近年、リモートワークやジョブ型雇用、ツールの進化など働き方が多様化する中で、職場では一人ひとりの自発的な行動が重要になることも増えてきました。そこで今回は、連載企画を通して改めてチームや組織で働くことで得られるメリットや効果に着目してみたいと思います。第1回のテーマは「組織市民行動」です。
誰かを助けたり、チームのために動いたりする―そうした「組織市民行動」は、成果だけでなく、職場の信頼関係や協働の力を高める行動として注目されています。
■組織市民行動とは…
組織市民行動(Organizational Citizenship Behavior:OCB)とは、職務記述書(ジョブディスクリプション)に明記されていない自発的な行動であり、報酬や評価の対象とはならないが、組織の機能や雰囲気を向上させる行動をさします。例えば、「休んでいた人を援助する」「業務上の困難や不公平感に対して過度に不満をいわない」「問題がおきないような行動をとる」などが挙げられます。
その行動を生み出す鍵となるのが、「公正さ」を実感できる職場環境です。評価や手続きの透明性、上司の誠実な対応、そして組織からの支援。これらが整うことで、人は前向きに行動し、チームや組織の力が自然に引き出されていきます。公正な職場が人を動かすメカニズムについて、組織市民行動を研究してきた田中堅一郎教授にお話を伺いました。
田中 堅一郎(日本大学大学院 総合社会情報研究科 教授)
日本大学大学院文学研究科心理学専攻博士課程修了。日本学術振興会特別研究員DC、常葉学園浜松大学国際経済学部、広島県立大学経営学部を経て現職。専門分野は職場における心理学的諸問題で、組織における公正、従業員による反社会的行動、リーダーシップの自己概念についての調査研究、および職場におけるジェンダー・ハラスメントの軽減の試みについての社会実装を行う。主な著書に、『従業員が自発的に働く職場をめざすために(ナカニシヤ出版)』『荒廃する職場/反逆する従業員(ナカニシヤ出版)』『自己概念から考えるリーダーシップ(風間書房)』(すべて単著)
公正さと支援が自発性を引き出す土壌
質問:近年、働き方の多様化が進む中で職場や組織の環境も大きく変わってきているかと思います。組織市民行動が起こりやすく、一人ひとりが自発的な行動がとれる環境とはどのようなものでしょうか。
田中:職場において組織市民行動が起きるきっかけとして、説明力と一貫性があるといわれているのが「組織における公正さの認知」です。つまり、従業員が自分の処遇や待遇について公正と感じているのか、不公正と感じているのかという問題です。「これだけ成果を上げているのに、どうしてこれだけしか評価をしてくれないんだ」と感じるようなことがあると、組織市民行動は促進されにくいといえます。
職場環境という点では、直属の上司のリーダーシップも影響します。リーダーシップにはさまざまなスタイルがありますが、特に「サポーティブ・リーダーシップ」といわれる部下の仕事を積極的に支援するリーダーシップが重要だと思われます。
組織市民行動研究の第一人者であるアメリカの経営学者、フィリップ・M・ポザコフ氏は、「リーダーが従業員に対してこまめにアドバイスを与えていると評価されるほど、従業員の組織市民行動が高まる」と指摘しています。
さらに、組織全体のサポートも必要だと思われます。組織が自分に対してどれだけ気づかってくれているか、従業員が組織からのサポートを強く感じていればいるほど、組織市民行動をとりやすいといえると考えられます。
また、職務満足感が、組織市民行動研究の初期から高い相関があることが判明しています。職場への満足度が高いほどポジティブな結果が得られやすく、組織市民行動も促進されやすいようです。
そして、組織へのコミットメントも重要です。「この会社が好きだ」「この組織に積極的に関わりたい」という気持ちが強い人ほど、組織市民行動をとりやすく、感情面でもポジティブな人のほうが行動は起こりやすくなります。
組織市民行動の先行要因
- 職務満足感
- 組織コミットメント
- (組織における)公平性の知覚
- 支援的リーダーシップ
- 組織サポート
- (ポジティブな)気分や感情
(Organ et at., 2006; 田中, 2004)※田中教授作成資料より引用
公正な評価と誠実な説明が信頼のベース
質問:お話を伺った組織市民行動が起きやすい環境というのは、なかなか自然に形成されにくいようにも思うのですが、経営者や管理者といった組織を運営する人はどのように環境を整えていくことが重要になりますでしょうか。
田中:職場環境という点では、組織における「公正」を具体化することが大事になってきます。当たり前ですが、会社組織のシステムや処遇を決めるための手続きを一貫させること、人や時期によって変わらないようにすることが重要です。そして、それを従業員に「見える」ようにする必要もあります。
また、従業員が納得できないことがあれば、組織や会社の決定に対して説明を求めたり、情報の開示を要求したりできることも重要です。そして、これに関連して、従業員が意見を述べる機会が与えられている必要があり、その上司、つまり評価する社員は部下に対して誠実に対応することが求められます。
