偶発的なコミュニケーション・アイデアを生む職場づくり-ヤマップの居住地フリー制度と社内登山制度から学ぶ

キャリアリサーチLab編集部
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近年、働き方と働く場所の多様化によって、職場では「チームで働く」という感覚が以前よりも薄れがちになっています。そこで、チームや組織で働くことの意味や得られるメリット、効果について、連載企画を通して実例を紹介していく本企画の第1回では、日本大学大学院の田中先生に組織市民行動について伺いました。第2回となる今回は、独自の制度を導入する株式会社ヤマップにお話を伺います。

株式会社ヤマップは、登山者向けアプリYAMAPアウトドア保険などを提供しており、居住地フリー制度を導入しています。その中で、社内登山制度やシャッフル登山といったユニークな取り組みを通して、社員同士のコミュニケーションを育み、チームワークを醸成しています。

偶発的なコミュニケーション・アイデアを生む職場づくり-ヤマップの居住地フリー制度と社内登山制度から学ぶ

■清水 元気(しみずもとき)※画像右
早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。太陽光を主軸とした再生可能エネルギー事業会社の経営企画部門にて事業戦略立案や資本提携に従事。同時に地元韮崎でローカルビジネスにも携わり、空き家を活用した飲食事業の立ち上げや場づくり、地元媒体での執筆活動などを行う。2022年6月より株式会社ヤマップに参画。人事企画担当者として人事制度の運営・改善に取り組んでいる。

■愛澤 僚典(あいざわりょうすけ)※画像中央
東洋大学法学部卒業。情報システムの支援会社にて情シスの職種に従事した後、2024年3月にヤマップに参画。情シス業務の傍ら、自身の登山経験を活かした会社の文化醸成「カルチャーコミュニケーション」も行っている。2025年10月に日本百名山を完登。

■上間 秀美(うえまひでみ)※画像左
法政大学工学部物質科学科卒業。化粧品メーカーにてダイレクトマーケティングと広報PRに従事し、2021年11月ヤマップに参画。テクノロジーと自然体験を融合させ、「自然と人」「人と人」のつながりを再発見するきっかけを世の中に届けることに取り組んでいる。

自由度の高い働き方から見えてきたコミュニケーション課題

自由度の高い働き方から見えてきたコミュニケーション課題

質問:居住地フリー制度を導入しているということですが、どのような制度なのか教えてください。また、居住地が自由になることでのメリットやデメリット、貴社でチームワークの醸成のために行っている対策などがありましたら教えてください。

清水:端的に居住地フリー制度を説明すると、部署の承認を得ることを条件に、国内であれば社員が自由に居住地を選択できる制度です。非常に自由度が高い制度に思えるかもしれませんが、制度の導入から3年が経過しており、現在はこれまでの経験を踏まえて、一定の制約を設けて運用しています。

具体的に言うと、当社は東京と福岡にオフィスがあり、原則として、それぞれの拠点から2時間以内で出社できる範囲に住んでいただくようにお願いしています。何かあったときに出社できる距離というイメージです。

また、制度の適用可否は業務内容によって判断しているため、全員が居住地を自由に選択しながら働いているわけではなく、それぞれの業務とのバランスを見ながら、最大限社員の希望する生き方を叶えていくことが本制度の趣旨になります。

もともとコロナ禍に当社でもリモートワークが導入され、以降はリモートワークでの勤務が主体となっていきました。業務もオンラインでのコミュニケーションが中心になっていたので、居住地が異なることが大きな壁になることはありませんでした。ただ一方で、リアルなコミュニケーションが希薄化し、社員同士で文脈が共有しづらくなった感覚があり、これは全社的な課題として認識することになりました。

企業としての勢いが弱まっていくというか…。目標は達成できても、それを大きく上回るチャレンジができなくなってしまっている、偶発的なアイデアがコミュニケーションの中から生まれにくくなっているような閉塞感が徐々に高まってきたと感じていました。

