発的に増えていますし、インターネット上のデータの移動も世界規模で増え続けています。

モビリティーズ研究は、そういった幅広い移動を、分野ごとの縦割りを超えて「移動」という共通のレイヤーで捉えようとする研究です。これにより、交通・移民・観光といった領域の研究者や産業界の人たちが、これまで接点を持てなかった問いを一緒に考えられるようになります。

重要なのは、「移動=素晴らしい!」という学問ではないという点です。誰にとって移動が容易で、誰にとって困難なのかを問うことが核心にあります。所得・職業・ジェンダー・年齢・家族構成・居住地など、さまざまな条件によって移動の自由には格差があります。つまり、「動いている社会」を見ると同時に、「動ける人と動けない人の差」を問う研究でもあります。移動の実態を明らかにするだけでなく、移動をめぐる不平等や正義の問題を考える研究でもあるといえます。

この分野は日本では観光研究と国際移動研究を中心に議論されてきましたが、私はそれを国内移動にも当てはめることを訴えています。転勤・転職・移住といった国内の移動は、当たり前すぎてこれまで学問的な対象として十分に着目されてこなかったのですが、そこにこそ暮らしに近い領域の重要な問いがあると考えているからです。

キャリアは一直線ではない。移動が組み替える働き方

質問:現代日本において、「移動」や「移住」はキャリア形成の中でどのように位置づけられているとお考えでしょうか。近年は、転職や副業、二拠点生活など、移動が断続的・反復的に行われるようになっていますが、こうした変化はキャリアの捉え方にどのような影響を与えているのでしょうか。

伊藤:先進諸国の近代以降の発展は、人々の移動量の増加と大きく関係しています。地下鉄が通りました、新幹線ができました、高速道路ができました、といったことと、人々のキャリア選択や出張・転勤といった移動は密接に関係していると思うのです。

日本の歴史的に大きかったのは、まず高度経済成長期です。いわゆる「金の卵」と呼ばれた若者たちが集団就職で東京・愛知・大阪といった大都市へと向かいました。それ以前にはなかった大規模な人口移動です。その後、高速道路や新幹線の整備によって、集団でしか動けなかった時代から個人が自由に移動できる時代へと変わっていきました。

一方で、この高度経済成長期に確立されたのが日本型雇用、つまり年功序列・終身雇用を前提としたモデルです。しかし1990年代以降、バブル崩壊とその後の新自由主義的な流れの中で、このモデルが崩れ始めました。グローバル化・インターネット化が進む中で、「流れに置いていかれてはいけない」というマインドが強まり、転職回数が増え、一つの企業に身を預け続けることへのリスクを感じる人が増えました。

さらにコロナ禍や東日本大震災など、大きな出来事を経るたびに「果たしてずっと都市にいていいのか」という問い直しが起きるようにもなっています。実際、私が出会う移住者の方の中にも、そういった経験をきっかけに移住を決めた方が多くいます。そして、地方移住・二拠点生活・多拠点生活という選択肢が、この10〜20年で顕著に広がってきました。

つまり現代のキャリアは、ひとつの企業や場所を直線的に進んでいくものではなく、複数の場所や仕事を組み合わせながら、その都度編み直していく過程として捉えられるようになっています。ただし重要なのは、移動の選択肢が増えたからといって、誰もが自由に移動できるようになったわけではないという点です。実際、都道府県間の移動の平均回数はむしろ減少しています。

かつては、政治状況や社会の流れ、企業の人事制度といった構造的な要因によって、個人の移動は強く方向づけられていました。それに対して現在は、移動するかどうか、その責任を個人が引き受ける形に変わってきています。私はこの変化を「移動の個人化」と呼んでいます。

個人化が進んだからといってみんなが移動するわけでもなく、移動する人と移動しない人の二極化傾向が生じていて、今後も二極化が進んでいくと見ています。移動が多い社会は、自由が増えた社会であると同時に、自己責任が強まる社会でもあります。

担い手か住民か、政策的言説による移住者のキャリアへの影響

質問:国や自治体の移住政策の中では、移住者が「地域の担い手」「関係人口」「救世主」といった存在として語られることも少なくありません。こうした政策的言説は、移住する個人のキャリア意識や職業選択に、どのような影響を与えてきたとお考えでしょうか。

伊藤:国や自治体が移住促進施策に取り組んでいることは事実で、ある調査によればほぼ9割の自治体が何らかの施策を実施しています。

ただここで、移住促進策と移住支援策は区別して考える必要があると思います。本来あるべき姿は支援策、すなわち「移住したいが何か壁がある人」を後押しするものです。引越し費用や住宅費用の補助、子育て支援など、障壁を取り除く施策です。ところが現状は、移住の意欲がない人も含めて移住する気分にさせようとする、誘致的な色合いが強くなっています。

