大間々から広げたい、当事者意識を持った市民による地域活性化<後編>

キャリアリサーチLab編集部
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キャリアリサーチLabでは、「地域活性化で創る新たなキャリアの選択肢」をテーマに、これまで3回にわたり記事を展開してきた。今回の座談会では、群馬県みどり市大間々地区でリノベーションまちづくりに携わる4名の方々にお集まりいただき、地域での実践を通じて見えてきた課題や可能性について語っていただいた。

前編では、みどり市が取り組む「リノベーションまちづくり」と「大間々官民共創デザイン」の概要や、それぞれの立場で活動に参加することになったきっかけについて聞いた。後編では、活動を続ける中で見えてきた課題や、そこから見出した地域活性化と個人のキャリア形成との新たな関係性について掘り下げていく。

※本記事は「大間々から広げたい、当事者意識を持った市民による地域活性化<前編>」に続く後編である。未読の方はぜひ先に前編をご覧いただきたい。

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左から座談会に参加いただいた富所さん、林さん、片山さん、高瀬さん、座談会に立ち会っていただいたみどり市職員の櫻井さん、/「暮らしの複合施設 Haji-Maru(ハジマル)」内のカフェスペースで
左から座談会に参加いただいた富所さん、林さん、片山さん、高瀬さん、座談会に立ち会っていただいたみどり市職員の櫻井さん、/「暮らしの複合施設 Haji-Maru(ハジマル)」内のカフェスペースで

【座談会参加者のプロフィール】※名前は五十音順
片山翔平さん(元群馬県の県庁職員・現在は経営者として地域を再生する事業を行う)
高瀬聡さん(群馬県みどり市職員、日々まちの仲間たちと楽しいことを妄想する自称・変態公務員)
富所哲平さん(群馬県住みます芸人アンカンミンカン、みどり市観光大使)
林剛史さん(文部科学省職員として国の教育政策の企画・立案を担当する傍ら、みどり市のリノベーションまちづくり活動にも参画。東京と群馬との二拠点ライフスタイルを模索中。)

活動を通じて直面した困難と、その乗り越え方──大間々に息づく精神と歴史

Q.この活動を続ける中で困難や課題に感じたことはありましたか?それに対して、工夫や対応をしてきたことがあれば教えてください。

富所:まちづくりは、いろいろな課題があるから面白いのであって、課題がないことはむしろ不幸ではないかと思うんです。

豊かで便利な生活に慣れすぎてしまって、必要な情報は一瞬で収集できます。

しかし、世の中は必ずしも正論が常に通るわけではないので、そこをどう突破するか、どのようにして自分が望むまちづくりの方向へ近づけていくか、その努力や工夫に人の成長があるのではないかと思っています。そして、その成長の先に、「持続可能なまち」「自治力のあるまち」「レジリエンスがあるまち」が待っている気がしています。

世代間のギャップみたいなものは確かにあるかもしれませんが、大切なのは温故知新。古きをしっかり尋ねないと、ハレーションが起きます。昔の人たちの話を聞けば、時代の流れには乗っていないと感じても、その人たちにはその人たちの思いがあって、これまで生きて来られたはずです。そこに思いを馳せて新しいものを作っていく意識を持つことが重要ではないでしょうか。

:大間々は、まちの成り立ちが本当に古いんですよね。足尾銅山から銅を運び出すときの物流の拠点で、宿場町として栄えてきました。

町衆がつくってきたまちで、昔からいる人も多く、この土地の気風も残っています。私は地元出身だから特にそう思うのかもしれませんが、残っているものがあるのは財産だし、後世につないでいくべきものだと考えています。

大間々には、江戸時代に近江商人が来てさまざまな商売を営んでいた関係で、「売り手よし・買い手よし・世間よし」のいわゆる近江商人の理念・経営哲学が根付いています。まちには三方よしの理念を大切にしている市民団体があって、大間々に残っている史跡には、この市民団体が設置した案内板があります。