そういったこともあって、部門ごとに「週に2回くらいは出社しよう」という努力目標を置いています。頻度や曜日は、それぞれの部門やメンバーに自主的に決めてもらい、運用しているのですが、ヤマップでは社員のスタンスとして「自律自走」することを求めています。トップダウンでガチガチにルールを決めるよりは、必要なコミュニケーションは現場で能動的に設定してほしいというスタンスでルールも設定しています。

山梨県甲府市への移住で実現した新しい働き方

愛澤:私はまさに居住地フリー制度を使って、山梨県甲府市に住んでいます。東京オフィスまで2時間くらいです。入社時は東京都内に住んでいたのですが、以前より移住したいという願望があり、また、居住地フリー制度があると聞いていたので入社しました。

ちょうど、社内では「コミュニケーションが希薄になっていないか」といった議論が出ていた頃で、制度が再整備されるのを待って2025年3月から甲府市に引っ越しました。甲府なら自宅から徒歩30分くらいで山に登れます。当社はフレックスタイム制なので、朝ちょっと山に登って、戻ってきて仕事、みたいな生活もできています。居住地フリー制度だからこそ実現できる働き方ですね。

上間:居住地フリー制度が導入されたのは2022年です。その後、今話に出ていたコミュニケーションの課題をクリアしつつ、徐々にヤマップらしい制度にブラッシュアップしてきた感じです。

清水:全体としてはチームワークを醸成するために月に2回、オンラインで全体会議をやっています。一つは全社会議で、経営方針や経営者からのメッセージを伝える場です。もう一つは各部門の取り組みや実績を報告する会議です。

あとは、オフィスにドリンクを常備していて、夜に残っているメンバー同士で軽くお酒を飲みながらコミュニケーションを取っていいですよという、ちょっとした仕掛けもしています。飲み物はすべて会社の経費です。最近は現場発の懇親会企画も増えてきています。

深いコミュニケーションが生まれるYAMAP流「社内登山」

深いコミュニケーションが生まれるYAMAP流「社内登山」

質問:社内登山制度を始めたきっかけやその時の課題感などがありましたら教えてください。また、社内登山制度を通して、得られた効果やメリット・デメリットについても教えてください。

制度化のきっかけとメリット

清水:当社は登山者向けアプリや登山・アウトドア向けのサービスを提供している会社なので、業務の一環で山へのフィールドワークや交流機会としての登山を自然と行っていました。まだ社員数が少なかった頃は、当社の代表も含めてアルプスへほぼ全員参加で行ったこともあるようです。

しかし、ルールが曖昧なまま社員が登山に行くことは会社として大いにリスクがあることも事実でした。社員数が増えてきたタイミングで、会社としてしっかりとルール化しようということで今の「社内登山制度」という形になりました。基本的に業務時間内に行う山登りを広義の「社内登山」とみなして、その際の交通費や必要な経費は会社で負担することにしています。

社内登山の中には大別すると以下の2つのパターンがあります。一つが部門の中で企画して、部門の予算で実行するケース、もう一つは人事が主体となって、社内のコミュニケーション促進のために部門横断で登山に行く「シャッフル登山」という企画です。

自分たちが提供しているプロダクトを実践する場でもありますので、実際の山の中で検証して、会社に戻ってフィードバックするといった使い方をしています。また、業務上の利点に限らず、山に行くことそのものが社員間のコミュニケーション上もたいへん有意義だと感じています。

山登りはひたすら山頂を目指して歩いていく時間が圧倒的に長いので、その時間は丸々対話に集中できる時間にもなります。普段あまり話さないメンバーとも、同じ方向を向いて歩きながら話すことで、かなり深い対話の場になっていると感じています。

苦難を共にすることで生まれる絆

愛澤:シャッフル登山は、もともと人事主導でやっていたのですが、一度ストップしていました。ただ、私はどうしてもやりたくて、人事部門と協力して今年から再開しました。

山って、基本“登る”という行為しかないので、その中でいろんな話ができるし、それに加えて“苦難を共にする”という要素があります。難しいプロジェクトを一緒にやると、そのメンバーがちょっと特別な存在になることがあると思うのですが、それと同じで、一緒に登山の苦労を共にすると、絆がより深まります。