この結果、移住者に対して「地域の担い手になってほしい」「救世主として期待している」というメッセージが向けられることになります。一面では移住者を歓迎し、その可能性を積極的に認める言葉でもありますが、同時に「単にそこに住む人」ではなく「地域のために何かをしてくれる人」であることを求めるメッセージにもなります。

キャリアへの影響でいうと、移住者は都市在住者や移住先の地域の在住者と比べて地域貢献意識や街づくり系の仕事への志向が高い傾向があります。その思いを持って移住している方は一定数いて、それ自体は良いことでもあります。

ただ、地域おこし協力隊・起業・観光・福祉・まちづくりのように「地域との接点が見えやすい仕事」が選ばれやすくなる一方、地域との関わりが見えにくい働き方は「良いもの」と認識されづらくなることがあります。

また、収入や役職などの地位をあえて下げてでも自分らしい生き方を優先する「ダウンシフター」的な価値観で移住する人は多くないというデータもあります。我々の調査では移住者の2〜3割程度で、むしろ多くの人は収入を維持または増やしたいと考えています。ところが、移住者像はメディアでも究極の田舎暮らしか、ベンチャーマインドにあふれた人という二極化した描かれ方になりがちです。

こうした政策的言説は、移住を「役割を引き受けること」として意味づけてきた側面があります。移住者にやりがいや社会的承認を与える場合もある一方、過剰な期待や道徳的な圧力、排除感を生みやすい面もあります。

もともとは産業政策としての移住促進でしたが、人口減少社会が本格化するにつれて地域政策としての移住促進へとシフトしてきました。こうした流れは、2010年代なかばの地方創生以降、さらに強まっています。政策の中で使われる言葉は、移住者の自己イメージを形づくり、その結果としてキャリア選択の幅や方向性をも左右します。だからこそ、支援策の有無だけで判断するのではなく、移住者像がどのような言葉で構成されているのかを丁寧に見ていく必要があると思っています。

地域の期待と個人の生活。移住が引き起こす複合的なズレ

質問:地元住人の移住者に対する期待と、移住者個人が思い描くキャリアとの間にズレが生じるとき、どのような問題が起こりやすいのでしょうか。

伊藤:一番起こりやすいのは、「自分のために移住して良かったのだろうか」という罪悪感を抱えてしまうことです。地域から「若い人に来てほしい」「担い手になってほしい」「外から新しい風を入れてほしい」と期待されると、仕事や家族との時間、自分自身の生活を大切にしたいだけなのに、それだけでは足りないように感じてしまう方がいます。

その結果、地域活動の過剰な引き受け、無償の手伝い、人間関係への過剰適応、人間関係疲れなどが起きやすくなります。別に田舎に住んでいても、人と密に接しなければならないわけではないはずなのですが。

また、本人の専門性や本来のキャリア志向と、地域が求める役割がずれている場合には、仕事のやりがいを失ったり、燃え尽きたりすることもあります。さらに家族内のズレも生じやすいです。本人は地域との関わりを重視したくても、配偶者や子どもにとっては生活の安定やプライバシーの方が大事ということはありえます。移住は個人の決断に見えて、実際には家族・仕事・地域の期待が重なり合う複合的な調整の問題です。

受け入れる側は、移住者に「何をしてくれるのか」を問う前に、まず安心して暮らせること、自分のペースで地域との関わり方を選べることが大事だと思います。自分の幸せ、家族の幸せなくして、地域のために貢献し続けることはできません。まず自分や家族の生活が安定してこそ、持続的な地域との関係も築けると考えています。

移住がもたらすものと直面する現実

質問:移住や場所を変えることは、どのようなメリットやデメリットがあるのでしょうか。

伊藤:「移動すれば働き方の自由が広がる」と語られることもありますが、実際にはその自由が誰にでも同じように開かれているわけではありません。我々が全国3,000人規模で行った調査でも明らかになっているのは、社会階層(年収)が高い人ほど日々の移動に使えるお金が多く、仕事を目的とした移動も多いという傾向です。

メリットとしては、まず通勤時間が挙げられます。私がヒアリングした移住者の方の多くが話されるのですが、東京で満員電車に揺られる1時間と、地方で自分の車という個室の中で過ごす1時間とでは、同じ1時間でもまったく質が異なります。往復2時間という積み重ねは非常に大きく、「自分の時間ができた」「車での送迎で、子どもとの会話の時間ができた」という声は多いです。

また、都市では数百人・数千人いる中の一人でしかなかった人が、地方ではそのスキルや経験を持つ人が自分しかいない、という状況になることもあります。たとえば、Webサイト制作ができる人が、ある村では自分だけ、ということは十分ありえます。そうなると、人として評価してもらえたり、行政の仕事が直接入ってくるなど、働いて稼いでいる実感が得やすくなります。

