マイナビ キャリアリサーチLab

大学生の就職活動ではなぜ「自己分析」が重要視されるのか ~青年期の心理的危機「アイデンティティ確立」の視点から~

東郷 こずえ
著者
キャリアリサーチLab主任研究員
KOZUE TOGO

就活に欠かせない「自己分析」

マイナビでは就職活動を行う学生に対して、インターンシップ期間から採用選考を経て、内定式に至るまでの期間、さまざまな調査を実施しているが、そのあらゆるフェーズで重視されている活動がある。それが「自己分析」だ。

広報活動開始前の12月に調査した「年内にやっておけばよかった、もっと時間をかければよかったと思う活動」の第1位は「自己分析」である【図1】。また、採用選考開始後の6月に調査した「自分が注力してきた結果、内々定につながったと思う活動」の第1位も「自己分析」である【図2】。

もっとやっておけばよかったと思う就活準備/2023年卒大学生インターンシップ・就職活動準備実態調査(12月)
【図1】「年内にもっとやっておけばよかった、もっと時間をかければよかった」と思う就活準備/2023年卒大学生インターンシップ・就職活動準備実態調査(12月)
自分が注力した結果、内々定につながったと思う行動/2023年卒大学生活動実態調査(6月15日)
【図2】自分が注力した結果、内々定につながったと思う活動/2023年卒大学生活動実態調査(6月15日)

これほどまでに重視されている「自己分析」だが、新卒採用の文脈以外であまり聞くことのない言葉かもしれない。端的にいうと「自分を知ること」である。

就職情報サイト マイナビ2024に掲載されている説明を引用すると、以下のとおりだ。

自己分析は、自分に対する理解を深めること。学生生活やこれまでの人生を振り返り、以下の視点で自分のことを深堀りしていきましょう。自分の興味(何をやりたいのか)、能力(何ができるのか)、価値観(何のためなら頑張れるか)がわかれば、仕事に活かせるあなたの強みが浮き彫りになり、エントリーシートや面接で自分をアピールするための材料が見つかります。

つまり、応募する企業を選んだり、実際に採用選考を受けたりする前に、まずは自分自身のこと、特に自分自身の強み・弱みに加えて、持っている価値観を理解しましょう、ということである。おそらく転職活動においても同様のことがいえるとは思うが、特に新卒採用においてその必要性が強調されている。

学生には就労経験がなく、自身のスキル・能力(職務履歴)とマッチする仕事内容や労働条件といった客観的な情報のみで就職先を選ぶことが難しいためだろう。【図3】は求職者(黄色)と企業(水色)のマッチングを図式で表したものだが、求職者の「価値観・人柄」と企業の「理念・文化」のマッチングの方がより重視されるということだ。

求職者と企業のマッチング
【図3】求職者と企業のマッチング/筆者作成

企業側の採用ニーズを見ても、スキル・能力よりも「カルチャーフィット」や「自社の価値観との相性」が重視されているという結果が出ており、価値観のマッチングについては求職者だけでなく、双方向のニーズといえる。
(参照)2023年卒企業新卒採用予定調査 P.4、34

このように学生側と企業側双方の価値観の相性が求められる就職活動において、重視される「自己分析」であるが、本コラムではそれに加えて、生涯発達心理学的視点から、大学生にとって「自分と向き合い、自分を理解する時間がいかに大切なものであるか」について解説したいと思う。

大学生が成人期を迎えるために必要なプロセス「アイデンティティ確立」

大学生は生涯発達心理学の視点で見ると「青年期」にあたる。青年期に関してはさまざまな解説があるが、ここでは心理社会的観点から生涯(乳児期~成熟期)にわたる自我形成過程を漸成発達図式【図4】として示したエリクソンの解説を取り上げたい。

エリクソンは青年期を成人社会に参加していく準備期であり、心理社会的モラトリアムと位置付けている。そして、青年期に乗り越えるべき課題として「アイデンティティ(=自我同一性、以下、アイデンティティと表記する)の確立」をあげており、それは、子供から大人になる過程のなかで「自分とは何か」という問いに答えを得ることだといっている。