しかも山頂に行けば、たいてい“綺麗な景色というご褒美”が待っていて、そのご褒美も一緒に味わえる。それってすごく思い出に残るし、心の距離がグッと近づく瞬間だなと思います。

2025年にリニューアルして再開したばかりなので、まだ定量的な効果測定まではできていないのですが、「めちゃくちゃよかった」「また行きたい」という声が出ています。改善点もいろいろもらっているので、これからPDCAを回しながらさらによくしていこうという段階です。

このシャッフル登山には「CEO登山」というのも紐づけていて、当社代表の春山も、仕事の都合を見て、タイミングを合わせて同行してもらっています。会社の代表と一緒に、1日山を歩く機会って、普通はなかなかないと思うんですが、社員にとっても貴重な機会ですし、代表にとっても社員の本音が聞けるチャンスになっているのではないかと思います。

清水:こういった企画は、規模の大きな会社ほど効果があるかもしれませんね。社員間のコミュニケーションを活性化できる可能性が大きくなるように思います。自分が所属する部署とは距離がある部署や人、職位が上の人と対話ができるのはすごくいいと思います。

上間:社内登山では下山後によく温泉に行ったりご飯を食べたりします。私自身も入社する直前に社内登山の機会をいただき参加しました。登山中と下山後の懇親も含めて、さまざまなチームの方とお話しできて一気に距離が縮まった感覚がありました。

企画から実施までの流れと工夫

愛澤:シャッフル登山を実施する際は、まず企画者が社内チャットツールに、「この山に行って、こういう行程で歩きたい」という企画をまず投稿します。それを見て、「行きたい!」と思ったメンバーが手を挙げて、メンバーが集まったら詳細はそのグループで決めてもらう、という流れです。会社からは上限を決めて費用が出るので、その予算内でやりくりしてもらっています。

また、戻ってきたら、必ずレポートを書いてもらうようにしています。みんながどんなことを感じたのか、どういうことが起きたのかをちゃんと共有して、改善につなげたいと思っています。

清水:社内チャットに企画を投稿する際は、ダンドラー(段取りをする人)は、投稿内容ができるだけ魅力的に見えるように各々工夫しています。「こんなコンセプトで、こんな行程です」といった内容を流してもらい、そこから参加者を募る形です。

部署を越えたコミュニケーションが、新しい視点を生む

部署を越えたコミュニケーションが、新しい視点を生む

質問:今後、チーム作りや離れた場所で働く社員同士が成果を上げる上で行おうとしている取り組みなどがありましたら教えてください。

清水:まさに今、「これからどうしていくか」を考えているところです。一つは、シャッフル登山は今、福岡・東京の拠点ごとに実施しているのですが、いずれは各拠点のメンバーをごちゃ混ぜにして実施したい、という話をしています。

また、年に1回の全社集会では、レクリエーション的な要素を取り入れた企画を積極的に実施していきたいと考えています。2025年は、博多の街なかを「YAMAP」アプリを使って「ロゲイニング(地図やコンパスを使って、設置されたチェックポイントをできるだけ多く制限時間内にまわり、点数を競うもの)」を実施し、制限時間内にできるだけ多くのチェックポイントを回って点数を集めるゲームをやったのですが、これが現場にもすごく好評で、手ごたえを感じました。

愛澤:その企画には、私も運営メンバーとして関わっていたのですが、実は山でやりたかったんですよね。ただ、年に1回の場で、どうしても経営側の発表やビジネスの話もしっかりすることになるので、オフィスに近い場所で、ということになりました。その中で、「じゃあ街の中で何ができるか」と考えて今回のゲームを企画しました。かなり盛り上がったので、一定の成果はあったと思っています。これを少しずつ山方向に寄せていければ理想ですね。

同じ部署のメンバーとは普段からコミュニケーションする機会が豊富ですが、リモートでの業務が多くなると、自分の部署以外のメンバーと関わることって少ないですよね。それが会社への帰属意識を下げる要因になっているのではないかと思っています。当社は、みんな山が好きっていう共通項があるので、山を舞台にさまざまなメンバーでコミュニケーションを取るのが一番いいかなと思いますね。

