「社史」と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。分厚くて、堅くて、周年記念に作られる、関係者だけのもの──そんなイメージを持つ方がほとんどではないだろうか。
ところが、実際はそうではない。社史には、会社が生まれるまでの創業者の非凡な観察力やユニークな発想、そして組織を支え続けた人々の物語が凝縮されている。読み方さえ知れば、ビジネスパーソンにとっての最良の教科書になる可能性を秘めているのだ。
そんな社史を、読者が自身のキャリアや働き方を考えるための知的資源として読み直すことができるのではないかと考え、当サイトでは「社史から学ぶ個人のキャリア形成」をテーマに連載企画をスタートする。
その第一弾として、社史研究家・村橋勝子さんに、その魅力をたっぷりと語っていただいた。
村橋 勝子(むらはし かつこ)
社史研究家。これまでに1万冊以上の社史に目を通し、分析してきた、日本における社史研究の第一人者。
著書に『社史の研究』(ダイヤモンド社)、『カイシャ意外史:社史が語る仰天創業記』、『社史から読み解く長寿企業のDNA』(いずれも、日本経済新聞出版社)など。執筆・講演多数。
社史とは何か
質問:そもそも「社史」とはどのようなものでしょうか?
村橋:社史とは「企業が自社の歴史を、社内資料に基づいて、会社自身の責任において刊行したもの」ですが、多くの方が「難しそうな本」「周年事業の引き出物」「読まれない本の代表」というイメージをお持ちではないでしょうか。実は私自身も、最初は全く無関心でした。
ところがあるとき、専門図書館関係の雑誌から社史に関する原稿依頼があって、初めて社史を手に取り、見て驚きました。実にさまざまなことが書いてあり、しかも面白い。この時、「世のネガティブな風潮・先入観に毒されていた自分を大いに恥じ、急遽調べて原稿を書きましたが、その時、社史に関するデータや有用な資料がほとんどないことにも気が付き、ならば、自分で徹底的に調べるしかない。実態に基づいて社史を論じたい」と思ったのが、社史と深く関わる契機でした。それから数年かけて約1万冊に目を通し、あらゆる切り口で実態分析し『社史の研究』にまとめました。
社史をひもといていろいろなことがわかるにつれ、収録されているさまざまなデータ・情報に興味を覚えただけでなく、わが国企業の成り立ちや創業者たちの心意気も知ることになり、社史にすっかり魅せられたのです。
社史の面白さは、会社がどうやってできたかという創業のドラマから始まり、製品開発の苦労、時代との格闘が、具体的なエピソードとともに記されているところにあります。単なる事実の羅列ではなく、人と組織の物語なのです。
社史を読むと何が得られるのか?─読者にとっての価値
質問:社史を読むことで、読者は何を得ることができると思いますか?
村橋:社史を読む一番の効果は、個人の経験をはるかに超えた知識と視点が、読むだけで手に入るということです。
ある有名な経営者が、日経新聞の「私の履歴書」の冒頭に、「経営者としての私のバイブルは、わが社の百年史だ」と書いていました。また、マスコミの世界から流通業の社長に転身した方は「私は経営の経験がないから、多くの社史を読んだ」と言っています。
社史にはまた、会社の歴史を時代的にも分野的にも追体験できる「編纂」という仕事に、「帝王学のツール」としての意義があります。現に、ある銀行は、30~40代の有望な若手行員に行史編纂を命じ、編纂した方々は、その後全員、役員になっています。
心ある会社は、社史を編纂・利用の両面から活用しているのです。また、社史は社員の一体感の醸成、組織力の向上にも寄与します。ある大手企業が初めての社史(「百年史」)を刊行した時、社員が異口同音に「初めてみんなの心が一つにまとまった」と言ったそうです。
自分たちの会社がどこから来て、どんな思いで作られたのかを共有することが、組織の求心力を生む―社史はそういう機能も持っています。
社史の読み方とは?-「難しそう」を乗り越える読み進め方
社史に「正しい読み方」はあるのか
質問:社史は難しそうと考えている人も多いかと思います。どこから読めば良いでしょうか。
村橋:社史に読み方の「王道」はありません。自由に、自分の興味のあるところから読めばいいんです。
ですが、まず一番のおすすめは「創業期」を読むこと。会社がどうやって生まれたか、創業者はどんな発想で何に挑戦したかが具体的に書いてあって、ここが社史の中でもっとも面白い部分で、自然に引き込まれます。また、目次を見て、興味のある章に飛んでも構いません。
会社として一番読みやすいのは、自分が勤める会社の社史です。人名、商品名、技術など、書いてあることがわかりやすいからです。次に、自分がよく使う商品を作っている会社や、好きな会社の社史、また、地元企業の社史を手に取ってみてください。
企業によっては、従来の「本格社史」に加えて、読みやすさ、親しみやすさに重点を置いた「普及版」を作っている場合があります。まずは普及版から読んでみて、興味を持ったら本格社史に手を伸ばすのがおすすめです。社史は、具体的に書いてあればあるほど面白いので、ぜひ「本格社史」を読んでみてください。
時代や業界を横断して読むという方法
村橋:それから、ちょっと面白い読み方として、「時代を輪切りにする」という方法があります。戦時中や高度経済成長期など、特定の時代に絞って、複数の会社の社史を横断して読む。たとえば、第二次世界大戦中の大変な時期をどう乗り切ったか、オイルショックの時どうしたかなど、同じ時代を全然違う業種で比較できて各社の時代環境への対応策や歴史への理解がぐっと深まります。
同じ業種の会社の社史を読み比べてみるのも、刺激的で興味深いですよ。創業の経緯や着想、発展の道筋は全く異なりますし、同じ歴史は一つもありません。比較することで、物事の発想や見方が変わります。
社史はどこで手に入るのか
質問:社史はどこで読むことができるのか、おすすめの場所がありましたら教えてください。
村橋:社史をもっとも多く所蔵している図書館は、神奈川県立川崎図書館です。神奈川県にお住まいの方であれば、登録すれば貸し出しもしてくれます。まとめてたくさん読みたい方には、ここが一番のおすすめです。遠くて行けない場合は、お近くの公共図書館に依頼して、図書館間の相互協力で取り寄せてもらう方法もあります。また、閲覧だけなら、東京大学や一橋大学、慶應義塾大学など、大学図書館を利用する手もあります。
国会図書館のデジタルコレクションにも、かなりの社史が入っていますので、利用者登録をすればネット上で読めますから、こちらもおすすめです。
社史を読むことは仕事やキャリアに影響するのか
創業者たちに共通する「ものの見方」
質問:社史を読むことで、具体的にどのような学びが得られるのでしょうか?
