アイデンティティクライシス(アイデンティティの危機)とは? キャリア形成への影響と乗り越え方を考える

キャリアリサーチLab編集部
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仕事を続ける中で、「この道は本当に自分に合っているのだろうか」「自分らしさって何だろう」と思ったり、育児や転職といった環境の変化によって、「今の自分がよくわからない」と感じたりする瞬間がある人もいるだろう。こうした、自分の価値や役割に対する迷いや揺らぎが強くなり、これまでの“自分像”が曖昧になる状態こそが、アイデンティティクライシスである。

本コラムでは、アイデンティティクライシスの意味や原因、キャリア形成への影響と乗り越え方を解説する。

アイデンティティクライシス(アイデンティティの危機)とは

アイデンティティ(identity)とは、自分が何者であるかという「自己同一性」を意味する。アイデンティティクライシスとは、この自己同一性が揺らぎ、自分を見失って混乱や不安を感じる心理状態のことをいう。「アイデンティティの危機」と呼ばれることもある。

アイデンティティが不安定になると、「自分は何者なのか」「何を目標に生きているのか」といった、自分を支える根本的な部分が揺らぎ、精神的に不安定になりやすい

こうしたアイデンティティクライシスは、青年期や中年期、母親になるタイミングなど、さまざまな年代・ライフイベントで起こる可能性がある。中年期に陥りやすい「ミッドライフクライシス」については以下の記事で解説している。

提唱者とこれまでの研究―エリクソンの心理社会的発達理論

アイデンティティクライシスという概念を提唱したのは、アメリカの発達心理学者であるエリク・H・エリクソン(Erik H. Erikson)である。エリクソンは、人の発達を「乳児期から老年期までの8つの段階」に分け、それぞれの段階で解決すべき心理社会的課題とそれを乗り越えたときに得られる力があるとした「心理社会的発達理論」を提唱した。

エリクソンによれば、アイデンティティクライシスがもっとも顕著にあらわれるのは青年期である。この時期は「アイデンティティの確立」という発達課題が中心となり、乗り越えるべき課題は役割の混乱であるとした。自分が何者であるか、どんな価値観や生き方を持つのかを模索する時期とされる。

しかし、エリクソンは同時に、アイデンティティの形成は一度完了して終わるものではなく、人生の各段階で再び見直される可能性があると指摘している。そのため、中年期やライフイベントの転換点で生じるアイデンティティの揺らぎも、理論的に説明が可能である。

エリクソンの研究はその後、多くの心理学者によって発展され、アイデンティティの概念は臨床心理学、教育、キャリア形成研究など幅広い分野で応用されている。現代では、キャリアの変化や働き方の多様化に伴い、青年期に限らず成人期以降のアイデンティティ形成に注目が集まるようになっている。

アイデンティティクライシスの原因

アイデンティティクライシスは、さまざまなライフイベントや環境の変化によって起こりやすいとされている。詳しく見ていこう。

年齢やライフステージの変化

年齢を重ねると、身体的に衰えを感じたり、中年期に人生を見直したりする。また、結婚や出産、子どもの独立、退職とライフステージが変化する中で、アイデンティティが揺らぎやすいともいわれる。

これは、 人生の節目ごとに自分の役割や価値観が変化することが起因し、アイデンティティの再構築を試みる段階でアイデンティティクライシスに陥ることがある。

社会的要因・文化的要因

アイデンティティクライシスは、社会的・文化的な外的要因によっても引き起こされる可能性がある。具体的には、SNS上で他者との比較がしやすいこと、経済変動、災害、事件事故といった社会情勢への不安などが挙げられる。

こうした外的環境の変化は、自分の生き方や価値観に対する迷いを引き起こし、アイデンティティの揺らぎにつながる。

個人の経験や自己評価によるもの

過去の失敗体験やトラウマといった経験にくわえ、自己評価の傾向やストレスへの反応パターンも、アイデンティティクライシスの感じ方に影響を及ぼす。こうした経験や心理的傾向があると、環境の変化が起こった際に、アイデンティティが揺らぎやすくなることがある。

キャリアや役割の変化

転職やキャリアチェンジ、昇進といった役割の変化によってもアイデンティティクライシスが起こる可能性がある。仕事に紐づく「自分らしさ(職業的アイデンティティ)」が損なわれると、人生全体のアイデンティティにも影響を与えやすい。

アイデンティティクライシスに陥ったらどうなる?具体例を紹介

それでは、アイデンティティクライシスになったらどんな状態になるのか、具体例を紹介していく。

自分は何者なのか?自己像の揺らぎ

アイデンティティクライシスでは、「自分は何者か」「自分らしさとは何か」という根本的な問いが強まり、自己像が一時的に不鮮明になる。具体的には、自分の強みがわからなくなったり、本来の自分から遠ざかっているような感覚になったり、ということが挙げられる。昨日まで当たり前にできていた判断に自信を持てず、行動の基準が揺らいでしまう。