組織における公正の要因は、「評価の結果」と「評価における手続き」、そして、「対人的な公正」が主要な要素になっています。たとえば同じ評価の人がいたとして、評価の結果をフィードバックする際に、誠実かつ丁寧な説明が求められます。
この対人的な公正を欠くと、社員からネガティブな気分や感情が噴出しかねない状態になり、組織市民行動ではなく、組織全体に悪影響を与えるようなネガティブ行動である「反社会的行動」に展開してしまう可能性があります。
少し専門外になりますが、人的資源管理の観点で言えば、新卒者を採用する際に「当社は組織市民行動を大事にしている会社です」と提示することも重要かもしれません。また、パーソナリティと組織市民行動の関連性を調べている研究者の指摘によれば、誠実な人ほど組織市民行動をとりやすいという報告もあります。そういう特性を適性検査のプログラムなどで測定できるとしたら、その結果を活用するのも一案です。
さらに、人材教育プログラムの中で、職務領域を超えた仕事の重要性や意義を訴えるような教育を組み込むのも良いと思いますし、報酬システムの中に、そうした行動を評価できるような仕組みを取り入れることも有効かもしれません。
もちろん、パワーハラスメントへの対応も軽視できません。従業員に対して破壊的な物言いをしたり、非建設的なフィードバックをしたりするのはよくありません。成功を褒めずに失敗ばかり責めるような指導は避けるべきです。「事実を言っているだけだ」と言う人もいるかもしれませんが、職場全体がネガティブな気分になってしまいますし、事実であっても、何を言っても良いという理屈は通りません。
職場の「穴」を見抜く力が組織を強くする
質問:仕事の内容が多様化し、業務が固定的ではなくなってきている現代、一人ひとりが組織市民行動をとることで、より成果を上げやすい環境になるでしょうか。
田中:組織市民行動を一人ひとりがとることで、いわゆるジョブディスクリプション(職務記述書)に記述されている本来の職務の成果が下がるのではないかと心配される方もいるかもしれませんが、少なくともアメリカの研究では、本来の職務にもポジティブな影響を及ぼしていることがわかっています。それは、個人の成績だけでなく、職場全体の業績の向上にもつながっているようです。
その理由としては、組織市民行動をとることで、職場の仕組みや「穴」を理解できるようになることが考えられます。自分の業務だけでなく、周囲の業務や課題に敏感になり、同僚を助けたり、部署を超えてサポートしたりすることで、職場全体を見渡す感覚が養われるわけです。
組織市民行動が向かうベクトルは、自分の職場に向かうものと、会社全体に向かう2方向あります。最初は自分の職場の身近な人のサポートからスタートしていても、最終的には組織全体の課題や今後の方向性に対して意識的になり、発展的な提案行動にもつながっていくと思います。
結果的に、組織市民行動を促す文化が根づくと、業績やチームの成果だけでなく、離職率の低下にもつながると思います。人が辞めないこと自体が大きな成果ではないでしょうか。それに、従業員が「うちの会社は魅力的だ」と外部にアピールできるようになることも、組織市民行動がもたらす効果の一つといえるでしょう。
組織市民行動がもたらすもの
- 同僚や管理者の生産性を向上させる
- 様々な資源をより生産的な目的に利用できる
- 集団の保守機能に費やすエネルギーや時間を減らすことができる
- メンバー間や集団間での活動調整に有効な手段となる
- 優秀な人材を組織に惹きつけ、かつ留まらせる可能性を高める
- 組織業績の安定性を高める
- 環境変化に対応する組織の能力を高める
- 社会資本を生み出し、組織の有効性を向上させる
(Podsakoff & MacKenzie, 1997)※田中教授作成資料より引用
管理者の適切なマネジメントが求められる
質問:組織市民行動が頻繁に行われる職場では、経営者や管理者はどのような点に注意して運営をする必要があるでしょうか。
田中:組織市民行動が本来の業務に悪影響を与えることはなく、個人の成果や職場全体の業績の向上にもポジティブな影響を及ぼすことは明らかですが、上司に対して自分をよく見せようと思って、意図的にインプレッションマネジメントをしてしまう可能性があるのは否定できません。また、本来の業務以外の業務負担が増えることで、過剰労働になってしまう危険性も考えられます。
これは日本の組織特有のものかもしれませんが、組織市民行動の激化が起きてしまうことも考えられます。「あれをやってくれたんだから、これもやってもらえるよね?」と、要求が大きくなって結果的に大きな負担になってしまい、結果的に大きな負担になってしまい、業務量が増えて残業が増えるなどの事態に陥るとワーク・ファミリー・コンフリクト(仕事と家庭の役割要求が互いに干渉し、両立が難しくなる状態)が起こりやすくなります。
こういった状況にしないためにも、経営者・管理者は放任せず、ある程度マネジメントすることが重要です。従業員の自発的行動だからといって、管理職がハンドリングしないのは違うと思います。自由度を残しつつ、過度な組織市民行動を防ぐというバランスが必要となります。