村橋:私が社史を読んで一番驚いたのは、創業者たちの非凡な感受性と観察眼、そして信念のすごさです。事業を起こす前の、「時代とモノを見る目」が並外れているんです。以下のような例が挙げられます。
■植物を見てひらめいたことから生まれたプレハブ住宅
ある住宅メーカーの創業者は、台風の後に山を見に行った時、竹や稲が倒れているにもかかわらず折れてはいないのを見て「強さは中が空洞だからだ」と気が付き、鉄パイプを使ったプレハブ住宅の発想につながったのです。
■駅に積まれた荷物の荷札をみて、その特性を見抜いた封筒メーカーの創業者
また、ある封筒メーカーの創業者は、駅に積まれた荷物にくくりつけられた荷札を見て、これから鉄道が発展すれば、モノの移動が大幅に広がるとイメージしました。荷札をただの紙切れではなく、そこに“意味”を添えてとらえたのですね。また「1度使ったら2度使わないもの」であることも発見し、それが、後に同じ特性を持つ「封筒」製造へ向かったのです。
■現場に飛び込んで知識を体得した技術者
電気機械はまだ輸入一辺倒だった明治時代。ある大手電機メーカーの創業者は、「国産の機械を作る」という強い信念を抱き、高学歴で大企業のエリートコースを歩んでいたにもかかわらず、あえて鉱山の修理工に転職しました。そこでひたすら機械を修理し続けることで、本だけでは得られない実地的な知識を蓄えたのです。その知識と技術を持って国産化に成功。グローバルな総合電機メーカーへと成長を遂げました。
社史の学びをキャリアにどう生かすか
質問:創業者の話を読んで、それをどう自身のキャリアに生かせば良いのでしょうか?
村橋:同じことをそのままマネしても意味がありません。同じ会社・同じ歴史は一つもありません。同業メーカーであっても、その原点・発想・哲学は会社ごとに全く異なります。大切なのは、読んで「感動する」こと、「驚く」こと。その感受性が、自分の仕事に何かをひらめかせてくれる源になるでしょう。
創業者たちに共通しているのは着眼点や観察眼、時代を見る目の確かさ、「国や社会をよくしたい」という使命感と志の高さ、強い思いがあること。その姿勢こそが、社史を読んで得られる一番の学びだと私は思っています。
若手・新入社員が社史を読む意味とは
質問:新入社員や会社に入りたての人が社史を読む意義はどこにあるでしょうか?
村橋:新しく会社に入った時、まず「この会社がどうやってできたか」を知ることはとても重要です。創業期を読むことで、先人たちの情熱と哲学を感じられる。そこから、自社の精神や仕事の意義を見い出せるでしょう。
たとえば、関東大震災の後、地理的に被害を免れたある電機メーカーは、全国から有利な注文が同社に殺到したにもかかわらず、それらをすべて断って、壊滅した首都圏の復興に全力を尽くしました。復興に必要な多種類・大量の機械製作により、同社は技術を急速に向上させ、信用も著しく高まったのです。この時、取引を開始した官公庁や企業の大部分は、復興後も、引き続き同社の顧客になったそうです。そういう“心意気”を知ると、社員としての背筋が自然と伸びるものですよね。
社史を読むと、創業の頃の驚きのエピソードやその後の歴史上の苦闘が、まるで小説のように描かれています。しかも、実際にあったことを記しているのですから、小説以上の面白さがあり、企業がまるで生き物でもあるかのような感慨や驚きを感じます。
社史は「難しい本」でも「関係者だけのもの」でもありません。先入観を持たずに、まず手に取ってみてください。創業者たちの感受性、ごく普通のことに価値を見出す非凡な観察眼、時代を確実に予想する力に触れた時、きっとあなたのモノの見方や仕事観も変わるはずですよ。