大間々から広げたい、当事者意識を持った市民による地域活性化<前編>

キャリアリサーチLab編集部
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キャリアリサーチLab編集部

キャリアリサーチLabでは、「地域活性化で創る新たなキャリアの選択肢」をテーマに、これまで3回にわたり記事を展開してきた。今回の座談会では、群馬県みどり市大間々地区でリノベーションまちづくりに携わる4名の方々にお集まりいただき、地域での実践を通じて見えてきた課題や可能性について語っていただいた。地域活性化がキャリアにどのような広がりをもたらすのか──そのヒントを探る。

シリーズ「地域活性化で創る新たなキャリアの選択肢」他の記事はこちら

左から座談会に立ち会っていただいたみどり市職員の櫻井さん、座談会に参加いただいた高瀬さん、富所さん、片山さん、林さん/「暮らしの複合施設 Haji-Maru(ハジマル)」の前で

【座談会参加者のプロフィール】※名前は五十音順
片山翔平さん(元群馬県の県庁職員・現在は経営者として地域を再生する事業を行う)
高瀬聡さん(群馬県みどり市職員、日々まちの仲間たちと楽しいことを妄想する自称・変態公務員)
富所哲平さん(群馬県住みます芸人アンカンミンカン、みどり市観光大使)
林剛史さん(文部科学省職員として国の教育政策の企画・立案を担当する傍ら、みどり市のリノベーションまちづくり活動にも参画。東京と群馬との二拠点ライフスタイルを模索中。)

みどり市のリノベーションまちづくりと「大間々官民共創デザイン」の目指す方向性

Q.みどり市で取り組まれている「リノベーションまちづくり事業」、特に2025年4月に取りまとめられた「大間々官民共創デザイン」の内容と目指す方向性について教えてください。

高瀬:みどり市は、2006年に新田郡笠懸町・山田郡大間々町・勢多郡東村の二町一村が合併して誕生しました。都市部への人口流出や高齢化は全国的な傾向ですが、みどり市でも過疎化が進む地域が複数あります。

こうした状況で、地域資源を生かし、魅力的なまちづくりを進めることが、みどり市にとって喫緊の課題となっていたわけです。

みどり市でリノベーションまちづくり事業が始まったのは、当時の産業観光部の部長が、まちの魅力を高めるために、部署を横断して何かできないかと考えられたことがきっかけです。そこに、当時は群馬県の地域創生課の職員として活躍されていた片山さんに参加していただいて、既存の空き家や遊休施設を、民間主導で新しい用途に活用することで、まちの活性化を図る取り組みが2022年にスタートしました。

片山:私が群馬県庁の職員としてリノベーションまちづくり業務を立ち上げたのは2015年頃です。

桐生市や全国の先行事例に触れたことをきっかけに、「公民連携で遊休不動産を再生し、地域のにぎわいを取り戻す」という考え方を県内にも広めようと、県内の自治体の現場に入り込みながら、それぞれの地域を発展させるために何をするべきかを話し合い、国の交付金の活用なども踏まえて具体的な施策づくりをサポートしていました。

パソコンを持って県内全域を回り、県庁には週に一度しか行かない生活をしていました。今は、県職員を辞めていますので、今度は一人のプレーヤーとして人口減少が進むみどり市の活性化の取り組みに参加したわけです。

高瀬:みどり市が進める民間主導のリノベーションまちづくりの取り組みを基軸にして、大間々地区では、民間と行政が一体となってまちづくりを進める指針として2025年に「大間々官民共創デザイン」を策定しました。

エリアビジョンを「おおまま わがまま あるがまま」と掲げ、講演会やワークショップを実施したり、空き家や空き店舗を守りながら活用し、地域に人を呼び込み、持続的に経営する人(=家守)を育成する取り組みをしたり、大学生と連携して、空き家や庭の敷地を使って私設公園を創出するプロジェクトを進めています。

片山:この場所も、リノベーションプロジェクトの一環として、築100年の空き家をリノベーションして、「暮らしの複合施設 Haji-Maru(ハジマル)」としてオープンした施設です。

建物は2階建てで、現在は、週一からお店を持てるシェア飲食店として、また小コストで入れるテナントスペースとして活用されているほか、今後はコワーキングスペース、シェアハウスとしても活用していく予定で、日替わりのカフェ空間にしたり、一箱オーナー制の書棚を置いたりして、地域の人たちが交流しつつ、やりたいことを表現できる場にしていきたいと考えています。