富所:明治時代にまちに大火事があったんですが、消火のための水が不足してしまった際に、醤油屋さんが、自分のところの蔵を開けて、商品である醤油を使って火事を消しました。

そのとき、たまたま経営者がいなかったのに、現場責任者の判断で消火に醤油を使ったそうです。まさしく三方よしの精神が根付いていたんですね。

その醤油さんは、井戸を掘ることになったときに、自分の敷地には掘らず、近隣住民が自由に使えるようにあえて自分の店の敷地の外に井戸を設置しました。この井戸が今も「三方良しの井戸」として残っています。こういった大間々に残る精神を郷土教育として子どもたちに伝えていくことは非常に有意義なことだと思います。

:このまちでは、8月の初旬に地域のお祭りがあります。江戸時代から続く神事のお祭りで、今もなおそれが年中行事の中心でもあります。

また、祭りの際は町内の7つの街区がそれぞれ保有している立派な山車が登場し、各街区の誇りになっています。そういった時代を超えた価値を後世に伝えていくことの重要性に、我々世代も気づき始めています。

大間々には、ながめ余興場という昭和12年に建設された芝居小屋があります。平成のはじめ、かなり老朽化していたので、新しい市民会館に建て直そうという話もあったそうですが、まちの人たちは残すことを選択して、ふるさと創成事業(※)を活用して改修しました。それが私たちのシビックプライドの象徴かなとも思うのですが、そういう土壌もあるので、まちの未来のためにリノベーションまちづくりの取り組みを始めるときも、外から帰ってきた人たちも根を下ろしやすかったのではないかと思います。
※バブル期に全国の自治体に地域振興目的で一律1億円を交付した政策。

富所:そういった歴史を知らない人を対象に、まちづくりのアンケートを取ったとしたら、どうしても「便利で暮らせるまちがいい」と回答する人が多くなると思います。

でも、大間々の歴史をしっかり学べば、きっと全員が当事者意識を持ってあるべき正しい選択ができるのではないでしょうか。

片山:自分たちの暮らしを考えるときに、大事なのは幸福度だと思っています。幸福度の一番大事なところって、まちの規模の大小ではなく、自分がその場所に関わって役立っているかどうかではないでしょうか。

社会において自分が何らかの役割を担っていると感じられると共に、社会から自分が肯定的に捉えられていると実感できている状態を「自己有用感」と言いますが、自己有用感が高いと必ず幸福につながるんですよ。

まちというのは、まちの規模などを基準に他のまちと比較することが多いと思いますが、縦軸で見ることも重要だと思います。大間々で言えば、宿場町だった時代、材木の集積・保管・流通拠点として栄えた時代など、それぞれの時代にまちとしての自己有用感があったはずだし、その役割が明確だから、まちの自治や経済活動において重要な役割を担う「旦那衆」 がいたし、少なからず周りの人も影響を受けたはずです。でも、今はそれがとても希薄になってしまった。

このまちに必要なのは、自己有用感と学んで考え続けることだと思っています。これは日本全国で共通する課題です。自分の住むまちが将来どのようにして生き残っていくのか、一人ひとりが考えなくてはいけない。課題はそこだと思います。自分たちの頭で考えて、有用感が持てるようになることではないでしょうか。

富所:結局、人が記号ではなく、顔が見えるまちだと幸福度が高くなるんですよね。もちろん、高度経済成長期から成長してきて、住民が記号になってしまったまちも一つのあり方だとは思います。ただし、それは人口が増え続けていた時代の正解かもしれません。

今は人口減少が避けられない時代に突入しているので、やはり脱記号化して、一人ひとりが個性豊かに生きていける状況であることに正解があるように思います。人間って、やっぱり幸せになるために生きているわけです。みんなそれを忘れすぎている気がします。

:私は今、霞ヶ関の官僚として巨大な組織の中にいますが、何かを創造する仕事はほとんどなく、作り過ぎたものをどう整理・合理化していくのかといった課題に直面していて、なかなかやりがいや達成感を感じづらい状況になっています。