エリクソンの漸成図(Erikson, 1959, 小此木訳, 1973)
【図4】エリクソンの漸成図(Erikson, 1959, 小此木訳, 1973)

エリクソンの説明によると、アイデンティティの感覚というのは、「『私は他の誰とも違う自分自身であり、私はひとりしかいない』という不変性の感覚と、『いままでの私もずっと私であり、今の私も、そしてこれからの私もずっと私であり続ける』という連続性の感覚をもつ個性をもった主体的な自分が、社会的な自分、すなわち、社会の中で認められた地位、役割、職業、身分などの「~としての自分」という感覚に合致している安定感や安心感、自信」を意味しているということだ。また、エリクソンはこうした課題はその時期だけにあるものではなく、それ以前からなんらかの形で存在しており、この時期に特に課題を乗り越えることが必要とされるというふうに考えていた。

先述した「自己分析」の定義を振り返ると、まさに自分自身の「アイデンティティ」を確認し、確立していく過程といえるだろう。

「アイデンティティ確立」がなされない場合はどうなるのか

このアイデンティティ理論においてもう一つ大切な視点がある。それは、この「アイデンティティ確立」がなされなかった場合、どうなるのかという点だ。【図4】にあるようにいずれの課題も達成した場合とされなかった場合が対になるように併記されている。この対を「危機的項目」と呼ぶが、これは、青年が成人として1人前としてアイデンティティが統合できるか否かの分岐点を示していると考えてほしい。「アイデンティティ確立」の対になっているのは「アイデンティティ拡散」である。

この「危機」の概念については、マーシャが提唱したアイデンティティ・ステイタスの分類基準をもとに説明したい。【表1】に示すように、マーシャは意思決定期間としての「危機(※1)」を経験したか、と、人生の重要な領域(職業やイデオロギー)に対する姿勢として、自身が「積極的関与(※2)」を行ったかの2つの基準でアイデンティティの状況を整理した。

(※1)「危機(crisis)」とは「これからの自分の生き方・あり方をめぐる模索体験と意思決定期間」のこと。ネガティブな意味ではなく“転機”というニュアンスで捉える。
(※2)「積極的関与(commitment)」とは「一定の職業やイデオロギーを自らの意思で選択し、その実現に向けて積極的に行動や努力をしている状態」のこと。自己投入、自己参画などと訳されることもある。

マーシャのアイデンティティ・ステイタス
【表1】マーシャのアイデンティティ・ステイタス(無藤, 1979)

①アイデンティティ達成

①のように危機を経験し、かつ積極的関与を行って、アイデンティティの統合に成功した場合、「アイデンティティ達成」となり、課題をクリアした望ましい状態になる。

②モラトリアム

②のように危機の真っ最中におり、積極的に関与しようとしているが、まだしきれていない状態を「モラトリアム」という。「モラトリアム」という言葉自体にネガティブな印象を持つ人もいるかもしれないが、私は若者においてはむしろ必要な過程だと考えている。

就職活動を行う前の準備段階にいる学生などはこの状態と言えるいえるかもしれない。来るべき「積極的関与」(=就職活動)に向けて、自分の価値観に向き合い(=自己分析)、その意思を高め、どのように活動しようか試行錯誤を行っている状態と言い換えることができるのではないだろうか。このモラトリアムを経て、自分の価値観を理解し、目標を見出したうえで、積極的関与を行うようになれば、無事に「アイデンティティ達成」へとつながるのだ。そう考えると、むしろ②のモラトリアムを経るということのほう方が一般的だと言えるいえるのではないだろうか。

③早期完了(フォークロージャ―)