多様な専門性を持つ4人が語る、地域活動のきっかけと原動力

Q.地域活性化に関わるようになったきっかけや、最初に感じたことを教えてください。

:振り返ってみると、住民の中に「まちづくり」の機運が高まるターニングポイントになったのは、2022年にこの大間々町区域が「過疎地域の持続的発展の支援に関する特別措置法(過疎法)」に基づき、人口減少や高齢化が著しい地域である「過疎地域」に指定されたことですね。

富所:大間々はこれまで60代、70代の世代の人たちがもり立ててくれて、言わばその余力で続いてきたまちですが、「過疎地域」という最後通牒を突きつけられたんですね。

もう誰かに任せていてはダメなんだ、いよいよ自分たちでなんとかしなくてはいけないという思いを人々が抱き始めたわけです。

片山:「まち」って、そもそもヒューマンスケールじゃなきゃいけないんですよ。まちがあって、人がいて、人がいるからまちがあるみたいなところが基本なのに、建物のスケールがどんどん大きくなって、自分が関わる必要性を感じないようになってしまっています。

しかし、「過疎だよ」と指摘されて、やっぱり自分たちでなんとかしなくちゃダメなんだと、みんながジョインしやすい状況が生まれてきたのだと思います。

:大間々の場合は、まちのスケール感も良かったのだと思います。対象エリアをまちの中心エリアに絞ることができているので

まちは大きくなりすぎると人が記号になってしまい、お互いに認識できなくなりますが、大間々くらいのまちのサイズだと、顔と名前が一致するんですよね。自分は地元を離れて20年以上になりますが、年齢を重ねるほど、ここに戻ってくるとホッとして過ごせる気がします。

左が片谷さん、右が富所さん

片山:今みどり市でやっているリノベーションまちづくりの取り組みというのは、北九州から始まった市民参加型の空き物件再生運動が起源で、その後、岩手県の紫波町をはじめ全国のいろいろなエリアに広がっていきました。

ただ、まちづくりの取り組みって、ボランティアの方ががんばって進め、一瞬盛り上がって終わりになってしまうケースが多いんです。市民が活動を続けるって、思いがあっても難しいし、お金も必要だし、簡単ではないんですね。

しかし、自分たちでまちづくりをしていく取り組みの重要性を実感していたので、群馬県にもこの取り組みを導入したいと考えて、まだ県庁で勤務していた頃に、全国のさまざまな事例を見て回りました。2015年くらいのことですね。そして、その頃に、まちづくりプロデューサーとして活躍されている方が書かれた「リノベーションまちづくり」関連の書籍に出合いました。

まさに、自分が考えていたことはこれだって思ったんです。つまり自分たちで自分たちの地域を担っていかなきゃいけない。でもそこにはきれいごとだけじゃなくて稼ぐ仕組みもなくてはいけないし、内発的に地域が再生していく仕組みを作らなくてはならない。

先ほどお話しした書籍には、取り組みのスキームの議論をするだけではなくて、あくまでも人が大事であること。人が先にあって、この人が何をするのかが重要だということが指摘されていました。「これしかないな!」と思ったのが正直な気持ちで、これを群馬県で実施しようと思ったわけです。

その後、少ないながらも県で予算を付けていただいて、県内のいろいろな地域を回り、やってみたいと言ってくれた地域で取り組みを進めました。冨岡、水上、館林で始めて、四つ目がみどり市です。当時は地域の方と一緒になって、仕事でもプライベートでも取り組みに関わっていましたが、今はもう県庁職員を退職しているので、地域に根っこを降ろして、民間側の一経営者としてさまざまな取り組みに投資ができる立場で、この取り組みを楽しんでいます。

富所:片山さんの場合は、公務員という立場を離れて一市民としてまちづくりに参加されていますが、ボーダーを超えることで、多様な視点が持てたり、描ける未来が変わることってあると思うんです。

まちづくりに参加してみると、なんでそんなことやるのって思うこともあるかもしれませんが、立場が変わると豊かさの価値観が多様になります。まちづくりに参加することの魅力はそんなところにもあると思います。そういう意味では、まちづくりって、まちのためだけとかではなく、自分自身の将来のためだと思うんです。それが結果的に自分の人生の豊かさにつながっていくし、まちの発展にもつながっていくわけです。