40歳を過ぎ、残りの自分の職業人生はこれでいいのかなっていう葛藤を感じる場面が増えてきました。

でも、地元に帰ってきて、ちょっと空き家の草刈りを手伝っただけで、すごく喜ばれるわけです。芋煮会のイベントなんかを実施すると、みんな喜んで食べてくれます。そんな原始的というか根源的な部分で満たされるという言うか、そんな自己実現のヒントが感じられるような気がします。

ふと、自分も地元に帰ってきて、一人のプレーヤーになってしまおうかなとも考えますが、東京に住む家族の意向もあるので、東京と群馬でいいとこ取りができないかなと思っているところです。それに、役所にいると一次情報に接する機会もあるので、生活の軸足を東京に残すことで、地元の活性化に少しは役立てているかもしれません。今後のキャリアデザインとして、うまく両立する方法を模索しています。

高瀬:林さんのその考えには自分もすごく惹かれるところがありますね。片山さんも県庁を辞めて、一経営者として地域の活性化に尽力されているので、自分にとってはいいお手本です。

リノベーションまちづくりの取り組みを始めて、知り合いもたくさん増えて、行政に関する質問をされたり、頼ってもらえる機会が増えると、あらためて公務員としての自分の立場や役割の意義を実感することが増えました。役所の仕事としては、さまざまな課題解決のための人捜しをする機会も多く、まちに人脈があると的確な人材をアテンドすることもできます。このことが最近は大きな手応えとして実感できていますね。

実現不可能な大胆な発想だと思われるかもしれませんが、ゆくゆくは公務員を副業にできるような時代が来ればいいなと考えています。今は無報酬でやっているプライベートの活動も、業務にプラス効果を及ぼしていますし、地域課題の解決にもつながっているので、できれば報酬が受け取れる業務として認められるようになるとうれしいですね。

片山:そういった状況も、もしかしたら社会課題の一つかもしれませんね。個人が求めている働き方の多様性が認められないことが、社会をスタック(停滞)させているようにも思えます。

高瀬:ベーシックインカム(一定額の所得が定期的に支給される仕組み)と福利厚生が保証された状態で、他の業務にチャレンジできれば、いろいろな可能性が広がりますね。ベーシックインカムがあるからこそ、気持ちに余裕が生まれて広い視野で新しいことが考えられる気がします。

座談会の様子(東から林さん、片山さん、富所さん、高瀬さん)
座談会の様子(東から林さん、片山さん、富所さん、高瀬さん)

未来を担う人たちへ、地域で働くことの可能性と魅力

Q.今後、地域活性化とキャリア形成の関係について、どのような展望や理想像をお持ちですか?また、これから地域で働くことを考えている人たちに向けて、伝えたいメッセージがあればお願いします。

:総合選抜型の大学入試では、高校時代にどんな取り組みをしたかが評価されます。それと同じように就職活動ではいわゆるガクチカ(学生時代に力を入れて取り組んだこと)が問われます。

そこで、いっそのこと都市部の大学生には地域振興の活動をすることを義務化するというアイデアはどうでしょうか。そうすることで若い人たちが強制的に地域のことを考える機会になるのではないかと思います。今の若い世代は、Uターン、Iターンにも興味はあるみたいで、みどり市でもそういった学生向けのプログラムを実施しているようです。

高瀬:インターンシップのような形式で、2週間ほど地域の企業に入り込んで、その地域や会社の課題を若者目線で探って、課題解決のためのプランを考えて発表するプログラムを実施しました。

:田舎に行ってみて活動するのは、実は面白いし、かっこいい⋯!、そういうトレンドが生まれつつあるのかなって思いますね。それは望ましい方向だし、喜ばしいことだなと思います。

ただし、大事なのは無理しないことかな、とも思っています。一過性のものではなく、長く続けてほしいですからね。

また、個人的な目標をお話しすると、これからもっと地元での活動の幅を広げられたらいいなと考えています。私と同じように霞が関での仕事の将来に対して危機感を抱く中堅職員もいますので、高瀬さんの発言にあったように、ゆくゆくは国も、多様な社会貢献活動ができるよう、公務員が副業になればいいなと、思いますね。