「こんな人がいるんだ」「この人はこんなふうに山を捉えて、こういう登り方するんだ」とか、あるいは「地球環境をこんなふうに考えてるんだ」という、その人の自然観みたいなものが深くわかるんです。そういうのを知ると、会社を通してどんな未来をつくっていきたいか、みたいなことがどんどん明確になるし、自分では全然考えていなかった視点もどんどん出てくる。それが会社の成長スピードを上げるうえでも大事だと思っていて、そういう思いでいろいろ企画しています。

上間:私は、福岡の山でエンジニアの方と社内登山で一緒になる機会がありました。その方はミドルウェアの開発をしていたのですが、自分の業務が社内であまり知られていないので、社内に発信してもっと知ってもらいたいという思いを持っていたようです。

そこで、私から「それなら、社内だけではなくて、社外に向けても発信する記事を出そうよ」と提案し、アプリがアップデートされるタイミングでエンジニアを紹介する記事をリリースしました。まさに、普段は直接関わり合いがないメンバーと、一緒になってコミュニケーションしたことによる成果だと思います。

社内登山やコミュニケーション施策を始める企業へのアドバイス

社内登山やコミュニケーション施策を始める企業へのアドバイス

質問:最後に、これから社内登山や新たにコミュニケーション施策を始めようと考えている企業さんに向けて、アドバイスやメッセージがあれば教えてください。

清水:実は一度、「社内登山をやっている会社」にフォーカスしたインタビュー記事をまとめたことがあって、そのときにもいろいろ考えるきっかけがありました。

私たちは、登山者向けアプリや登山・アウトドア向けのサービスを提供している会社なので、事業とのシナジーも含めて、山に行くことが当然のように仕事に組み込まれています。でも、事業が山と関係ない会社さんであっても、「山に行く」ことをコミュニケーション施策として導入する利点は多くあると思っています。

清水:コロナ禍で、ヤマップとしてもコミュニケーションのあり方が問われていた頃に、当社の代表が社内に向けて「何かを“する(doing)”ことだけを目的にするのではなくて、“どういうふうに一緒にそこにいるか(being)”を大事にしよう」という話をしたことがありました。

その言葉がとても印象に残っていて、コミュニケーション施策を考えるときも、“何をやるか”よりも、“どういう時間を一緒に過ごすか”を軸に考えるといいんじゃないか、そんなふうに思っています。

ほかのレクリエーションのように、「目的に向かって何かやります(doing)」というのもいいと思うのですが、登山の場合はただ歩くという行動自体がbeingとして非常に大事な時間と捉えています。

なので、その中で交わされる会話はとても価値があるものになります。「山に詳しい人がいないと無理なんじゃないか」という心配もあると思うのですが、実は東京都内にある高尾山みたいなライトな山でもちゃんと成立します。探せば意外と近くに「ちょっとした山」はたくさんあります。

無理のない範囲でチャレンジできる場を作るのがよいのかなと思います。もし期待の声があれば当社だからこそお手伝いできることもあると思うので、ぜひ気軽に相談してもらえたらうれしいです。

愛澤:もちろん登山に行ってほしいという気持ちはあるのですが、別に山じゃなくてもいいと思っています。大事なのは、“自分たちの好き”は何なのかをちゃんと考えることだと思います。やらされることに向かうエネルギーよりも、好きなことに向かっていくエネルギーは、質も推進力も全然違うはずです。

会社ごとに、いろいろな「好き」があると思うので、それを見つけて、仕事の中でも外でも、みんなで一緒にやってみるだけで、社内の結束ってすごく深まると思います。ぜひ、「自分たちの好き」を探して、場合によってはそれをつくっていくことも含めてチャレンジしてほしいなと思います。

上間:山登りって、ハードルが高く思われがちですが、山の遊び方もいろいろで、山頂でごはんを食べたり、花を楽しんだり、山頂に立つことだけが目的じゃない楽しみ方がいろいろあります。ぜひ気構えることなく、気軽にコミュニケーションを楽しんでいただきたいなと思います。普段はあまり交流する機会がない人とでも、ものすごく仲よくなれますよ。

片山久也
担当者
キャリアリサーチLab編集部
HISANARI KATAYAMA

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