ライフスタイルの再編という点でも大きな変化があります。会社中心だった生き方を見直し、副業・自営業と組み合わせるような新しい働き方が生まれることもあります。経済的上昇ではなく、ウェルビーイングや持続可能な暮らしを理由に移住する方は国内外ともに増えており、こういった移住をライフスタイル移住(ライフスタイル・マイグレーション)と呼ぶことがあります。

一方で、伝統工芸など特定の場所に留まり続けることで磨かれる職業も多く存在します。移動しないことは一種の強みであり、優れた能力でもあります。移動が必ずしも正義ではない、という視点も持っておくことが重要です。

ただ、デメリットもあります。地方では選べる職種が限られやすく、希望する仕事にそのままつけるとは限りません。たとえば自営業・フリーランスの人は、移住直後は仕事や顧客の基盤が十分でなく、生活設計が難しくなることもあります。

地方の方が相対的に賃金水準は低いという現実もあります。移住者の多くはダウンシフターではなく収入を維持・増加させたいと考えているにもかかわらず、地方では稼ぎにくいというジレンマを抱える方も少なくありません。さらに、人口減少が進む地域ではビジネスや生活設計を中長期的に描きにくいという課題もあります。

テレワーク率という観点でも、東京23区と地方圏では倍以上の差があります。「地方に行けばテレワークで働ける」と語られますが、実態としてはそうではないことが多く、地方にはテレワークできる仕事や、それを良しとする企業が少ないという現実があります。

移住や転居は自由を広げる可能性を持ちながらも、その自由自体が不平等に分配されています。この点を見落とすと、「動ける人だけの自由論」になってしまうでしょう。

移住後のキャリアはリセットより「再編集」

質問:伊藤先生がこれまで接してこられた移住者の語りの中で、キャリアに関して印象的だった事例や共通点はありますか?

伊藤:印象的なのは、移住がキャリアを「リセット」するよりも「再編集」していく経験として語られることです。都市で培った専門性をそのまま地方で発揮しようとしても、そのままの形では受け入れられず、少し違う仕事の仕方に組み替えていく必要が生まれることがあります。会社員の経験を活かしながら地域の小さなプロジェクトに関わったり、副業を組み合わせたり、自営業に移ったり、収入の一部は都市との接続で確保したり。キャリアを一つの仕事ではなく複数の仕事の束として再構成する方が多い印象です。

共通しているのは、最初から理想どおりにいく人は少ないということです。移住前に「もっと自由に働ける」「自分らしく暮らせる」と思っていた方が、仕事探し・人間関係・家族の適応など、想像以上の苦労をするケースも少なくありません。

ただ、そのギャップを通じて価値観が変わる方も多いです。収入の最大化だけを目標にしなくなる、肩書きよりも生活の手触りを重視するようになる、地域とのつながりを仕事そのものと同じくらい大事に考えるようになる、といった変化です。

また、移住は成功か失敗かの二択ではなく、「軌道修正の連続」として経験されていることが印象的です。その軌道修正を支えるのは、本人の意志だけでなく、柔軟な仕事の組み合わせ、支えてくれる人間関係、家族との調整、都市との接続を残しておく工夫などです。移住後にうまくいく方ほど、最初から完璧な計画を持っていた人ではなく、変化に応じてキャリアを少しずつ作り替えていける人だと感じています。

少し意外に聞こえるかもしれませんが、「自分の力を試したいから地方に行く」という方にも多く出会います。かつては自分の力を試したければ都市へ向かうというのが一般的でしたが、課題が多いとされ人口減少が厳しいとされる場所だからこそ「ここでチャレンジしたい」という感覚を持つ方が出てきています。

移住の動機としては、都市側に押し出される力(プッシュ型)と地方に引っ張られる力(プル型)があります。コロナ・震災・子どもの誕生・家の購入タイミングなどがプッシュ要因として大きいです。プル型では自然やアクティビティとの親和性が強い動機になることが多く、「週末にスキーに行ける」「北アルプスが近い」といったライフスタイルへの期待がそこに重なります。こういった移住をアメニティ移住と呼ぶこともあります。

また最近は「教育移住」という言葉も使われます。農村や自然豊かな環境で子育てしたいという動機です。海外への教育移住が注目されますが、国内でも同様のパターンが見られます。

ライフステージが移住の条件を決める

質問:世代やライフステージによって、移動や移住の捉え方には違いが見られるでしょうか。世代ごとに、移動や移住をキャリアの中でどのように位置づけているか、特徴があれば教えてください。