③の「早期完了」は、家業を継ぐことが決まっているなど親が決めた目標と自分自身の目標が一致しており、不協和が生じないまま(危機を経験しないまま)、積極的関与ができてしまう場合のことをいう。現代においては、「生まれながらにして人生が決まっている」というケースが稀であったり、また周りの環境がそうでなかったりするケースが多いため、仮に、家業を継ぐという選択肢がある人も、そうするべきか否かで迷いが生じるのではないだろうか。そういう意味では、やはり「危機」を迎え、それに向き合う必要があるといえるだろう。

④アイデンティティ拡散

では④の「アイデンティティ拡散」というのはどういう状態だろうか。①~③と大きく異なるのは「積極的関与」を「していない」という点だ。そもそも危機を迎えないという人も含まれるが、「危機」を迎えながらもなんの対処もしないケースと考えていただくとよい良いだろう。

エリクソンは彼らの特徴として、むなしさ、孤立感、内的連続性と普遍性の喪失、恥ずかしさ、自己意識過剰、焦燥感、偶然に身を任すこと、希望の喪失、時間的展望の拡散、不信感などをあげている。いくつもの選択肢を前にどうしていいかわからず、一種の麻痺状態になっているということだ。途方にくれているというとイメージしやすいかもしれない。

また、エリクソンは一般に若い人々を混乱させるのは、そもそも「職業的同一性を決めることが(まだ就労していないために)不可能なことである」と指摘している。人生の選択において他人が良い・悪いの判断をすることはできないが、自分が何者であるのか、自信を持って認識できないことの不安感は大きく、つらいものではないかと想像する。アイデンティティを確立する過程で「職業的アイデンティティ」をもつことがひとつの助けになる可能性は高い。「就職」することだけがもちろんすべてではないが、新卒採用を支援する立場としては、どのような人生であっても、なるだけ多くの若者が「積極的関与」を行い、自分の人生に納得できるような道筋を示したいと思う。

誤解のないように付け加えさせていただくと、「アイデンティティ達成」というのは、必ずしも自分の希望通りの選択ができたから成功、というものでもない。大切なのは自分と向き合い、自分がその選択を行うことに責任を持って引き受けることができたか、ということだと思う。全員が希望通り、満足できる選択ができるとは限らないが、少なくとも、納得できる選択をしてほしいと思う。そのためにも、“就活”の一環として仕方なく取り組む「自己分析」という捉え方ではなく、自分の人生をよりよいものにしていくための、アイデンティティ確立のためのプロセス、ひとつのきっかけとして「自己分析」を捉えていただきたいと願っている。

人生に何度も訪れる「アイデンティティ確立」の危機

今回は新卒の就職活動をテーマにしたので、青年期にあたる学生にフォーカスして述べてきたが、「アイデンティティの確立」は必ずしも青年期だけの課題ではない。昨今、人生100年時代といわれ、成人期になったあとも何度も人生の転機を迎えるようになっている。

結婚、出産・育児、介護などのライフステージに関わるイベントだけでなく、昇進・昇格、役職定年、定年、定年後の再雇用など就労状況の変化もあり、アイデンティティの危機を何度も経験することになるのだ。特に、役職定年以降のキャリアの再構築に関しては、深刻なアイデンティティの危機に直面する人もいるだろう。いわゆる「自己分析」ではないにせよ、自分との向き合い、アイデンティティの確立というのは長い人生のなかで逃れられない課題なのかもしれない。

キャリアリサーチLab主任研究員 東郷こずえ


<引用文献>
Erikson, E.H. 1959 Identity and the Life Cycle. Phychological Issues Monograh, Vol. 1, No.1, New York: International Universities Press. 〔小此木啓吾訳編1973自我同一性―アイデンティティとライフ・サイクル.誠信書房〕

Marcia, J.E. 1966 Development and validation of ego-identity status. Journal of Personality and Social Psychology, 3, 551-558

無藤清子 1979 自我同一性地位面接の検討と大学生の自我同一性. 教育心理学研究, 27,178-187 

落合良行・楠見 孝(編) 齊藤誠一・大野 久・平石賢二・宮下一博・岡本祐子・無藤清子(1995). 講座 発達心理-4 自己への問い直し 青年期 金子書房

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