価値観や将来像の揺らぎ

アイデンティティクライシスは、価値観も不明瞭にさせ、意思決定が遅れたり将来の予測が困難になったりする。具体的には、3年後・5年後の自分の姿を想像できない、将来どうなりたいかという意欲がなくなる、などが挙げられる。

将来像が描けないため、目標設定が“とりあえず”になり、短期の選択に終始しやすいといった特徴もある。

不安や焦り…心理面の状態

自己像が揺らぐことにより、心理状態にも影響がある。「些細な指摘に過敏に反応してしまう」「休んでも疲れが抜けず、やる気が戻らない」「決めるべきことを先送りし、自己嫌悪に陥る」など、不安や焦り、無力感、ときには怒りという感情にもなる。

これらの心理変化は行動にもあらわれ、睡眠の質低下や注意力散漫、選択肢が多いときに何も選べないといった意思決定回避にもなりやすい

アイデンティティクライシスのキャリア形成への影響

前章でアイデンティティクライシスの一般的な状態を見てきたが、ここからは キャリア形成にどのような影響を及ぼすのかを見ていく。

キャリア選択の迷いや停滞

自分らしさが曖昧になっているため、「何を選べば自分らしいか」がわからなくなりキャリア選択にも影響を及ぼす。選択を迷っている間にチャンスを逃したり、反対にあまり考えずに判断することで適職を見つけられずに短期離職を繰り返したりする可能性もある。結果として、経験の積み上げが断続的になり、キャリア形成が非効率になりやすい

また、転職や異動などキャリアの大きな転換点では、自分が大事にしたい軸を持つことが重要だが、アイデンティティが揺らぐとこの軸がないため判断が難しくなる可能性が高い。

自信の喪失とモチベーション低下

自己像の揺らぎは、自己評価の低下にもつながり自信を持つことができない。そのため、試験を先延ばしにするなど挑戦を避ける傾向がある。

一方で現状にも満足できないため、「自分には向いていない」とスキルアップを諦めたり、新たな知識を得ることをやめたりする。仕事へのモチベーション維持も難しく、意欲はさらに低下していく

職業的アイデンティティの揺らぎ

仕事を通じた自分らしさである「職業的アイデンティティ」が曖昧になると、仕事内容ややりがい、働き方などキャリアの方向性が定まりにくくなる。たとえば、これまでの経験で培った専門性をさらに磨くのか、新しい仕事に挑戦するのか、といった二択があった場合に「どちらもしっくりこない」という感覚に陥り迷い続けてしまうという可能性もある。

アイデンティティクライシスの乗り越え方

それでは、 アイデンティティクライシスに陥ったらどのように乗り越えればいいのか。その方法は「自分自身と向き合う」「行動を起こす」「他者の意見を聞く」の3つである。

感情や価値観を言語化し、自分自身と向き合う

アイデンティティクライシスの乗り越え方として、まずは自分がどんな不安や焦り、迷いを感じているのかを言語化することから始めてみる。言語化が難しいときも、モヤモヤしたこと、気になったことなどを書き出すだけでも自分の状態が整理されるだろう。

また、自分が大切にしたいことは何かという価値観を見つめ直し、自分自身と向き合うことも重要だ。キャリアにおいては、仕事の何にやりがいを感じるか、私生活とのバランスはどう取りたいか、などである。価値観がわかると、自分の軸がわかるので判断がしやすくなる。

小さなことから行動を起こしてみる

アイデンティティクライシスを乗り越えるには、「行動を起こす」ということも重要になる。まずは小さなことから目標を立て行動することで、達成感を積み重ねて自信を取り戻していく

興味のある分野の勉強を少し始めてみる、職場で小さな新しい役割に挑戦してみる、副業やプロジェクトを試すなど、行動をすることで「合う」「合わない」を実感し、新たな自己像を作ることもできる。

他者からの意見で視野を広げる

家族や友人、同僚など他者から見た自分はどうかを理解することも重要だ。信頼する人々から自分の強みや自分らしさを聞くことで、自分では気づけなかった“新しい自己像”に出会えることもある。

また、必要に応じてキャリア相談や専門家のサポートを活用することで、より客観的に状況を整理することができる。

アイデンティティクライシスは誰にでも起こりうる

アイデンティティクライシスは、特別な人だけが経験するものではなく、誰にでも起こりうる自然な心理的プロセスである。人生には、進学、就職、転職、結婚、出産、昇進、子どもの独立、退職といった節目がいくつも訪れる。そのたびに、役割や環境、価値観が変化し、それまで当然だと思っていた“自分らしさ”が揺らぐことがある。

活躍している人や自信のある人でも、ふとしたきっかけで「自分とは何か」を見つめ直す瞬間が訪れる。大切なのは、この揺らぎを過度に恐れず、成長の前段階として受け止めることだ。

アイデンティティクライシスは、自分の軸を再構築する機会である。そしてそのプロセスを経ることで、より納得感のあるキャリアや生き方へとつながっていくだろう。

矢部栞
担当者
キャリアリサーチLab編集部
SHIORI YABE

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