地域活性化の取り組みを通じて、私自身は素晴らしい仲間たちと巡り合えました。地域で働くことを考えている人は、まず飛び込んでみてほしいですね。きっといろいろな出会いが待っていますから。

富所:“自分さえ良ければそれでいい”という社会ではなく、互いに支え合える社会になってほしいなと思いますね。また、個人的には子どもに胸を張ってこの地域の未来を引き継げるように、活動を継続したいと考えています。

自分が置かれた状況を、他人のせいにすることがなくなるような世の中になればいいですね。当事者意識とか自己有用感を大切にして、自分の役割や何ができるのかを考えながら、今後の地域活性化に取り組んでいきたいです。

地方で働くことを検討されている方には、「今、幸せじゃないなとか、今満足してないなと感じているなら、その答えは、今見えている景色、周りにはない」ということをお伝えしたいです。今いる場所以外のところに行ってみてほしいです。ぜひ、みどり市で一緒に学び、楽しく暮らしましょう。

片山:個人的には、幸せであることが非常に大事だと思っています。そのためには、自分が楽しいだけではなくて、誰かの役に立っているのが重要ではないでしょうか。

また、県庁を退職した今は、まちづくりや暮らしづくりに取り組む「株式会社いろといろ」の代表取締役として活動していますが、その立場でお話しすると、地域に対して実現したいことが三つあります。一つは、多様性を高めることで、身の周りにたくさんの選択肢がある環境づくりをしていきたいです。

二つ目が可能性で、未来の変化に対する可能性がある環境づくりです。もしかしたら今はまだつまらないエリアに感じるかもしれませんが、大間々はどんどん面白くなりつつあります。自分は藤岡の生まれで、隣の高崎にある種のあこがれを持って育ちました。そのせいか、自分が生まれた場所を、住んだら絶対に楽しい場所にしたいと思いが昔からありました。

三つ目は密度です。面白いことがぎゅっと詰まったまち、密度の高いまちづくりをしていきたいです。日々の生活は日常の連続ですが、日常には時間的な制限もあります。密度が高いまちづくりができれば、いつ行っても楽しいなと感じてもらえると考えています。

多様性と可能性と密度があるような暮らしができる場所にしたいという思いは、大間々やみどり市に限ってのことではありません。自分が関わるエリアではこの三つが感じられる場所にしたいと思っています。歴史を経て、いつか私たちの取り組みを振り返ったときに、あの時代から住民自治が高まって、みんなが自分のまちに関心を持ち始めたよね、と思われるようになったらうれしいです。

地方で働くことを考えている人向けには、自分は官から民へとボーダーを超える経験をした人間として、「やりたいことは全部やった方がいい」とお伝えしたいですね。やりたいことを全部、同時並行でできる世の中になったら楽しいですよね。それを大都市でやろうとしたら、何百万人分の一の存在になってしまいますが、地方なら活躍の場はたくさんあるし、存在感を発揮できます。

高瀬:自分としては、先ほどもお話ししたように、公務員を副業にすることができればいいなと思っています。人口減少によって労働人口が減り、担い手不足が社会問題となる中で、一人ひとりがさまざまなことをこなせたり、助け合える状況になるといいですよね。

ただ、ボランティアで継続するには無理があるので、その分の収入が確保できるようにする必要がありますが。

また、地方で働くことを考えている人には、田舎って余白がたくさんあることと、個々人がそれぞれ活躍できる場所があることをお伝えしたいです。自分は特別な資格や才能がある人間ではありませんが、それでも頼ってくれる人がいて、一緒に活動できる仲間がいます。誰もが自分なりの楽しみを感じながら暮らせる場所であることが魅力ですね。

東郷 こずえ
担当者
キャリアリサーチLab主任研究員
KOZUE TOGO

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