自分の場合は、吉本興業の「芸人が地元に根を張って暮らし、笑いを通じて地域活性化を担う存在」というコンセプトの「群馬住みます芸人」として地域を笑いで盛り上げるプロジェクトの活動をしていました。しかし、タレントとしてお笑いのネタをお見せして、お祭りなどを盛り上げて、それで本当に地域の活性化につながるんだろうかという疑問を持ち、自分の存在意義を問い続けていました。自分たちを支えてくださっている群馬の方たちに何が還元できるかと悩んでいたのです。

そこで、お笑い芸人として培ってきたコミュニケーションスキルを地域に落とし込むとか、うまく伝えることができていない地域の魅力を笑いでコーティングして届けることを意識して活動を続けるうちに、みどり市から声をかけていただき、この取り組みに参加することになりました。

大間々は自分の生まれ故郷で、地元の商店街にあったゲームセンターでお笑いコンビを組みましたし、この先の芝居小屋で成人式をやりました。自分のシビックプライド(まちに対する誇り)の原点が大間々にあるんです。

これまでも、まちの観光ガイドの会をはじめ地域住民の集まりには積極的に参加して、群馬県内のさまざまなまちを見てきましたが、ようやくその経験を自分の生まれ故郷である大間々の活性化のために生かせるタイミングが来たという感じです。

左手奥が富所さん、右手前が高瀬さん

高瀬:自分も地元の出身で、民間の金融機関での勤務を経て、転職してみどり市の職員になりました。

仕事に追われる日々に疑問を感じて転職したのですが、当時は群馬県で勤務されていた片山さんや、文部科学省の職員である林さんのリノベーションまちづくりでの活動を見ていて、公務員でもこんな取り組みに参加できるんだと興味を持ちました。ただ、自分は観光課の職員ではなく、ちょうど群馬県庁に出向していた時期で、まちづくり関係の部署にいたので、職場の理解を得て、業務の一環として活動に参加させてもらっていました。

結局、リノベーションまちづくりって、市民の人も自分ごととして自分の時間を割いて参加してくれているので、自分の意志で参加しているという意味では、自分も一市民として参加させてもらっていたわけですが、一方で自分の仕事の領域をこういった活動に近づけたいという思いもありました。行政としてもこういった活動を推進していく必要性を感じていたので、自分の業務もその方向に合わせていきたいと考えていました。

ただ、リノベーションまちづくりの取り組みは、ほぼ有給休暇を使ってやっているので、実のところ仕事としてやっている感覚はほとんどなくて、自分が住んでいるまちの活性化につながる活動を自分なりに楽しんでいます。それに、自分の子どもにも、このまちの良さを伝えていきたいという思いもあります。

左側が林さん、右側が片山さん

:私がこの取り組みに参加するようになったのは2022年からでした。もともとみどり市教育委員会の方と接点があって、職員の方にリノベーションまちづくりのセミナーを紹介してもらったのがきっかけです。

そこで、岩手県花巻市や静岡県熱海市がリノベーションまちづくりの手法を使って地域の活性化に成功している事例を知って、大きな可能性を感じました。

また、個人的には親戚が地元で一人暮らしをしていて、隣の家が広大な空き地になっているので、その空き地をなんとかしたいなという思いもありました。それに、東京での自分自身の仕事のスタイルにも少しずつ変化が生まれてきたタイミングで、都会で育つ子どもたちに、親の地元でいろいろな経験をさせてやりたいなという思いもありました。

いざ取り組みに参加してみると驚きの連続で、このまちが先細りしていくのは避けられないんだろうなと思っていたら、志がある人、力を発揮できる人がたくさんいることにびっくりしました。

高瀬:他のまちの事例を聞いていても、一人が何かを始めたことで、その情報を察知して、さまざまな個性を持った人が集まってくるんですよね。大間々に関しても、これまでは見えていなかった人がたくさんいて、無尽蔵に知り合いが増えています。

富所:やはり旗って重要ですよね。一つの旗を立てることで、個人個人でばらばらだったものが、一つの旗の下で同じ方向を向いて協力していこうよという機運が生まれるのだと思います。

<後編へ(10月公開予定)>

東郷 こずえ
担当者
キャリアリサーチLab主任研究員
KOZUE TOGO

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