伊藤:世代やライフステージによって、移動や移住の意味はかなり異なります。若い人ほど、移動の個人化傾向というか、自分の移動は自分でコントロールしたいという感覚が強く、年を重ねるほどその感覚は弱くなる傾向があります。地域志向も高く、まちづくり・地域に関わる仕事をしたいという意識があります。ただ、経済的基盤が弱いため、理想を持って移住しても仕事や住まいの不安定さに直面しやすい面があります。

若い段階での移住、地方での仕事を選ぶことについては、私個人としては少し慎重に考えてほしいと思っています。ある程度専門性を持ってから地方に移る方が、個人としても地域としても良い結果につながりやすいと思います。若いうちは、副業や週末活動で地方との関係をつくりながら、平日は都市で専門性を磨くというアプローチも現実的ではないでしょうか。

30〜40代の中堅層になると、移住はより複雑になります。本人のキャリアだけでなく、配偶者の仕事・子どもの教育・住宅ローン・親の介護など、複数の条件を同時に調整しなければなりません。家族のために移住するという動機が増えてくる一方で、移動の自由度は下がります。その意味で中堅層にとっての移住は「自己実現の挑戦」であると同時に「家族全体の再配置」です。

シニア層では、第二の人生の設計として移住が語られやすくなります。地域貢献・暮らしの質を重視する方も多いですが、医療アクセスや移動手段の確保が非常に大きな問題になります。ただし、定年延長が進んで働く期間が長くなっているため、以前ほど「定年後に移住」というパターンは見られなくなってきています。

団塊の世代が一斉に定年退職を迎え、労働力不足や技術継承が深刻化するとされた2007年問題の頃は、移住の主役がシニア層でしたが、今は若年層・子育て世代が政策的にも実態的にも中心になってきています。

「移動できる社会」より「移動しなくても排除されない社会」へ

質問:モビリティーズ研究の視点から見たとき、今後の日本社会における移動は、個人のキャリア形成をどのように捉えることができるでしょうか。

伊藤:移動することとキャリア形成は、今後ますます切り離せないものになっていくと思います。どこに住み、どこで働き、どことつながるかが、働き方そのものを左右する時代だからです。その象徴的な変化として、若年層を中心に「転勤を命じられるくらいなら転職を選ぶ」という人が増えているようです。

転勤とは極端にいえば、企業が社会保障や将来の生活を担保してくれる代わりに、住む場所を選ぶ自由や移動の自由を一時的に企業に預ける仕組みです。その「引き換え」が成り立たなくなってきており、企業が老後まで保証してくれるか分からないという不信感が広がっているからです。

こうした中で重要になってくるのが、移動格差の問題です。移動できる人と移動できない人の差は、職業・居住地・ジェンダーなどによってかなり規定されています。デジタル化やリモートワークは一部の人には自由を広げますが、別の人には何も変えないどころか格差を拡大することもある。

企業としてできることは、テレワークの選択肢を柔軟に残しておくことです。完全リモートあるいは出社を強制するのではなく、育児・介護・体調不良時などに応じてハイブリットワークのようなオフラインとオンラインを選べる余地を設けることが、優秀な人材に長く働いてもらうための戦略にもなります。

個人としては、自分を構成するさまざまな移動、通勤や転勤、子どもの送迎、親の介護のうち、「どれは自分で選びたいか」「どれはアウトソースしても良いか」を判断していくことが重要になるでしょう。すべてを自分でこなそうとすると、かなり大変になってしまいます。

移住を考えている方には、今はタイミングとしては良い時期だと思います。10〜20年前と比べ、自治体の受け入れ体制は格段に整っていますし、移住相談窓口・先輩移住者とのマッチング・アドバイザー制度など、「どこに相談すれば良いか分からない」という状況ではなくなっています。

また、関係人口の制度化も進みつつあります。2026年度は総務省がふるさと住民登録制度を開始する予定です。ベーシックプランとプレミアムプランがあり、後者では年に3回その地域を訪れることを条件に、地域との関係を公的に認定する仕組みです。企業側でも社員の地域への関与を支援する動きが出てきています。NTT東日本の地域エバンジェリスト制度などは、象徴的な事例でしょう。

モビリティーズ研究の視点からいうと、これからの問いは「どうすればもっと移動させられるか」ではなく「誰もが無理なく移動も定住も選べる条件をどう整えるか」だと思います。政策の面でも、移住者を増やすことだけを目的にするのではなく、移動の途中にある人、行き来する人、留まる人も含めて支える視点が必要です。

移動しないことも尊重される社会であるべきだと考えています。「移動できる社会」だけでなく、「移動しなくても排除されない社会」をどうつくるか─それが今後の日本社会にとって重要な問いではないでしょうか。

片山久也
担当者
キャリアリサーチLab編集部
HISANARI KATAYAMA

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